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アンネリーゼ
違和感
しおりを挟む結局私は淡々と理屈をこねくり回すしかなくなってしまった。
「殿下のお心のどこかで本当にわたくしを思って下さっていたとしても、わたくしには応える気持ちが無いのです。我に返った殿下は果たしてそんなわたくしを変わらずに愛し続けるでしょうか?わたくしではなく殿下の為に涙を流してくれる女性に心を移してしまわれるのは当然でしょう?」
「ですが、殿下がオードバルに出立される前のお二人はいずれ良いご夫婦におなりだろうと、わたしはそう感じておりました。それはお二人を知る者皆が同じように考えていた事なのですよ?」
「四年も前の話です。それもまだまだ心に落ち着きのない移り気で未熟な思春期の私たちの一時的な仲の良さで……少なくともわたくしは殿下を大切な親友だと思っていましたもの。それに殿下だって友情と愛情の区別が付かなかっただけなのかも知れませんわ。本当に愛し愛される相手と結ばれる。殿下にはその当然の幸せを掴んで頂きたい。これが意地でも強がりでもなく嘘偽りの無いわたくしの本心なのです。ですからそんなに巣から落ちた雛鳥を見るような目でご覧にならないで!」
「それなら妃殿下の幸せはどこにあると言うのです!」
「侯爵……」
私が上げた声にジェローデル侯爵だけでなく兄さまも、側にいたリリアも息を呑んだ。途端に部屋の空気が研ぎ澄まされたものにガラリと変化したのを他でもない私自身がひしひしと感じている。息つく暇もないくらい激務だと思っていた城での日々は、どうやら私を王太子妃として立派に成長させてくれたらしい。
立ち上がった私は四年間繰り返し刷り込まれた微笑みで三人を見回し最後にまた侯爵に視線を戻した。
「わたくしはファルシア王太子妃アンネリーゼ。民の幸福こそがわたくしの幸せなのです。この国の為ならば失うのを躊躇うものなど何ひとつとしてありません。それが王太子妃たる者の定めなのですから」
*********
王太子妃の間に引きこもった私は先代お抱え魔法使いエタイことジェローデル侯爵の能力の高さを痛切していた。なんたってエレナ様の襲撃がピタリと止まったのだもの。
侯爵が言うには、いくら王妃様の口添えがあったからとはいえずかずかと私の前まで勝手に入って来られたのも、護衛の目を欺く魔法を使ったからにほかならなかったそうだ。いつものように断りもなく入ろうとしたエレナ様は護衛騎士に止められて激怒したらしく、そりゃあ凄い荒れ様だったみたいで騎士達には申し訳無い事をしてしまった。
心を乱されることもなくなり溜まりに溜まっていた仕事に集中できたのは思わぬ収穫だった。だけどリードは次々と到着している婚儀に招いたお客様を一人でお相手でしなければならずかなりお疲れらしい。私が引きこもって以来エレナ様すら放置するしかなくて、だから苛立ったエレナ様が私のところに突撃してくるのだ。
今日もまた廊下の向こうで喚き散らすエレナ様の声が響いていた。補正下着の一件の時も八つ当たりして花瓶を割ってくれちゃったけど、昨日はガラスの白鷺の首を掴んで壁に叩きつけて割ってしまった。何の因果か番の白鷺は四年前にオードバル国王から頂いた結婚祝いなのに。
雌鷺が犠牲になったけれどそれ以外は穏やかだった一日が終わり、リリアが淹れてくれたカモミールティを飲んでベッドに入って眠るだけ。完成したウェディングブーケの指示書に目を通し確認しながらカップを傾けていたら、急に廊下の方から騒ぎ声が聞こえてきた。
「とうとうこんな時間に押しかけて来たの?」
いつになく動揺しているリリアの様子に嫌な予感を覚えながら尋ねたが、リリアが狼狽えている理由は全く別の所にあった。近付いて来る荒々しい足音とそれを止めようと必死に宥める侍女達の声。
「アンネリーゼは僕の妻だ!何故会うことが叶わないんだ!」
張り上げられたリードの怒鳴り声に侍女達が怯えて口をつぐんだのがここにいても伝わって来た。
「かなり興奮されていらっしゃるのでお止めしたのですが却って激昂されてしまいまして……お加減が悪くもうお休みになられていると申し上げて参りますので」「待って!」
踵を返したリリアを制し私は立ち上がった。
「お通しして。きっと何を言っても無駄でしょう?話を伺うわ」
「ですが……あんなに取り乱されておいでなのです。もし妃殿下に手を上げられたりしたら……」
「殿下を止めている貴女達の方が心配よ。大丈夫、もしもの時は飛び退くわ」
その間にも足音はどんどん迫り部屋の扉を乱暴にノックする音が響く。私が頷くとリリアは渋々近付いてドアを開けた。
リードは一目見た瞬間に『うわぁ!』って引くくらい怒っていた。立ち上る怒気が目に見えるような気すらする。これはアレかしら?門前払いを喰らったエレナ様に泣きつかれて文句を言いにいらしたってこと?その苛立ちが鏡のせいだろうが無かろうが私がとばっちりを食うことには代わりが無いわけで、やっぱり罵詈雑言を浴びれば不愉快だ。だから目の前まで来たオカンムリのリードを見上げた私の顔はうんざりしていたんだけど……
何故かリードの喉がコクリと動いた。
リードはそのまま黙って私を見下ろしている……のかと思ったが、私はほんのりした違和感を感じて考え込み直ぐにその正体に思い当たった。
何故だろう?見下しながら睨みつけるリードと視線が合わないのだ。
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