上 下
21 / 84
にどめの春

ジェフリー・ハイドナーの激怒

しおりを挟む

  怒られた、それはもう怒られた。離宮の私室で手当を受けた後、ハイドナー氏に怒られまくった。


 王宮の警備は厳重だが、テラスや庭園は『大人の諸事情』によりあえて手薄にしている。だから一人になるなと注意されたのだ。でも私はつい考え事をしてしまい、誰も居なくなったのに気がつかなかった。それがどんなに危険かわかっているのかとハイドナー氏がカンカンに怒っている。


 わかっているのかと言われればわかってはいましたよ。ただちょっと周りが見えなくなっちゃったものですから……


 「ピピル様は集中されると自分の世界に入って何も目に入らなくなられるのです!」


 ハイドナー氏が煩い。こんなにヒートアップしたハイドナー氏は初めて見たがとっても煩い。殿下は色味のせいもあって凍りつくような冷たい美貌だけれど、ハイドナー氏はもっと柔らかくて暖かな雰囲気の容姿だ。緩やかな癖のある明るい茶髪や少し下がり気味の目尻のせいなのかな?そのほんわかハイドナー氏がガミガミ怒っている。


 ところで私、この人の前で集中したことなんてあったかしら?確かに前世の私には所謂『ゾーンに入る』って感覚があったので、記憶が戻ってからも時々入っちゃう事があるんだけど。でもそれは夢中になって本を読んでいたり刺繍をしたりしている時でこの人の前ではやらかしていないと思うんだよなぁ。


 「あのような場所では常に周りに目を配って頂かないと。何かあってからでは遅いのです!」


 あぁもう、まだ怒ってるよ。そろそろ静かにして頂きましょうか。


 「に私を一人で残して、ハイドナー様はさぞ叱られるのでしょうね。申し訳ございません。なんとお詫びしたら良いのかしら?」

 「……いえ、そのような……」


 ほら、急に困った顔になった。大体ね、あのような場所に行ったのは貴方のボスの御乱心が原因ですよ!


 「そうかしら?きっと叱責されてしまうわ!でも悪いのはわたくしなのに。元はと言えばわたくしが夜風に当たりたいと我が儘を言ったのがいけなかったのです。無理を言ってテラスに出たのにぼんやり考え事をしてしまって……。本当に申し訳ございません。だ、か、ら、わたくしがいけなかったのだとお詫びに参りますわ。誰からに致しましょう?お義父様?殿下?それとも……アルにも謝らないといけないかしら?あ、護衛騎士の皆様も駆け付けて下さいましたわね。あの方々にも一言お詫びをしなくてはいけませんわ!」

 「……いえ、もう結構です。どうぞ以後は御注意下さいますように」


 焦って首をブンブン振るハイドナー氏に私はわざとらしく頷いて見せた。


 「承知致しました。もう絶対にテラスで考え事なんてしないってお約束します。今後は愛を囁き合う若い二人から目を離さずしっかり見学しておきますわ。さぁ、喉が渇いていらっしゃるでしょう?やたらと大きなお声でしたもの。お茶をお煎れしますね」


 苦虫をかみつぶしたような顔でソファに座ったハイドナー氏はもう何も言わない。ウイナーはピピルちゃん。貴方は負けを認めて紅茶でも飲んで少しは落ち着くと良いのだわ。お口に物が入ったら黙るしかないもの。


 私の煎れた紅茶に口をつけ大人しくなったハイドナー氏はうっすらと微笑んだ。


 「貴方は……お茶を煎れるのもお上手なのですね」

 「自分でお湯を沸かしますから。お湯を火から降ろすタイミングさえ見誤らなければ八割方は美味しくなるんです。沸かしすぎるとお湯の中の空気が抜けてしまうので。市井では何でも自分で致しますので身についただけですわ。お義母様には自分でお湯を沸かすのかと驚かれてしまったのですけれど」


 正しくは前世の市井で見た某国営放送の料理番組で得た知識……ですが。茶葉をジャンピングさせて開かせるには沸騰した瞬間の空気を最大限含んだ熱湯が最適なのです。むしろ蒸らし時間だけで美味しく煎れられるカーティスさんの方が凄いと思うよ。


 「お痛みですか?」


 ハイドナー氏の声にハッとする。包帯の上から手首をさすっていたことに気がついて、慌てて首を振った。テラスでの事を考えていたら無意識にやってしまったのだろう。あの時は恐怖で何も考えられなかったが、何故アンドリース殿下は私にあんな事を言ったのだろうか?


 「ハイドナー様。マライア……アンドリース殿下がそうおっしゃったんです。マライアがお前が持っていると言ったと。どなたかお心当たりはございまして?」


 ハイドナー氏は小さく息を飲んだがそれを隠すように穏やかな声で答えた。


 「マライアと仰るご婦人はお一人だけ。ファビアン殿下のすぐ上のお兄様でいらっしゃるグラントリー様のご側室です」


 あの四兄弟のうち、今私が関わっているのは殿下と国王陛下だけ。次男のアンドリース殿下はさっきの騒ぎが初見でグラントリー殿下はお会いしたことがない。マライア、あれはグラントリー殿下のご側室のことだったのだろうか?


 「アンドリース殿下は……お酒に酔われていらしたのではありませんね。あの男の方もおわかりだったはず」


 ハイドナー氏はゴクリと音を立て紅茶を飲み下すと、咎めるように私を見た。


 「ピピル様、それは……」

 「大丈夫です。わたくしが申し上げるのはここまでですから。他言も致しません。でも……すぐにでもお止めして治療をされるべきかと」


 あの男…アンドリース殿下は、このままではやがて廃人になってしまわれるのではないだろうか?




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

私はただ一度の暴言が許せない

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
厳かな結婚式だった。 花婿が花嫁のベールを上げるまでは。 ベールを上げ、その日初めて花嫁の顔を見た花婿マティアスは暴言を吐いた。 「私の花嫁は花のようなスカーレットだ!お前ではない!」と。 そして花嫁の父に向かって怒鳴った。 「騙したな!スカーレットではなく別人をよこすとは! この婚姻はなしだ!訴えてやるから覚悟しろ!」と。 そこから始まる物語。 作者独自の世界観です。 短編予定。 のちのち、ちょこちょこ続編を書くかもしれません。 話が進むにつれ、ヒロイン・スカーレットの印象が変わっていくと思いますが。 楽しんでいただけると嬉しいです。 ※9/10 13話公開後、ミスに気づいて何度か文を訂正、追加しました。申し訳ありません。 ※9/20 最終回予定でしたが、訂正終わりませんでした!すみません!明日最終です! ※9/21 本編完結いたしました。ヒロインの夢がどうなったか、のところまでです。 ヒロインが誰を選んだのか?は読者の皆様に想像していただく終わり方となっております。 今後、番外編として別視点から見た物語など数話ののち、 ヒロインが誰と、どうしているかまでを書いたエピローグを公開する予定です。 よろしくお願いします。 ※9/27 番外編を公開させていただきました。 ※10/3 お話の一部(暴言部分1話、4話、6話)を訂正させていただきました。 ※10/23 お話の一部(14話、番外編11ー1話)を訂正させていただきました。 ※10/25 完結しました。 ここまでお読みくださった皆様。導いてくださった皆様にお礼申し上げます。 たくさんの方から感想をいただきました。 ありがとうございます。 様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。 ただ、皆様に楽しんでいただける場であって欲しいと思いますので、 今後はいただいた感想をを非承認とさせていただく場合がございます。 申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。 もちろん、私は全て読ませていただきます。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

政略結婚した夫の愛人は私の専属メイドだったので離婚しようと思います

結城芙由奈 
恋愛
浮気ですか?どうぞご自由にして下さい。私はここを去りますので 結婚式の前日、政略結婚相手は言った。「お前に永遠の愛は誓わない。何故ならそこに愛など存在しないのだから。」そして迎えた驚くべき結婚式と驚愕の事実。いいでしょう、それほど不本意な結婚ならば離婚してあげましょう。その代わり・・後で後悔しても知りませんよ? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載中

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

処理中です...