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4.農民と王子(3)

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「セイレン家の一人娘と駆け落ちしたのは、あなたでしょう? お父上様」
「……っ!」
「そのセイレン家の娘は、もう十数年前に亡くなったらしいですが。でもよかった、素晴らしい置き土産を遺してくれたようですねえ!」

 がたがたと震える父、それに唇を噛んでそんな父をじっと見つめることしかできないミーアとは対照的に、トガミは心底嬉しそうに手を叩いた。その光景を、リオンは恐ろしいほど穏やかな笑顔で見守っている。

「……本当、なのね。お父様」
「くっ……! ゆ、許してくれ、ミーア……!」

 やっと口を開いた父は、絞り出すような声でそう言って机に突っ伏した。

「黙っていて、悪かった……! しかし、父さんと母さんは、何もかもを捨ててこの地に来たんだ! だからおまえが産まれても、過去のことは伝えずに、ただ平民の子として育てようと……!」
「はあ、そうですか。すみませんねえ、こちらの都合で秘密を暴いてしまって」

 あまりにも軽い口調で割って入ってきたトガミに、ミーアは思わず鋭い眼光を向ける。トガミはそれに怯む様子もなく、父に向かってのんびりとした口ぶりで話しかける。

「あー、お父上様? 僕らは別に、あなたが二十年以上昔に、いち貴族の娘と駆け落ちした罪を問いにきたわけじゃあないんですよ。そんなのはその家の問題でしかないですしねえ」
「ああ。むしろ、お二人が一緒になって子を成してくれたことが、私たちにとっては有難いのだ」
「そうそう。ってことで、ミーア様。セイレン家の血を引く者として、リオン殿下の妻とおなりください」

 つい今しがた明かされた真実に心がついていかないのに、リオンとトガミは決断を迫るようにミーアを見つめた。
 打ちひしがれる父をちらりと横目に見て、いまだにうるさく鼓動する心臓を宥めるように胸に手を当てる。そして、大きく息を吸ってからミーアは二人に告げた。

「お断りします」

 その言葉に、リオンとトガミは一瞬何のことだか分からない、といった表情を見せた。しかし、すぐにトガミは呆れたように笑う。

「は……ははは、何を言ってるんですかミーア様! さっきの話、聞いてましたよねえ? もう一度説明しましょうか?」
「いいえ、結構です。説明を理解したうえで、お断りします」
「へえ……そう来るとは思わなかったな。理由を聞いても?」

 リオンは動じることなく、体の前で手を組みながらミーアの目をじっと見つめる。そのまっすぐな視線に少したじろぐも、ミーアはゆっくりと話し始めた。

「父が言った通り、私は産まれたときから平民として生きてきました。たとえ貴族の血を引いていたとしても、王族の一員となる素養はありません。そんな私がリオン王子の妻となったら、この国の恥となります」
「うん、なるほど。しかし、その点においては問題ない。きみには一から王族の規則を学んでもらうし、しばらくは城の中に籠もってもらうことになるだろう。停戦しているとはいえ今は隣国との戦争中だから、大掛かりな婚姻の儀式もしない。だからきみが気にするようなことは何もないよ」

 にっこりと笑みをたたえながら、リオンはミーアに反論した。しかし、ミーアはそれに負けじと言葉を続ける。

「では、本音を言わせていただきます。――私は、今の暮らしが好きです。父とともに畑で汗を流し、作物を育てて売る……王族の方からしたら貧しく苦しい生活に見えるかもしれませんが、これが私にとっての幸せなのです」
「ミーア……」

 不安げにミーアを見つめていた父が、目に涙を溜めながら声を震わせる。そんな父に、ミーアは無言で笑って頷いた。

「ミーアが、そう言うのであれば……父親である私の意見も同じです。親としても、娘には愛する人と結ばれて幸せになってほしい」
「……はあ。困りましたねえ。でもねミーア様、これは星のお導きなんですよ。星の声には従わないと」
「それも、正直言って私には理解できません。星の声より大事にすべきものがあるはずです。何もかも星に決められてしまうような国でいいのですか」

 ミーアがはっきりそう言うと、トガミは不愉快そうに顔を歪めた。それまでの砕けた態度は消え去り、憎らしげにミーアを睨みつける。
 そんな張り詰めた空気の中、「そんな怖い顔をするな」とリオンがトガミを諌めた。それから今度はミーアの方に向き直り、幼子に語りかけるような口調で話しかける。

「ミーア。少しだけ、二人きりで話す時間をくれないか」
「え……」
「お父上もトガミも、少し落ち着く時間が必要そうだ。それに、私はきみの話をもっと聞きたい。駄目かな?」
「あ……いえ。分かりました」

 ミーアがその提案に頷くと、リオンはにっこりと笑って立ち上がる。そして、「庭に出てもいいか?」と尋ねた。
 家を出てすぐにある小さな庭には、農作業に使う道具や収穫した野菜が仕舞ってある。外はまだ雨がしとしとと降り続いているが、その庭なら屋根があるから濡れることはないだろう。それに、人の目につく心配もない。
 こちらへどうぞ、とリオンを案内しながら、心配そうにこちらを見つめる父と目が合う。ミーアはまた笑顔で頷いて、リオンとともに薄暗い外へと出ていった。
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