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プロイデンの燕

プロイデンの燕

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 「わたしは呪いだ……リードはそう言ったわ。貴女は私を愛してなんかいない。呪いのせいで私から逃れられなくなっただけ」
 「リセ……違う、違うんだ。聞いてくれ、あれには理由があるんだ!」

 私はリードを振り払い後退った。

 「理由なんて私はどうでもいい……あの時わたしは漸く自分が選ばれた理由を悟った。ううん、選ばれたんじゃない。選ぶしかなかっただけなのよ」
 「ファルシア王家はプロイデンの燕を求めていた、それは本当だ。だけど奇跡だったんだ。僕の愛するリセが王家の求めるプロイデンの燕だったなんて。だから僕は」「もうやめて!」

 目の奥で光る火花はジリジリと音を立て絶え間なく弾け、外に出ようと暴れた中身がどんどん隙間から漏れ出している。どんなに考えてもわからなかった、わたしが走り続けた理由までもが。

 「わたしは背負わされたものを守るために必死に努力してきた。でもそれだけじゃないわ。わたしが努力したのは胸を張ってリードの隣に立ちたかったから。リードがどこの誰かなんてどうでも良かったの。ただわたしは怯まずに貴方と並べる自分になりたかった。リードが王太子ならわたしは誰にも認められる王太子妃になりたい、ならなくちゃって……」

 封印したもの達を取り戻した心は切なさに震え私は喘ぎながら胸を押さえて踞った。溢れた涙が頬を伝い雫になってぽろぽろと落ちる。
 
 「リセ……」

 リードは驚いたように目を見開きながら右手を差し出したが私は身体を反転させて手摺にすがり付いた。

 「でも……そんなことは何の意味もなかったのね。だってわたしは呪いでしかなかったんだもの」
 「違う……違うんだ!」

 狼狽えるリードの声を拒むようにわたしは更に身体を強張らせ手摺を握りしめた。

 「リードを苦しめる自分が疎ましくて消えてしまいたかった。それが叶わぬ願いだと解っていたから、だからわたしは大切なものを箱に入れて封印したの。もう一度心の壁に囲まれたわたしに戻るために」

 リードが私に触れようとしたその時、弾けた火花が身体を飛び出し私を取り巻いた。光は陽炎のようにゆらゆらと私を包み怪しげな光を放っている。そして驚いて手を引いたリードが再びその手を伸ばすと、拒絶するかのように勢いを増して七色に輝いた。

 「殿下!」

 いつの間に現れたのかジェローデル侯爵が青ざめた顔でリードの腕を取っている。

 「お戻り下さい。さぁ早く」「しかしリセが!」

 侯爵は腕を振り払おうとしたリードの視線を絡め取り、低く穏やかな声で言った。

 「王女に気付かれてしまいます。ここにいらしたことも妃殿下のことも。ですからさぁ」
 
 それでも取り乱したリードが手を伸ばす度に私の火花は激しく立ち上った。

 「妃殿下はお任せ下さい。殿下は一刻も早くお戻りに」

 侯爵が右手の人差し指を振ると魔法陣が現れリードの頭上で輝いた。そして間をおかず直ぐにストンと降下してリードの姿を消してしまった。

 「妃殿下……」

 間髪入れずに今度は私に語りかける侯爵の声は静かだ。それだけで私を取り巻く炎は空気を遮断されたろうそくの火みたいに急激に小さくなっていく。

 「お可哀想に、さぞやお辛かったでしょう。さぁ、もうお眠りなさい。そうすれば過去が過去に戻って行くでしょう」

 その言葉が妙にストンと胸に落ち、私はコクリと頷いた。

 もう光は勢いを無くしてしまい残るのは線香花火みたいな火花がおぼろげに見えるだけだ。それもどんどんか細くなって、私の視界には暗闇だけが広がった。

 
 ∗∗∗∗∗∗∗∗∗∗

 
 過去が過去に戻る、目覚めた私はそれを実感していた。これまでと同様に昨夜外に出た何かは私にとってたった今起こった出来事みたいに激しい衝撃だったけれど、今はもう何週間も前の出来事としての場所に収まっている。それでも大きく抉られた胸の奥の傷は癒えることなく疼くように痛んでいた。

 秘密箱にできたひび割れ、あれはあの時に受けたこの傷だったんだ。わたしはもう開けられなくなると解っていながら大切な何かを閉じ込めた。 

 「ご気分はいかがですかな?」

 様子を見に来たジェローデル侯爵だけれど私よりもよっぽどお疲れみたいで顔色も悪い。私に会うのをあんなに躊躇していたリードが突然押し掛けて来たのは、侯爵から私の決断を伝えられひどく動揺したからだとすっかり気に病んでおられるのだ。

 何ともないと答えた私をそれでも侯爵は痛ましそうに見つめている。
実際に何ともないなんて真っ赤な嘘で、でもそれ以外に答えようがない。わたしがひたすらに頑張ってきたのは臆することなくリードと並びたかったからだなんて。それは箱から漏れ出て取り戻したどんなものよりも切なくて擦り傷みたいにヒリヒリと心を痛め付ける。激痛じゃないけれど絶え間なく続く疼くような痛みに私はすっかり気力を奪われていた。

 「ねぇ侯爵。侯爵はファルシア王家がプロイデンの燕を求めていたって知っていたのですか?」
 「えぇ、プロイデンの燕は王家の悲願でした」
 「果たしてそうなのでしょうか?」
 「と言うと?」

 私は俯いて深く息を吐き出してから顔を上げた。

 「プロイデンの燕が呪いだからではありませんか?」
 「とんでもない。ファルシア王家はプロイデンの燕を求め続けていたのですよ」
 「何の為に?」
 「…………」

 押し黙った侯爵は珍しく戸惑ったように目を逸らした。

 

 

 

 

 
 
 
 
 
 
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