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ほんの小さな覚悟
心は定まらずに
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「その手紙は何?」
「お前には関係ないだろ」
部屋に入ってすぐ、ホムンクルスがユリス様からの手紙に興味を示した。
「むぅ。そう言われると、なお気になる」
「それ恐えよ」
無表情で頬をふくらませるというホラーなことをするホムンクルスを押しのけ、俺はベッドに転がって手紙を開いた。
『あぁセリア!どうしてあなたは勇者(セリア)なの?!』
グシャっ!
思考がはたらくより先に、手が動いた。衝動的にグシャグシャにしてしまった紙を投げ捨てずに、なんとかそれを開き直す。
「何だよこれ。イカれてんだろ」
たまらず言葉を漏らしながらも、視線を紙面に彷徨わせていく―――。
『あぁセリア!どうしてあなたは勇者(セリア)なの?!』
バルコニーの下から、底辺スキルを授かってしまった少年が悲痛の叫びをあげた。
『それはね―――』
セリアと呼ばれた見麗しいお姫様は、バルコニーから身を乗り出し、溢れんばかりの内情を吐露する。
『真面目にやってきたからよ。ね?』
『くそっ!アリーシャ=マーク=ヒッコリーシャの予言通りになってしまった!!』
悲痛な表情で叫ぶ少年の両手は、きつく握り締めるあまり、血が出ている。将来を誓ったが故に、己の無力感に耐えられないのだろう。
『君が勇者でさえなければ!!僕はこの思いを打ち明けられるというのに!!』
かたやバルコニーの上から。かたやバルコニーの下から。視覚的には何も感じずとも、二人を隔てるその空間には、越えられぬ壁がそびえ立っている。
『僕はどうすればいいんだ!?』
少年は、セリアを抱きしめたいが一心で叫び続ける。己の無力を塗り消さんと、せめて心だけは折れまいと。だが、雑巾から水を絞り出すような捻れた覚悟では、終わりは知れているというもの。
やがて現実に打ち負けた少年は、その場でがっくりと項垂れた。
『くそ―――』
そんな少年を見て、セリアは思い出したように口を開いた。
『一つだけ方法があるわ!王宮の禁書庫には、何故か黄金の果実についての本があるのよ!!きっと、黄金の果実は実在するんだわ!』
暗闇に閉ざされたトンネルを光が彩るように、少年の諦念を塗りつぶす希望。ハッと顔を上げた少年の瞳には、確かな意志があった。
『分かった!僕はまだ頑張るよ!!』
こうして、少年はダンジョンに潜ることにした――――。
ビリッ。
あ、無意識に手が動いてしまった。いけないいけない。でも、これは不可抗力ってやつだ。具体的には何が不可抗力なのかは知らないけど、溢れる感情が止まらない。
あら、また不可抗力が。
手が勝手に動き、紙がランプの中にブチ込まれる。数秒経ってそれが灰となったのを確認してから、俺は思考を働かせ始めた。
「何だよ、あれ―――」
が、考えども思い浮かぶのは、あのふざけた三文小説。執筆したのは間違いなくユリス様だが、何だよあれ。やけに書き慣れてる感がある。
冒頭といい、語りといい、イライラが募ってくるし。
「落ち着け」
今必要なのは、あの手紙から必要な情報だけを読み取ることだ。
まず、セリアとは確実に"セリア"のことだろう。少年は俺だと推測できる。
セリアと少年が結ばれるのに必要なのが"黄金の果実"であるのならば、それこそが今回ユリス様が俺に伝えたいことに違いない。
――――黄金の果実は、あらゆる病気、呪いを癒やす。
この情報は、一般的な教育を受けたものであれば、だれでも聞いたことくらいはあるだろう。
黄金の果実は、見たことがある人間がいないためその実在は不確かだが、おとぎ話などで頻繁に耳にする。
ダンジョンは昔から、人智を超越したものとして、人間たちを魅了してきた。魔物が我が物顔で闊歩し、致命傷を与えるトラップが点在し、しかしそれでもなお挑むだけの価値があるからだ。
現在王都のダンジョンの最前線は、22層。1層から最前線までのマッピングは終わっており、それらは全て危険極まりないものと認識されている。だが、30層だけは違う。
30層には魔物やトラップの類はなく、只々広大な森が広がっているらしい。
そして、おとぎ話では、とある情報が伝えられている。
それは、広大な森の中のどこかには、一本だけ黄金に光る木が生えていて、その木が黄金の果実を実らせるのだ――――というもの。
黄金の木や、その果実の発生についてに関する情報も様々あるが、初代魔王がうんちゃらかんちゃらと、信用できるものでは無い。
未攻略のため、穴のように情報が抜け落ちている23層から29層を飛ばして、なぜか30層の言い伝えがあるのか。
一部専門家は未だに研究をしているが、何一つとして分かることはないという。
長々と言葉を並べ立てたが、つまりはこういうことだ。
「確実に助けたいんなら、30層まで行けって?」
200年前。先代の勇者パーティーが王都のダンジョンに挑んだ際、28層でリンクが途絶えたという。
伝説の人物たちですら力及ばず倒れた場所に、俺が挑むと?
「馬鹿らしい」
もしかしたら、エルフたちがなんとか解呪方法を見つけてくれるかも知れないんだ。何で命張らなきゃいけないんだ。てか、こんなの自殺だ。
「無理だろ、おい」
だが、王宮の禁書庫に黄金の果実についての本があったのなら、そういうことなんだろう。
何らかの形で、大昔に王宮の誰かが黄金の果実に触れ合った可能性があるかもしれない。
「俺は―――」
口に出すのは簡単だ。だが無責任な覚悟は、風に飛ばされるように消えてしまうだろう。
いや、待て。
自殺と同意だって?それは違う。俺には、俺だけには30層に行くための方法があるだろう。
―――ホムンクルスだ。
ホムンクルスと契約している俺ならば、欲した力を得ることができる。
ダンジョンの最前線は22層だが、ホムンクルスの契約によって得られる力が過去の大戦通りならば、30層へ行ける可能性はゼロじゃない。
10ヶ月もあれば、黄金の果実を取ってこられるだろう。
だが―――
ちらりと、ホムンクルスの横顔を眺める。
現在ホムンクルスは、宿に置いてある小説を読んでいる。その横顔は相変わらずの無表情が貼り付いているが、僅かばかりの好奇心を帯びているようにも見える。
たった1週間しか一緒に居ないのに、よくもまぁこれだけ表情を読めるようになったなぁ。
「なぁ」
「どうかしたの?」
ホムンクルスが本から目を上げて、俺を見た。
この、互いの名前を呼ばない会話にも慣れてきた。
「お前、今後も生きたいと思うか?」
「それは、私の一存で決定できる内容ではない。あなたが力を求め過ぎれば、憲兵に見つかれば、私を作った者に気付かれれば、私の命は無くなるから」
そうは言い切ったが、ホムンクルスは吐いた言葉に納得できないように、首を傾げた。
「いいや、少し違う。私は消費される物として作られた。だから、無くなる命はない。なら、壊れる?」
――――――これだ。
こいつは、人間について興味津々のくせに、自分自身の命に無頓着過ぎる。そして、俺は自分の目的のために、こいつを使い潰そうとしている。
そんなことが出来るのか?俺に。
セリアとホムンクルスを比べたのなら、心の天秤が傾くのはセリアの方だろう。
捨てられ、俺も諦めたのに、一度だけでも顔を見たくなる程には未練たらたらだから。
だが、ホムンクルスを使い潰そうとすると、俺の中で形容できない感情が首をもたげる。
一歩を踏み出して床を踏み抜くことを、躊躇してしまう。
「さっきから様子がおかしい。百面相をしている」
「どーしたんだろうな?俺にも分かんねーよ」
異なる2つを天秤に掛けるにも、俺には天秤を用意する勇気すらない。
なら、どうしてダンジョンに潜ろうとするのか?
力を欲する事すらできないのに――――。
と、その時。
扉がノックされた。
「はい。今出ます」
床に散らかした服を整えてから扉を開ける。外にいたのは、アイクたちだった。
「はぁ。もういいから、帰っ―――」
「何度も重ねてお礼をして、迷惑なのは分かっています」
俺の言葉に重ねて、アイクが口を開いた。どうしても俺に礼がしたいらしい。
「ですが、命を助けられたのに、何もしてくれるなでは、こちらも困ります」
まさか宿まで来られるなんてな。俺はため息をついて、追い返そうと口を開き――――
「だったら、俺をパーティーに入れてくれないか?」
なぜか、そう言っていた。
「お前には関係ないだろ」
部屋に入ってすぐ、ホムンクルスがユリス様からの手紙に興味を示した。
「むぅ。そう言われると、なお気になる」
「それ恐えよ」
無表情で頬をふくらませるというホラーなことをするホムンクルスを押しのけ、俺はベッドに転がって手紙を開いた。
『あぁセリア!どうしてあなたは勇者(セリア)なの?!』
グシャっ!
思考がはたらくより先に、手が動いた。衝動的にグシャグシャにしてしまった紙を投げ捨てずに、なんとかそれを開き直す。
「何だよこれ。イカれてんだろ」
たまらず言葉を漏らしながらも、視線を紙面に彷徨わせていく―――。
『あぁセリア!どうしてあなたは勇者(セリア)なの?!』
バルコニーの下から、底辺スキルを授かってしまった少年が悲痛の叫びをあげた。
『それはね―――』
セリアと呼ばれた見麗しいお姫様は、バルコニーから身を乗り出し、溢れんばかりの内情を吐露する。
『真面目にやってきたからよ。ね?』
『くそっ!アリーシャ=マーク=ヒッコリーシャの予言通りになってしまった!!』
悲痛な表情で叫ぶ少年の両手は、きつく握り締めるあまり、血が出ている。将来を誓ったが故に、己の無力感に耐えられないのだろう。
『君が勇者でさえなければ!!僕はこの思いを打ち明けられるというのに!!』
かたやバルコニーの上から。かたやバルコニーの下から。視覚的には何も感じずとも、二人を隔てるその空間には、越えられぬ壁がそびえ立っている。
『僕はどうすればいいんだ!?』
少年は、セリアを抱きしめたいが一心で叫び続ける。己の無力を塗り消さんと、せめて心だけは折れまいと。だが、雑巾から水を絞り出すような捻れた覚悟では、終わりは知れているというもの。
やがて現実に打ち負けた少年は、その場でがっくりと項垂れた。
『くそ―――』
そんな少年を見て、セリアは思い出したように口を開いた。
『一つだけ方法があるわ!王宮の禁書庫には、何故か黄金の果実についての本があるのよ!!きっと、黄金の果実は実在するんだわ!』
暗闇に閉ざされたトンネルを光が彩るように、少年の諦念を塗りつぶす希望。ハッと顔を上げた少年の瞳には、確かな意志があった。
『分かった!僕はまだ頑張るよ!!』
こうして、少年はダンジョンに潜ることにした――――。
ビリッ。
あ、無意識に手が動いてしまった。いけないいけない。でも、これは不可抗力ってやつだ。具体的には何が不可抗力なのかは知らないけど、溢れる感情が止まらない。
あら、また不可抗力が。
手が勝手に動き、紙がランプの中にブチ込まれる。数秒経ってそれが灰となったのを確認してから、俺は思考を働かせ始めた。
「何だよ、あれ―――」
が、考えども思い浮かぶのは、あのふざけた三文小説。執筆したのは間違いなくユリス様だが、何だよあれ。やけに書き慣れてる感がある。
冒頭といい、語りといい、イライラが募ってくるし。
「落ち着け」
今必要なのは、あの手紙から必要な情報だけを読み取ることだ。
まず、セリアとは確実に"セリア"のことだろう。少年は俺だと推測できる。
セリアと少年が結ばれるのに必要なのが"黄金の果実"であるのならば、それこそが今回ユリス様が俺に伝えたいことに違いない。
――――黄金の果実は、あらゆる病気、呪いを癒やす。
この情報は、一般的な教育を受けたものであれば、だれでも聞いたことくらいはあるだろう。
黄金の果実は、見たことがある人間がいないためその実在は不確かだが、おとぎ話などで頻繁に耳にする。
ダンジョンは昔から、人智を超越したものとして、人間たちを魅了してきた。魔物が我が物顔で闊歩し、致命傷を与えるトラップが点在し、しかしそれでもなお挑むだけの価値があるからだ。
現在王都のダンジョンの最前線は、22層。1層から最前線までのマッピングは終わっており、それらは全て危険極まりないものと認識されている。だが、30層だけは違う。
30層には魔物やトラップの類はなく、只々広大な森が広がっているらしい。
そして、おとぎ話では、とある情報が伝えられている。
それは、広大な森の中のどこかには、一本だけ黄金に光る木が生えていて、その木が黄金の果実を実らせるのだ――――というもの。
黄金の木や、その果実の発生についてに関する情報も様々あるが、初代魔王がうんちゃらかんちゃらと、信用できるものでは無い。
未攻略のため、穴のように情報が抜け落ちている23層から29層を飛ばして、なぜか30層の言い伝えがあるのか。
一部専門家は未だに研究をしているが、何一つとして分かることはないという。
長々と言葉を並べ立てたが、つまりはこういうことだ。
「確実に助けたいんなら、30層まで行けって?」
200年前。先代の勇者パーティーが王都のダンジョンに挑んだ際、28層でリンクが途絶えたという。
伝説の人物たちですら力及ばず倒れた場所に、俺が挑むと?
「馬鹿らしい」
もしかしたら、エルフたちがなんとか解呪方法を見つけてくれるかも知れないんだ。何で命張らなきゃいけないんだ。てか、こんなの自殺だ。
「無理だろ、おい」
だが、王宮の禁書庫に黄金の果実についての本があったのなら、そういうことなんだろう。
何らかの形で、大昔に王宮の誰かが黄金の果実に触れ合った可能性があるかもしれない。
「俺は―――」
口に出すのは簡単だ。だが無責任な覚悟は、風に飛ばされるように消えてしまうだろう。
いや、待て。
自殺と同意だって?それは違う。俺には、俺だけには30層に行くための方法があるだろう。
―――ホムンクルスだ。
ホムンクルスと契約している俺ならば、欲した力を得ることができる。
ダンジョンの最前線は22層だが、ホムンクルスの契約によって得られる力が過去の大戦通りならば、30層へ行ける可能性はゼロじゃない。
10ヶ月もあれば、黄金の果実を取ってこられるだろう。
だが―――
ちらりと、ホムンクルスの横顔を眺める。
現在ホムンクルスは、宿に置いてある小説を読んでいる。その横顔は相変わらずの無表情が貼り付いているが、僅かばかりの好奇心を帯びているようにも見える。
たった1週間しか一緒に居ないのに、よくもまぁこれだけ表情を読めるようになったなぁ。
「なぁ」
「どうかしたの?」
ホムンクルスが本から目を上げて、俺を見た。
この、互いの名前を呼ばない会話にも慣れてきた。
「お前、今後も生きたいと思うか?」
「それは、私の一存で決定できる内容ではない。あなたが力を求め過ぎれば、憲兵に見つかれば、私を作った者に気付かれれば、私の命は無くなるから」
そうは言い切ったが、ホムンクルスは吐いた言葉に納得できないように、首を傾げた。
「いいや、少し違う。私は消費される物として作られた。だから、無くなる命はない。なら、壊れる?」
――――――これだ。
こいつは、人間について興味津々のくせに、自分自身の命に無頓着過ぎる。そして、俺は自分の目的のために、こいつを使い潰そうとしている。
そんなことが出来るのか?俺に。
セリアとホムンクルスを比べたのなら、心の天秤が傾くのはセリアの方だろう。
捨てられ、俺も諦めたのに、一度だけでも顔を見たくなる程には未練たらたらだから。
だが、ホムンクルスを使い潰そうとすると、俺の中で形容できない感情が首をもたげる。
一歩を踏み出して床を踏み抜くことを、躊躇してしまう。
「さっきから様子がおかしい。百面相をしている」
「どーしたんだろうな?俺にも分かんねーよ」
異なる2つを天秤に掛けるにも、俺には天秤を用意する勇気すらない。
なら、どうしてダンジョンに潜ろうとするのか?
力を欲する事すらできないのに――――。
と、その時。
扉がノックされた。
「はい。今出ます」
床に散らかした服を整えてから扉を開ける。外にいたのは、アイクたちだった。
「はぁ。もういいから、帰っ―――」
「何度も重ねてお礼をして、迷惑なのは分かっています」
俺の言葉に重ねて、アイクが口を開いた。どうしても俺に礼がしたいらしい。
「ですが、命を助けられたのに、何もしてくれるなでは、こちらも困ります」
まさか宿まで来られるなんてな。俺はため息をついて、追い返そうと口を開き――――
「だったら、俺をパーティーに入れてくれないか?」
なぜか、そう言っていた。
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