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愛なき結婚、スタートしました
私、二度見しました
しおりを挟むマックスはその後も『好きだ』とか『可愛い』とか『愛してる』とかその他諸々の、終ぞそのお口から発したことなど無かったあれこれを口走り続け、お陰で食事が終わった頃には私はぐったりと疲れていた。
おかしい、どうしてこうなった?繰り返すが我々はホントにホントにぎこちない夫婦で、マックスは行ってきますのキスだってでこチュー一択だったのだ。
そりゃ初めての妊娠が判った時は予想外にマックスが嬉しそうにしてくれたからつい私も雰囲気に飲まれて「大好きな貴方と私の……」発言なんてしちゃったけれど、それでもマックスはおいおい泣いていただけで愛してるだの好きだの言われた記憶なんか無い。これだけ巻き戻りを繰り返しているのに、だ。
いやいやいやいや、それどころかあの初期2回はイレギュラー、その後のマックスは冷血夫のお手本のように私を虐げたではないか。しっかりして私!あの甘々の裏には絶対に何かがあるに違いないのよ!!
私はグッと拳を握った。すっかり調子を狂わされてしまったが昨夜のアドバンテージを確実にこちらに取り戻さなくては。
という決意も虚しく私は何故か馬車の中でマックスの頭を膝に乗せている。明確に不服を表すべく視線は窓の外に固定しているのに、マックスはフンフン笑いながら『拗ねてるの、可愛い……』なんて呟くから本当に腹立たしい。拗ねちゃいない、こんな事になってるのに承服しかねているだけだって!
「ねぇフローラ、何か欲しい物はない?」
「別にありません。ドレスもアクセサリーもバッグも帽子も靴も当面必要な物は侯爵家で用意しましたので」
「んー、そう云う物じゃなくても良いんだ。例えば小説なんかどうかな?」
「図書室を拝見しましたけれど、かなりの蔵書がありましたわ。幾つか読んでみたいものも見つけましたし。ですから必要ありません」
私はとことんツンケンしながら答えたが、マックスのフンフンはどんどん上機嫌になっていく。どんな逆効果だ?
「何かないかなぁ。フローラが嬉しいなって感じてくれるもの」
「猫が……」
「ん?」
「猫が欲しいわ」
ダメ元で言ったのにマックスはがばりと起き上がって私を見つめた。
「猫か、それはいいな!」
ーーえっ、いいの?猫……
「フローラが猫好きだなんて知らなかったよ」
「私が小さな頃、うちには猫がいたんだけれど急にいなくなってしまったの。それからは家族が猫アレルギーだからって飼わせて貰えなくて」
マックスは眉尻を下げてじっと何かを考えていたが直ぐににっこりと微笑んだ。
「多分直ぐに望みが叶うと思うよ」
「直ぐに?」
マックスは自信有りげに頷いた。
到着したのはロートレッセ公爵の屋敷だ。無事結婚式が済んだご挨拶に出向いて来たのだが、外交責任者の公爵閣下は王宮で執務をされているのでお会いするのは夫人だけ。毎回この流れだから私も慣れたものだ。
サロンに通されると直ぐに夫人がお越しになった。マックスが縁談を取り持って頂いた感謝と無事に挙式を済ませた報告をすると夫人は満足そうに微笑んだ。
「マクシミリアン、わたくしが言った通りでしょう?貴方にぴったりのお嬢様を見つけたわって」
やたらと鼻高々に仰る夫人に、今迄のマックスは『ええまぁ』とかそんな感じのしゃっきりしない言葉をのらりくらりと答え夫人をがっかりさせ、ぴったりのお嬢様じゃない自覚がある私は申し訳なさで一杯になっていたのだが今回のマックスは様子がおかしい。並んで座っている私の手を握りじっと見つめてくるので何かと見返せば、潤んだ瞳を揺らしながらすっと目を細めてさも愛しくてたまらないとでも言うように微笑んだのだ。
マックスはゆっくりと夫人に向き直ると私の手をギュッと握り直した。
「はい、それはもう。フローレンスという僕の天使に出会わせて下さった……ご夫妻にはどれ程感謝をしてもしきれません」
元々マックスと多少なりとも面識があった夫人はマイヤと同様の印象を持っていたんだろう。私だってそうだったもの。そのくっそ真面目な男が甘ったるーい視線を私に送り天使呼ばわりしているのだ。思わず目を丸くして言葉を失ったのも致し方ないと思う。
そりゃそうです解ります、私も気味が悪くって……と夫人にチラッと視線を送った私は驚きの余りがっつり二度見した。夫人が、国一番のサバサバ系女子と名高いロートレッセ公爵夫人がどう見ても感極まりましたって顔をして、目から溢れ出た涙がハラハラと頬を流れ落ちていたんだから。
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