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第一部
第8話 風呂場の出来事 3
しおりを挟む「……なんで俺がこんな目に……」
頭が痛い。肩が痛い。腰が痛い。
全くもって気分は最悪。昨夜だって碌に寝ていないのだ。
「マジで悪かったって。ちょっと悪ノリし過ぎだったし。許してくれよ、な? 丞」
ベッドの横でさっきから謝っているのは永。彼の少し高めの声は、氷枕に載せた頭にキンキンと響いてくる。丞は濡れタオルの下の顔を顰め、布団から片手を出すとシッシッと追い払うように振った。
「もういいから、早く学校行けよ…。お前の声聞いてると、余計に具合が悪くなる……」
兄の言い様に剥れながらも、永は鞄を抱えて「行ってくる」と部屋を出て行った。
――昨夜、永に追い詰められて浴槽の縁に躓いた丞は、背中から思い切り湯船にダイブしてしまった。湯の中だったので強打したわけでは無かったが、それでも勢い良く打ち付けた箇所は軽い打撲傷になっている。しかも情けないことに、引っ繰り返った体勢が悪かったのか上半身が見事に湯船の底へ沈没してしまい、ほんの数秒だが溺れてしまったのだ。慌てて覓と永が引き起こしてくれたが、頭を打った上大量に湯を飲んだ丞は目を回し、挙句に湯冷めして熱まで出してしまったのだった。
「…あいつに謝られるなんて、逆に気持ち悪りーよな…」
髪越しに伝わる氷の冷たさに目を閉じて、ポツリと呟く。窓の外からは、登校していく学生の笑い声が聞こえていた。
――伸びてしまった丞を自室まで運びベッドに寝かせた後、覓と永は恵にお叱りを受けた。大事無かったとはいえ、兄弟を危険な目に遭わせた身勝手な行動を諌められたのである。
それで、『あの』永が朝から謝ってきたのだ。出勤する前に恵も様子を見に来てくれた。あと顔を見ていないのは覓だけだが――。
「丞。朝飯、食えるか?」
カチャリと開いたドアの隙間から覗いたのは、その残る一人。手に、小さな茶碗と水の入ったコップを載せた盆を持って、丞の枕元に立つ。
「…んー、今食いたくねぇ……」
「食わなきゃ薬飲めねぇだろ。まだ熱だって高いんだし。どうせ起き上がれねぇだろうから、そのまま寝てろ。食わせてやるから」
なんとも見計らったように流行った時期外れの流感に、覓のクラスは本日学級閉鎖だった。今夜まで帰らない母の代わりに、暇な覓が丞の看病をするのは当然の成り行き。
だがこの三男、如何せん人の看病というものをあまりしたことが無い。何に気を配ればいいのかもよく分かっていなかった。
「…おい…。いきなりコレはねぇだろ…?」
口元に差し出されたそれからは、如何にも「たった今まで火にかけてました」と言わんばかりの湯気が立っている。こんなものを口に入れたら火傷するのは確実だ。しかし丞の言いたいことが伝わっていない覓は、惚けたセリフをのたまってくれる。
「なんだよ。折角恵が作ってくれた粥が食えねぇっての?」
「…そうじゃねぇ。ちっとは冷ませっつってんだ。…これ以上俺の怪我を増やす気なのか…?」
軽く息を弾ませながら半眼で睨む丞の言葉に、やっと気付いたらしい覓が苦笑する。
「ああ、そうか。確かに熱過ぎるよな、悪りー悪りー」
なんとか無事に粥を食べ終え、解熱剤を飲ませる為に覓が丞の首を起こす。額のタオルを除けてから、彼の口に水を含ませ散剤を投じた。それを飲み下した丞が二、三度咽る。
「…粉薬は苦手だ。喉に残るんだよな…」
それを聞いた覓はプッと噴き出した。
「小せぇ時から粉薬飲むのヘタクソだったよな。母さんにオブラートで包んで貰ったりしてさ。今も苦手だなんて、まったく手間の掛かるガキみてぇだぜ、丞は」
笑い飛ばされてムッとする丞。
「…誰の所為で寝込んでると思ってんだよ、…ったく。お前には自責の念ってもんがねぇのか…?」
「直接の原因は永だから、俺の所為じゃねぇもん。大体、丞がドンくせぇからこうなったんだろ?」
覓の減らず口を聞いている内に、喋り過ぎて疲れた為と、効き始めた解熱剤の作用で眠くなってきた丞の視点が曖昧になる。
「…勝手に…言ってろよ……」
(なんか疲れた…。このまま寝るか……)
睡魔に負けて重い瞼を閉じ掛かった時、ふっと額にひんやりしたものが触れる。薄っすらと見える視界で確認すると、覓が濡れタオルで顔の汗を拭ってくれていた。横に置いた洗面器の冷水で冷やし直したそれは、火照った肌にとても心地好い。
目を瞑り暫くその感覚に浸っていたが、いよいよ眠りに沈もうかという頃、突然布地の感触が去り、代わりに冷たい手がさわりと頬を撫でた。
(……?)
次いで聞こえる、艶を含んだ声。
「……結構綺麗だよな…、丞も……」
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