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王太子妃
おやゆびサイズのおやゆび姫
しおりを挟む怒り心頭の私は我慢できずにギャンギャン叫んだ。両陛下の御前が何だと言うのだ。このわからず屋の夫にどうして黙っていられますかって!
「私を引きずり降ろすなんて酷い!能無しの私に王太子妃は務まらないって言うの?リードは私の四年間を何だと思ってるのよ!」
「そ、そんなつもりじゃない!ただ僕は普通の夫のようにリセを守りたいんだ」
「あのねぇ、それ、随分と馬鹿にした話よ?私が転がっている石を除けることもできずに躓いて転ぶような愚鈍な人間だとでも言われてるみたいだわ」
「そんなことは……」
「覚醒した時、私はおやゆび姫だったの。私が知っていたおやゆび半分サイズのおやゆび姫は、言いなりになってるだけで嫁に行けって言われたら泣く泣くその日を待つようなお姫様でね。その辺り13歳のわたしとだぶったりもするんだけれど、結局助けた燕に恩返しされて春の国に連れて行かれるやいなや王子様に見初められるわけ。自発的にしたことっていったら燕の看病だけなのによ?」
前世の私は何だか気に入らなかったのだ。あの何の意欲も見せない親指半分の大きさのお姫様が。流れ流れて行き着いた先で綺麗ってだけでめでたしめでたしって、結局女は器量と愛嬌って言われてる気がして……っていう私が相当偏屈で屁理屈屋さんだったのは否定しない。
「だけど覚醒した私は未来を切り拓くおやゆびサイズのおやゆび姫なの。悪い男とそいつの妻を退治して恩人に希望を取り戻し、今度は自分が幸せになるために足掻いてやるんだって意気込んで戻ってきた。まぁ、それも相当空回りしちゃったけれど……それでも私、リードが思っているよりもずっとずっと逞しいのよ。リードに手を引かれなくても転ばずに歩いて行けるし、もしもリードが躓いたら私が支えてあげる。支えきれずに二人でひっくり返ったら、その時は一緒に笑いながら立ち上がれば良いわ。一人で転ぶのは気不味いけれど、二人揃ってなら楽しいものよ?」
「……まあそうですね……」
よろしいとばかりに私は微笑み再び両陛下に向き直った。そして四年間みっちり仕込まれた所作でスカートを摘み膝を折り、お次は頭を紐で吊られたように背筋を伸ばして貴婦人の微笑みを顔面に貼り付けた。
「わたくしファルシア王太子妃アンネリーゼは王太子殿下をお支えし力を合わせ、共に切磋琢磨しファルシアの為に力を尽くすとお誓い申し上げます…………で、王太子殿下はどうなさるの?わたくしと共に誓うの誓わないの、どっち?」
「妃の……仰せのままに……」
気弱なリードの一言に両陛下は吹き出した。
そしてそれと同時にリードの廃嫡要求も何処かに飛んで行ってしまった。
「全くもう、そこまでの自覚が有るのならもう少し王太子妃としての品位にも気を配ってくれるとありがたいんだけど……」
急に苦々しい口調になった王妃様の様子にリードはピキンと苛立ちを見せた。
「一体何がご不満なのです?」
「贅沢はいけません。でもね、それ相応に着飾るのは我々の役目でもあるのよ?」
そう言って王妃様はほとほと呆れたと言うように顔をしかめた。
「この娘ときたら欲が無いにも程があるんだもの。ジークフリードは知らないでしょうけれどね、アンネリーゼったら欠席した夜会のドレスを婚儀の祝賀晩餐会で着るって言うのよ」
「本当なの?」
リードに詰問するような鋭い声で聞かれ、私は口籠った。
だって血税で仕立てた大切なドレスなのよ?それを使うこともなくお蔵入りさせるなんてあまりにも申し訳ないではないですか!それに初めて自分の力で形にしたドレスだもの。思い入れだって凄く強くて……ついでに言うと覚醒以来婚儀の準備には今ひとつやる気も出ず『着てないアレで良いんじゃない?』なんて思ってもおりました、はい。勿論墓場まで持っていく秘密ではございますが。
「リードはあのドレスがそんなに気に入らなかったの?」
「い、いや……凄く、凄く似合っていた。あんまり綺麗で……何処を見たら良いかわからないくらいで……」
そっぽを向きながらリードがボソボソ言っている。恥ずかしいんだろうけれど、私だってそんな事を口にされたら恥ずかしいのだ。しかも両陛下の前でなんて勘弁して下さらないかしら!
「リセを迎えに行こうとした僕にエレナが耳打ちしたんだよ。『アンネリーゼ様のドレスは大切な方の瞳を思って仕立てられたんでしょうね』って。その時は聞き流したんだが君のドレスが瑠璃色で……ハルメサンの瞳だと気がついたら無性に腹が立って怒りを抑えきれなかった」
「どれだけ独占欲が強いのかしら。息子ながら呆れますよ。それにアンネリーゼの胸元に輝いていたのは貴方の瞳と同じ色の宝石だったのに、肝心のそちらを見てもいないなんて」
『そんな……胸元なんて見たら……』
リードが小声でゴニョゴニョ言っている。エレナ様のグランドキャニオンは平気で眺めていたのに。
「婚儀の夜会のドレスは綺麗な碧紫よ。リードの瞳と同じ色……」
……にするべきですってリリア以下アンネリーゼ陣営一同に言われて『んじゃそうしようかな~』なんて流されて決めたとは口が裂けても言えないけど。
リードは真顔になって美しい瞳をゆらゆらと揺らした。それから急ににへらっとしただらけた笑顔を浮かべると私の額にチュッと音を立てて口付けた。
お願いだから人前では、特に両陛下の前では止めて欲しい。まぁ両陛下も勝手にイチャイチャやっていて何の反応もしないんですけれどね。
それでも恥ずかしくて死にそうな私は話題を一新しようとリードの腕を振り払い両陛下の前に進み出た。
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