【R18】約束の花を、きみに

染野

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第1章

30.燻る恋

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「あれ? トーヤじゃない。何してるの、こんなとこで」
「おう、リサか。何って、仕事だよ。城の見回り」
「なんだ、つまんなそうに歩いてるから暇なんだと思った」
「お前なあ……」
「何よ、暇なんでしょ? 陛下もユキ様もいないもんね」
「あいつらがいなくても、仕事はあるんだよ! お前こそ暇そうじゃねえか」
「私だって仕事はいくらでもあるんですぅー。ま、奢ってくれるならこの後お茶してあげてもいいけど?」
「なんだよそれ! ……ちっ、しょーがねーな。お茶くらい奢ってやるよ」
「やった!」

 ユキとソウが旅行に行って、今日で四日目。何も連絡がないところを見ると、無事二人で旅行を楽しんでいるのだろう。
 二人がいない城の中はいつもと変わらないようでいて、少しだけ静かだ。ソウに捕まってからかわれることも、ユキと会って話し込むこともないから、リサに言われた通り俺はなんだか気の抜けた日々を過ごしていた。

 見回りを終えて、リサと約束した城下のカフェに向かう。
 サウスに来てしばらく経つが、まだ少し違和感が拭えない。そんな俺の胸中とは無関係に、街中の店は活気に溢れ、行きかう人々の声も明るい。
 あの決闘のあと、ノースで傷を癒しながら過ごしていたときは、両国民がお通夜のように静まり返り、異様な雰囲気が国全体を覆っていた。ソウが結婚式で正式に合併宣言をした際も、人々はそれをうまく飲み込めずにいたと思う。
 それもそのはずで、ノース国民は自国を吸収され、サウスの下につくのだと思っていた。サウス国民はサウス国民で、まだ年若い敵国の王を無慈悲に叩きのめし、そのうえ強制的に結婚させた自国の王に恐怖していた。
 あれから、ソウが具体的にどんな政策を布いたのかは分からない。しかし、俺の目から見てもカトライアの国全体が落ち着きを取り戻し、以前にも増して豊かになっているのが分かった。

「あ、トーヤ! こっちこっち!」
「悪い、待たせたな」
「別にいいよ、先に注文しちゃったし。カフェオレとパンケーキ!」
「おい、パンケーキは聞いてねーぞ」

 先にカフェテラスに来ていたリサを見つけ、その向かいに腰を下ろす。普段なら二人ともまだ仕事をしているか、ユキたちと過ごしている時間だ。あの二人がいないと、どうも城に居づらいのは俺だけではないらしい。

「はぁ……ユキ様、無事かしら……」
「お前、心配しすぎだろ。少しは自分とこの王を信用してやれよ」
「なによ、あんただって心配してるくせに。ずーっとそわそわしてるもんね」
「そ、そわそわなんて……!」

 言い返そうとしたとき、ちょうどリサが注文していたらしい飲み物とパンケーキが運ばれてきた。ついさっきまでユキの身を案じていたくせに、もうすでにナイフとフォークを持ってパンケーキに釘づけのリサを見てため息をつく。

「……お前、言うほど心配してねえだろ」
「してるわよ。でもまぁ、最近の陛下ならちょっとは安心かな。じゃ、いただきまーす!」

 リサがパンケーキに夢中になっているうちに、俺も店員に飲み物を頼んだ。
 あくびをしながら伸びをすると、爽やかな風が吹き抜ける。天気もいいし、なんだか眠くなってきた。

「ちょっと、人が食べてるのにあくびしないでよ」
「別にいいだろ」
「……それだからモテないのよ」
「ああ!?」
「あらごめんなさい、気にしてた?」

 リサといいソウといい、サウスの人間は人をからかうのが得意なのだろうか。最近、王族担当医のタカミとも接する機会が増えたが、あいつも何かにつけて俺をからかってくる。

「ほんと、トーヤってからかい甲斐があるわ」
「なんだよそれ……」
「考えてること丸わかりだもん。ユキ様も言ってたしね、トーヤはすぐ顔に出るって」
「ユキが!? あいつに言われたら終わりだな……」
「それくらい分かりやすいってことよ。ほんと、陛下とは真逆」
「…………」
「ん? どうしたの?」

 前から、頭の隅で考えていることがあった。一瞬、口にすべきか悩んだが、思い切って聞いてみることにした。

「なあ、リサ。お前、初めて会ったとき言ったよな。俺らは似た者同士だって……ソウのこと、好きだったって」
「……なんだ、その話ね」
「お前は、辛くないのか? 好きな奴が……ソウがユキのこと好きで、しかもその二人のために働いたりして」
「辛くないよ。これっぽっちも」

 何でもないことのように言うリサに、俺は思わず面食らった。
 俺は、リサのようにはっきりと言えるだろうか。ユキがソウのことを好きでも、その二人が幸せになるのを見ても辛くない、と。

「トーヤは辛いの?」
「……分かんねぇ。あの二人を引き離したいとは思わない。……けど、全然辛くないって言ったら嘘になる」

 ユキが幸せそうにしていたら、それだけでいい。でも、その隣に居られるのが自分だったらと、今でも時々考えてしまう。結局、ユキへの気持ちは宙ぶらりんなまま、どこへも行けず胸の中でずっと燻っているのだ。

「私は……私の家はね、兄弟が多くて、家柄の割に貧乏だった。だから早く家を出て働きたくて、十五歳でやっと城で仕えることになったの」

 パンケーキを食べ終えたリサが、唐突に話し始めた。

「やっとの思いで城仕えができるようになったのはいいんだけど、まだ子どもだったし仕事が辛かった。お城での暮らしは楽しいこともあったけど、すぐにホームシックになっちゃったんだ」

 リサがカップを片手に、少し照れくさそうに笑う。俺はただ黙って、話の続きを待った。

「そんなとき仕事で失敗して、庭の隅でこっそり泣いてたら、よりによって陛下に見つかってさ。最初は焦ったけど、陛下はなんで泣いてるんだとか、そういうことは何も聞かないで、ただ『ボクの愚痴、聞いてくれへん?』……って」
「……愚痴?」
「そ。愚痴。あの頃の陛下は留学から帰ってきたばかりで、王の仕事も闇雲にこなしてるって感じだった。だから、あの大臣はうるさいだとか、言う事聞かないだとか、口が臭いだとか、本当にただの愚痴」
「なんだよそれ……」
「おかしいでしょ? 一国の王が、新米侍女に愚痴こぼしてんの。でも、わたしはなぜかそれで元気出たんだ。王様でも、悩むんだなぁって」

 過去に思いを馳せるように、リサが空を仰ぎ見る。少しだけ風が冷たくなってきた。

「そのとき、ユキ様の話も聞いたの。好きな子がいるんだ、でも今は会えない……って」
「…………」
「それから陛下に会うたびに愚痴と、ユキ様の話を聞いた。そのうち、愚痴が溜まると陛下の方から私のところに来るようになった。迷惑な話でしょ? こっちは仕事中だってのにおかまいなし」
「……今と同じだな」
「ふふっ、ほんとにね。それでそんなのが一年くらい続いてくうちに、ふと気づいたんだ。あ、私陛下のこと好きだ、って」

 リサがカフェオレを一口飲んで、息をついた。トーヤも早く飲みなよ、と促されて、注文していたコーヒーが運ばれていたことに今さら気付く。

「トーヤ、さっき聞いたよね? 辛くないのか、って」
「ああ」
「私はね、どれだけ離れていてもユキ様のことを大事に思う陛下を見て、好きになった。だから、トーヤのユキ様に対する感情とは少し違うかもしれない」
「…………」
「ユキ様と初めてお会いしたとき、私はすぐにユキ様のことも好きになったの。陛下がずっと話していた通りの人だったから」
「……よく、分かんねぇ」
「そう? なんて言ったらいいのか分かんないけど、ユキ様がサウスに来てから、不思議と陛下に対する気持ちが薄れたの。別に嫌いになったわけじゃないけど、恋慕っていうより、二人が幸せになるのを見てみたいって思うようになったんだ。でもトーヤは、違うんでしょう?」
「俺、は……」

 すっかり冷めてしまったカップを握りしめながら考える。俺は、リサのようにきっぱり、辛くないと言えるだろうか。
 ユキが、ずっとソウを想っていたことは初めから知っていた。でもリサのように、ソウのことが好きなユキを好きになったのかと問われれば、それは違った。ユキはソウのことが好きなのだと知りながら、それでも好きになるのを止められなかったのだ。

「別に、私に言わなくたっていいよ。でもユキ様には言ってみたら?」
「そっ……そんなの、言えるわけねぇだろ! あ、あいつはもう、王妃なんだし……」
「そうかな。でも、いつまでもそんなモヤモヤした感情持ち続けるつもり? その方が辛いと思うけどなぁ」
「……ユキが、困るだろ」
「まぁ、戸惑いはするでしょうね。でも、陛下に対する気持ちとは違ったとしても、ユキ様はトーヤのことだって大事に思ってる。少なくとも、私が見てる分にはそう思うけど?」

 返す言葉が見つからなくて、俺はただリサの目を見つめていた。
 きっと、あの二人が旅行から帰ってきたら、前にも増して二人が心から深く繋がっていることを思い知らされるだろう。その姿を受け止められる自信が、俺には無かった。
 でも、リサに言われた言葉を思い返して、自分の気持ちに少し整理が着きそうな気がした。

「……ありがとな、リサ」
「こちらこそ。カフェオレ、おかわりしちゃったし」
「いつの間に!?」
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