声にならない声の主

山村京二

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第1章:雇われたベビーシッター

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産業革命が一段落したころ、アメリカ、ルイジアナ州にある小さな農場を経営するピーター・ジョン・マックインは今日もトラクターに乗って自身の農場へ出かけた。妻のバーバラとは23歳の時に結婚し、家のことはバーバラに任せていた。代々農場を経営する一家だったピーターは大きな家を持っていたため、家計が苦しく子供を育てられない家庭から里親として子供を迎え入れることもあった。

長らくピーターの母バネッサ・ローズ・マックインが里子の面倒を見ていたが、病に倒れてからはバーバラが代わりに子供たちの面倒を見ていた。やがてバネッサが亡くなるとバーバラだけでは大変だろうとルイジアナ州の新聞社へ赴きベビーシッターの広告を出すことに決めた。

『1週間で50ドル、1か月なら180ドルで出せますよ』

ピーターにそう告げたのは、新聞社のポール・ステファンだった。ポールはテンガロンハットを被っており、青い瞳を彫りの深い顔立ちに一層目立たせて、髭はきれいに剃った細身の男性だった。チェック柄のシャツを好んで着ており色あせたジーンズというどこにでもいるような普通の男だ。ただ一つピーターが気になったのは、彼が喋る時の『ンッ、ンッ、それでね』という癖だった。

『こんな景気だからそんなに早く見つかるとは思えないんだ。2か月掲載するから350ドルでどうかな?』

ピーターは農場経営のノウハウを父親から学んだが、父は絶対に言い値では買い物をしなかった。そのせいかピーターも可能な限り交渉する癖がついていた。バーバラはこのピーターの経営者根性を疎ましく思う時もあり、レストランや市場では恥ずかしく思うこともあった。

『わかりました。では、そっちの書類にサインしてもらって、広告の原稿が出来たら持ってきてもらえますか。郵便で届けてもらうとなかなか時間がかかるからね。支払はその時で大丈夫ですよ』ポールがそういって『売約済み』のハンコを押した書類をピーターに手渡すと、ピーターはトラクターに乗り込んで農場へ帰った。

ピーターが農場へ入ろうとすると、小屋のところに人影が見えた。よく見るとボロボロの服を着た少女のようだった。おそらく歳は20歳そこそこだろうが、ひどくやつれているのでもしかしたらもっと上かもしれない。そんなことをピーターは思いながらトラクターを降りると少女のもとへ歩み寄った。

『あー、腹が減ってるんだな。家はどこだ?』

少女はトウモロコシを5つほど抱えてピーターに背中を向けながら『ごめんなさい。父が亡くなってお金がなくて。でも私が働ける場所なんてルイジアナにはないから、つい・・・』どうやら盗みを働こうとしていたらしい。ピーターは母から助け合いの精神を叩きこまれていたこともあり里親もずっと続けている。助け合うことでいつか助けてもらえると信じているからだ。ガタガタ震えた少女にピーターはこう提案した。

『兄弟は居るかね?もしくは、子供は嫌いか?うちでベビーシッターを探しているんだが、もし君が良ければ住み込みで衣食住はこちらで用意する。その代わり、ちょっと大変だと思うけど、うちには里子がたくさんいるからその子たちの世話をしてほしいんだ』

この提案に少女はやっと顔をこちらに向けた。ピーターは少し驚いた。少女の顔は非常に綺麗な顔立ちでとても盗みをしている人には見えなかった。各家庭の境遇は本当に奇妙なものだとピーターは思った。ただ、これだけ綺麗な顔をしているのに売春なんかに手を出さないで盗みをするところを見ると、彼女の内面の純朴さを少しだけ感じた。

『ほ、本当にいいんですか?お許しいただけるのですか?』

少女はそういった。ピーターは大きく2回頷いて、トラクターにあったコンビーフの缶をあけ少女に手渡した。『とりあえず食いなよ!それで、あんた名前は?』

少女の名前はマリアといい、ピーターの農場から近くの森の入り口に家があるという。しかし、先日森で仕事をしていた最中の父が木から転落して亡くなり、母を幼いころに亡くしたマリアは天涯孤独になってしまったというのだ。

『そうか、それは大変だったな。じゃあ、今日からでいいか?ベビーシッター頼むよ。うちの奥さんが少しヒステリーだから滅入っちゃうかもしれないが、そこはまぁ、ちょっと我慢してくれよ。』

マリアをトラクターに乗せてピーターは自宅へと向かった。水平線が見える長い長い道をトラクターのエンジンがガタガタと音を立てながら走る中、ピーターは二つの事を考えていた。それは、一つは自分の妻とマリアが仲良くやってくれるといいということと、支払い前の広告の出稿をどうやって断ろうかということだった。
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