8 / 34
ジタンの香
しおりを挟む
建物の奥にある休憩所らしき場所に着くと、既に数人が集まっていた。椅子に座っているものも居れば、しゃがみ込んでいる者も居る。
テーブルのような台の上に大きな一斗缶の空き缶で出来た、タバコの灰皿が中央に据えられ、各々が手に飲み物を握り、何を話すでもなく、タバコを吹かしては、ドリンクを飲むということを繰り返していた。
誰が吸っているのか、この場所には相応しくないようなタバコの香までする。この臭いはジタンだ。
フランスのタバコで日本人の一般労働者が吸うタバコとしては相応しくないように思った。僕は誰が吸っているのか気になり、当りを見渡す。
その臭いの出所は、あの事務方のように地味な扮装なのに便利屋のような賑やかな装いのフクロウに似た鈴木氏だった。いつの間にか、皆に紛れてタバコを吹かしている。
この鈴木氏という男は、少しインテリに出来ているらしい。なんとなく興味を引かれる存在ではあるが、彼に関わっている時間も無ければ、意味も無いと僕は思った。
正直、こんな所で知らない連中を目の前に、時間を潰している自分に苛立つった。僕は、タバコを吸わない。健康を害してまでタバコを吸う空間に漂う、くだらない会話に付き合うのがたまらなく嫌だ。
だいたい、ここで、何故、そんなことに付き合わなければならないのか、ここにいる連中とは、付き合いをしなければならないような利害関係も何も無い。
そんなことを考えながら、彼らを眺めていると、「そこの、69番、まぁ 腰を下ろしなよ」と声をかけてくる男性がいた。僕は、69番という掛け声から、自分が首からブラ下げている番号札のことを思い出し、自分を呼んでいるのだと思う。
僕は、これ以上、番号で呼ばれることがないように、胸ポケットの中に番号札を慌ててしまった。
声をかけてきた男性は、手招きとジェスチャーを交えながら、腰を下ろせと僕に示している。その言葉に従うか、戸惑っていると、中央に座っている恰幅の良い、還暦を過ぎたくらいに見える男性が、「缶コーヒーで良いか」と僕に訊く。僕が何も返事をしないうちに、缶コーヒーはポイっと一方的に投げ渡された。
僕は投げられた缶コーヒーを、慌てて抱きとめると、反射的に「ありがとう」と返事をする。ありがたくも無いのに。コーヒーは好きだが、缶コーヒーは嫌いだ。缶コーヒー独特の甘ったるい味と渋みが、どうも好きになれない。僕にとって、この味は、若い頃の馴れ合いの人との繋がりや、無駄にした時間を思い起こさせるものだった。こんな所に付いて来てしまったが、自分は何をしているのか、参ったなと思った。
ふと、当りを見渡すと、いつの間にか、フクロウに似た小太りの黒縁眼鏡の鈴木氏の姿は消えていた。
あたりはコーヒーを缶から啜る音と、タバコを噴出す息の音だけが、時折、聞こえて来るだけで、静まりかえっていた。
僕はコーヒーを握り締めたまま飲むつもりはない。缶コーヒーを手渡されて以降、誰も自分に話しかけて来る様子もない。僕も、ここに用はない。長居は無用だと席を外そうとした時「あんた、新入りだね。今日からかい。そりゃーいい。春はいいよ。冬は緊かったよ。ここはさ、なれちまえば、ど、おってこと無いところさ。あんたの用が済むまで好きなだけいるといい」と、独り言のように呟く男性の声が耳に入る。
男性はたばこを深く吸い込み、勢い良く吐き出すと、一気に缶コーヒーを飲干した。
男性は、日本人離れした、ほりの深い顔をしていた。日に焼けているからか浅黒くカタコトのような話し方からも外国から来た日雇い労働者のように見えた。僕はその言葉を聞いて、少し間を空けてから、腰を上げ、その場を立ち去ろうとした。
丁度、その時、どこからとも無く、集合の合図が聞こえた。そして、その場に居た男達も次々と立ち上がり、声がした方向に1人、また1人と歩いて行った。
僕は、もちろん、声がする方へは行かない。その場を離れ、園芸館がある方向へと、急ぎ、歩きだした。
園芸館の建物はすぐ目の前にあった。とても大きな建物で、園芸用品だけを取り扱っている敷地としては、かなりの広さがあるように思えた。外売り場には、花苗や庭木や培養土、レンガに物置等も置かれていた。
僕の立っている場所から、園芸館への入り口は4つ見える。
僕は一番手前にある、ガラス張りの自動ドアに向かって歩いた。
テーブルのような台の上に大きな一斗缶の空き缶で出来た、タバコの灰皿が中央に据えられ、各々が手に飲み物を握り、何を話すでもなく、タバコを吹かしては、ドリンクを飲むということを繰り返していた。
誰が吸っているのか、この場所には相応しくないようなタバコの香までする。この臭いはジタンだ。
フランスのタバコで日本人の一般労働者が吸うタバコとしては相応しくないように思った。僕は誰が吸っているのか気になり、当りを見渡す。
その臭いの出所は、あの事務方のように地味な扮装なのに便利屋のような賑やかな装いのフクロウに似た鈴木氏だった。いつの間にか、皆に紛れてタバコを吹かしている。
この鈴木氏という男は、少しインテリに出来ているらしい。なんとなく興味を引かれる存在ではあるが、彼に関わっている時間も無ければ、意味も無いと僕は思った。
正直、こんな所で知らない連中を目の前に、時間を潰している自分に苛立つった。僕は、タバコを吸わない。健康を害してまでタバコを吸う空間に漂う、くだらない会話に付き合うのがたまらなく嫌だ。
だいたい、ここで、何故、そんなことに付き合わなければならないのか、ここにいる連中とは、付き合いをしなければならないような利害関係も何も無い。
そんなことを考えながら、彼らを眺めていると、「そこの、69番、まぁ 腰を下ろしなよ」と声をかけてくる男性がいた。僕は、69番という掛け声から、自分が首からブラ下げている番号札のことを思い出し、自分を呼んでいるのだと思う。
僕は、これ以上、番号で呼ばれることがないように、胸ポケットの中に番号札を慌ててしまった。
声をかけてきた男性は、手招きとジェスチャーを交えながら、腰を下ろせと僕に示している。その言葉に従うか、戸惑っていると、中央に座っている恰幅の良い、還暦を過ぎたくらいに見える男性が、「缶コーヒーで良いか」と僕に訊く。僕が何も返事をしないうちに、缶コーヒーはポイっと一方的に投げ渡された。
僕は投げられた缶コーヒーを、慌てて抱きとめると、反射的に「ありがとう」と返事をする。ありがたくも無いのに。コーヒーは好きだが、缶コーヒーは嫌いだ。缶コーヒー独特の甘ったるい味と渋みが、どうも好きになれない。僕にとって、この味は、若い頃の馴れ合いの人との繋がりや、無駄にした時間を思い起こさせるものだった。こんな所に付いて来てしまったが、自分は何をしているのか、参ったなと思った。
ふと、当りを見渡すと、いつの間にか、フクロウに似た小太りの黒縁眼鏡の鈴木氏の姿は消えていた。
あたりはコーヒーを缶から啜る音と、タバコを噴出す息の音だけが、時折、聞こえて来るだけで、静まりかえっていた。
僕はコーヒーを握り締めたまま飲むつもりはない。缶コーヒーを手渡されて以降、誰も自分に話しかけて来る様子もない。僕も、ここに用はない。長居は無用だと席を外そうとした時「あんた、新入りだね。今日からかい。そりゃーいい。春はいいよ。冬は緊かったよ。ここはさ、なれちまえば、ど、おってこと無いところさ。あんたの用が済むまで好きなだけいるといい」と、独り言のように呟く男性の声が耳に入る。
男性はたばこを深く吸い込み、勢い良く吐き出すと、一気に缶コーヒーを飲干した。
男性は、日本人離れした、ほりの深い顔をしていた。日に焼けているからか浅黒くカタコトのような話し方からも外国から来た日雇い労働者のように見えた。僕はその言葉を聞いて、少し間を空けてから、腰を上げ、その場を立ち去ろうとした。
丁度、その時、どこからとも無く、集合の合図が聞こえた。そして、その場に居た男達も次々と立ち上がり、声がした方向に1人、また1人と歩いて行った。
僕は、もちろん、声がする方へは行かない。その場を離れ、園芸館がある方向へと、急ぎ、歩きだした。
園芸館の建物はすぐ目の前にあった。とても大きな建物で、園芸用品だけを取り扱っている敷地としては、かなりの広さがあるように思えた。外売り場には、花苗や庭木や培養土、レンガに物置等も置かれていた。
僕の立っている場所から、園芸館への入り口は4つ見える。
僕は一番手前にある、ガラス張りの自動ドアに向かって歩いた。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
就職面接の感ドコロ!?
フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。
学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。
その業務ストレスのせいだろうか。
ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。
思い出を売った女
志波 連
ライト文芸
結婚して三年、あれほど愛していると言っていた夫の浮気を知った裕子。
それでもいつかは戻って来ることを信じて耐えることを決意するも、浮気相手からの執拗な嫌がらせに心が折れてしまい、離婚届を置いて姿を消した。
浮気を後悔した孝志は裕子を探すが、痕跡さえ見つけられない。
浮気相手が妊娠し、子供のために再婚したが上手くいくはずもなかった。
全てに疲弊した孝志は故郷に戻る。
ある日、子供を連れて出掛けた海辺の公園でかつての妻に再会する。
あの頃のように明るい笑顔を浮かべる裕子に、孝志は二度目の一目惚れをした。
R15は保険です
他サイトでも公開しています
表紙は写真ACより引用しました
隣の人妻としているいけないこと
ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。
そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。
しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。
彼女の夫がしかけたものと思われ…
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる