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ほんの小さな覚悟
プロローグ
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15歳になり、俺とセリアはスキル授与の儀式を受けに王都までやってきた。住んでるところが辺境だから、人の多さにびっくりしてしまう。
「人が多いね」
セリアも同じことを思っていたようだ。
「な。人混みに酔うって本当なんだな」
あれは、言葉のあやだと思ってた。だが、こうして気持ち悪くなると、否定はできないな。
その人混みは、一見不規則な塊に見えるが、注視すると列になっていることが分かる。おまけに、みんな俺と変わらないような年齢だ。
「これだけスキル授与の儀式を受ける人がいるんだね」
「そりゃそうだ。一ヶ月の間にやらないといけないんだから、人は集まってくるだろ」
何気ない会話をしていると、ふいに手にぬくもりを感じた。見れば、セリアが俺の手を握っている。
「セリア?」
「はぐれたら見つからなくなるでしょ?」
「それもそうだけど······」
まあ、いいか。この感触が嫌だとは思わない。むしろ、どこか心地良い。
バレないように、こっそりとセリアの横顔を盗み見る。
あどけなさが残りながらも、最近少しずつ凛々しくなってきたと思う。毎日見ているから、小さな変化に気づけないのが残念だ。
透き通るような青い髪の毛を頭の後ろで適当に結んでいて、着ている服も簡素なものだ。どれも見た目に気を遣っていないが、それでも俺の視界にはセリアしか映らない。それくらいに優れた容姿だし、惚れている補正もあるんだろう。
そう。俺はセリアのことが大好きだ。
国の辺境に生まれて、同い年はセリアしかいなかったから、物心ついた時には一緒に遊んでいた。
春、夏、秋、冬。天気も関係なく外を駆けずり回ったものだ。そうしてずっと遊び続けて、友達としてセリアを見ていると、何年か経ったある日、胸が膨らみ始めていることに気づいた。
それからか、俺はセリアを女として見るようになった。とは言っても、今までの距離感は変わらないし、俺がセリアに恋し始めたときには、一緒にいるのが当たり前になっていた。
我ながら幸せなものだ。
願わくば、この幸せが続くことを祈る。
「どうしたの、そんな遠い目して」
「いや、今まで色々あったなーって思ってた」
「駄目だよ?今満足してたら。これから頑張るんだから!」
セリアが、俺の手握る力を強めた。が、痛くない。
「そうだな。俺たちは立派な冒険者になって、一旗上げるんだもんな!!」
これが俺たちの夢。
二人で強いスキルを得て、ダンジョンに潜り、名を馳せる。腕白坊主だった頃からの夢だ。
それが今日叶うかもしれないし、叶わないかもしれない。でも、セリアとならやっていける。例え、どんな状況でもだ。
断言できる。
だって、握った手のひらの感触は、これだけ幸せなんだから。
その後しばらく待っていると、俺達の順番が回ってきた。先に俺が入り、スキル授与の儀式を始める。
扉を開いて神殿の中に入ると、中には数人の神官がいた。皆表情が固く、互いを牽制しているかのようだ。よく見ると、それぞれが違う神官服を身に着けている。異なる派閥か。
いいスキル持ちが見つかったら、他者を出し抜いて引き入れようとしているのだろう。
ま、俺達には関係ないことだ。
神官たちの指示に従って儀式を執り行った。時間にして、僅か十数秒だ。それを終えると、神殿の内部が光に包まれていく。
そして、その光が収まった。
俺の体には仄かな光が灯っていて、心が沸き立つような感覚を覚える。
そして、心に響いてくるように、スッとスキルが頭の中に入ってきた。
【危機察知:B】
スキル体得者の命に関わる何かが起こったとき、それを回避するための最善の方法を知らせる。
微妙だ。冒険者になるためには必要なスキルだろう。これがあれば罠の類は死に札確定だし、使い方によっては相手の攻撃を先読みできる。だが、B。
このBというのは、スキルの強さを表している。俗に言うランクだ。このランクは下からE、D、C、B、A、S、SSと上がっていき、上に行くほど強くなる。
確か、【危機察知:S】だと、自分が死ぬ直前、その未来を幻視出来るんだったか?未来視のようなものだ。
このランクというものは、人生において大きな意味を持つ。
例えば、生まれたときからランニングをしてきた人がいたとする。その人はスキルを得るまでもなく、【体力:D】相当の持久力を持っているだろう。だが、たかがDランクだ。
他者がCランクを得てしまえば、十年以上の努力は空気を吸うよりたやすく抜かれてしまう。全てスキルで決まってしまうのだ。
俺が得た【危機察知】は、基本的に経験で得られるようなものではない。だからハズレではないだろうが、このくらい、吐いて捨てるほど変わりがいるのもまた事実。
セリアのスキル次第では、一緒にいられるかも怪しい。
神殿を出て、セリアに報告を行う。
「【危機察知:B】だったよ。正直微妙だな」
欲を言えば、剣術や体術が欲しかったところだ。
「うーん。確かに···微妙だね。でも、大丈夫でしょ?私も微妙だからね。うん、きっと」
その根拠はどこから来るのか?顔が引きつっているし、誤魔化し方が下手くそすぎる。でも、そういった優しさ一つ取っても、セリアの魅力だ。他人のために一生懸命になれるのはすごいと思うから。
「じゃ、私も微妙なスキルを貰いに行ってくるよ」
そう言って、セリアが神殿の中に入っていく。俺はその背中を見つめて······。
セリアが得たスキルは、【剣術:S】と【二刀演舞:EX】だった。俺とは格が違うものだ。まず、スキル2個持ちが世界に何十人いるのだろうか?そのなかでも、これほどまでに噛み合ったスキルを同時に得た者など、五指に入るかという次元の話だ。
「何だよ」
その一言は、恨みだったのかも知れないし、妬みだったのかもしれない。
引っ込み思案だったセリアを家から引っ張り出してやったのは俺だし、遊ぶときも俺が先頭に立っていた。冒険者になる夢も、セリアのは俺に触発されただけだった。だから、そんなスキルは俺にこそ来るべきだ。
心の何処かで、そんなふうに思ってしまったんだろう。
そこから、歯車が狂いだした。
王都に拠点を置いた俺たちは、夢に向かって努力と挑戦を始めた。俺も不満を流して切り替えて、最初は気合を入れて臨んでいた。
だが、そんなものはすぐに消え失せた。そして、同時に気付かされた。
···ああ、俺の夢は何て浅はかだったんだろう、と。
所詮スキルで決まる世界、バカの妄想だったのだ。
戦闘系統のスキルを得られなかった俺は、剣を握ってもその正しい振り方すら知らなかった。なのに、セリアは生まれて初めて剣を握った瞬間、剣術道場の師範代を一方的に負かしてしまった。
あの時のセリアの剣舞は、表現する語彙がないと思うくらいに凄かった。二刀を手足のように自在に操り、熟練の剣士を圧倒したのだから。
可笑しい。
1ヶ月もすれば、俺はやる気を無くしてしまっていた。上辺だけで頑張ることもせず、惰性に生きた。
次第に、セリアとの会話が減り始めた。
何の魔物を倒したよ。
冒険者のランクが上がったよ。
先輩に褒められたよ。
···だから何だってんだよ。馬鹿にして楽しいか?
俺を奮い立たせようとしたそんな言葉でさえ、素直に受け止められなかった。口に出して否定することはない。それだけは、俺の中でセリアに対する絶対の一線だったから。
だけど、態度や空気に出ていたんだろう。
酒に入り浸って夜中に帰宅すると、部屋はもぬけの殻になっていた。別に、家具がなくなっていたわけではない。
家出するにあたって、最低限のものだけがなくなっていた。只、セリアがいない家が閑散としていた。
「······」
机の上には涙に濡れてシワシワになった紙が置かれていた。
紙面には、ミミズが這いずったみたいなぐちゃぐちゃな文字で、『もう無理』とだけ書かれていた。
スキルを得てから、僅か五ヶ月の出来事だ。
「人が多いね」
セリアも同じことを思っていたようだ。
「な。人混みに酔うって本当なんだな」
あれは、言葉のあやだと思ってた。だが、こうして気持ち悪くなると、否定はできないな。
その人混みは、一見不規則な塊に見えるが、注視すると列になっていることが分かる。おまけに、みんな俺と変わらないような年齢だ。
「これだけスキル授与の儀式を受ける人がいるんだね」
「そりゃそうだ。一ヶ月の間にやらないといけないんだから、人は集まってくるだろ」
何気ない会話をしていると、ふいに手にぬくもりを感じた。見れば、セリアが俺の手を握っている。
「セリア?」
「はぐれたら見つからなくなるでしょ?」
「それもそうだけど······」
まあ、いいか。この感触が嫌だとは思わない。むしろ、どこか心地良い。
バレないように、こっそりとセリアの横顔を盗み見る。
あどけなさが残りながらも、最近少しずつ凛々しくなってきたと思う。毎日見ているから、小さな変化に気づけないのが残念だ。
透き通るような青い髪の毛を頭の後ろで適当に結んでいて、着ている服も簡素なものだ。どれも見た目に気を遣っていないが、それでも俺の視界にはセリアしか映らない。それくらいに優れた容姿だし、惚れている補正もあるんだろう。
そう。俺はセリアのことが大好きだ。
国の辺境に生まれて、同い年はセリアしかいなかったから、物心ついた時には一緒に遊んでいた。
春、夏、秋、冬。天気も関係なく外を駆けずり回ったものだ。そうしてずっと遊び続けて、友達としてセリアを見ていると、何年か経ったある日、胸が膨らみ始めていることに気づいた。
それからか、俺はセリアを女として見るようになった。とは言っても、今までの距離感は変わらないし、俺がセリアに恋し始めたときには、一緒にいるのが当たり前になっていた。
我ながら幸せなものだ。
願わくば、この幸せが続くことを祈る。
「どうしたの、そんな遠い目して」
「いや、今まで色々あったなーって思ってた」
「駄目だよ?今満足してたら。これから頑張るんだから!」
セリアが、俺の手握る力を強めた。が、痛くない。
「そうだな。俺たちは立派な冒険者になって、一旗上げるんだもんな!!」
これが俺たちの夢。
二人で強いスキルを得て、ダンジョンに潜り、名を馳せる。腕白坊主だった頃からの夢だ。
それが今日叶うかもしれないし、叶わないかもしれない。でも、セリアとならやっていける。例え、どんな状況でもだ。
断言できる。
だって、握った手のひらの感触は、これだけ幸せなんだから。
その後しばらく待っていると、俺達の順番が回ってきた。先に俺が入り、スキル授与の儀式を始める。
扉を開いて神殿の中に入ると、中には数人の神官がいた。皆表情が固く、互いを牽制しているかのようだ。よく見ると、それぞれが違う神官服を身に着けている。異なる派閥か。
いいスキル持ちが見つかったら、他者を出し抜いて引き入れようとしているのだろう。
ま、俺達には関係ないことだ。
神官たちの指示に従って儀式を執り行った。時間にして、僅か十数秒だ。それを終えると、神殿の内部が光に包まれていく。
そして、その光が収まった。
俺の体には仄かな光が灯っていて、心が沸き立つような感覚を覚える。
そして、心に響いてくるように、スッとスキルが頭の中に入ってきた。
【危機察知:B】
スキル体得者の命に関わる何かが起こったとき、それを回避するための最善の方法を知らせる。
微妙だ。冒険者になるためには必要なスキルだろう。これがあれば罠の類は死に札確定だし、使い方によっては相手の攻撃を先読みできる。だが、B。
このBというのは、スキルの強さを表している。俗に言うランクだ。このランクは下からE、D、C、B、A、S、SSと上がっていき、上に行くほど強くなる。
確か、【危機察知:S】だと、自分が死ぬ直前、その未来を幻視出来るんだったか?未来視のようなものだ。
このランクというものは、人生において大きな意味を持つ。
例えば、生まれたときからランニングをしてきた人がいたとする。その人はスキルを得るまでもなく、【体力:D】相当の持久力を持っているだろう。だが、たかがDランクだ。
他者がCランクを得てしまえば、十年以上の努力は空気を吸うよりたやすく抜かれてしまう。全てスキルで決まってしまうのだ。
俺が得た【危機察知】は、基本的に経験で得られるようなものではない。だからハズレではないだろうが、このくらい、吐いて捨てるほど変わりがいるのもまた事実。
セリアのスキル次第では、一緒にいられるかも怪しい。
神殿を出て、セリアに報告を行う。
「【危機察知:B】だったよ。正直微妙だな」
欲を言えば、剣術や体術が欲しかったところだ。
「うーん。確かに···微妙だね。でも、大丈夫でしょ?私も微妙だからね。うん、きっと」
その根拠はどこから来るのか?顔が引きつっているし、誤魔化し方が下手くそすぎる。でも、そういった優しさ一つ取っても、セリアの魅力だ。他人のために一生懸命になれるのはすごいと思うから。
「じゃ、私も微妙なスキルを貰いに行ってくるよ」
そう言って、セリアが神殿の中に入っていく。俺はその背中を見つめて······。
セリアが得たスキルは、【剣術:S】と【二刀演舞:EX】だった。俺とは格が違うものだ。まず、スキル2個持ちが世界に何十人いるのだろうか?そのなかでも、これほどまでに噛み合ったスキルを同時に得た者など、五指に入るかという次元の話だ。
「何だよ」
その一言は、恨みだったのかも知れないし、妬みだったのかもしれない。
引っ込み思案だったセリアを家から引っ張り出してやったのは俺だし、遊ぶときも俺が先頭に立っていた。冒険者になる夢も、セリアのは俺に触発されただけだった。だから、そんなスキルは俺にこそ来るべきだ。
心の何処かで、そんなふうに思ってしまったんだろう。
そこから、歯車が狂いだした。
王都に拠点を置いた俺たちは、夢に向かって努力と挑戦を始めた。俺も不満を流して切り替えて、最初は気合を入れて臨んでいた。
だが、そんなものはすぐに消え失せた。そして、同時に気付かされた。
···ああ、俺の夢は何て浅はかだったんだろう、と。
所詮スキルで決まる世界、バカの妄想だったのだ。
戦闘系統のスキルを得られなかった俺は、剣を握ってもその正しい振り方すら知らなかった。なのに、セリアは生まれて初めて剣を握った瞬間、剣術道場の師範代を一方的に負かしてしまった。
あの時のセリアの剣舞は、表現する語彙がないと思うくらいに凄かった。二刀を手足のように自在に操り、熟練の剣士を圧倒したのだから。
可笑しい。
1ヶ月もすれば、俺はやる気を無くしてしまっていた。上辺だけで頑張ることもせず、惰性に生きた。
次第に、セリアとの会話が減り始めた。
何の魔物を倒したよ。
冒険者のランクが上がったよ。
先輩に褒められたよ。
···だから何だってんだよ。馬鹿にして楽しいか?
俺を奮い立たせようとしたそんな言葉でさえ、素直に受け止められなかった。口に出して否定することはない。それだけは、俺の中でセリアに対する絶対の一線だったから。
だけど、態度や空気に出ていたんだろう。
酒に入り浸って夜中に帰宅すると、部屋はもぬけの殻になっていた。別に、家具がなくなっていたわけではない。
家出するにあたって、最低限のものだけがなくなっていた。只、セリアがいない家が閑散としていた。
「······」
机の上には涙に濡れてシワシワになった紙が置かれていた。
紙面には、ミミズが這いずったみたいなぐちゃぐちゃな文字で、『もう無理』とだけ書かれていた。
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