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愛して欲しいとは思いません
私、愛して欲しいとは思いません
しおりを挟む夏が過ぎ季節は秋になった。今日は朝から執務室に籠もっている。久し振りの実践だったけれども夏の予算管理はまずまずだった。ううん、我ながら初期の二度よりも今回の方が格段に良くできたと自分でも思う。やはり使用人達との意思疎通ってとっても大切だったのだ。だからこそ私は自分から動き考え工夫することができたのだもの、私の力だけじゃなく皆に力添えをしてもらえたからこその結果だ。
隣に座り黙々と帳簿を確認していた執事のコーリンがぱたんと帳簿を閉じこちらを向いたので私は何事かと顔を上げた。
「初めての予算管理でしたのにご立派にやり遂げられましたね」
「そう?本当にそう思う?」
「はい」
思わすはしゃいだ声を上げた私にコーリンは深く頷いた。
「何しろお若い奥様ですのでかなりのお手伝いが必要かと、いや、大部分はお手伝いしなければならぬだろうと思っていたことを、わたくしは猛烈に後悔しておりますよ」
「無理もないわ。気にしないで」
そうなのだ。この国では16歳から18歳の間に社交界デビューをし、女性なら二十歳前後に結婚するのが一般的。デビューの夜会でオフィーリア様に見つかりせっつかれるように結婚した私は年若い花嫁さんだった。学院を卒業したばかり、そして成人したばかりの小娘だもの、屋敷を束ねるには頼りないったらなかったと思う。
「屋敷の皆が協力してくれるからここまでできているの。これからも……」
そこまで言って私はふと考え込んだ。
ーーこれからも?
後半年足らずで私は死ぬ。そんなこと何度も繰り返して解っていたはずなのに、それが急にまざまざと現実味を帯びてのし掛かって来たように感じられて私は愕然とした。
「…………してはいかがでしょう?……奥様?」
「……っっ?!……ごめんなさいね、ちょっとぼんやりしちゃったわ。申し訳ないけれどもう一度話してくれる?」
何か話しかけていたらしいコーリンは心配そうに首を傾けたが私に促されてもう一度話し始めた。
「そろそろ領地の仕事も学ばれてはいかがでしょう?大旦那様はこちらの暮らしに慣れてから徐々にやっていけば良いと仰っておりましたが、奥様なら今から始められても何ら問題はございません。一度あちらに行かれてみては?」
「……そうね。それも妻の務めだわ」
領地の経営は義父母は行っているがそれもいずれ隠居をするまでだ。マックスが外交官を退くまでの間、領地の経営は実質的に私に任されることになる。でもそれはお飾りの妻の私がそれまで生きているのが大前提だ。
私には春は来ないのに……。
「……奥様?」
「あ、何度もごめんなさい。予定の調整ができるかしらって考えてしまって」
「そうですね。公爵邸でのお勤めもございますし」
「旦那様がお帰りになったら相談してみるわ。返事はしばらく待ってくれる?」
『勿論です』と答えたコーリンは少し休憩した方が良さそうだとマイヤにお茶の準備を頼みに行った。
忘れていた訳じゃない。だってそれは常に意識してきた事なんだから。でも私は私の死が私一人に振り掛かってくるものだと思い込んでいたのだ。
虐げられていた時の私ならきっと私の死なんて大した影響も無かっただろう。マックスに妻として受け入れられず夜会に同伴することもなく、たまに茶会の招待を受けるだけ。それもあの状況では気が進まずマリー君に会えそうなものだけに限っていた。今よりももっとお飾りだった私が死んでもマックスの妻の座が空席になっただけだったはずだ。
それでも初期の二度は周りの慟哭も大きかったと思う。あの時の私なら一通りの務めは果たしていたし、夫婦仲だって悪かった訳ではない。何よりお腹には大切な伯爵家の跡取がいたのた。
あの時のマックスは私の死を悲しんでくれたのかしら?『大好きな貴方と私の赤ちゃん』……そんな私の言葉に涙を流したあの時のマックスだけは……。
そして今回のマックスはどうだろう?
妻として受け入れなかっただけではなく、初めて私からも拒絶されたマックスは相変わらず何を考えているのか良くわからない。いつまでもヒルルンデガルトートに無反応なんだから、マリー君が言う通りヒルデガルト嬢への一途な想いなんて無かったらしい。それなら私を虐げてきたのは何故なのか?その根拠と信じて来たものを失い戸惑う自分に今私は大いに呆れている。
私にとって重要なのは巻き戻る度にマックスから虐げられた記憶だ。今回のマックスが虐げようとしながら掌を返したように態度を変えたことじゃない。どんなに優しくても甘い言葉を並べても、マックスはあの夜私に残酷な宣言をしようとしたのだから。
それだけは変わらぬ事実なのだから。
ーーそれなのに……
どうして私の胸は震えるのだろう?何を恐れ何を案じ何を期待しているのだろう?根底が変わろうとも同じことだ。マックスは私を愛したりしない。そして私は愛して欲しいなんて思わない。
マックスは私の死を哀しんだりはしないのだから。
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