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他の生き方を知らないのです
私 眠れませんでした
しおりを挟む「ジェレミアを拐かして侯爵家を手に入れるつもりか?馬鹿なことを考えるのもいい加減にしなさい」
「待ってくださいお父様っ。私はホルトン侯爵家を継ぐために頑張ってきたんです。私は、私はどうなるんですか?」
父はさも面倒くさそうに大きなため息をつくと凍り付くような冷たい目で私を睨んだ。
「誰がそんなことを言った?侯爵家を継ぐのはヘンリエッタだ。図太いお前と違ってあの子は繊細なんだ。いつまでも私達の目の届くところで見守ってやらなければならないじゃないか!お前は嫁に出す。何処に出しても恥ずかしくないようにこれだけの教育をしているんだ。それなのにちっとも結果になって現れないとは、努力が足りず怠けている証拠だとエイダが嘆いていたぞ。何が侯爵家を継ぐためだ。家を思うのならば真面目に努力をしなさい」
ぽたんと私の手の甲を何かが濡らした。私の目から溢れ出た涙が頬を伝い零れ落ちたのだ。父は不愉快そうに歪めた顔を背け、厳しい声だけを私に向けて投げつけて来た。
「そんなにジェレミアが欲しかったのか?浅ましい娘だ。いつまでも鬱陶しい泣き顔を晒すのはやめなさい」
…………違います、違うのです、お父様。
…………そうです、違うのです、お父様。
…………私の努力は何の為だったのですか?どうして教えて下さらなかったのですか?
…………それなのに、何故今頃私を責めるのですか?
∗∗∗∗∗∗∗∗∗∗
「父は何を言っても誤解を解いてくれなくて私は部屋で謹慎させられた、その間にジェレミアは貴族学院の寮に入ったの。休暇で家に戻った時には顔を見せに来ることもあったけれど、大人になって行くジェレミアにとって私はつまらなく感じたんでしょうね。ぶっきらぼうに返事をするだけでそっぽを向いてばかりだったわ」
「それは……」
何かを言いかけたマックスは『いや、いい……』と口をもごもごし、視線を泳がせている。それ以上言葉を続けるつもりもなさそうなので私は放っておくことにした。
「騎士団に入ったジェレミアが初めての休暇で訪ねて来たのが最後よ。私も学院に通い出してそれまで以上にやらなきゃいけない事が多くなっていたし、ジェレミアが来る日はどういう訳かいつも運悪く用事が入って家にいなかったから。……私ね、今までずっと自分一人が騙されていたと思っていたの。アークライト家もジェレミアをヘンリエッタと結婚させるつもりなんだってね。そうすればジェレミアは次期侯爵ですもの。まさか私が婚約するまで騙されていただなんて思ってもみなかった。しかも相手がヘンリエッタだからって白紙にするだなんて……」
急にバタリと倒れたマックスは腕を組んで気難しい顔をしている。
「重要なのはそこだろう?アークライト家は、それにジェレミアはフローラじゃなきゃ駄目だったに決まっているじゃないか!」
「そうね……そうなのよね。だってライラおばさまは私の母の親友だったんだもの。親友を苦しめた相手の娘との結婚なんて望んでいなかったでしょうに。私も両親と変わらないわ。アークライト家も爵位の為なら憎い相手の娘との結婚も厭わないんだって納得していたんだから」
膝の上のクッションを抱きかかえ顔を埋めると、ぐるぐると頭を巡る後悔に鼻の奥がツキンと痛くなった。
「フローラ」
声と共に頭に乗せられたのはいつの間にか起き上がっていたマックスの手だ。その手は私を慰めるように優しく髪を撫でている。さっきはあんなに怒ったくせに、何だか今はそれが心地良くて私は気が付かない振りをした。
「ジェレミアはどうなるのかしら?今までホルトン家に婿入りするって信じていたのに、ちゃんと結婚相手を見つけられる?」
「彼はまだ二十歳じゃないか、おまけに容姿端麗な近衛騎士だ。心配いらないよ。だけど……当分結婚する気は無いそうだ」
「……??貴方達、そんな話をするほど打ち解けたの?」
ドサっという音を聞いて顔を上げるとマックスはまた倒れていた。今度は腕組みじゃなくて両手で口を塞ぐという挙動不審ぶりだったが、私は見てみぬ振りをすることにした。びっくりはしたけれど、幼馴染みと形骸的な夫との親交なんて正直どうでも良かったので。
膝の上のクッションを持ってベッドから降りついでに足元の二つも手に取ってソファの上に乗せると、それに気付いたマックスががばっと起き上がった。
「一つ……減った!」
マックスは震える声でそう言いながら私の顔とクッションがあった場所を代わる代わるに見ている。
「やっぱり今日はありがとうの気持ちを優先しておくわ。じゃ、おやすみなさい」
どうしてそうしたかはわからない。でも勝手に伸びて行った私の手は境界線を超えてマックスの頬をするりと撫でた。息を止め大きく見開かれたマックスの瞳には微笑みを浮かべた私が映っている。
私は熱いものに触れたかのように手を引いた。急いで毛布を被りマックスに背を向けて身体を丸め、握った拳を唇に押し当てた。
大暴れしてドクドクしている心臓の音がマックスに聞こえてしまう気がしたから。
いつまでも暴れ続ける心臓のせいでこの夜の私にはなかなか眠りが訪れなかった。
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