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あたらしい秋とめぐりくる春

シルセウスの新領主

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 「シルセウスの新領主が着任したの。それでね、着任早々貴女に手伝って欲しいと申し入れがあったのよ。パートリッジからシルセウスでの貴女の事を色々聞いたけれど、随分領地を見て回ったそうね」

 「手伝いですか?わたくしにお役に立てる事なんてあるのでしょうか?」


 エルーシア様は後は頼むと言うように陛下に向って頷いた。陛下は心得たとばかりに私にお仕事モードの顔を向ける。


 「君がパートリッジにした様々な提案はシルセウスの復興を促進させる実現性の高いものだと感じた。それは新領主も同様でね。その中でも特に学院の再利用に興味を引かれたようだ」


 シルセウスの領民は手先が器用だ。だが残念な事に領外からの需要がない。デザインが伝統的で都会では好まれないのだ。そのデザインを活かしつつ、もっと繊細で洗練された刺繍にすれば王都でも欲しがるようになる。元々私が目指した刺繍職人はそんなに数が多くは無い。だからドレスに入れる刺繍もポイントとして使うのが殆ど。学院を再利用して技術者養成所を作り職人を養成し、工房で個人ではなく領が経営し大々的に仕事を受ける。そして高い技術を持つ職人が刺繍を手掛ける。つまりは領をあげての事業に育て上げるのだ。


 きちんと学び伝えて貰えるならば私の特許技術を提供しても良いと思う。シルセウス刺繍と組み合わせて新しい特許技術を考案する事もできる。そんな話を視察の道すがらつらつらとパートリッジ氏に語ってはいたが、それが陛下や新領主様のお耳にも入ったのですね。


 「それでだ、妖精姫。新領主は君に刺繍技術者養成所を立ち上げ所長を任せたいと依頼してきた。どうする?」

 「シルセウスに……わたくしにシルセウスに戻れと?陛下はそう仰っしゃいますの?」


 陛下は不安そうに顔を歪めた。


 「嫌か?嫌なら」「戻ります!」


 弾かれたように立ち上がった私を陛下は目を丸くして見た。


 「わたくしの力でシルセウスが立ち上がるのを支えられるなんて……きゃん!!陛下、愛しております!」

 「あー、例の『別の』ってヤツだな」


 私はシラッと陛下を一瞥した。


 「やだわ……当然じゃありませんの!」


 エルーシア様はまたケラケラと笑い私に早く屋敷に帰れと促した。シルセウスに戻るなんて、お義父様はなんと言うか?厄介な事はさっさと終わらせなさいと言う訳だ。私は今回ばかりは美しくない落ち着きのないカーテシーをちゃちゃっとして、けれど満面の笑みを両陛下に向けてから慌ただしく王宮を後にした。


 **********


 予想通りお義父様は渋りまくった。うん、よりによって監禁されたシルセウスだものね。しかも冬は寒くて雪深い貧しい領地。王都から一日もあれば行けるアシュレイド領ならまだしも、のそんな僻地に行きたいという義娘に難色を示すのも致し方ない。

 それでも『殿下のいらっしゃる王都を離れてしまいたいのです』と寂しい顔をしてみせるとコロッと騙されるカワイイお義父様、一週間後にはまた執事長と共においおい泣きながらシルセウスに向かう私を見送っていた。


 新領主は伯爵位を賜ったばかりの方でサティフォール伯という方だそうだ。何でも多大な功績によりこの度伯爵位を授けられ、望んだ報奨がシルセウス領だったらしい。元々陛下はシルセウスを王家の直轄にと考えていらした。資源も枯渇し見捨てられたような土地だ。苦労するのが解っていながら欲しがる者もいないだろうと。

 サティフォール伯爵も他の豊かな領を望めば良いものを、貴族の三男坊だというのでフロンティア精神旺盛なタイプなのだろうか?変わり者なのかも知れないけれどまぁ精々上手くやろう。上司との関係性は大切だものね。それに、ガリウスみたいな悪さをしないかこっそり、でもしっかり見張るつもりだ。


 そして五日がかりで私は再びシルセウスに戻って来た。ただしシルセウス城ではなくガリウスが建てた領主館だ。城は広過ぎて使いにくいし鍵ををこじ開けて回ったせいであちこち傷んでいると言う。ついでに私がバルコニーや外階段を壊せって命令しちゃったし。


 門を入り馬車寄せに着いた頃にはもう日が暮れかけていた。エントランスで出迎える背の高い男性の姿が目に入ったがあれがサティフォール伯だろうか?馬車のドアが開かれその男性が手を差し出してくる。だが私はそのまま凍り付いたように固まっていた。


 「何故……ここに?」


 彼は私の質問には答えず黙って手を取りグイッと引いた。そして気付いた時にはすっぽりと腕の中に包まれている。


 「??????」

 「あぁ、どれ程心配したことか……」


 訳がわからず混乱するばかりの私に益々混乱を来す彼の力強い抱擁はなかなか解けない。


 何故だ?何故なのだ?!


 漸くすっと力が抜けたと思ったら、彼はひょいと私を抱き上げた。それも横抱き……所謂お姫様だっこではなく、幼児のように縦抱きで。


 「あの……何をなさっているんですか?」

 「貴女が逃げないようにこのまま中に入ります。暴れると危険ですからじっとしていて下さい」


 仰る通り、この体制で暴れるのは大変に危険だ。でもね……


 「別に逃げはしないので降ろして頂きたいなと」

 「駄目です。散々突拍子もない事をしておいて、信用できるものですか」


 なんだかんだ押し問答をしている間に屋敷に入りホールを抜けサロンに入ったところでやっと私はソファに降ろされた。


 「ようこそ、シルセウス領へ」


 歓迎の言葉を述べながらそそくさとドアを閉め鍵まで掛ける彼に、ついに私の怒りは爆発した。


 「どうして貴方がいらっしゃるのよっ、ハイドナー様!!」


 ハイドナー氏は頭から湯気が出そうな私を前にしても悪びれもせず爽やかな、実に爽やかな笑顔で答えた。


 「ジェフリー・ハイドナーはもう居ないんです。陛下からサティフォール伯爵位を賜りジェフリー・サティフォールになりましたから」

 「そ、それはおめでとうございます。でも、そうじゃなくてどうしてここにいるのか聞いているんですっ!!貴方はドレッセン大使でしょう?」

 「ドレッセン大使なら後任のパートリッジが着任しましたよ。彼は優秀でしょう?こちらの大方の道筋は整えてくれていたので助かりました。突然後任に決まったので引き継ぎには多少苦労させてしまいましたが」

 多少?パートリッジ氏、ご無事なのかしら?


 うーん、わからなくなってきた。伯爵家の三男のハイドナー氏が新しい伯爵家当主になるのは素晴らしい。じゃあシルセウス領主っていうのは……この貧しい援助で食いつないでいる領を報奨として希望するなんて、やっぱりおかしいよね。大使として辣腕を振るっていた能力の高い人が、今にも倒れそうに傾いている領の立て直しだなんて。


 「だからってどうしてシルセウス領なんですか?」

 「勿論わたしが貴女を迎え入れる為ですよ」

 「は?」


 ハイドナー氏、改めサティフォール伯はソファに腰掛けた。しかも……

 何故だ?何故向かい側ではなく隣に座るのだ。


 「技術者養成所の立ち上げには貴女が適任です。わたしが領主になれば貴女を迎え入れるのはわたしです」

 「その為にこのカツカツで暮らす何の旨味もない領を?」

 「貴女と生まれ変わらせるのならばやり甲斐しか感じませんよ」

 「…………ねぇ、もしかしてドレッセンで何かとっても心に痛手を受けるような事がありまして?」


 サティフォール伯はうなだれると深く息を吐いた。それから私を恨めしそうに見上げる。


 「心に痛手をって……それはもう胸が引き裂かれるような辛い日々でしたがね!」

 「まぁ、そんなに激務でしたの?」

 「違います!誰のせいだと思っているんですか!貴女ですよ!婚約とは驚きましたが殿下ならばと諦めました。いや、諦めようと思いました。正妃になるならばきっとそれが貴女の幸せではないかと。ところがどうです?聖堂で誘拐されどんなに手を尽くして探しても行方は一向にわからない。そうこうするうちに彼等がやって来て会ってみれば、貴女から本を渡して直ぐに逃げろと言われたが、自分達はどうなっても構わないから姫様を助けてくれと、あのむさ苦しい男達がおいおい泣くのです。どうして貴女が一人城に残るんですか!いや、理由はわかっていますがそういう事を考えついて実行するのが大問題だ!」


 …………なんか、久々に会ったと思えば相変わらず煩いわね、この人。流石はガミガミ男筆頭だわね……。


 「大体貴女は相変わらずそうやって自分が我慢すれば良いと考える。全然変わっていないではないですか!私は言ったはずだ、もっと自分を大切にするべきだと。まさか人生二度目だからって投げやりに生きているんじゃないでしょうね?貴女にとっては二度目の生なのかも知れませんが、わたしにとっては貴女はここに居る貴女だけなんだ。粗末にされてはたまったものではありません!!」

 「投げやりなんて失礼ねっ!そんなんじゃありませんから」

 「だったら何です?」

 「……だって……後々あの時あぁしておけば良かったのかなぁ?ってウジウジするの……面倒くさいでしょう?」

 「面倒くさいっ?!」


 しまった!!余計なスイッチを入れたかも……。


 「良いじゃありませんか。何だかんだどうにかなりましたし、この通り私は無事でしたもの」

 「……そんなに痩せて……何が無事なんだ……」


 サティフォール伯は俯きながらポツリとそう零し……

 これでやっと、やっと大人しくなるかと思いきや、また勢いを盛り返すってなんなのよぉ。


 「一刻も早く貴女の元に駆けつけたかった。でもアルバートが王都に向かっていると。それならわたしがやるべきなのはドレッセンを動かす事で……でも本当は貴女を救い出したかったのです。わたしが!わたしのこの手で!!」

 「はぁ……左様でしたか……」


 私は思わずススッとソファの端へ寄った。だが寄った分だけサティフォール伯が詰めて来る。そうしながら彼は緑の瞳で私の目を覗き込んだ。あの穏やかな優しい色は何処へ行ったのやら。爛々と輝く瞳はなんだか凄く怒っているみたいだけれど、何故私が怒られなければならないのか?


 「やはり貴女は側で誰かが見張っていないと何を仕出かすかわからない。でも殿下に任せるべきではありませんでした。あのポンコツ王子に渡そうとしたのがそもそもの間違いだ。どうしてあのポンコツの言いなりになどなってしまったのか、悔やんでも悔やみきれない。もう二度と後悔の無いようにこれからはわたしが側で見張ります」

 「へ?」

 「そうです。その為にシルセウス領を手に入れたのです。そして殿下という障害は無くなったので、これからは心置き無く全身全霊で貴女に想いを伝えます。遠慮なく、ええ、一切の遠慮なく!」


 そう言うとサティフォール伯は膝の上で両手を握りしめた。力を込めたせいか握り込んだところが白くなっている。そして突然それをパンっ!と膝にたたきつけた。


 「そんな折にバージル殿下ですよ。情報を伝える上で貴女の名前を出さざるを得ず、やたらと根掘り葉掘り突っ込んで質問されるのが気になったが、情報提供者として興味を持たれているのかと油断したのがいけなかった。実際あの時点では単なる興味だったのでしょう。それがどうです?バージル殿下が、あのとっつきにくいと評判のバージル殿下が『スレニフ』と呼ばせた?未だかつて殿下がスレニフと呼ばれているのなんて聞いたことがない!あと一歩というところで何をしてくれるんだ、アイツは!」


 私は背もたれに寄り掛かりながら途方に暮れて天井を見上げた。この人、変に拗らせてしまったみたい。すごーく厄介な香りが立ち込めている気がしてならないのだけれど。


 「と、とにかく、それについては内々のうちにお断りしましたわ。だからこちらに来たのです。シルセウス領の為に精一杯努力致しますので、どうぞよろしくお願いします。ハイド……あ、サティフォール様」

 「そうなんです。慣れないので非常に呼びづらい。当然です」


 サティフォール伯はやけに嬉しそうににこにこしながらこっちを見ていた。まるで私が呼び間違えるのを待っていたかのように。


 「この際だから、いっそ呼び方を変えてしまいましょう。今のところわたしは貴女の上司ですし以前のように『ピピル様』では不自然だ」

 「まぁ、そうですわね」

 「二人だけの愛称で呼び合う事にします」

 「……」


 私の名前はピピルで貴方の名前はジェフリーで、愛称が必要な長さではない、というか上司と部下が愛称で呼びあう必要性も理解できないのでありますが。


 という心の声を感じたのかサティフォール伯が口を歪めて嫌な笑顔を浮かべた。


 「ピーちゃん、でも良いんですよ?」

 「わかりました。それ以外ならお好きにどうぞ」


 うっ、お母さんがそう呼んでいたの、側室候補に上がった時の報告書に書いてあったのね。調査官どもめ、余計な情報を。


 「では私は『ルゥ』と呼びます」

 「はぁ、構いませんけれど……三文字が二文字になるだけですが」

 「良いのです。わたしだけに許された呼び方だ。で、ルゥは何と呼んでくれるのですか?」


 え?それ私が考えるの??


 ジェフリーって……ジェフ?ジェリー?それじゃ普通過ぎる?フリー……ってそれはないか。じゃあ……


 「エリィ……とか?」

 「決まりです」


 女子っぽくて気にならんのだろうか?まぁ本人ご満悦だけど。

 とにかく、私が望んだ通り『エリィ』はしがらみから解き放たれ心の自由を取り戻したって事は間違いなさそうだ。だってこんな弾けっ振り、今まで一度も見たことがなかったのだもの。ただしこれで良かったかどうかは別問題だ。

 だってね、まさかこんな風になるなんて、私は夢にも思っておりませんでしたもの。



 







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