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堪忍袋の緒が切れましたので
もしかして僕が宣告されているのか?
しおりを挟むあんぐりと口を開けている僕を一瞥し、彼女はマイヤに微笑み掛けて『お疲れ様』と言った。そしてマイヤは一礼しすたこらと出て行ってしまった。
ドアが閉まると彼女はきっちりと巻き込まれ整えられたシーツを外し足元に折り畳みベッドの真ん中にクッションを並べ出した。彼女は凄く器用なのだろう。十六個のクッションがベッドの上で瞬く間に美しい列を成している。成してはいるが……
「フローレンス、これは何だい?」
首を捻る僕を彼女は眉間を寄せてジトッと見た。
「見ての通り境界線よ。これなら多少寝相が悪くても侵犯する心配はないでしょう?右か左、お好きな方を選んで頂いて構わないけれどどっちにする?」
「僕はどちらでも……ってそうじゃない。境界線ってどういう事だ?」
彼女はソファに座りローテーブルに乗せられたブランデーの瓶を手に取るとグラスに注ぎクイッと一口飲んだ。それから膝の上で頬杖をつき僕を上目遣いで、でも恐ろしい程の冷たさが込められた上目遣いで見上げた。
「私思うんだけど」
「うん?」
「マクシミリアンは私との結婚をロートレッセ公爵ご夫妻に勧められたから結婚したのよね?」
「ま、まぁ……そうだけど……」
「私は私で公爵家にコネが出来たと浮かれる両親の言いなりになるしか無かったの」
「ま、まぁ……そんな感じに見えたのは事実だったけど……」
「つまりね」
彼女はもう一口クイッとブランデーを煽った。
「私達の結婚に愛情はないの」
「……え?」
「だから私達が気持ちを通わせる必要は無くてしかもマクシミリアンの胸の内には特別な誰かがいる。跡取りはマクシミリアンの血が流れてさえいれば誰が産んだ子でも構わない。私が産んだって事にしちゃえば良いんだから」
「フローレンス、何を言ってるんだ!」
何を言っているんだと言いながら何を言っているかは良く判っている。だってそれは全部、僕が彼女に宣告しようとしていた事なんだから。
「いいの、仕方がないじゃない。私達はお互いに結婚するしかなかったんだもの。でも私、お飾りの妻なのは構わないけれど虐げられた妻になるつもりはないわ。辛さも苦しさも胸の内に抱えてこっそり涙にくれる、右向いてろって言われたら1日右だけを見てるようなそんな妻にはなりませんから!」
「そんなことを僕は望んでない!!」
思わず大きな声を上げてしまったが僕が宣告する予定だったのは正にそういう内容で、実際彼女はいつも1日中右を見て過ごしかねないひたすらに従順な妻として耐えていたのだ。
だが今回の彼女はシラーっと細めた目を僕に向け
「どうだか……」
と小声で呟いた。さも小指の先程も信じちゃいないからと言うように。
「私を寝室から追い出すつもりだったじゃないの。そんなことして虐げるつもりじゃなきゃ一体何よ?私の横で寝たくないのはよーく判りましたっ!でもここは夫婦の寝室でマクシミリアンだけの物じゃない、それなのにどうして私が客間なの?不公平だわ。私は何がなんでもこのベッドで寝ます。と言うことでそのクッションの境界線よ!」
「…………越えてはならない壁、って事かい?」
ぼそぼそと尋ねる僕に彼女は満足そうに頷いた。
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