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高橋松園

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ジタンの香

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 建物の奥にある休憩所らしき場所に着くと、既に数人が集まっていた。椅子に座っているものも居れば、しゃがみ込んでいる者も居る。

テーブルのような台の上に大きな一斗缶の空き缶で出来た、タバコの灰皿が中央に据えられ、各々が手に飲み物を握り、何を話すでもなく、タバコを吹かしては、ドリンクを飲むということを繰り返していた。

誰が吸っているのか、この場所には相応しくないようなタバコの香までする。この臭いはジタンだ。

フランスのタバコで日本人の一般労働者が吸うタバコとしては相応しくないように思った。僕は誰が吸っているのか気になり、当りを見渡す。

その臭いの出所は、あの事務方のように地味な扮装なのに便利屋のような賑やかな装いのフクロウに似た鈴木氏だった。いつの間にか、皆に紛れてタバコを吹かしている。

この鈴木氏という男は、少しインテリに出来ているらしい。なんとなく興味を引かれる存在ではあるが、彼に関わっている時間も無ければ、意味も無いと僕は思った。

正直、こんな所で知らない連中を目の前に、時間を潰している自分に苛立つった。僕は、タバコを吸わない。健康を害してまでタバコを吸う空間に漂う、くだらない会話に付き合うのがたまらなく嫌だ。

だいたい、ここで、何故、そんなことに付き合わなければならないのか、ここにいる連中とは、付き合いをしなければならないような利害関係も何も無い。

そんなことを考えながら、彼らを眺めていると、「そこの、69番、まぁ 腰を下ろしなよ」と声をかけてくる男性がいた。僕は、69番という掛け声から、自分が首からブラ下げている番号札のことを思い出し、自分を呼んでいるのだと思う。

僕は、これ以上、番号で呼ばれることがないように、胸ポケットの中に番号札を慌ててしまった。

声をかけてきた男性は、手招きとジェスチャーを交えながら、腰を下ろせと僕に示している。その言葉に従うか、戸惑っていると、中央に座っている恰幅の良い、還暦を過ぎたくらいに見える男性が、「缶コーヒーで良いか」と僕に訊く。僕が何も返事をしないうちに、缶コーヒーはポイっと一方的に投げ渡された。

僕は投げられた缶コーヒーを、慌てて抱きとめると、反射的に「ありがとう」と返事をする。ありがたくも無いのに。コーヒーは好きだが、缶コーヒーは嫌いだ。缶コーヒー独特の甘ったるい味と渋みが、どうも好きになれない。僕にとって、この味は、若い頃の馴れ合いの人との繋がりや、無駄にした時間を思い起こさせるものだった。こんな所に付いて来てしまったが、自分は何をしているのか、参ったなと思った。

ふと、当りを見渡すと、いつの間にか、フクロウに似た小太りの黒縁眼鏡の鈴木氏の姿は消えていた。

あたりはコーヒーを缶から啜る音と、タバコを噴出す息の音だけが、時折、聞こえて来るだけで、静まりかえっていた。

僕はコーヒーを握り締めたまま飲むつもりはない。缶コーヒーを手渡されて以降、誰も自分に話しかけて来る様子もない。僕も、ここに用はない。長居は無用だと席を外そうとした時「あんた、新入りだね。今日からかい。そりゃーいい。春はいいよ。冬は緊かったよ。ここはさ、なれちまえば、ど、おってこと無いところさ。あんたの用が済むまで好きなだけいるといい」と、独り言のように呟く男性の声が耳に入る。

男性はたばこを深く吸い込み、勢い良く吐き出すと、一気に缶コーヒーを飲干した。

男性は、日本人離れした、ほりの深い顔をしていた。日に焼けているからか浅黒くカタコトのような話し方からも外国から来た日雇い労働者のように見えた。僕はその言葉を聞いて、少し間を空けてから、腰を上げ、その場を立ち去ろうとした。

丁度、その時、どこからとも無く、集合の合図が聞こえた。そして、その場に居た男達も次々と立ち上がり、声がした方向に1人、また1人と歩いて行った。

僕は、もちろん、声がする方へは行かない。その場を離れ、園芸館がある方向へと、急ぎ、歩きだした。

園芸館の建物はすぐ目の前にあった。とても大きな建物で、園芸用品だけを取り扱っている敷地としては、かなりの広さがあるように思えた。外売り場には、花苗や庭木や培養土、レンガに物置等も置かれていた。

僕の立っている場所から、園芸館への入り口は4つ見える。
僕は一番手前にある、ガラス張りの自動ドアに向かって歩いた。

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