青草BL物語

いっぺい

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第一部

第13話 ゴールデンウィーク ~車内にて~ 2

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「二人で何の内緒話してんの? 変なカッコしてさ」

 尋ねてくる永の向かい側では、恵もやはり不思議そうにこちらを見ている。どうやら覓の奇行未遂には気付かなかったらしい。通路側の二人が、席に座ったまま上体だけ倒して顔を突き合わせている様は、傍目にはかなり奇妙だったことだろう。

「ああ、いや、何でもない」

 軽く誤魔化して座り直す。問題児一号も身体を起こし、恵と何やら談笑し始めた。ホッとしたのも束の間、その安堵感を問題児二号がぶち壊す。

「けど、やっぱ電車とかっていいよな。特にこの二人掛けの座席が。不自然にならずに手が出せるっていうか…。俺も覓を見習わなくちゃなー」

 その言葉と同時に、丞の尻にぞわりとした感覚が走った。

「??!!」

 全身を総毛立たせて立ち上がると、肩越しに座席シートへ目を落とす。そこには、しっかりと開かれた永の右掌があった。つまり、丞は永の手の上に座っていたわけだ。恐らく座り直した時に滑り込ませたのだろうが、たとえ数秒でも、人の手を下に敷いて平然としていた己の鈍さに呆れてしまう。
 が、取り敢えずそれは置いておこう。今問題なのは、『諸悪の根源』永だった。


「……永。この前謝ってきたのは、反省したからじゃなかったのか…?」

 沸々と湧いてくる怒りを抑え、立ったまま声のトーンを下げて訊く。

「アレはアレ、コレはコレだよ。折角隣に座っといて、何もしない手はないだろ?」

 恵のお叱りにも全く懲りていない。ある意味、三男よりも性質たちの悪い末っ子のへらへら笑顔に、丞は大きな溜息をついた。所詮、何を言っても無駄。この愚弟の横に腰を落ち着けてしまった自分が悪いのだ。

「俺、席替わる。……まったく、覚えてろよ、永っ」

 そう言い捨てて向けた背に、永は抜け抜けと怪しいセリフを投げた。

「忘れるわけないじゃん。今の感触、最高だったし♪」


 ――ゴンッ

「でっ!」


 震える拳を永の脳天に喰らわせる。頭を押さえながら「暴力反対~」などとのたまう声を無視し、龍利の横にでも移ろうと通路に一歩踏み出した所で、ふと思った。

「…あれ? そういえば…。龍、随分静かだな」



 座席が二人掛けで向かい合わせの為、五人で乗るとどうしても一人余ってしまう。いているから三・二で分かれようかと丞が提案したのだが、すぐ後ろの席なのだから構わないと、龍利が一人で座る方を選んだ。その位置は、ちょうど永の真後ろ。
 乗り込んでから暫くの間は、背凭れ越しに兄弟達の会話に参加していた筈だった。それが、先程からひと言も声を聞いていない。



 丞は背面の座席へと回る。乗客が増えてくる頃に目的地へ到着する予定なので、周囲には空席が多かった。この一画も、龍利以外の三席は空のままだ。

 一人の空間で、幼馴染は窓枠に寄り掛かり目を閉じていた。半開にした窓から吹き込む涼しい風が黒い前髪をもてあそんでいる。眠っているのかと思ったが、近くに寄ってみると、閉じているように見えた瞼が僅かに開いていた。外の景色を虚ろに眺めてボーッとしているようだ。見ようによっては、何か考え事をしているふうにも、眠気と戦っているふうにも見えた。


「何してんだ? 龍」

 隣に腰掛けて肩をポンと叩く。ピクリと眉を上げ、龍利はゆっくりと丞の方に顔を向けた。

「…え? ああ、別に――」

 言いつつ、大欠伸。

「なんだ、やっぱり眠いのか。…まさか、今朝も稽古だったとか?」

「いや、今日は免除……」

「ふーん。だったら、お前にしちゃ珍しいな」

 いつも寝不足とは無縁の生活してるくせに、と声を立てて笑う丞を、恨めしそうに見詰める龍利。

 ――誰の所為だと思ってるんだよ――



 龍利は毎晩11時には床に着き、翌朝5時に起きて道場で朝稽古に励んでいる。年齢と共に就寝時間は遅くなったものの、このサイクルを崩したことは一度も無かった。暖かな陽気や一時的な疲労などで先日のようにウトウトすることはあったが、睡眠時間が足りないなどということは無かったのだ。そう、昨日までは――。


 ――やはり、殴られてもいいから叩き起こしておけば良かった――


 昨夜、龍利に背負われて家路を辿った丞が目を覚ましたのは、町田家の門前だった。頻りに「ごめんな」と謝る彼に、龍利は「気にしなくていい」と笑顔で返して自宅へ入ったのだが、靴を脱ぐとただいまの挨拶もそこそこに二階の自室へと駆け込んだ。自分にとっては、『気にしない』で済む状況では無くなっていたから。


 負ぶっている間中、丞の寝息が首筋をくすぐっていた。それだけならまだ良かったのだろうが、だんだんと下がっていく親友の体勢を元に戻そうと揺すり上げた時、ほんの一瞬だったが、己のうなじに温かくて柔らかいものが触れたのだ。それが何なのかに思い当たった瞬間、自分の顔が火を噴いたように熱くなるのを感じた。日が落ちていたからこそ丞に気付かれずに済んだものの、今もこのおもては、きっと真っ赤に染まっている筈。なのに、身体には大量の冷汗を掻いていて。


 ――一体いつからこうなってしまったのだろう。幼い頃から、丞を負ぶったことなど数え切れないほどあったというのに――。


 閉めたドアに凭れて天井を仰ぎ、深く嘆息する。

「こんなんで、明日から大丈夫なのかな、俺……」

 結局その夜は一睡も出来ず、人生初の睡眠不足を体験する羽目になったのだった――。

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