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ほんの小さな覚悟

二層での出来事

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 1層攻略で大失敗してから3日が経過したが、未だに2層のボスを倒すことができない。

 2層のボスはゴブリン3体で、個体別の強さは1層のボスと大差ない。つまり、俺では倒すことができないのだ。
 
ホムンクルスでも2体を同時に相手取ると、安全に立ち回る必要があると言う。そして、そうするとどうやっても倒すのに20秒はかかると言われてしまった。

 その間に俺はもう1体のゴブリンにボコされてしまい、じゃあ時間稼ぎにと逃げ回れば、ゴブリンは俺の相手をせずにホムンクルスに向かってしまう。

 いくらホムンクルスとはいえ、3体を同時に戦うことはできない。そんな理由で、俺は2層の攻略に失敗し続けていた。

 全部俺が弱いせいだ。

 思えば、俺のスキルは非常時のみオート発動するだけのものだから、普段はスキルを持っていないに等しい。それは、冒険者としては、あまりにも致命的すぎた。

 なら少しでも戦闘の術を学ぼうと思って、色んな冒険者に声を掛けたりもした。だが、皆自分の生活で忙しい。中には金すら満足に稼げない奴もいて、全て断られる始末。

 完全に八方塞がりになってしまっていた。

 今日の時点で、既に落胆しきって気力もない。だがそれでも、ギルドに向かう足だけは止まらなかった。

「今日も2層に行きたい。許可を出してくれ」

 連日の失敗のせいで口調が荒くなってしまい、マリエラさんは僅かに顔をしかめた。

「シオンさん。攻略が進まないのでしたら、一度外でレベリングをするか、もしくは手頃な剣術道場に通ってみてはいかがですか?」

「そんな時間も、そんなお金もないんだよ。3層に行けばスライムだって出てくるんだろ?アイツ等でレベリングすればいい。なら、まぐれでいいじゃんか。1回勝てればいいんだよ」

「その考え方はいけません。そうやって沢山の冒険者が、命を落としていくんです」

 だから何だよ。早く行かせてくれよ。

「うるさいなぁ」

「うるさいなぁ、じゃないですよ。本当に死にますよ?」

「そりゃ、死にそうになれば逃げるに決まってんだろ」

 普段は見ないしつこさにうんざりとしていると、マリエラさんは突然声を荒げた。

「そうやってステータスが高い奴隷にばかり無茶させて、怪我を負わせるんですか?!」

 マリエラさんが指差す先にいるホムンクルスは、小さな傷を複数箇所負っている。右腕には包帯も巻かれていた。全てゴブリン3体と戦闘してできた怪我だ。

「そ······れは」

 俺だって、こいつに怪我をさせたくてしてるんじゃない。お前なんかに分かるかよ。昔大好きだった女が死ぬってなってて、焦る気持ちが分かるかよ?

「私なら問題ない。こういった形で必要とされるのなら、それに答えるだけ」

 契約者のために使い潰されるホムンクルスは、製造された瞬間から契約者のためだけに存在価値を見出すらしい。これは、それ故の言葉だろう。

「しかし、いくら奴隷とはいえ、それは――――――」

 それにしてもマリエラさん、こいつが奴隷扱いなのにも関わらず人情的に接するなんて、優しい人なんだろうな。あいつならどうするだろうか。きっと、優しくするんだろう。

「――――――あぁ、くそ。だったら2層でレベリングする。それなら文句ないだろ?!」

「そういうことなら、まぁ、とめはしませんけど」

 俺の折衷案を渋々了承したマリエラさんだが、その表情からは、本当は嫌なのに、と伝わってくる。

「仕方ありませんね。はぁ。以前渡した2層の地図は持っていますか?」

「あ?これだろ?」

懐からシワシワになった地図を取り出して見せた。

「はい。ところで、その態度の悪さは治らないのですか?」

「態度を治して得なんてしないだろ。必要な相手にだけへりくだってれば良い」

「本当にシオンさんは――――――。まあいいですよ。それでは、気を付けて行ってらっしゃいませ。本当に、気を付けてくださいね」

「分かってますよ」

「いいえ。分かっていませんよ」

 マリエラさんは、刻み付けられた傷の痛みに悶えるように、悲痛な表情を浮かべた。

「人間は、死ぬときは一瞬ですから」











 マリエラさんのあの表情は何だったんだろう?受付嬢として仕事をしてきた中で、死んでいった冒険者たちを救えなかったことを、悔やんでいるのだろうか?それとも―――。

 ま、人間色々あるもんだ。それやり今は、

「なぁ」

「どうかした?」

 ダンジョンの2層を探索しながら俺は、ホムンクルスに声を掛ける。

 改めて見てみると、ホムンクルスの体は傷だらけだった。顔や膝、スネにもかすり傷があって、見ているだけで痛々しい。
 俺は焦りのあまり、そんなことにも気付けなかった。

「何か、無理させてたみたいだ。――――悪いな」

「明日の天気は、槍のちグングニール?あなたが謝るなんて、世界が破滅する」

 ハハハ。お前のその考え方にも慣れてきたよ。

「それでもいいっつの。とりあえず、無理させてたことは謝る」

 正直恥ずかしい。
 最初にこいつと出会ったときは一方的に俺が威張ってたのに、ダンジョンに行くようになってからは頼りきりだ。なのに、俺は未だに力を欲していない。
 小さい女の子にばかり戦わせて、尚俺は自分で戦うことを選ばないのだ。

 この逃げ癖は、セリアと別れてから―――いや、物心ついた時から変わってない。

「なぁ、どうすれば強くなりたいって心の底から思うか分かるか?」

「守りたい者を見つける。もしくは、欲望に忠実になる」

「お前それ、本の知識だろ。しかも、主人公と悪役とかの」

 言い当ててみせると、ホムンクルスは無表情で驚きを表現した。

「何故わかった?」

「そりゃ、お前のこの手の知識なんて、本以外にないだろ?」

「うむむむ。それは確かに」

 適当な笑いを返すと、会話が途切れた。そしてその隙間に駆け込んでくるかのように、遠くから微かな音が聞こえてくる。

「―――ぁ――――」

 キィーー。

 鼓膜が拾い上げた小さな音は、切羽詰まった人間の声と、断続的に響き渡る金属同士が衝突する音だった。

「なんだ?」

「恐らく戦闘音。2層には武器を携帯したゴブリンはいないはず。つまり、人間同士で戦闘をしているか、もしくはゴブリンに武器を奪われているか。どちらにせよ、危険」

 疑いようもない完璧な推測だ。

「あなたが助けるというのなら、わたしはそれに従う」

「行くぞ!!」

 何一つ自分の意思ではない。ただ、あいつならこうするだろうと思っただけだ。少しでもあいつがするような事をすれば、一歩ずつでもセリアに近づけるような気がしたから。

 俺とホムンクルスは、戦闘音が響いてくる方へと走っていった。
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