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第1章 辺境の農村

第1話 水色の透明な板

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 物心がついた頃から、視界の端に水色の透明な板が見えた。

 周りの人に聞いたら、そんなものはないという。特に母親にその話をしたら、心配そうにされたので、それからは誰にも話していない。

 だが俺には、ずっとその板が見えている。板には白い字で、こう書いてある。

ステータス▼
コマンド▼

 これが何なのか、さっぱり分からなかった。

 文字に触れたら操作できること、特に▼ボタンに触れると、細かい字がズラズラと出てくること、これはまだ物心つく前に理解できた。ただ意味がわからなかった。見たこともない文字だし、そもそも文字に縁のない生活をしている。

 ここは辺境の農村。俺は農家の三男坊。両親は畑仕事に明け暮れ、兄たちも幼いながらに作業を手伝っている。俺は3歳。下に妹がいる。妹は母が背負って畑仕事をしている。村の他の家も、ほぼ同様だ。

 まだロクに戦力にならないからと、一人で掘建小屋ほったてごやのような家に放置されている。家の周辺から出歩くなとは言われているが、それ以外は何もない。何の指示も、何の娯楽もない。ただただ、暇なだけ。

 いつものように、草をむしったり虫を捕まえたりしながら、ふと水色の板を触っていて、思い出した。

 俺、インベントリ持ってるじゃん。



 インベントリ?

 インベントリって何だ?

 突然思考の底から「知っている」という感覚に襲われて、一瞬身震いした。だが、一瞬で理解した。理解したというか、思い出した。

 この世界には、ステータスがある。自分には、インベントリがある。

 この世界って何だ。ステータスって何だ。

 咄嗟に、自分がこの世界以外の経験と思考を備えていることを理解した。思考がクリアになり、今までなんとなくぼんやりと理解していたことが、はっきりと分かる。

 細かいことは一切思い出せないが、自分はこの世界に似た世界を体験し、プレイしていたことは分かる。プレイが何なのかは分からないが、自分にとって、この透明の水色の板が、生まれる前から慣れ親しんだものだと「分かる」。そして書いてある字が何を意味しているのか、この時はっきり「分かった」。



 というわけで、自分が慣れ親しんでいたであろうインベントリ機能を使ってみる。

 水色の板から、コマンド、インベントリと選んで、まずは手のひらの上の小石を収納してみる。

「収納しますか?」(Yes/No)

 Yesに触れると、小石は手のひらの上から消えた。その代わり、インベントリの文字の横に(1)という表示が増えている。そしてインベントリの内容を表示すると、小石(1)となっていた。タップすると

「取り出しますか?」(Yes/No)

と出ててくる。Yesを押すと、小石は何もないところから、コロリと手のひらに落ちてきた。



 それからは夢中で、インベントリの仕様を確認する作業に没頭した。そして分かったことは

・インベントリの機能は、ウィンドウを通して操作しても機能するが、音声や思考によっても操作することができる

・インベントリの中身は、ウィンドウで確認して取り出すことができるが、取り出そうと思えば中身が脳裏に思い浮かび、思い浮かんだものを取り出すことができる

・中身を取り出すとき、視界に入る範囲で任意の場所に取り出すことができる

・かなりの容量があるようで、上限は確認できなかった

・生きた虫は入らなかったが、むしった草は入った

・土や水は量単位で入り、「○kg」もしくは「○リットル」と表示される(切り替えは任意)

 夢中で物を出し入れしていると、両親と兄たち、妹が帰ってきた。夕方の良い時間になっていたらしい。どうやら長い時間没頭していたようだ。インベントリの使用については、ゲームで言うところのMP(精神力)などを消費しないか、もしくは自分のMP(精神力)が既に豊富に備わっているか、どちらかだろう。

 農村の夜は早い。陽が落ちるとともに就寝だ。今日はインベントリに大興奮だったので、いつもより気力体力を使い果たしたらしい。夕飯の麦粥を食べたら、敷き藁の中ですぐに眠りに落ちた。



 さて、インベントリを思い出して2日目。両親の言いつけを守り、家のそばで実験を開始する。村には他にも子供がいるが、4歳5歳ほどになると草むしりや家畜の世話などの手伝いをするようになる。4歳以下になると、他には1歳2歳の子供しかおらず、最近の俺は常にボッチである。そしてそのボッチが、今の俺にはちょうど都合がよかった。

 インベントリに収納すると、収納物の内容が分かるようになった。雑草を詰め込んで「整頓」すると、植物の種類ごとに分類されるようになっている。単なる雑草だと思っていたものに、食用できるものがあったり、思わぬ薬効や、微量の毒があった。面白くて、片っ端から草や石を詰め込んで説明文を読んでいると、ステータス画面の端に灰色の表示が追加されているのを確認した。

「鑑定」(69/100)

 鑑定ですとな。

 異世界ライフでは必須かつ垂涎のスキルではありませんか。これは、行動に沿ってスキルが「生える」システムではあるまいか。なんということでしょう。

 69と書いてあるのは、インベントリに入っている物の種類と一致する。では、あと31個、何か新しいアイテムを見つけて詳細を確認したら、鑑定スキルが現れるのではなかろうか。

 とはいえ、家の周りに目新しいアイテムなど、もうない。仕方がないので、畑仕事をしている家族の目を盗んで、村のはずれの森まで、ちょっと足を伸ばしてみた。



 森の中には、家の周り以上にたくさんの種類の植物が生えていた。かぶれたり、毒の強いものもあるので、油断はできない。手近な草や土やキノコを急いで集めて、即時撤退してきた。両親にバレたらゲンコツ必至、そうでなくても森には獣や魔物がいるのだ。

 持ち帰った植物や土は、残念ながら重複があって、31種類には届かなかった。だが、「整頓」コマンドの先に「詳細分類」というコマンドがあり、それを使うと植物は「茎」「葉」「新芽」「根」など、土は「腐葉土」「粘土」「砂」などに分類され、31種類などあっという間に超えてしまった。最初からこれに気づいていれば、難なく100種類は突破できただろう。後の祭りだ。

 かくして、100種類のアイテムの詳細を確認したところで、小さいウィンドウがポップアップした。

「鑑定のスキルを習得しました」

 そしてステータスに「鑑定Lv1(1/2000)」という表示が加わったのだった。



 鑑定スキルをタップしてみると、手に取ったものについて、小さいウィンドウが現れて、その中身について解説してくれる。要は、一度インベントリに取り込まなくても鑑定結果が見られる、ということのようだ。そして「Lv1(1/2000)」とあるように、鑑定を繰り返すことによって、レベルが上がって行きそうである。

 なんだ、インベントリと変わらんじゃないかと思ったが、鑑定スキルは目視できる物なら手に取らずに鑑定できるので、地味に便利っぽい。ガンガン鑑定していこう。



 そして、鑑定が生えるなら、体術や剣術などの戦闘系のスキルだって生えるんじゃね?と思ったのは、ゲーマーとしては当然の発想だと思う。

 …ゲーマーとは何ぞや。
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