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第3部

第八章 《悪竜》と《妖星》のダンス②

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 ――ギンッ!

 重い金属音と共に、《疾風》と黒い鎧機兵が鍔迫り合いをする。
 互いに持つ刀と剣が、ギャリギャリと火花を散らす。


(ぬうゥ、やはり手強いな……)


 愛機の操縦棍を強く握りしめ、ラックスは舌打ちする。
 流石は名うての犯罪組織の配下か。その力量は並みの騎士より上だった。
 これでは部下達が苦戦するのもやむを得ない。

 ラックスは敵機を視界の端に収めたまま、ちらりと周囲を一瞥した。
 人間並みの小さな岩から、鎧機兵よりも大きい岩が所々に点在する渓谷。見渡しはあまりよくないが、各場所で部下達が奮戦しているのが分かる。

 だが、やはり戦況はかなり押されている。早くこの戦況を優位に傾け、コウタの援護に行きたいというのに、もどかしい事この上ない。


(……申し訳ありません。旦那さま)


 ここにいない主人にラックスは謝罪する。
 主人は自分を信じて大切な後継者を託してくれたと言うのに、肝心なこの時に、援護さえもままならないとは。これほどの失態は久しぶりだった。

 救いがあるとすれば、こちらにこれだけの戦力が集中していると言うことは、密林に向かった主人の部隊の方には少数しかいないと言うことぐらいか。

 ラックスは、今度は《ディノス》の方を一瞥した。
 どうやら次期当主は、宙に浮いた鎧機兵と会話をしていたようだ。が、それも終わったらしい。どういう力かは分からないが、敵機がゆらゆらと揺らめき始めた。
 明らかに戦闘開始の兆しだ。


(く、コウタさま)


 幼い頃からよく知っている少年。
 故郷を無残に失う不遇な境遇でありながら真直ぐに育った少年だ。
 アシュレイ家の次期当主であるという以前に、ラックスはコウタを実の孫のように思っていた。

 だというのに――。


『邪魔をするでない!』


 執事長の裂帛の気合と共に、《疾風》は敵機の剣を跳ねのけた。
 そして、ぐらつく黒い鎧機兵の首に斬撃を繰り出した。
 閃光が一文字に走り、機体の頭部は宙に跳んだ。そして敵機の体は大きく仰け反る。《疾風》はすかさず左の掌底を撃ち出し、黒い鎧機兵を突き飛ばした。

 ズズン、と仰向けに倒れ伏せる敵機。
 さらに《疾風》はダメ押しとばかりに片膝に刀を突き刺した。火花が散り、人工筋肉や鋼子骨格が剥き出しになる。これでもう立つことは出来ない。


(よし! これで残り四機!)


 ラックスの目指すノルマは五機だ。それだけ倒せば戦況は傾く。余力が出ればそれだけ早くコウタの救援に迎えるというものだ。
 ラックスは《疾風》を通じて倒れた鎧機兵を一瞥した後、近くで戦闘していた僚機に視線を向け――そこでギョッとする。
 メイスを持つ敵機と対峙し、剣を構える一機の僚機。ラックスの直属の部下でもあるメイドが操縦する機体だ。私設兵団の中でも指折りの実力を持つ女性だった。

 だが、彼女が手強いと感じたのか、その後ろからもう一機の敵が襲いかかろうとしていたのだ。敵機は大剣を容赦なく振りかぶっている。狙いは肩から胴体だ。

 ラックスは蒼白になった。まずい。あの一撃を受ければ、恐らく中の操手もただでは済まない。間違いなく装甲に圧潰される!
 もはや捕縛は諦め、これ以上損害が大きくなる前に殺害する姿勢だった。


『――い、いかん! 逃げよ!』


 思わず叫ぶラックス。
 そして轟音が響いたのは、その叫びの直後だった――。


       ◆


『ふふ、ではいよいよ始めるとするかの』


 そう言って、リノの操る《水妖星》はさらに高い位置に昇った。
 対し、すっと《ディノス》は処刑刀を構える。
 すでに迷いは払った。
 確かにリノに剣は向けたくない。脳裏には今も彼女の笑顔が浮かんでいる。
 しかし、相手は《九妖星》なのだ。
 あの怖ろしいほどの実力を持つ男と同格の『敵』なのである。
 ましてや今はメルティアがいないため、切り札である《悪竜ディノ=バロウス》モードも使用できない状況だ。一瞬でも油断すれば、それこそ瞬殺されかねない危機にあった。


『どうやらお主もやる気になったようじゃの』


 リノは満面の笑みを《水妖星》の中で浮かべた。
 そして――。


『では、参るぞ! コウタ!』


 遂に《水妖星》が動き出した。
 尾びれを大きく動かし、空中を泳ぎ、右手の爪をかざして《ディノス》に襲い掛かる。その光景は、まるで鋼鉄のサメの襲撃のようだった。
 対し、《ディノス》は横に跳んだ。
 確かに速いが、砲撃や《雷歩》による移動ほどではない。ノーマル状態の《ディノス》でもかわせない速度ではなかった。

 だが、次の瞬間、


(――え?)


 コウタは目を瞠った。
 いきなり《ディノス》の動きが大きく鈍ったのだ。
 まるで全身に枷でもつけられたような重さ。装甲までが軋みを上げる。
 ズシンと片足を打ちつけ、竜装の鎧機兵はその場で立ち止まった。


『ふふ。隙だらけじゃぞ! コウタ!』


 リノがそう叫び、軌道を修正した《水妖星》が立ち止まる《ディノス》に爪撃を繰り出した。今回は逃げることも出来ず咄嗟に処刑刀を盾にして、竜装の鎧機兵は正面から《水妖星》の攻撃を受け止めることになった。


『――ぐうッ!』


 機体全体を揺らす強い衝撃。
 恒力値の差は五倍以上。破壊力がまるで違った。直撃だけは避けたが、《ディノス》は衝突の勢いのまま、大きく吹き飛ばされることになった。
 コウタは小さく呻きつつも、すぐさま吹き飛ぶ機体を立て直す。空中で姿勢を制御、地面に両足を打ちつけ火線を引く。《ディノス》はどうにか停止した。

 が、ホッとする間もなく《水妖星》が追撃して来る。


『――くッ』


 《ディノス》は処刑刀を構えて迎え撃つ――が、《水妖星》が泳いで近付きにつれて再び機体が軋み始める。まるで重力の檻に捕えられたようだ。
 このままでは迎撃もままならない。

 ――ズガンッ!

 そして轟く雷音。コウタは両足から恒力を噴出して加速する《雷歩》を使って、後方に跳んだ。グングンと離れていく《水妖星》の姿。それと同時に装甲が軋む音が消え、機体が一気に軽くなる。


(……これは)


 コウタは訝しげに眉根を寄せた。
 何かがおかしい。いや、間違いなく何かを仕掛けられている。
 コウタは宙空に浮かぶ《水妖星》を睨み据えた。
 この現象を解明しない限り、《ディノス》に勝機はない。


(少し試してみるか)


 コウタはすっと双眸を細めた。同時に《ディノス》が処刑刀の柄を両手で掴み、下段に構える。そして――一気に振り上げた。

 ガガガガガガガッガガ――ッ!

 地を削り凄まじい勢いで解き放たれたのは恒力による不可視の刃――《飛刃》。
 それも現状の全恒力を収束させた斬撃だ。
 何の防御もしなければ《水妖星》でも受けるのは危険な闘技。しかし、リノは『……ふふん』と鼻を鳴らすだけでかわす素振りはない。

 が、それも当然か。何故なら地面を削っていた不可視の刃は《水妖星》に近付くにつれて徐々に勢いを失い、届く前に消えてしまったからだ。


『わらわに無粋な飛び道具は効かんぞ』


 と、リノが《水妖星》の中で大きな胸を反らして自慢げに語る。
 こういった態度はやはりまだ幼い少女だった。
 しかし、対するコウタは、『戦士』としては老獪であった。
 今の一撃で大体知りたい事が分かったのだ。


(なるほど。そういうことか)


 コウタは《ディノス》の中で皮肉気に笑った。
 先程放った《飛刃》がわざわざ地を削ったのは、速度と威力の影響を計るためだった。そして《飛刃》はすぐには消えず徐々に威力を失った。
 もし障壁のようなものにぶつかれば《飛刃》は四散するか、衝撃を発するはず。
 しかし、徐々に威力が削がれたのは、要するに《水妖星》の周囲に、何か柔らかい緩衝材のようなものがあるに他ならないということだった。


(近付けば重く、そして宙に浮かぶ――いや、


 コウタは《水妖星》の性質のようなものを理解した。
 が、同時に冷たい汗も流す。
 何とも危険な能力だった。ラゴウの《金妖星》とはまた違う怖ろしさだ。


『……随分と怖い機体だね。リノ』


 そして少年は親しい少女に語りかけ、


『……ほう。もう気付いたのかの、コウタよ』


 少女は愛しい少年に尋ね返す。
 その声、その表情は色香さえ漂うほど妖艶だった。
 対し少年は、揺るぎない意志を以て頷く。


『君の機体――いや、もしかしたら君自身の《黄道法》か』


 と、前置きし、


『多分その鎧機兵は全身から恒力を放出し、それを水のような気体――無色透明な「海」に変換して周囲に漂わせている』

『………ほう』 


 リノは感嘆の声を上げた。
 流石は我が愛しき人。そう賞賛したい気分だった。
 コウタの推測は、まさに真実だったのだ。


『大した洞察力じゃのう。よもや、わらわの《深海空域》をこうも早く見破られるとは思わなかったぞ』


 と、リノは微笑みさえ浮かべて告げる。

 彼女独自の《黄道法》の闘技。《深海空域》。
 半径二十セージルの宙域を恒力で満たし支配下に置く闘技だ。もっと簡単に言えば《水妖星》の周囲に自在に操れる『海』を召喚する技だ。

 その制御は《水妖星》に近いほど精密になり、いつでも深海並みの圧力さえ生みだせる《九妖星》リノ=エヴァンシードが誇る必殺の戦法だった。


『じゃが、分かったてもどうするコウタ? どうやらお主の操手としての技量は相当なモノのようじゃが、その鎧機兵は少々期待外れじゃな』


 と、続けてリノは言う。


『出力がまるで足りぬ。完全に見かけ倒しじゃな。お主の技量に全く見合っておらん。どうやらラゴウは、お主の技量のみに感嘆したようじゃな』


 その台詞にコウタは、カチンときた。この《ディノス》はメルティアが造ってくれたものだ。確かにノーマルモードでは《九妖星》には遠く及ばない。
 しかし、それでも愛機を、見かけ倒し呼ばわりされるのは我慢ならなかった。


『リノ』


 コウタは少女の名を呼んだ。


『そう判断するのはまだ早いと思うよ』


 そして《ディノス》は、処刑刀をすうっと水平に構える。
 そんな緊迫した雰囲気へと変わった《ディノス》に、


『……ふむ。そうか』


 リノはそう言うと、右手を天に掲げた。
 続けて無造作に振り下ろす。途端、コウタの背筋に悪寒が走る。
 それに合わせて《ディノス》は後方に跳んだ。
 すると、一瞬前まで《ディノス》が立っていた場所が、ガコンッと大鎚を叩きつけられたように陥没する。コウタはわずかに息を呑んだ。これはリノの《深海空域》の力。海流を操り、上空から叩きつけたのだ。


『機体に愛着を持つ気持ちはよく分かるが流石に虚勢じゃのう。わらわがその気になれば一瞬じゃ。悪いがコウタ。その機体ではわらわの《水妖星》には絶対に勝てぬ。そもそもわらわの「海」の中では、その程度の鎧機兵ではロクに動くことも出来んぞ』


 と、リノは《水妖星》の操縦シートを片手で撫でつつ宣告する。
 対するコウタは一瞬沈黙する。が、すぐに、


『それでもこの機体はボクにとって特別なんだ。《ディノス》に乗っている限り、ボクは誰にも負ける訳にはいかない』


 一拍置いて《ディノス》が処刑刀を横に薙ぐ。


『ボクの愛機、《ディノ=バロウス》は最強の鎧機兵なんだ。ボクはそう信じている。だからそれを証明するため、まだまだ足掻かせてもらうよ』


 一切の気負いなくそう宣言するコウタに、リノはふっと笑う。
 彼女の未来のご主人さまは、どうやら少し頑固者のようだ。


『ふふ、まあ、それも良かろう』


 リノは寛容な姿勢で対応する。
 なにせ、すでに彼女はこの少年にすべてを許すつもりでいるのだ。
 この程度の我儘などいくらでも受けよう。


『お主が満足するまでその機体で挑むが良い』


 そう言って彼女の操る《水妖星》は抱擁するように大きく両腕を広げた。
 それに対し、《ディノス》は改めて処刑刀を水平に構えた。
 対峙する二機の間に、シンとした空気が流れる。
 ある意味、彼らは熱い恋人のように互いの姿しか見ていなかった。

 しかし、そんな時だった。


『――い、いかん! 逃げよ!』


 突如響く、切羽詰まった様子のラックスの叫び。
 そしてその直後に轟いた、何かが破壊されたような重低音。
 緊張した空気が崩れ、コウタの背筋にゾッとするような悪寒が走る。
 自分の戦闘に意識を向けすぎて失念していた。
 まさか仲間達の中に、遂に戦死者が出てしまったのか。思わず振り向きたい衝動にかられるが、今はリノの――《水妖星》の前だ。
 迂闊に視線を外す訳にはいかなかった。

 だが、どうやらその心配は不要だったようだ。
 何故なら、彼女の方も戦闘を忘れるほど動揺していたからだ。


『……な、なん、なのじゃ? あれは……』


 呆然と呟くリノ。《水妖星》は微動だにしない。
 菫色の髪の少女は、愛機の中で目を見開いていた。
 位置的にリノからならば、音源の位置が確認できるのだ。
 そして一流の戦士である彼女が、敵を前にして困惑している。
 よほどのものがリノの視界に入ったということか。


(……一体何が……)


 コウタは訝しげに眉根を寄せた。
 何かの異常が起きたのは明らかだ。流石に確認せざるえない。そして未だ動かない《水妖星》を最大限警戒しつつ、コウタも轟音がした方に視線を向け――。


『――――え』


 零れ落ちる唖然とした声。
 思わず彼までが愕然とするような光景が、そこには広がっていた。
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