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諭の母
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『ピンポーン』
「……」
『ピンポーン』
「……」
「……はい。」
『あら?いるんじゃないの、やっぱり。開けて開けて。』
「……はぁー」
土曜日の朝、諭の母親は、諭と依子のマンションにやって来た。
正確には、もう諭のマンションになるが。
〈ガチャ〉
と、いう音とともに
「こんにちわー」
と、通常の何オクターブか高い声を出しながらドタドタと上り込む姿は、今は死語かもしれないオバタリアンそのものだ。
「あら、諭、依子ちゃんは?まだ寝てるの?」
「いない……。」
「はぁ?ああ、もう出かけてるの?買い物?」
「……あ、ああ。まあ。」
「……いや、そんなわけないわね。この部屋汚すぎるし、あんたの顔、ゲンナリしてるし。」
諭の母は口を動かしながら、その辺に散らかったカップ麺の残骸や靴下、タオルを拾い、長年の主婦としての勘を働かせた。
ーー依子ちゃんは、出て行った?
その結論はすぐに出た。
そして、ゴミ箱にお菓子の殻を入れる時、ビラビリになった紙グズをみつけた。
《離婚》の文字が見え、すぐに何個かクズを探り、依子の字が書かれてあるのもわかった。
まただ。
最近は治まっていたと思っていたのに、この息子夫婦はもう、破壊寸前のカタチで過ごしていたのだ。
「見たならわかるだろ?依子がいない理由」
淡々とそう言う息子、諭は、今までとはまた違う悲壮感を漂わせていた。
大体諭に否があることはわかる。
だから、いつも拳を振り上げながら怒鳴りつけていた。
だが、今日に限っては、それをしてもどうにもならないと冷静でいられた。
「愛想を尽かされちゃったのね。あんたもついに。」
愛想、なんてベタな言い回しではあるが、それがピッタリくる状況であることはわかる。
「依子ちゃん誕生日だったから、お祝い持って来たんだけど……。いないなら仕方ないわね。」
「……ごめん。」
諭が親に謝るなど、皆無の出来事だ。
「はぁ、どうするの?この状況だと、あんたが行っても依子ちゃんは戻らないでしょうし。かといって、親が口を挟む段階でもなさそうね。」
「いや……はぁー、何でだろ?俺、何でこんななんだろ?」
膝を抱えて顔を隠す諭の姿を見るのは、諭が中学生のとき以来だ。
ーー確か、依子ちゃんに彼氏がいると知ったあの日。
諭が依子を好きなことは、母親にとって、息子の一部分として受け入れていたくらい丸わかりだった。
学校から帰ると、「依子が先生に褒められてた」「今日は依子はよく笑ってた」「依子って字がきれいなんだ」と、
依子の名前が出ない日はなかったからだ。
依子からもらった義理チョコを、父親が一口つまんだだけで、1ヶ月も父子は会話をしなかった。
ホワイトデーに、依子にお返しをしたのが自分だけだとわかり、一気に機嫌が良くなってから、ようやく父子の掛け合いを聞くことができた。
執着にも近い感情で依子に接していたが、結婚するや否や、諭は種馬の如く女をとっかえひっかえしていたようだ。
手にしたら飽きてしまったのだろうか?まるでオモチャのような扱いに、同じ女として許せなかった。
しかし、諭の思いはどんなに浮気をしても、所詮浮気止まり。8対2いや、9体1で依子本命なのだ。いやいや、本来なら10対0であるべきだが。
「依子は離婚しないと言ってくれた。けど、俺とは暮らさないみたいだ。」
「別居、というわけね。」
「そう、みたいだ……。」
「で、ここの家賃はどうなるの?依子ちゃんと共稼ぎだからやっていけたでしょうに。」
「……別居なのに生活費、10万くれって。せいぜい稼げって。」
「そう言われたの?っぷハハ!」
「おいっ!笑うなよって!」
「だってぇー、依子ちゃんらしいというか……ってことは、あんたはここの家賃やら光熱費やらプラス依子ちゃんに10万でしょ?無理無理。」
呆れたように笑う母に、強気で張り合いたいが、実際問題現状では無理な話だ。
「でも、諭がここで実家に帰ってくるなんてしたら、それこそ挽回のチャンスはもうないってことね。」
「だよ、な……。」
諭がこの2日ずっと思っていたことだ。
これで引越しでもしたら、益々依子は帰ってこない。
かといって、依子の寝床に押しかけることもできない。
「依子ちゃん……ご両親には言ったのかしらね……」
という母の呟きは、諭の耳には届かなかった。
諭はある決意のもとに、今からすべきことを頭の中で順序づけていた。
「……」
『ピンポーン』
「……」
「……はい。」
『あら?いるんじゃないの、やっぱり。開けて開けて。』
「……はぁー」
土曜日の朝、諭の母親は、諭と依子のマンションにやって来た。
正確には、もう諭のマンションになるが。
〈ガチャ〉
と、いう音とともに
「こんにちわー」
と、通常の何オクターブか高い声を出しながらドタドタと上り込む姿は、今は死語かもしれないオバタリアンそのものだ。
「あら、諭、依子ちゃんは?まだ寝てるの?」
「いない……。」
「はぁ?ああ、もう出かけてるの?買い物?」
「……あ、ああ。まあ。」
「……いや、そんなわけないわね。この部屋汚すぎるし、あんたの顔、ゲンナリしてるし。」
諭の母は口を動かしながら、その辺に散らかったカップ麺の残骸や靴下、タオルを拾い、長年の主婦としての勘を働かせた。
ーー依子ちゃんは、出て行った?
その結論はすぐに出た。
そして、ゴミ箱にお菓子の殻を入れる時、ビラビリになった紙グズをみつけた。
《離婚》の文字が見え、すぐに何個かクズを探り、依子の字が書かれてあるのもわかった。
まただ。
最近は治まっていたと思っていたのに、この息子夫婦はもう、破壊寸前のカタチで過ごしていたのだ。
「見たならわかるだろ?依子がいない理由」
淡々とそう言う息子、諭は、今までとはまた違う悲壮感を漂わせていた。
大体諭に否があることはわかる。
だから、いつも拳を振り上げながら怒鳴りつけていた。
だが、今日に限っては、それをしてもどうにもならないと冷静でいられた。
「愛想を尽かされちゃったのね。あんたもついに。」
愛想、なんてベタな言い回しではあるが、それがピッタリくる状況であることはわかる。
「依子ちゃん誕生日だったから、お祝い持って来たんだけど……。いないなら仕方ないわね。」
「……ごめん。」
諭が親に謝るなど、皆無の出来事だ。
「はぁ、どうするの?この状況だと、あんたが行っても依子ちゃんは戻らないでしょうし。かといって、親が口を挟む段階でもなさそうね。」
「いや……はぁー、何でだろ?俺、何でこんななんだろ?」
膝を抱えて顔を隠す諭の姿を見るのは、諭が中学生のとき以来だ。
ーー確か、依子ちゃんに彼氏がいると知ったあの日。
諭が依子を好きなことは、母親にとって、息子の一部分として受け入れていたくらい丸わかりだった。
学校から帰ると、「依子が先生に褒められてた」「今日は依子はよく笑ってた」「依子って字がきれいなんだ」と、
依子の名前が出ない日はなかったからだ。
依子からもらった義理チョコを、父親が一口つまんだだけで、1ヶ月も父子は会話をしなかった。
ホワイトデーに、依子にお返しをしたのが自分だけだとわかり、一気に機嫌が良くなってから、ようやく父子の掛け合いを聞くことができた。
執着にも近い感情で依子に接していたが、結婚するや否や、諭は種馬の如く女をとっかえひっかえしていたようだ。
手にしたら飽きてしまったのだろうか?まるでオモチャのような扱いに、同じ女として許せなかった。
しかし、諭の思いはどんなに浮気をしても、所詮浮気止まり。8対2いや、9体1で依子本命なのだ。いやいや、本来なら10対0であるべきだが。
「依子は離婚しないと言ってくれた。けど、俺とは暮らさないみたいだ。」
「別居、というわけね。」
「そう、みたいだ……。」
「で、ここの家賃はどうなるの?依子ちゃんと共稼ぎだからやっていけたでしょうに。」
「……別居なのに生活費、10万くれって。せいぜい稼げって。」
「そう言われたの?っぷハハ!」
「おいっ!笑うなよって!」
「だってぇー、依子ちゃんらしいというか……ってことは、あんたはここの家賃やら光熱費やらプラス依子ちゃんに10万でしょ?無理無理。」
呆れたように笑う母に、強気で張り合いたいが、実際問題現状では無理な話だ。
「でも、諭がここで実家に帰ってくるなんてしたら、それこそ挽回のチャンスはもうないってことね。」
「だよ、な……。」
諭がこの2日ずっと思っていたことだ。
これで引越しでもしたら、益々依子は帰ってこない。
かといって、依子の寝床に押しかけることもできない。
「依子ちゃん……ご両親には言ったのかしらね……」
という母の呟きは、諭の耳には届かなかった。
諭はある決意のもとに、今からすべきことを頭の中で順序づけていた。
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