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第四章 通りすがりのダーティーエルフ編

第101話 ─ 覚えているかい? 少年の日の事を ─…ある男の独白

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※この話から名無しの主人公に視点が戻ります。


*****


──じゃあ後は任せたぜ、相棒。

 そう伝えて相棒マロニーは奥に引っこんだ。
 俺は暗い部屋の片隅に、息を潜めて身を隠す。
 もうすぐやって来るはずだ。


 真っ暗な部屋に明かりがともり、ソイツが入ってきた。
 俺の存在に気付かぬまま、ソイツは部屋に無造作に入ると、豪華な机に向かう。
 そして椅子に座ると、ノート型パソコンで何かの作業を始めた。
 画面に女性の裸の写真が多く表示されているのは、この際無視で良いだろう。

 ……最後にこの男を見た時よりも、随分と恰幅が良くなっている。
 そしてそれと同時に、周囲の気配へのアンテナの張り方も人間並に鈍ったか。

 ──ふぅん、コイツがやっぱりだったのか。だけど何というか、随分とテメエとは……覚悟というか、心構えみたいなのが弱いな、相棒。

 俺はそう語りかける相棒マロニーに答えず、物陰からそっとこの男の背後に忍び寄る。
 男は気付かない。物音を立てないようにしているとはいえ、ここまで近づいても気が付かないとは。
 俺は右手を振り上げる。男は気付かない。
 右手を勢いよく振り下ろす。男は最後まで俺に気付かぬまま、右の手刀を後頭部に受けて昏倒した。


*****


「やあ、お目覚めかい? 久し振りだな」

 男に水をぶっ掛けて起こすと、俺は開口一番にそう言った。
 気絶している間に、俺の手で椅子に縛り付けられた男は、怒りもあらわに怒鳴る。

「誰だ貴様! この儂を誰だか知っての事だろうな!?」

 ……やはり、か。
 この男の頭からは、俺の存在は消え去っているらしい。
 俺はわざとらし過ぎるほど慇懃無礼いんぎんぶれいに、男に答える。この男が、ノート型パソコンを眺めていた机に腰掛けながら。

「もちろん、貴方様がこの街の支配者であると、百も承知で行ったことでございますよ」

 芝居じみた仕草で肩をすくめ、俺は続けた。

「ああ、それと屋敷の周囲の警備は既に、機械も人も、全て無力化してあるのでご心配無く」

 男は……この街のボスは、それを聞いて顔色が変わる。顔がサッと青ざめ、先程までの余裕がなくなった。
 予想された事とはいえ、俺を忘れている事に寂しさを覚えながら、俺はポータブルディスクプレイヤーを取り出す。

 あのアイラとアマレットが切り刻まれた動画をボスに見せる。
 ある場面で一時停止すると、画面の一点をボスに示す。

「これ、アンタだよな?」

 一瞬ボスがひるんだが、すぐに傲岸な態度を取り戻す。
 不敵に笑って俺に言った。

「それがどうした。別に個人の自由だろう。儂を罪に問えるならやってみろ。お前のような、どこの馬の骨とも分からん奴が出来るならな」

「……らしいですよ、奥さん。こんな乱痴気騒ぎに嬉々として参加しておいて、あまつさえ開き直るなんて。見苦しいと思いませんか?」

「なに!?」

 部屋の隅には、ボスを襲う前に既に拘束していた妻が、同じように椅子に縛られて猿轡さるぐつわをかまされていた。
 まぁ、俺がやったんだけどな。

 妻は怒りに満ちた目で、夫の残虐な遊びをとがめていた。いや、夫が他の女と遊んでいた裏切りへの怒りが強いか。
 しかしまぁ、随分と口調を変えているな、この男。
 昔を知っているだけに違和感が半端無い。

「貴様、こんな真似をして何が目的だ!?」

 ボスがそう俺に問うてくる。
 まだ気が付かないか、寂しいものだ。
 俺はまた肩を竦めてボスに告げる。

「貴様……ね。さっきから随分とつれ無いじゃないか。それに、口調も昔と無理に変えてて似合わないぜ、

「何だと!!」

 そして妻の猿轡も外し、彼女にも俺は告白する。

「そういえば、アンタも俺を覚えて無かったよな? 

「貴方、いったい誰よ! 私達の息子はミトラだけよ!!」

 俺は深くため息をつく。
 俺の苦悩と苦闘の果てが、この扱いか。
 あれだけ母の機嫌を取り、家事をこなし、ミトラの世話も一手に引き受け。
 父親の都合に振り回され、都合の良い使い走りとしか扱われず。
 自分の面倒を押し付ける存在としてしか、彼等から見てもらえず。
 そして

「儂は人間「あんたが耳隠しの魔法かけてるぐらい、俺が知らないとでも?」

「な、なぜそれを……」

「俺も同じ魔法かけてんだよ。んでビッグママにも確認取った。彼女、かなり昔にあんた等二人が居た事を覚えていたよ」

「儂は……」

「『儂』より『私』の方が合ってると思うけどな、父さん。昔みたいに。
 この街丸ごと生贄に捧げて呼び出す力で、一体何をしようとしてたんだかな。母さんまで犠牲にしてさ」

「な……お前そこまで! い、いやそんな事は貴様には関係無い! いいからさっさと儂の縄を解いて──」

 ズドン!!

 ボスの──俺の父親の太腿に穴が空き、血が滲み出す。うめく父親。
 俺は、銃口から硝煙ただようマロニーの拳銃をチラつかせて、父親を黙らせる。

「誰に向かってモノ言ってんだ? 俺を知らないってんなら、俺達は赤の他人だ。俺がてめえに敬意を示す必要もねェだろう」

 母親の方を見る。
 今の銃撃で、母はすっかり恐怖に怯えてしまっていた。
 俺は銃口を父親に向けながら、続けて話す。

「ま、この魔法陣で力つけてテメエが何しようとしてたかは、正直興味がねェ。もう魔法陣は、俺が召喚主として書き換えたからな」

「な……儂の魔法陣を、『嵐をもたらす者』を貴様!!」

 もう一発、反対の足に銃を撃ち込む。
 父親は……この街のボスはうめき声しか出さなくなった。

「『魂を喰らう原初の混沌』、『嵐を齎らす者』か。せいぜいミトラ抹殺に有効利用させてもらうさ」

 そう言ったあと俺は、小さく「ロングモーン、頼む」と呟く。
 バチリと突然この部屋の中に紫電が走り、この街のボスを襲う。
 ボスは気絶した。要はロングモーンにスタンガン代わりになって貰ったのだ。


 母は一連の光景を見て、すっかり血の気が引いてしまっていた。
 ブルブルと身体を震わせ、首も左右に振っている。
 俺が母に向き直ると、母は言い訳じみた命乞いを始めた。

「あ……ああ貴方が誰だか思い出したわ。私の息子……み、ミトラの兄弟だったわよね!? お兄ちゃんのミトラが面倒見ていた……」

 本当に覚えていないのか、この女も。
 召使いのようにお前の世話をした俺を。
 不機嫌な時に感情のサンドバッグにして、延々となじり続けた相手のこの俺を。
 実質的にお前を食わせ続けたこの俺を!

「本当に思い出したのなら、俺の名前を言ってみろよ、母さん」

「も、勿論よ、貴方は自慢の息子だったわ、タンドリー」

「誰だよその名前」

「ひ……! ご、ごめんなさいケバブだったわね」

「違うな」

「あ、あ……。ぴ、ピラフだったかしら? パエリア? ボンゴーレ?」

「全部違う」

「マッシュ……マッシュ・ルーム? カルボナーラ! モンブラン!? カルヴァドス! ポトフ!! ナムル!! マティーニ!! アラビアータ!!!! キリタンポ……」

 バチッ!!

 母が……いや、この街のボスの、形だけの妻が気絶した。
 ロングモーンが俺に告げる。

“もうこれ以上、貴殿の心を自ら傷つけるな。すまぬが儂の判断でやらせて貰ったぞ”

「……ありがとうロングモーン」

“気にするな”

──大丈夫だ。俺様も今のオメエの気持ちが分かるぜ相棒。

「ははは。あんたも有り難う。救われるよ、相棒マロニー

 
 俺は親からも見捨てられた汚れた男ダーティーエルフ
 ならば、関わりの無い他人の彼等を、生贄に捧げる事など何とも思わない。

 さて、あとはもう一人。


*****


「あ……アンタはマロニー? なぜアンタが私の家なんかに居てるの!?」

 トスッ!

 俺はシャーロットの言葉が終わらぬうちに、ナイフを投げる。
 ナイフは狙い違わずシャーロットの胸に吸い込まれて突き立った。

「ひ……!」

「そのナイフは今、お前の心臓近くの大動脈弓を傷つけた。下手にナイフを抜いたり、逃げようと走ったりしたら、血管が破れて出血多量で死ぬぞ」

「た、助けて……」

──ははは、良い顔だな。この顔見れただけで俺様は満足だ。

 そう相棒マロニーが伝えてくる。
 この顔をカリラやアマローネ、マルゴに見せてやりたかったな。
 そう思いながら俺はシャーロットにも、ロングモーンの雷をスタンガン代わりに浴びせて気絶させた。
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