責任とってもらうかんな?!

たろ

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 昨日とは違い、今は朝。城ってだけあってメイドみたいな人たちも居り、そんな彼女たちの朝が早いのは簡単に想像出来る。つまりは、俺たち以外にも、廊下には普通に人が居るってことだ。

 その中を、嫌がってる犬を無理矢理引っ張って散歩するのはユーグ。犬は俺。
 めっちゃ引っ張られてるせいで、若干顔の形が変わっている。怪しすぎる2人組に、メイドさんたちは避けるようにして道を譲ってくれた。

「自分で歩けるって!」
「ん~?」
「ユーグさん! おい、アンタ楽しんでんだろ?!」
「ん~~~???」
「っていうか、首絞まってるから……!」

 その言葉で少しだけ首回りが緩くなった。ここぞとばかりにもがいてみるけど、ビクともしない。なんなんだ、こいつ、見た目詐欺すぎるだろう……! 着痩せするにも程がある。
 いやまぁ、確かに朝見た時は良い感じに筋肉がついて、その……エロい良い体でしたけれども……

 なんともご機嫌に鼻歌でも歌い出しそうだったユーグだったのに、突然動きが止まった。掴まえていた手からも力が抜け、解放される。やっとかよ……!
 襟元を整えながら前を向けば、ユーグの前に黒い服を着て胡散臭い笑顔を浮かべた眼鏡がいた。しかも片眼鏡だ。

「おはよう御座います、ユーグ。良い朝ですね」
「ああ、おはよう、イスト」
「おや? これはまた……ペット、ですかね?」
「ペットじゃないです!」

 反射的に突っ込んでしまった俺の反応に、目の前の片眼鏡はポカンとして、ユーグはクツクツと笑いを噛み殺していた。相変わらず失礼なのは標準装備だ。

「あれ、そうなんですね。すみません、お散歩を嫌がってるように見えてしまって……」

 少し照れたように笑う顔が中性的美人系なせいで、ちょっと可愛いと感じてしまう自分が悔しい。俺よりも全然背が高いし、声はしっかり男だけれども。
 ユーグよりは小さいが、この人もかなり高い。きっと俺より10センチぐらい高いと思う。

「失礼しました。僕は、イストと申します。ここで神官長をやらせていただいています」
「あ、慎です……」
「マコトくん、ですか。よろしくお願いしますね」

 お辞儀をされ、連れるようにこちらこそと頭を下げ返す。互いに頭を上げ目が合うと、にこっと微笑まれる。男だって分かってるのに美人だから照れてしまう。めちゃくちゃ丁寧に挨拶をしていただけただけに、胡散臭いとか思ってしまい申し訳ない。

 イストと言う神官長様は、役職通りの真っ黒なカソックを着ていた。灰色に青紫を混ぜたような髪色を1つにまとめている。長さは腰あたりまであるが、こちらはユーグとは違いサラサラストレートだ。
 瞳は黄色く瞳孔が細長いせいで、爬虫類を連想させる。それを和らげるように、右だけの片眼鏡と人の良さそうな柔らかい微笑みを浮かべていた。

「それにしても、ユーグが人を連れているとは珍しいですねぇ」
「彼は今度の聖女の兄だ」
「え?! あの話、本当だったんですね。本当にお兄さんが……」

 昨日の夜の出来事だってのに、もう話は広がってるんだろか……この世界では聖女って重要なポジションだろうし、神官長って聖女と関係ありそうな職だしなあ。
 妹との関係性なんて全く分からないため、とりとめもなく考えていた俺の顔近くへ、突然片眼鏡の美人が腰を曲げ顔を寄せてくる。美人の顔が視界いっぱいまで埋まり、無意識に息が止まった。

「僕もこれから聖女と面会する予定なんです。まさか、先にお兄さんに会えるとは思いませんでした」
「そ、そうですか……」
「突然知らない世界へ飛ばされてきて大変なこともあるでしょう? 僕でよければいつでも力になりますからね」

 首を傾げてはにかむ姿の破壊力の高いこと。やめろ、変な道に目覚めそうだから、マジで止めて下さいよ……! ただでさえ、今朝ユーグと薄ピンクな感じだったんだから……!

「あ、りがとう、ございます」
「ふふ、お顔真っ赤ですよ? 照れてるのかな?」

 しどろもどろに受け答えた俺を見て、少しだけからかうようにイストが笑う。ユーグといい、どうしてこの世界の男はこうも妖艶なのか……! 耐性が少ない俺にとっては最早毒に近い。かちこちと固まっているのを良いことに、するりと細長い指が頬へと伸ばされた。
 触れられる、そう思った瞬間、突然首根っこから力一杯後ろへと引き倒される。衝撃に咄嗟に目を瞑れば、柔らかい何かに包まれる感覚。一拍遅れて覚えのある香りが舞う。

「イスト、あまりからかわないでくれ」
「おやおや。すみません」

 少し固めの声のユーグに、イストは悪戯がバレた子どものように楽しげに笑いながら、謝罪を口にした。俺と距離を取るように一歩後ろへと下がると、背を伸ばし姿勢を正す。

「これから長い付き合いになるでしょうし、兄妹共々仲良くしてもらえると嬉しいです」
「あ、はい。それは、こちらこそよろしくお願いします」

 自分の立場的に、権力のある人に媚びておいて損はしないだろう。素直に頭を下げた所で、慌ただしい足音が耳に届く。何事だろうと頭を上げたタイミングで、イストの後ろにあった角から似たようなカソック姿の男が現れる。

「イスト様、こんな所に居られたのですか…!」
「おや……?」
「イスト様待ちになっていますよ!」
「あれ、もうそんな時間でしたか?!」

 早くと急かす男へ、すみませんと頭を下げてから、俺とユーグへと視線を戻す。その顔には苦笑いが浮かべられていた。

「朝の祈りの時間、過ぎちゃってました。呼び止めておいて申し訳ありませんが、僕はここで失礼しますね」

 これまた礼儀正しく頭を下げたイストは、呼びに来た男と連れだって去って行く。神官長って言うからには偉い立場なのだろうが、部下らしき相手に何度もすみません~と謝っていた。

「……なんか、良い人ですね、イストさんって」
「うーん……まあ、イストは私と違って、人間が好きだからね」

 別に俺だって人間めっちゃ好き! って程でも無いが……そんなんじゃなくて、コイツは性格的に問題があると思うんだよ。ジト目でユーグを見つめていたら、なるほどな~と笑っている。何がなるほどなのか意味が分からないが、全く気にしていないそのメンタル、本当にうらやましい。

「さて、では我々も食堂へ向かうとしようか」

 今度は引っ張ることはせず、普通に歩き出す。ほっと息を吐きながら俺もその後を追った。


 ◆


 城の食堂ってどんなもんかと思ったが、一般的な食堂と似たようなもんだった。
 券売機はさすがに無いため、料理を注文するときに一緒に支払いをするぐらいで、他の変わりはない。メニューについては、日替わり的なのが何種類かあり、メニューによって並ぶカウンターが違うようだ。注文し、支払い、料理を受け取ったら自分で持って好きな席で食べる。

「へー、すごいなぁ」
「一番の混雑は過ぎた時間だったようだな」

 まばらに居る人を見て、良かった良かったと食堂を進んでいく。入り口にある本日のメニュー表を眺めるユーグに習い見上げた。
 黒板に書き込まれた文字は、何を書いてあるか読めるが、よく分からない単語が多い。ギギンガって何だ……肉か? 魚か?

「ユーグさん」

 よく分からず、隣のユーグに質問をしようと名前を呼んだ瞬間、派手に食器の割れる音がする。自然と音の方へ視線を向ければ、料理を受け取った騎士が盆ごと全て床へと落としていた。
 顔色悪く震える姿は何かに怯えているようだ。

「え、なんだアイツ……」

 食器が激しく割れる音は、食堂全員の気を引くに十分の大きさだった。今や皆の視線を集めている張本人と言えば、未だこちらの方へと視線を向けたまま固まり続けている……そんな異様な男の視線の先を追い、俺たちの方へと移動してくる視線。俺たちの後ろの方を見ているだけだと考えていたが、何か違和感を覚える。何かがおかしい……一体、何が起こっているんだ……?
 訳も分からず、辺りを見回してみて、息を飲んだ。

「何……?」

 周囲は、俺たちのようにどうしたのかと不思議そうにしている関係の無い人たちの中で、明らかに不自然に固まっている者が何人もいたのだ。その全てが騎士の男。不思議そうにしているのは、女性や、争いごとには無縁そうな人たちだ。
 明らかに異様な状況に戸惑いながらもユーグを見上げたが、彼はこの状況を全く気にしておらず、悩みながらメニューを眺めている。いやいやそれはマイペースってレベルじゃない。本気で気付かないのか?

「ふむ……よし決めた! マコトはどうだ?」
「え……、」
「おっ、決めていないなら私と一緒で良いね。料理はあちらで受け取るんだ」

 何事も無いように食堂を歩きだせば、今まで固まっていた男たちが一斉に動き出す。慌ただしく食器を下げ、みんな俺たちを避けるようにして食堂を後にしていく。盆を落とした男なんて、落とした食事をそのままにして走って行ってしまった。食堂のおばちゃんが片付けなと怒っているが、お構いなしだ。
 やはり、彼らが怯えていたのはユーグで間違いないようだ。

「一体何なんだよ……」
「まあ、仕方ないさ。人間としては、あれが正しい」
「はぁ……?」

 正直ユーグに対しての態度は気持ち良いものとは言えない。隣に立っていただけの俺がそう感じるほどだ、張本人に至ってはもっと不快感があっても良いはずなのに……当の本人は気にすることもなく料理を頼もうとしているわけだ。
 実は、ユーグはスーパー強くて、ストレス発散のために稽古とか言いながら騎士たちを散々痛めつけた過去でもあるんだろうか。魔術師って言ってたし……あっはっは! って笑いながら魔法連打してる姿が簡単に想像ついてしまい、実際にそんな仕打ちを受ければ怯えるかと納得してしまう。

「君、結構私の扱い酷くないか?」
「何の話?」
「あー……いや、まあ、いいか」
「?」

 行こうと背中を押され、カウンターへと進む。笑顔で出迎えてくれたおばちゃんへ、ユーグが2人前と注文して硬貨を数枚置いた。

「そんな! 宮廷魔術師様からお代は頂けないよ!」
「お構いなく。無銭飲食で捕まりたくはないですからね」

 返そうとするおばちゃんの手を取り、硬貨を握らせ、更には両手で包み込む。微笑むユーグに、おばちゃんは赤くなりながらもそうかい? と結局は受け取っていた。
 先ほど人間は好きじゃ無いみたいなこと言ってたが、意外とコミュ力はあるようだ。
 盛り付けのために作業場へ向かうおばちゃんを見送っていると、ユーグはフフっと笑いを漏らした。

「何……?」
「嫉妬かな?」
「え、なんで……?」
「やりとりをじっと見つめていたものだから」
「違いますよ。宮廷魔術師ってすごい偉いんだって思ってたんです」
「そうだぞ、私は結構偉いだぞ」

 なるほどなんて適当に返事をした所で料理が運ばれてくる。香ばしい肉の焼けた香りに、会話は終了。美味そうな料理をしっかり両手で受け取った。

「お待ちどうさま!」
「うまそう……!」
「美味しいさ、しっかり食べなよ」
「ありがとう!」
「感謝するよ、お嬢さん」

 同じく料理を受け取ったユーグが微笑みながら礼を告げる。その発言に、俺もおばちゃんも赤くなって固まる。感謝するよ、お嬢さん。そんなセリフ、日常生活を送っていたら一生聞かないし口にしない。そんなことをすらっと言ってのけるイケメン……理由は違えど、恐ろしい存在っていう点では、逃げていった騎士たちと同意見だ。
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