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キースの婚活
捕まえた
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門を潜りしばらくして、本邸の前で馬車は停まった。使用人がズラリと並び、中心に蜂蜜色の金髪を結い上げたメスゴリ…いや、麗しき我が母君。
「ようこそジュールさん。疲れたでしょう、今夜はゆっくり休んでね」
貼り付けた笑顔から殺気が漂う。母上、もうちょっと猫を被られよ。ジャスパーは緊張でガチガチで気付いていないが。そんな彼を、さっさと隣接する別邸に案内する。
侯爵邸へは夕方に到着した。途中、街道沿いの宿場町を順当に経由すると、大体こんな旅程なのだと説明してある。何故こんな時間に到着するようにしたかというと。
「さあ、気を楽にして。ここには僕と君しかいないからね」
給仕や侍女も控えてはいるが、ダイニングには二人だけ。ラブラブディナーである。
この別邸は、ケラハーの若夫婦が住むための屋敷だ。現軍部大臣である父上は、王都のタウンハウスと本邸を往復する日々。母上はこのケラハー邸の隣を拠点とする第三騎士団の、実質騎士団長。兄一家は父の補佐として、王都のタウンハウスを拠点としている。実質、当面ここが俺の家。つまり二人の愛の巣だ。
別邸では、夕刻の到着に合わせて、食事と入浴の用意を手配してある。到着早々、侯爵夫妻との顔合わせは気疲れするだろうから、まずは一晩ゆっくり泊まっていただいてから、と両親には伝えてあるが、母上は何かに気付いている。王都からの馬車に、腹心の侍女を送り込んで来たのがその証拠だ。
うちの母上は面倒臭い。北の友好国の戦姫にして武将。国民の支持も厚く、末姫ながら次期女王としての期待も高かった女傑だ。そんな彼女に、合同演習で一目惚れした父上が猛アタック。彼女を信奉する女傑軍団にフルボッコにされながら、不意打ちで唇を奪い、彼女を娶って来た。
そんな母カトリーナは、戦闘に対する経験値は高いが、恋愛に対しては無に等しい。恋愛小説を嗜み、純愛を夢見て、「自分より強い男じゃないと嫁がない」と絵空事を言い、父上が騙し討ちのように唇を奪ったのを未だに根に持っている。まあ、父上の他には彼女の元まで辿り着ける男はいなかったのだから、仕方あるまい。結局、兄と俺の二子を儲け、未だに暑苦しいほど愛情表現を欠かさない父に対して、何だかんだ言ってまんざらでもなさそうだ。しかし「唇を奪われた=純潔を奪われた」という図式が、俺にはどうも理解できない。というかこれ、末姫が可愛くて手放すのが惜しかった前国王の歪んだ教育の賜物だろう。過剰な護身術を叩き込み、大陸一の猛将にまで育て上げ、狂信的な女騎士を集めて、鉄壁の布陣を敷いたせいだ。結局その狂信者集団を従えて、この家に嫁いで来たわけだが。
俺がジャスパーを囲う算段を整えている間、何かと茶々を入れて来たのがこの母上だ。曰く、男女は清い交際でなければならない。乙女の気持ちを第一に尊重しなければならない。乙女をみだりに穢してはならない。純愛第一。純愛こそ至高。純愛以外認めない。
そんな母に反発して、兄は一時期相当荒れたものだ。十も上の令嬢に恋焦がれ、しかし彼女が嫁いで行ったと聞かされると、手あたり次第に遊び散らかした。そもそも、派手な外見とそれなりの家格で、モテる男だ。遊び相手には不自由しない。そんな兄に対して、母上の苛烈な折檻。ボディにめり込む拳、アッパーカットで宙を舞い、回し蹴りで壁まで吹っ飛ぶ。母を娶る時、父が何度も冥土を見たというのは、誇張表現でも何でもなかった。
兄に対する凄惨な制裁を見て学習した俺は、決して彼らと正面からぶつからないことを学んだ。つまり水面下で事を運び、常に先手を打ち、発覚時には事が成っているというやり方。家族としての愛情は別として、俺のそういう性格は父上からは度々狡猾だと罵られ、母上からは蛇蝎の如く嫌厭されているが、知ったことではない。俺はケラハーの男だ。欲しいものは必ず手に入れる。父上と兄上が、死に物狂いで欲しかった女を手にしたように、俺は俺のやり方で、ジャスパーを囲い込むだけだ。
思考が横道に逸れてしまったが。
つまり彼女の前では、俺はジャスパーと清い交際をしなければならなかったというわけだ。実際俺たちは、繁殖したスライムを分け合って飼育しているだけの学友に過ぎない。道中、手の一つも握らず、部屋も別々。侍女が目を光らせたところで、何も起こらなかったのだ。
しかし、ここはケラハー家。家人は彼女の息のかかった者ばかりではない。元から我が家に仕える者たちは、恋愛至上主義のケラハーの血を理解している。また、母上が連れて来た女騎士も一枚岩ではない。中にはこの家に根付き、こちらの流儀に感化された者もいる。別邸は、そういった者を集めてある。
ジャスパーより一足先に風呂から上がり、彼の風呂上がりを待つ。続きの間の浴室からは、侍女が「やだお肌ピチピチ」などとはしゃいでいる声が聞こえる。ああ、そのピチピチの肌を、俺はこれから頂くのだ。というか、今晩頂かなければならない。
俺の計画はこうだ。ケラハー邸までは、清い交際で(ただし従魔への給餌は除く)。そして明日、両親に紹介する際には、伴侶として。その狭間の今晩。正にこの今晩、既成事実を作り、彼を名実共に俺の嫁にしなければならない。
それにしても、「ちょっとおしゃべりしてから寝るのに、隣の方が都合がいいから」という理屈で、素直に続きの間に通されるジャスパー。君のその純粋さと迂闊さが危うい。俺の嫁になったあかつきには、悪い男に引っかからないように強く言い含めなければ。男はみんな狼なのだ。そして君は今夜、その一番悪い狼に、ぺろりと頂かれてしまうわけだが。
俺は舌なめずりしながら、可愛い子羊がぴかぴかに磨き上げられて綺麗にラッピングされ、美味しく出荷されるのを待った。
「ようこそジュールさん。疲れたでしょう、今夜はゆっくり休んでね」
貼り付けた笑顔から殺気が漂う。母上、もうちょっと猫を被られよ。ジャスパーは緊張でガチガチで気付いていないが。そんな彼を、さっさと隣接する別邸に案内する。
侯爵邸へは夕方に到着した。途中、街道沿いの宿場町を順当に経由すると、大体こんな旅程なのだと説明してある。何故こんな時間に到着するようにしたかというと。
「さあ、気を楽にして。ここには僕と君しかいないからね」
給仕や侍女も控えてはいるが、ダイニングには二人だけ。ラブラブディナーである。
この別邸は、ケラハーの若夫婦が住むための屋敷だ。現軍部大臣である父上は、王都のタウンハウスと本邸を往復する日々。母上はこのケラハー邸の隣を拠点とする第三騎士団の、実質騎士団長。兄一家は父の補佐として、王都のタウンハウスを拠点としている。実質、当面ここが俺の家。つまり二人の愛の巣だ。
別邸では、夕刻の到着に合わせて、食事と入浴の用意を手配してある。到着早々、侯爵夫妻との顔合わせは気疲れするだろうから、まずは一晩ゆっくり泊まっていただいてから、と両親には伝えてあるが、母上は何かに気付いている。王都からの馬車に、腹心の侍女を送り込んで来たのがその証拠だ。
うちの母上は面倒臭い。北の友好国の戦姫にして武将。国民の支持も厚く、末姫ながら次期女王としての期待も高かった女傑だ。そんな彼女に、合同演習で一目惚れした父上が猛アタック。彼女を信奉する女傑軍団にフルボッコにされながら、不意打ちで唇を奪い、彼女を娶って来た。
そんな母カトリーナは、戦闘に対する経験値は高いが、恋愛に対しては無に等しい。恋愛小説を嗜み、純愛を夢見て、「自分より強い男じゃないと嫁がない」と絵空事を言い、父上が騙し討ちのように唇を奪ったのを未だに根に持っている。まあ、父上の他には彼女の元まで辿り着ける男はいなかったのだから、仕方あるまい。結局、兄と俺の二子を儲け、未だに暑苦しいほど愛情表現を欠かさない父に対して、何だかんだ言ってまんざらでもなさそうだ。しかし「唇を奪われた=純潔を奪われた」という図式が、俺にはどうも理解できない。というかこれ、末姫が可愛くて手放すのが惜しかった前国王の歪んだ教育の賜物だろう。過剰な護身術を叩き込み、大陸一の猛将にまで育て上げ、狂信的な女騎士を集めて、鉄壁の布陣を敷いたせいだ。結局その狂信者集団を従えて、この家に嫁いで来たわけだが。
俺がジャスパーを囲う算段を整えている間、何かと茶々を入れて来たのがこの母上だ。曰く、男女は清い交際でなければならない。乙女の気持ちを第一に尊重しなければならない。乙女をみだりに穢してはならない。純愛第一。純愛こそ至高。純愛以外認めない。
そんな母に反発して、兄は一時期相当荒れたものだ。十も上の令嬢に恋焦がれ、しかし彼女が嫁いで行ったと聞かされると、手あたり次第に遊び散らかした。そもそも、派手な外見とそれなりの家格で、モテる男だ。遊び相手には不自由しない。そんな兄に対して、母上の苛烈な折檻。ボディにめり込む拳、アッパーカットで宙を舞い、回し蹴りで壁まで吹っ飛ぶ。母を娶る時、父が何度も冥土を見たというのは、誇張表現でも何でもなかった。
兄に対する凄惨な制裁を見て学習した俺は、決して彼らと正面からぶつからないことを学んだ。つまり水面下で事を運び、常に先手を打ち、発覚時には事が成っているというやり方。家族としての愛情は別として、俺のそういう性格は父上からは度々狡猾だと罵られ、母上からは蛇蝎の如く嫌厭されているが、知ったことではない。俺はケラハーの男だ。欲しいものは必ず手に入れる。父上と兄上が、死に物狂いで欲しかった女を手にしたように、俺は俺のやり方で、ジャスパーを囲い込むだけだ。
思考が横道に逸れてしまったが。
つまり彼女の前では、俺はジャスパーと清い交際をしなければならなかったというわけだ。実際俺たちは、繁殖したスライムを分け合って飼育しているだけの学友に過ぎない。道中、手の一つも握らず、部屋も別々。侍女が目を光らせたところで、何も起こらなかったのだ。
しかし、ここはケラハー家。家人は彼女の息のかかった者ばかりではない。元から我が家に仕える者たちは、恋愛至上主義のケラハーの血を理解している。また、母上が連れて来た女騎士も一枚岩ではない。中にはこの家に根付き、こちらの流儀に感化された者もいる。別邸は、そういった者を集めてある。
ジャスパーより一足先に風呂から上がり、彼の風呂上がりを待つ。続きの間の浴室からは、侍女が「やだお肌ピチピチ」などとはしゃいでいる声が聞こえる。ああ、そのピチピチの肌を、俺はこれから頂くのだ。というか、今晩頂かなければならない。
俺の計画はこうだ。ケラハー邸までは、清い交際で(ただし従魔への給餌は除く)。そして明日、両親に紹介する際には、伴侶として。その狭間の今晩。正にこの今晩、既成事実を作り、彼を名実共に俺の嫁にしなければならない。
それにしても、「ちょっとおしゃべりしてから寝るのに、隣の方が都合がいいから」という理屈で、素直に続きの間に通されるジャスパー。君のその純粋さと迂闊さが危うい。俺の嫁になったあかつきには、悪い男に引っかからないように強く言い含めなければ。男はみんな狼なのだ。そして君は今夜、その一番悪い狼に、ぺろりと頂かれてしまうわけだが。
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