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第6話
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川嶋さんの意見は、ほとんど俺と同じだった。
研修中ということを忘れて、今すぐ手を取り不動産屋に行こうか、と良からぬ妄想をしていると、不意に逢沢と目があった。反論する気満々だ。
個人の立場を述べたら、次はディスカッションに移る。
まず逢沢が挙手して、次々に質問される。
『いずれ子供が高校生や大学生、あるいは社会人になった時に都心の学校、会社を選んだ時に交通費にどれだけ費用がかかるか。』『都心に緑を増やし、やり方さえ合えば地域のコミュニティも快適さを増すのではないか。寧ろ、雁字搦めのご近所付き合いで個人のプライバシーは保たれるのか。』
など、逢沢の中でボルテージがあがっているのがわかる。
それに対し、川嶋さんは頷きながらも『郊外』の立場を崩さない。
両親共フルタイムの共働きで祖父母とも疎遠だったという川嶋さんは、海を見るのも木に親しむのも稀だったという。
ーー社会人になり、街しか知らない自分の視野の狭さに嘆いたこと。
Iターンを考えたこと。
郊外に家を建てることで、便利な街の良さも見出せ、家族の声や家のにおいに落ち着くという心のバランスが取れると思う。
といった持論を展開させた。
結局の所、個人の価値観の問題だ。家を建てるという人生で最大の買い物に、誰もがオリジナリティを持っていて当然。
そこを議論しあえというのだから、徐々に感情論になってしまいそうだ。
逢沢と川嶋さんのバトルにたまに南と俺が口を挟みながら、ようやく意見はまとまり、本日の研修は終わった。
「中川さん、このディスカッションは疲れますよ。」
南が軽く口にする。
それに対し、中川講師は口角を上げていたが、「次はもっと難題にするよ。」と、何故か俺を見ながら薄ら笑いを浮かべた。
が、その後だ。
俺は見てしまった。
講師の視線がチラッと川嶋さんにいったのを。そして、川嶋さんの顔が赤らんだのを。
(……なんだこの2人?絶対に何かある……)
どうやらそれを見ていたのは俺だけではなく、
「中川さんと川嶋さんはただならぬ関係ね…」
ビール3杯目の逢沢がボソッと言う。
本日もまた俺は逢沢と飲んでいる。
「……あんた今、ものすっごく不満顔っ。感じワルっ!」
今日は珍しく疲れているのか?
いつもより早くから酔いが回っている逢沢。中川講師と川嶋さんは怪しいと、かれこれ四度目のボヤき。
待ってくれ……
ボヤきたいのは俺だよ。
「南といいあんたといい、なんであんな女がいいのかなぁ?……ねぇ、あたしも悪くないでしょーが」
こりゃヤバイな。
逢沢は酔うと絡み酒になる。
喧嘩腰になりながらも、腕を絡ませ、顎を肩に置き、密着度も半端ない。その度にあたる膨らみに、俺の下半身も反応してしまいそうになる。
が、そこは川嶋さんを思い出し、課長の顔やら南の顔やら親父の顔やらを思い浮かべて気をそらすしかない。
だいたい絡まれた時はそうやって男の生理現象を回避すべく試行錯誤だ。
それで1時間弱過ごし、逢沢がお手洗いに行くタイミングでお会計へと俺は動く。
いつものパターンだ。
いつもの…………、
いつものくだり……と違う……
なぜなら川嶋さんが俺の前に現れたから。
中川講師と、俺達の行きつけの居酒屋、『酒和屋』に現れたから。
「……えっ?町島さん、偶然ですね!」
いつも通り可愛い川嶋さんが、俺に話しかけてくれる。この状況でなければ、俺は空高く飛び上がれるくらいに有頂天になっていただろうに、今は……飛べない。
「……こ、こんばんは、奇遇ですね、川嶋さん……中、川講師……」
俺の言い方があからさまだったのか、講師はすぐに勘づいたようだ。
「ぅ?あぁ、大丈夫だよ、町島君。俺と川嶋は兄妹みたいなもんだからな、実は実家同士が仲良くて……あ?あ、れ?……もしかして……逢沢さん?……」
講師は俺に説明していたが、俺の後方から逢沢が歩いて来ている姿を見つけ、若干声色が上がった。
振り返ると、お手洗いの方からフラフラと逢沢が歩いてこちらに向かっている。下ばかり見て歩いているから、まだ講師には気づいていない。
あと3歩くらいで俺にぶつかる、という時、ようやく顔を上げ、目の前にいる3人を見やった。
「逢沢さん、大丈夫ですか?」
川嶋さんの声に、目を丸くして「ひゃっ」と言い口を押さえた逢沢。
その目はギロっと俺を見て、眉を寄せた。
逢沢の言いたいことはわかっている。
『なぜ、中川講師と川嶋さんがここにいるのか?』だろう。
だがそれは相手側にも感じた質問内容だったらしく、
「……もしかして付き合ってる、とか?」
先程と打って変わって低い声での質問に、俺は大きく手を振り否定した。
「俺と逢沢は幼馴染なんですよ。全く男女関係などあるわけがないですよ。」
研修中ということを忘れて、今すぐ手を取り不動産屋に行こうか、と良からぬ妄想をしていると、不意に逢沢と目があった。反論する気満々だ。
個人の立場を述べたら、次はディスカッションに移る。
まず逢沢が挙手して、次々に質問される。
『いずれ子供が高校生や大学生、あるいは社会人になった時に都心の学校、会社を選んだ時に交通費にどれだけ費用がかかるか。』『都心に緑を増やし、やり方さえ合えば地域のコミュニティも快適さを増すのではないか。寧ろ、雁字搦めのご近所付き合いで個人のプライバシーは保たれるのか。』
など、逢沢の中でボルテージがあがっているのがわかる。
それに対し、川嶋さんは頷きながらも『郊外』の立場を崩さない。
両親共フルタイムの共働きで祖父母とも疎遠だったという川嶋さんは、海を見るのも木に親しむのも稀だったという。
ーー社会人になり、街しか知らない自分の視野の狭さに嘆いたこと。
Iターンを考えたこと。
郊外に家を建てることで、便利な街の良さも見出せ、家族の声や家のにおいに落ち着くという心のバランスが取れると思う。
といった持論を展開させた。
結局の所、個人の価値観の問題だ。家を建てるという人生で最大の買い物に、誰もがオリジナリティを持っていて当然。
そこを議論しあえというのだから、徐々に感情論になってしまいそうだ。
逢沢と川嶋さんのバトルにたまに南と俺が口を挟みながら、ようやく意見はまとまり、本日の研修は終わった。
「中川さん、このディスカッションは疲れますよ。」
南が軽く口にする。
それに対し、中川講師は口角を上げていたが、「次はもっと難題にするよ。」と、何故か俺を見ながら薄ら笑いを浮かべた。
が、その後だ。
俺は見てしまった。
講師の視線がチラッと川嶋さんにいったのを。そして、川嶋さんの顔が赤らんだのを。
(……なんだこの2人?絶対に何かある……)
どうやらそれを見ていたのは俺だけではなく、
「中川さんと川嶋さんはただならぬ関係ね…」
ビール3杯目の逢沢がボソッと言う。
本日もまた俺は逢沢と飲んでいる。
「……あんた今、ものすっごく不満顔っ。感じワルっ!」
今日は珍しく疲れているのか?
いつもより早くから酔いが回っている逢沢。中川講師と川嶋さんは怪しいと、かれこれ四度目のボヤき。
待ってくれ……
ボヤきたいのは俺だよ。
「南といいあんたといい、なんであんな女がいいのかなぁ?……ねぇ、あたしも悪くないでしょーが」
こりゃヤバイな。
逢沢は酔うと絡み酒になる。
喧嘩腰になりながらも、腕を絡ませ、顎を肩に置き、密着度も半端ない。その度にあたる膨らみに、俺の下半身も反応してしまいそうになる。
が、そこは川嶋さんを思い出し、課長の顔やら南の顔やら親父の顔やらを思い浮かべて気をそらすしかない。
だいたい絡まれた時はそうやって男の生理現象を回避すべく試行錯誤だ。
それで1時間弱過ごし、逢沢がお手洗いに行くタイミングでお会計へと俺は動く。
いつものパターンだ。
いつもの…………、
いつものくだり……と違う……
なぜなら川嶋さんが俺の前に現れたから。
中川講師と、俺達の行きつけの居酒屋、『酒和屋』に現れたから。
「……えっ?町島さん、偶然ですね!」
いつも通り可愛い川嶋さんが、俺に話しかけてくれる。この状況でなければ、俺は空高く飛び上がれるくらいに有頂天になっていただろうに、今は……飛べない。
「……こ、こんばんは、奇遇ですね、川嶋さん……中、川講師……」
俺の言い方があからさまだったのか、講師はすぐに勘づいたようだ。
「ぅ?あぁ、大丈夫だよ、町島君。俺と川嶋は兄妹みたいなもんだからな、実は実家同士が仲良くて……あ?あ、れ?……もしかして……逢沢さん?……」
講師は俺に説明していたが、俺の後方から逢沢が歩いて来ている姿を見つけ、若干声色が上がった。
振り返ると、お手洗いの方からフラフラと逢沢が歩いてこちらに向かっている。下ばかり見て歩いているから、まだ講師には気づいていない。
あと3歩くらいで俺にぶつかる、という時、ようやく顔を上げ、目の前にいる3人を見やった。
「逢沢さん、大丈夫ですか?」
川嶋さんの声に、目を丸くして「ひゃっ」と言い口を押さえた逢沢。
その目はギロっと俺を見て、眉を寄せた。
逢沢の言いたいことはわかっている。
『なぜ、中川講師と川嶋さんがここにいるのか?』だろう。
だがそれは相手側にも感じた質問内容だったらしく、
「……もしかして付き合ってる、とか?」
先程と打って変わって低い声での質問に、俺は大きく手を振り否定した。
「俺と逢沢は幼馴染なんですよ。全く男女関係などあるわけがないですよ。」
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