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3.農民と王子(2)

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「あ、あの……こんなものしか出せませんが、もしよろしければ」
「ああ、ありがとう。これは?」
「イトの葉のお茶です。私と父で育てたものですが……」

 ミーアが机にことりと湯呑みを置くと、リオンはそれを物珍しそうに眺めてから手に取った。
 この国の王子にこんな手作りの安っぽい茶を出していいものかと迷ったが、家にはこれしかないのだから仕方ない。何も出さないよりましだ、とミーアは腹を括った。
 意外にもリオンはミーアの淹れたイトの葉茶を気に入ったようで、一口飲んでから「これは美味しい」と顔を綻ばせた。それにミーアがほっとしていると、トガミが湯呑みを退けながらずいっと身を乗り出した。

「ミーア様、お父上様。このソルズ王国が、『太陽の国』と呼ばれているのはもちろんご存知ですよね?」
「え、ええ……」
「いにしえよりこの国は、太陽の周りを囲む星たちの声を聞き、それに従って政を行ってきた。だからどの国よりも太陽の恩恵を受けることができる、光に満ちた国なのです」
「まあ……本には、そう書かれていますね」
「天を統べる太陽と星の動きこそが、地上においても何より正しい……そして、その星の動きから未来を読み取り、それを王にお伝えするのが星読師の役割なのです」

 自信に満ちた顔でトガミが言う。彼の話したことは、ミーアが幼い頃通っていた学校で何度も繰り返し聞いてきた内容と同じだ。
 この国には星読師という特別な力を持つ者がいて、王族や貴族たちは彼らに星の示す未来を視てもらうのだ。そして、星の言う通りにすれば、選択肢を間違うことなく成功に繋げられるのだと信じられているらしい。
 ミーアのような身分の低い者たちは、星読師に未来を視てもらえるような機会も経済的余裕ももちろん無い。それでも、「星の示すことが何より正しい」とする教えがあることだけは知識として知り得ていた。
 ただ、それが今回の件と何の関わりがあるというのだろう。険しい顔で考えるミーアに、今度はリオンが口を開く。

「私は、齢三十を迎えてもなお星から婚姻のお導きが無かったのだ。今はまだその時ではないと」
「はあ……」
「しかし、さすがに父……国王陛下も痺れを切らしてね。星のお導きが無いのは自ら婚約者を探せということではないかと、あちこちの国に声をかけて縁談を組もうとしていたところだったのだが……」
「その矢先、やっと星が示したんです。リオン殿下は、大貴族セイレン家の血を継ぐ娘と婚姻せよと!」

 トガミのその言葉に、それまで石のように固まって話を聞いていた父がびくっと身を竦ませた。様子のおかしい父にミーアが声をかける間もなく、二人は話を続ける。

「しかし、セイレン家が栄えていたのは数十年前までのこと……今や没落寸前の、力を持たないただの一貴族と成り果てていましてねえ」
「ああ。それだけならまだしも、本家の当主はもう高齢で後継ぎもなく、分家を当たってみても婚姻にふさわしい年齢の娘はいなかったのだ」

 隣に座る父が尋常ではない汗をかいていることに気付き、ミーアは慌てて持っていた手巾でその額を拭った。どうしたの、と声をかけても、父はただ真っ青な顔をして俯いているだけだ。

「――しかし、です。セイレン家にはもともと、跡継ぎとなる予定の一人娘がいたそうです。だが、正式に当主となる前にとある商家の男と恋に落ち、二人の仲を反対する両家から逃げるように行方をくらました、と……まあ、いわゆる駆け落ちってやつですねえ」
「私たちは、その一人娘の行方を追うことにした。そのセイレン家の娘と男との間にもし子が産まれていれば、ちょうど婚姻するにふさわしい年齢だろうと踏んで――そして、きみに辿り着いたんだ。ミーア」
「えっ……」

 名を呼ばれ、ミーアの心臓が激しく鼓動を打つ。話を聞いている間から嫌な予感が脳裏を過り、でもまさかそんなはずがない、と無理やり打ち消していた。
 しかし、ここまで聞いて察しがつかないほどミーアも馬鹿ではない。そして何より、隣にいる父の青ざめた表情が、二人の話が真実であるのだと如実に物語っていた。
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