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おやゆび姫
私は燕
しおりを挟む「母さまが確信したのは俺が家を出てすぐ。一人で退屈して庭師の後をついて庭園をウロウロするようになったお前が貰った花で組んだ花束を見た時だ。茎を切り揃えてテーブルに置いた花束が何の支えもなく真っ直ぐに自立しているのを見たその時に、リセの魂はかつて花を生業としていたのだろうと悟ったと言っていたよ」
つまり初めに兄さまが言ったのは、私は今のアンネリーゼに取り憑くように転生したんじゃなくてアンネリーゼとして生まれ変わったってことなのか。刺し殺されたのはつい最近だと思い込んでいたのに随分とタイムラグがあったのね。
それに本人よりも先に家族が転生者だって気がついているって斬新だね?しかも自覚がないなら放っておこうって随分手慣れておいでじゃない?
「他にもそういう家系はあるの?」
「いや、聞いたことはないな」
「兄さまは……気味が悪いと思わない?」
「なぜ?」
兄さまは目を見開いて私を見つめた。
「こんなに可愛らしいリセのどこに気味悪さがあるんだ?お前は生まれてからずっと変わらず愛しい俺の妹だよ」
それもそうか。次期伯爵閣下ですもの、我が家の秘密について気味悪がってなんていられないわよね?それに、ということはよ?
「じゃあ……あれやこれやで魔女の疑いを掛けられて魔女裁判の末に火炙りって最期もナシ……」
「何言ってるんだ、リセ?」
今度はスッと目を細め兄さまは半目以下の冷たい視線を私に向けた。
「俺がどれ程この可愛い妹を溺愛しているか……そんなリセを火炙りになんてさせるはずがないだろう?」
そう……だろうね。この冷たさを纏った美しい容姿の超絶美型はアンネリーゼだけにはデロデロあまあまのどシスコンだ。
「それに……」
兄さまは心底ほっとした私が追加で零れさせた涙を拭いながら話を続けた。
「燕は我々が知り得ない知識をもたらしてきた。例えば領地で行われている養蜂があれほど盛んになったのは大伯母様のお陰だ。それまでは蜂蜜と蜜蝋を採取するだけだったが、大伯母様はローヤルゼリーやポーレンの存在と効能を教えてくれた。それに蜜蝋を使った化粧品や薄紙に蜜蝋を染み込ませて作ったワックスペーパーは今では重要な生産物になっている。プロイデン伯爵家はそうやって燕からの恩恵を受けて発展してきたんだよ。だから我々は決して燕を異端なものとして敵視したりはしない」
「でも燕の誰もが役に立つわけではないでしょう?現に私は花をあしらう事しかできなかったもの。多目に見てくれてはいたけれど、母さまはあまり良くは思っていなかったはずよ?」
「まぁ否定は出来ないが、それでもあの母さまが止めなかったんだ。魂に刻まれた記憶に衝き動かされているのだから仕方がない、そう言ってね。リセの花束は王室との縁を結ぶきっかけになった。我が家に大きな利益を生んだのは間違いない。それにだ」
兄さまは優しく微笑んで私の頭をぽんぽんと叩いた。そして、こんなことをされちゃっても相変わらず一切トキメキのない私のハート。
やっぱりこの超絶美型は私の兄さまなのですわ、きっと。
「燕は誰もが美しい心を持っていた。リセのようにね。恐らく渡りは清らかな魂だけに許されているのだろう。燕はプロイデン伯爵家にとって天から授かった贈り物と言っても過言ではない存在だ。だから」「この家の紋章は燕なのね?」
被せるように確認した私は大きな鏡のフレームに目をやった。鏡の上の真ん中にあるそれは我がプロイデン伯爵家の紋章で羽を広げて飛ぶ燕が描かれていた。
私は確認するようにゆっくりと頷きそれから数回瞬きを繰り返した。私はアンネリーゼとして生まれ変り、この家で異質な者として敵意を向けられることが無いのはわかった。でもまだまだ謎はある。
「私が燕なのはわかったわ。でもどうしてアンネリーゼとしての記憶を全部無くしてチューリップの花の中に居たの?それに13歳からの記憶は消えてしまったままなのよ?」
「記憶が全て戻らないのは……お前が拒絶しているからだ」
「……私が?」
私の喉がゴクリと音を立てた。
この空白の四年間に思い出すのを拒む程厭わしい何があったというのか?
それがアンネリーゼにとってどんなに辛い日々であったのかは、私を見つめる兄さまの痛ましそうな瞳から察せられる。たった13歳の女の子が何もかも忘れてしまいたいと思う何が起きたと言うのだろう?
「リードの事は思い出したか?」
握りしめた手の中でスカートの布がギリリと音を立てる。私はゆっくりと大きく頷いた。
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