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愛して欲しいとは思いません

私、情報屋と接触しました

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 「貴女がフローレンス様ですのね」

 茶会の席で隣に座った令嬢は、上から下までジロジロと吟味するように私を眺めた。

 そう、彼女こそ私の情報屋、マリー・シャンティ伯爵令嬢である。

 さてさて、今度のマリー君はどんな情報をもたらしてくれるのやら。とは言ってもマリー君の情報は重複するから初めのうちは知っている物ばかりでつまらないのだ。はっきり言って聞き飽きているがこれは私が巻き戻りを繰り返しているっていう自己都合、だからマリー君の熱意に応えて精一杯ショックを受ける妻を演じるのは当然の礼儀なのだ、が……。

 何だか今回のマリー君、少々様子がおかしい気がするんだけれど?

 「ヒルデガルト様の事、お耳に入っていらして?」

 毎回周りに聞こえるか聞こえないかのギリギリのラインをちょっと超えてばっちり聞こえる絶妙な声量で話をするマリー君が、明らかにトーンを落として耳打ちしている。どうしたことかと気にはなったがもしかしたら入門編の辺りを端折れるかもしれない。私は動揺を見せまいと平静を装っていますという絶妙な雰囲気を出しながら、か細く『えぇ』と答えた。

 「驚きましたわ。噂というものにはあんな尾鰭が付くだなんて!」
 「へぃ?!」

 素っ頓狂な声を上げた私にマリー君はにっこりと笑い掛けている。今までいたぶるような意地悪な笑顔しか向けた事がないマリー君が、暖かな春の陽射しのように。

 気持ち悪いんですが……。

 「尾鰭とはどういう事でしょう?……情けないことに夫に尋ねる勇気が無いのです。何かご存知でしたら教えて頂けないかしら?」
 
 一瞬悩みはしたが、心を痛める妻が藁をも掴む的な演技で単刀直入に聞いてみることにした。様子のおかしいマリー君は不気味だけれど、特大の新情報を仕入れているのは確実。内容が気になるではないか!

 マリー君は私の現状を推測したのだろう。つまり今までマリー君から入手した情報はもう耳に入っていて、その為に私が苦しんでいる←今ココ……って。マリー君は問答無用に私の手を取り自分の胸に押し当ててぎゅうっと握った。

 「ヒルデガルト様とマクシミリアンが婚約間近だったという話、出鱈目だったそうよ。酷いわ、一体誰がそんな話を……」

 そりゃ君だ……と言いたいが言えない私はゴクリと喉を鳴らした。

 「でも……両家のお祖父様がお約束なさったとか」
 「それがね、そんなのは酒の席で酔っぱらい同士が盛り上がってした話で、お祖父様達も本気じゃ無かったのですって。でも酔っ払っては同じ話を繰り返すから、周りでそれを聞いた人が本気にしたわけ」

 マリー君は悔しそうに唇を噛んだ。ガセネタを掴まされたのが情報屋としてのプライドをさぞや傷つけたのだろう。自覚は無くとも彼女は真の情報屋なのだ。

 マリーによるとドレッセンへの留学を希望しながら女の子一人ではと反対されていたヒルデガルト嬢は、マックスの赴任を口実に両親を口説いた。幼馴染みのマックスがいるのだから困ったら助けてもらえるじゃないか、何にも心配はいらないと。天才ヒルデガルト嬢の勉学への傾倒に手を焼いていた両親は、しばらく留学させて気が済めばどうにか嫁に行く気も起きるのではないかと、マックスにヒルデガルト嬢の面倒を押し付ける事にした。

 「へ……??」

 私はポカンと口を開けた。ヒルデガルト嬢はマックスと離れたくなかったから留学したんじゃなかったの?

 「で、ですが、夫とヒルデガルト様はずっと想い合っていたと、そう教えてくださった方がいらっしゃるのです。それなのにヒルデガルト様はドレッセンの王子殿下を選ばれ、夫は傷付きながらもまだ彼女が忘れられないんだって」
 「誰がそんな嘘を!」

 いやマリー君、君だ。君しかいない。

 でもマリー君は悔しそうに眉をしかめて唇を噛んでいる。……なんで?カップを持つ手を震わせる私の小芝居をあんなに嬉々として眺めてくれていたじゃない!貴女はそんなコじゃなかったはずよ!

 「夫の抗議は受け入れられず代わりに都合良く宛がわれたのがわたくし、夫はロートレッセ公爵夫妻からの縁談を断れなかったのだ、そうとも聞きました」

 いつもの調子を取り戻してくれないかとこっちから情報開示をしてみたのだが、マリー君は静かに首を横に振り私をじっと見た。

 マリー君が、私の情報屋のマリー君が慈愛に満ちた眼差しで!

 「フローレンス様、それは全て悪意に満ちた質の悪い噂ですわ」
 「……そうですの??」
 「えぇ、だって元はと言えばマクシミリアンがフローレンス様に一目惚れしたんじゃありませんか!」

 『フゴッ!!』と盛大な音を立てて私は咽た。

 「なんですって?!」
 「いやだ、マクシミリアンったら打ち明けていなかったの?本当にどこまで唐変木なのかしら!わたくしにあんなに惚気けてみせたくせに!!」

 マリー君がプンスコ怒っている。

 「とは言ってもね、お恥ずかしながらわたくしもそんな心無い噂を真に受けてしまった事もありましたわ。けれども先日、大通りの菓子店で難しい顔で考え込んでいるマクシミリアンと鉢合わせたんです」

 ……というのはあれたろうか?帰宅したマックスが大通りの菓子店の袋を手渡しながらしょんぼりと謝ったあれなのか?『バタークリームサンドは売り切れだった。ごめん』って。

 


 
 
 

 
 
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