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他の生き方を知らないのです

僕は違和感を覚えた

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 僕らは予定通りアリエラ王女の誕生日を祝う夜会に出席した。王妃様とオフィーリア様から贈られた薄紅色のドレスを着たフローラは目を見張るほどに美しく、誉める言葉すら浮かばずに我を忘れてじっと見つめる僕を困った顔で見つめ返した。婚約中にエスコートした夜会での紺に金色の刺繍がされたドレス姿のフローラだってそれは美しくて誰にも見せたくないと思ったものだが、やはりお二人が拘っただけあってフローラを最も引き立てるのは淡い色なのだ。着慣れぬ色のドレスに戸惑いがあるのか時折不安そうな表情を浮かべるけれど、儚げでありながら魔法の粉を身に纏った妖精のように光を放つフローラは綿菓子みたいに甘く軽やかにふんわりと踊る。そんなフローラを片時も離したくなくてずっと側にいる僕は散々オフィーリア様にからかわれた。

 窓際のソファにフローラを座らせ僕は飲み物を取りに行った。果実水を手に戻るとフローラはいつの間にか現れてた両親と向かい合っていた。

 僕は思わず足を止めた。実家を離れ久しぶりに両親に会えたのに、それなのにどうしてフローラはまるで叱られている出来の悪い生徒のように身体を竦めて目を伏せているのか?眉間に皺を寄せ冷たい目で見下ろす義父と嘲るように意地悪く唇を歪ませて微笑む義母。それは初めて見る義父母の姿だった。

 「お久し振りです。ご無沙汰いたしておりましたがお変わりございませんか?」
 「おぉ、マクシミリアンくんか」

 わざとらしいほど明るく快活な声で二人に呼び掛けると義父は険しかった顔付きを急に緩めにこやかに言った。ちらりと視線を上げたフローラはそれに気が付いたのだろう、小さく小さくほっと息を吐き出した。

 「どうかしら?この方は妻としてきちんとやれていて?」

 義母はフローラを吟味するような不躾な目でジロジロ眺めながら、危なっかしくて気が気ではないとでも言うような情けない口調でそう言った。

 「勿論です。本当に素晴らしい妻ですよ」
 「そう?けれどもねぇ、今も注意していたところなんだけれど」

 義母は顎をツンと上げ目を細め見下すようにフローラをじろりと見た。

 「この方のドレスはきちんと用意して持たせたのに……ひょっとしてこの方ったら貴方に強請ったのかしら?しかもこんな似合わない色を選ぶなんて……妻の装いはね、好きな物を選んで良いと言うものでは無いのよ。然るべき物を身に着けるのも嗜みのうちだと、選ぶべきものはわたくしが教えてきたはずだけれど?」

 義母は上目遣いに義父を見上げ腕に寄り添いながらこそこそと『本当に覚えが悪くて困ってしまうわ……』とこぼし、義父はそれを労るように目尻を下げている。

 「はい……」

 フローラはそれだけ言うと何の表情も浮かべずに口を閉じた。

 僕はフローラに持ってきた果実水を手渡し陶器のような滑らかな額にキスをした。フローラは目を見張り、それからムッとしたように僕を睨んだけれど僕はそれに笑顔で応えた。

 「そうでしょうか?僕は非常に良く似合っていると思いますよ。折角ご用意頂いたのですが、フローレンスには落ち着いた色ばかりではなく明るく柔らかい色味を着て欲しくていくつか新調してしまったのです。フローレンスは必要無いと言うのですが、僕の我儘でね。ですがこのドレスはそれらとは別に……」

 反論されるとは思いもしなかったのだろう。それまでの笑顔をぎこちなく凍り付かせた二人に僕はわざと声を張った。
 
 「王妃陛下とロートレッセ公爵夫人より結婚祝いとして頂戴したドレスなのですが……義母上に気に入って頂けず残念です」
 
 義母の顔から嘲るような笑顔が消え顔色が青ざめていく。そして豆鉄砲を喰らった鳩を絵に描いたようにポカンとしている義父の珍しい表情にぱちりと大きく瞬きをしたフローラはかっくりと俯いた。その肩は小刻みに揺れている。

 フローラは込み上げる笑いを誤魔化そうとしていたのだ。

 「そんな……そんなばかな」
 「そのような不敬な嘘などをマクシミリアンが口にして何か良いことがあるでしょうか?」

 フローラは相変わらず俯いたまま弱々しく震える声で言った。噛み殺した笑いを哀しげな雰囲気作りに利用するなんて、フローラもなかなかヤルではないか!いつの間にかグラスを持たない左手でお腹を抱えているのだから笑いを堪えるのに相当苦労しているのだろうけれど。

 僕は労るようにそっとフローラの肩を抱き寄せてから義父母に顔を向けた。

 「フローレンスは王妃陛下やオフィーリア様から大層目を掛けて頂いているのです。そうそう、今はオフィーリア様たってのお望みで週に2度ほど公爵邸に助手としてお手伝いに伺っておりましてね。フローレンスの優秀さにはオフィーリア様だけでなく公爵閣下も目を瞠られておいででした。勿論僕の妻としても非の打ち所なく努めてくれているのは言うまでもありませんが」
 
 青かった義母の顔がみるみる赤味を帯びていく。見開いた目に忌々しそうな影が浮かんでいるのに気が付いた僕は、もう少し刺激を加えてみることにした。

 「元々お二人はフローレンスの着るものが地味な色ばかりだと気に掛けて下さっていたそうで、フローレンスの美しさを引き立てる淡く明るい色合いを選ぶべきだとご助言を頂戴しましてね。その脚でブティックに行きなるほどと納得しました」

 義父は相変わらずの鳩顔でポカンとしている。思っても無かった事に処理が追い付かず頭の中が固まったまま何も考えられないらしい。
 
 
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