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第20話 図書室でのエンカウント

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 家に帰ってシャワーを浴びて、一息つく。引きこもりの俺が、一足飛びに社会人デビューしたのだ。大した仕事はしていないが、気を張っていたらしい。どっと疲れが押し寄せてきた。身繕いをして、明日に備えてもう寝てしまおう。

 そう思って浴室から部屋に戻ると、暗い室内に人影があった。

「父上…」

 彼は、四日前にここを訪ねて来た時と同じ姿だった。ただあの日と違い、穏やかな目をしている。ステータスに飢餓の文字もない。本来はこういう人物なのだろう。俺を見て、何を話しかけていいのか分からない顔をしている。一見無表情に見えるが、だんだん分かるようになってきた。

 俺たちはコミュ障。顔を合わせても、会話が盛り上がるはずもなく。しかし二人して共通しているのは、生きるために他者の精気が必要なことだ。今はお互いに切羽詰まっているわけではないが、とりあえずキスでもしておこう。俺はレベルが上がるし、父上もうっとりと美味うまそうに啜っている。

 この間もそうだが、俺はやっと適度なところで止めることを覚えた。いや、キスをしながら魔眼を使って行動不能にしたのは、間違いじゃない。暴走するナイジェルと父上を止めるためには仕方なかった。男に掘られたり、死ぬまで献血するのは御免だからな。



 ソファーでひとしきり唾液交換した後、ようやく父上は切り出した。

「今日はお前に、これを」

 彼が俺に手渡したのは、シンプルな指輪。今俺が身につけている家紋入りの指輪と同じ意匠だが、もう少し繊細な作り。内側には、「Meredith to Muriel」と打刻されていた。聖銀製だから、俺の指に自動的にフィットする。

「何かあったら、それでいつでも私を呼んでくれ」

 あとそれから、ここではどうかメレディスと。そう言って彼は、転移陣の中に消えて行った。

 前回の訪問で知った。部屋の隅には真祖の転移陣が敷いてあり、彼のプライベートな書斎と繋がっているらしい。ゲートが開いているのは、月曜日と満月の夜だけなのだという。

 俺は、指輪を左手の中指に嵌めた。人差し指にはいつもの指輪があって多少干渉するが、薬指に付けるものじゃない。

 これから月曜日と満月の日は、世界中のどこに居ようと、この部屋に戻って来なければ。精気の供給が義母上だけで間に合わないなら、俺も協力するしかあるまい。



 なんだか悶々としたまま、気がついたら眠っていた。ヒキニートが就職して二日目、どんなに気怠くとも朝は来る。さあ、今日も一日、何とか乗り越えよう。

 昨日出勤してみて分かった。あっちの世界で言うと、俺は霞ヶ関に働きに出るようなもんだ。要は公務員なわけで、礼服も、そこまでかしこまったものでなくていい。動きやすいスーツと手周り品を入れる鞄。さながらビジネスマンだ。一応貴族なので、リクルートスーツよりはドレッシーだけど。レベルも三百を超えたので、通勤スタイルにも関わらず、外見がちょっと浮世離れしてきている。いかん。角とレベルは偽装できるけど、見た目はどうすればいいんだ。

 早めに王宮に転移し、食堂で朝食にありついていると、ナイジェルがやって来た。俺は上級貴族席じゃなくて、一般向けの席に着いていたのだが、彼はわざわざ向かいの席にやって来て、同じものを摂っている。相変わらず無言だ。俺の左手の指輪をちらりと見たが、どちらもマガリッジ家の紋章が付いているのを確認したのか、何も言わなかった。

 仕事の内容は、昨日とそう変わらなかった。そういえば、俺は昨日からこうして出仕しているが、契約書も辞令もまだもらっていない。ただ王太子殿下とナイジェルに「来い」って言われただけだ。試用期間ってヤツかも知れない。あんまり長居する気もないから、その方がいいだろう。サーコートと徽章きしょうが無駄になるくらいか。



 午後、ラフィ———つまり愛想の良い方が、とある事案について図書館で資料を集めて来て欲しいと。お目当ての資料は、一つの書架しょかにまとめて置いてあったので、簡単に見つけることができた。関連するものを何冊か手に取って、該当箇所を書き写す。書き写したものを、まとめて清書。こないだ薬草学や植物学なんかを市街地の図書館で調べたのと同じだ。あっちの世界の受験勉強、こんなところですこぶる役に立つ。とりあえず、今日の午後だけでは終わりそうにないボリュームなので、ここでは書き写すところまで。

 それよりも俺が探しているのは、スキル関連の本だ。キュアーとウォーターボールのレベルがカンストして、スキルポイントが浮いている。そろそろ何か新たなスキルを覚えたいところだ。ここには膨大な図書が収蔵されている。魔導関連書、呪術関連書だけでも相当量だ。魔眼を使って、ヒントが眠っていそうな本を、片っ端から手に取って眺めて行く。その時。

「やあ、メイナード。調子はどうかな」

 本に集中していたので、いきなり声を掛けられてギョッとする。王太子殿下。慌てて臣下の礼を取ろうとすると、彼は制止する。

「ここは図書館だよ。そんなに畏まらなくていい。それよりも、君の探している本は、多分ここじゃない」

 一瞬、彼が何を言っているのか分からなかった。

「禁書区域にあるはずだ。こっち」

 そうして彼は、俺の手を取って先導して行く。廊下を出て、奥まった場所にあるもう一つの扉。中の司書に二言三言ふたことみこと告げ、俺を招き入れる。そして笑顔で去って行った。

 呆然とする俺の視界の端に、魔眼に強く訴えかける本が一冊。吸い寄せられるようにページをめくると、そこには円卓会議という機密組織の歴史が記されていた。
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