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第3部

第八章 《悪竜》と《妖星》のダンス③

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 黒い鎧機兵が振りかぶった大剣。
 だが、それは振り下ろされることはなかった。
 なにせ、轟音を立てて倒れ伏したのは黒い鎧機兵の方だったからだ。
 黒い機体は片膝を破壊されていた。そのため、姿勢が保てず倒れ込んだのだ。
 そしてその片膝をとんでもない方法で破壊したのが――。


『な、なんと……』


 ラックスの口から唖然とした呟きがもれる。
 倒れ伏す鎧機兵の傍にいたのは丸く小さな鎧機兵。
 ――そう。彼が定期的に訪れる魔窟館でよく見るゴーレムだったのだ。外装は丸い外見の重装甲に変更されているようだが、あんな小さな鎧機兵は他にいない。


『な、何故この場にメルティアお嬢さまのゴーレムが……』


 疑問が脳裏に浮かぶ。
 すると、僚機と対峙していた敵機もゴーレムに目をやり、


『な、何だこいつは……鎧機兵、なのか?』


 内容こそ違うが、疑問を抱くのは敵側も同様だったようだ。
 が、ラックスと違い。彼らには考える余裕などなかった。
 何故ならば、渓谷の一方向からぞろぞろと同じ機体の軍団が現れたからだ。

 まるで丸い甲殻獣のような紫色の小さな軍団。
 そして彼らの指揮官なのだろうか、その中央には甲冑を着た騎士の姿もある。

 黒い鎧機兵達、そしてゴーレムの存在を知らないアシュレイ家の私設兵団の者達も突然の異様な乱入者達に困惑した。お互いに戦闘さえも中断し、『お、おい、何だあれは!?』『本当に鎧機兵なのかよ? 小さすぎるだろ』『……一応増援、なのか?』と、敵味方問わず疑問を抱いていた。

 ただ、その中で一番驚愕したのはラックスだった。


(お、お嬢さま!?)


 ゴーレム隊――本人達いわく『メルティアン魔窟騎士団』を率いる大柄の騎士。
 あれはまごうことなき、メルティアの着装型鎧機兵パワード・ゴーレム。恐らく中に入って操っているのはメルティア本人に違いない。


(ど、どうしてお嬢さまがここに!?)


 ラックスは青ざめる。もはや愕然とするしかなかった。
 すると、不意に甲冑騎士――メルティアが大きく片手を上げ、


『――アクティブ隊。初陣です!』


 と、凛とした声で指令を下した。
 主君の命に『メルティアン魔窟騎士団』の面々は、


『『『……ウオオオオオオオオオォ!』』』


 裂帛の気合で応えた。
 そしてガシン、と両腕を立てた状態で胸の前を固めると、そのままググッと重心を沈みこませる。ますますもって丸くなった甲殻獣だ。
 そして一瞬後、重装甲の至る箇所にある細い穴から恒力を噴出し、凄まじい速度で飛び出してした。それも百機単位でだ。
 紫色の砲弾は飛び跳ねながら黒い鎧機兵達に襲い掛かる――。


『な、何だ!?』『う、うおおおおおお!?』


 愕然としたのは黒服達だった。私設兵団の者達も流石に動揺していたが、どうやら自分達は標的にはされていない事にすぐ気付き、黒服達よりは落ち着いていた。
 そして『飛び跳ねる砲弾』は次々と黒い鎧機兵に体当たりしていく。


『ぐ!』『こ、こいつら!』


 呻き声を上げる黒服達。狙われているのは鎧機兵の急所である膝だ。
 不規則かつ素早い動きで翻弄し、その部位を破壊しようとしてくるのだ。


『くそ!』


 縦横無尽に飛び跳ねるゴーレム達。
 だが、黒服達も圧されているばかりでもない。


『舐めるなよ!』


 黒い鎧機兵の一機が地を強く踏み抜いた。
 続けて大剣を両手で構え、風を薙ぐように迎撃する!

 ――ガゴンッ!

 そして巨大な刃は紫色の砲弾に直撃した。
 しかし、豪快な音こそ奏でるが、ただそれだけだった。


『な、なに!?』


 黒服は動揺した。
 カウンターの一撃でありながら、小さな機体を破壊できなかったのだ。
 その理由は簡単だった。敵の自重が軽すぎるため、撃ち返すことしかできなかったのである。どんな膂力であっても、ある程度は固定しなければ威力は分散してしまうものだ。流石に装甲の欠片程度は飛び散るが、丸い機体はゴンゴンと地面を転がるだけで、すぐにむくりと立ち上がり、『……レッツ、アクティブ』と謎の言葉を呟いて再び襲い掛かってくる。それの繰り返しだった。


『な、何なんだこいつらは……』『ば、化け物か……?』


 流石に黒服達も青ざめる。これでは際限なく補填される弾幕であった。
 想定外の状況に、緊張で息を呑む――が、彼らはすぐに思い出すことになる。
 今はいつまでも未知の増援ばかりにかまけている状況ではなかったことを。


『――はあ!』


 気迫が込められた女性の声が周囲に響く。
 私設兵団の女性戦士の掛け声だ。
 同時に、彼女の愛機が黒い鎧機兵の頭部を容赦なく薙いだ。
 敵機の首が破片を散らして宙に飛ぶ。


『く、くそ!』『各員! 警戒を怠るな!』


 慌てて対応する黒服達。
 ――そう。今は戦闘中。ここには他にも敵がいるのだ。
 各場所で再開する剣戟音。それに加え、乱舞するゴーレム達。
 戦況は一気に変わろうとしていた。



「……ふぅむ」


 そして、その光景をリノは静かに見据えていた。
 特に戦場を飛び交う小さな鎧機兵達を。


(あれは……新兵器の類かの?)


 眉をしかめてそう考える。
 だとすれば恐ろしい新兵器である。サイズからして恐らく無人だ。それが各機、正確に状況判断をし、時には連携まで取っているではないか。


(攻撃力はそこまでないな。しかし気になるの)


 あれは実にいい兵器だ。きっと良い商品になるに違いない。
 運動性も中々のものだが、何より操手が不要ということは『死ぬ』ことがないということだ。あれは言ってみれば不死の軍団なのである。
 何とも興味深い存在か。


「……何機か確保しておくかの」


 あごから手を離し、リノは呟いた。
 あれほどの判断力と敏捷性を持つ兵器。
 もし確保できれば、兵器開発部門の長――あのリノと会う度に「五年後が楽しみだぜ!」と宣う、うっとおしい男にも貸しが作れるというものだ。


「よし。そうするか」


 リノは決断した。
 が、その前にしなければならないことがある。
 無論それは、彼女の伴侶の相手である。


『さて。コウタよ』


 と、少年の名を呼ぶが、リノはすぐに眉根を寄せた。
 いつの間にか、対峙していたはずの竜装の鎧機兵が消えている。
 周囲を見渡してもその姿は見当たらなかった。


「……ふむ」


 まさかこの隙に逃げたのか……。
 一瞬そう考えるが、かぶりを振る。
 戦況が混乱しつつある今の状況で逃走するのは確かに一つの手だ。
 だが、この場にはコウタの仲間もまだ大勢残っている。彼の性格上、仲間を置いて逃げるなど考えにくい。むしろ苦境であるほど自分が殿を受け持つタイプだ。

 リノはすぐさま《水妖星》を空高く浮上させた。
 ここは岩などで視界が悪い。見下ろせる場所に移動したのだ。
 そして今度は眼下を見下ろして――見つけた。
 かなり離れた場所。あの未知の増援が現れた場所付近にいた。あの少年の愛機は、今は処刑刀を大地に突き刺し、大岩の傍で片膝をついて背中を向けていた。

 このわずかな隙にあそこまで移動するとは、中々どうして大したものである。
 だが、少しないがしろにされたようで不愉快にも感じる。


「……ふむ」


 リノは一瞬だけ頬を愛らしく膨らませる。
 そしてもう一度、眼下の竜装の鎧機兵を見据えて――。


「わらわを無視するなど寂しいではないか。コウタよ」


 そう呟くなり、リノは愛しい少年の後を追うのだった。
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