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第3部

第四章 いよいよ始まる『初デート』③

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「……ふむ」


 その頃、一人の少女がソファーに座って足を組んでいた。
 そこはとある廃屋敷。王都の南端に位置する地区にある屋敷の応接室だ。
 エリーズ国の王都パドロは人口八十万人を超える大都市。発展した街は同時に闇の部分も抱える。この廃屋敷はスラム街と呼ばれる南端地区に数多くある館の一つだった。


「何もこんな場所でもなくてよかろうに」


 言って、かなり劣化したソファーに手を触れる少女は、リノだった。
 一応この日のために、掃除だけは事前にしているので大きな埃などはないが、とてもではないが、快適とは言い難い座り心地だった。これでは育ちのよいリノは勿論、これからやって来る客人にとっても不快ではないのだろうか。
 リノは周囲の内装も窺う。
 部屋全体も殺風景だ。調度品は一切なく、あるのはひび割れた背の低い大理石の机と向かい合わせに配置されたソファーのみ。実に寂れた部屋だった。


「とても客人を迎える部屋ではないな。わらわのホテルでもよかろうに」


 リノが少しばかり不機嫌そうにそんなことを呟くと、


「……お嬢さま」


 ソファーの後ろで控えていたゲイルが眉をしかめて忠言する。


「こればかりは仕方がありません。確かに今回は新たなる盟主殿との初顔見せ。それに相応しい場所を用意したいというお気持ちは分かりますが……」


 そこで小さく嘆息し、


「どうやらエリーズ国の騎士団が我らの動きに感づいているようなのです。彼らとの商談の場所にホテルなど使えば足がつく可能性があります」

「……ふん。そんなことは分かっておる」


 と、リノが鼻を鳴らして告げるが、ゲイルは彼女の真意を見抜いていた。
 別に彼女は、《教団》の新たなる盟主に気を遣った訳ではない。単純に、あえて騎士団に発見され、大立ち回りをしたかったのだろう。
 ゲイルが告げた《悪竜顕人》とやらと一戦交えてみたい。
 そう考えているのが、ありありと分かった。


(……本当に困ったお嬢さまだ)


 ゲイルはリノの後ろ姿を見据え、渋面を浮かべる。
 彼の主人はまるで猫のように気まぐれな少女だった。仕事を優先させるかと思えば、すぐさま欲望に走る。ある意味、彼女の父親の教育の賜物か。
 しかもこの気まぐれな少女こそが、組織において兵器及び武器の販売を担う第1支部の長だというのだから、とんでもない話だった。


(まあ、尊大な態度ではあるが、男女問わず惹きつけるこの美貌があるからこそ案外商談役にも向いているかもしれんな)


 そんなことを考えるゲイル。事実、彼女は莫大な利益を上げている。
 意外と適材適所とも呼べる人材配置かもしれない。
 だが、それでも思う。彼女の側近であるゲイルだからこそ思ってしまうのだ。
 偉大なる『あのお方』に不敬を抱きたくないが、正直、娘の教育の方だけはもう少し何とかならなかったのだろうか、と。
 ゲイルはリノに気付かれないようにやれやれと溜息をついた。
 すると、不意にリノがソファーに仰け反って、ゲイルの方に視線を向ける。
 一瞬溜息に気付かれたかと、ゲイルは冷や汗を浮かべたが、リノの視線はそのまま応接室のドアの方へと移行した。
 そこでゲイルも気付く。ドアの向こうから気配らしきものを感じた。同時にギシギシという足音も聞こえてくる。恐らく二人ほどか。
 リノはいち早くその気配を感じ取ったらしい。本当に猫のような少女である。


「……どうやら客人がいらっしゃったようですね」

「ふむ。そうじゃな」


 言って立ち上がるリノ。
 その直後、コンコンとドアがノックされる。リノはゲイルを一瞥した。ゲイルは修司に対し首肯する。それからドアの元へ進み、「今お開けします」と、扉の向こうにいる客人達に告げてドアをガチャリと開けた。
 そして視界が広がるなり、ゲイルは少し息を呑んだ。


「ありがとう」


 そう言って笑みを浮かべるのは、艶やかな黒髪を持つ少女だった。
 彼女はコートのようなタイトワンピースを纏っており、優雅な姿勢で一礼した。


(なんと美しい……)


 ゲイルは再び小さく息を呑む。
 彼女の放つオーラはまるで王侯貴族のようであり、傾国の雛鳥であるリノに見慣れたゲイルでさえも思わず見惚れるほどの美貌を持つ少女だった。
 黒髪の少女の後ろには護衛か従者なのだろうか。黄色い短髪の女性がいた。彼女もリノとゲイルに軽く一礼する。ゲイルはただ呆然としていたが、


「これ。何をしておる」


 リノの声に、ハッと正気に返る。慌てて「も、申し訳ありません」と謝罪し、客人である二人の女性を部屋の中に招き入れる。
 女性達はゆっくりと歩を進めると、リノの前で改めて一礼した。
 一方、リノもスカートの裾を少し上げ「お初にお目にかかる」と優雅に応える。
 それから、ふふっと笑みを見せて。


「立ち話もなんじゃ。粗末な場所で申し訳ないが座られよ。《ディノ=バロウス教団》の新たなる盟主殿よ」

「ええ、それでは失礼しますね。《水妖星》さま」


 言って、《ディノ=バロウス教団》の盟主であり、この国においては『サラ』と名乗る少女はソファーに座った。
 護衛である短髪の女性――ジェシカはサラの後ろに回り、静かに控える。
 それを見届けてから、リノもソファーに座った。
 全く同じタイミングで、ゲイルはリノの後方に控えた。


「では、盟主殿」


 そして互いの姿をしっかり見据えてから、リノはいよいよ話を切り出した。


「このたびの商談の内容をお伺いしようかの」



       ◆



「……《黒陽社》と《ディノ=バロウス教団》か」


 イスクーン城の四階にある執務室にて。
 アベル=アシュレイは指を組み、渋面を浮かべていた。
 彼の眼差しは、机の上に広げられた地図にずっと向けられている。


(やれやれだな)


 片や『欲望こそが人の真理』を教義に掲げ、人身売買から兵器売買。そして麻薬の密売にさえも手を染めた第一級犯罪組織――《黒陽社》。

 片や『《悪竜》とは神罰の顕現。神を蘇らせ、今度こそ世界に神罰を』を謳い文句に、暗殺や諜報を生業とする終末思想集団――《ディノ=バロウス教団》。
 どちらも厄介かつ有名な犯罪組織だ。

 そんな二大犯罪組織の――それも、両組織における幹部クラスの大物達がこの王都パドロのどこかに潜み、会談を行おうと企んでいるらしい。
 具体的な会談の内容――もしくは商談なのかもしれないが、その情報を諜報機関から受けた時も、アベルは今と同じように渋面を浮かべた。
 本来《黒陽社》にしても《ディノ=バロウス教団》にしても、どちらかと言えば隣国のグレイシア皇国にて暗躍している組織だ。
 それがわざわざエリーズ国に出向いて会談をする理由が分からない。


「我々が皇国騎士団よりも、くみ易い相手と考えたか?」


 そんなことも考えるが、それも定かではない。
 だが、いずれにせよ相手は犯罪組織。みすみす放置する訳にはいかなかった。
 早速アベルは警戒網を強化した。そして部下であるイザベラ達の尽力もあり、数人の怪しい人物をリストアップしたのだ。
 恐らくは《黒陽社》側の人間だ。残念ながら《バロウス教団》側の人間の姿は掴めなかったが、どうやら奴らは一般的にスラム街と呼ばれる地区に集まっているようだ。報告によると異常なほど警戒しているらしい。それが返って情報を教えてくれた。今回の会合はその付近で行われるのだろう。


「……ふむ」


 アベルはあごに手を置き、少し疑問に思う。
 彼の知る《黒陽社》はもっと洗練された組織だ。警戒を悟られるような未熟な組織などではない。いかに慣れない他国とは言え、これはいささか不自然だった。


(何かの罠か?)


 そうも考えられるが、それもしっくりこない。
 何故なら《黒陽社》にしろ《ディノ=バロウス教団》にしろ他国の犯罪組織。エリーズ国の騎士団を罠にかけるメリットも因縁もないからだ。


(それにこの警戒ぶりも気になるな)


 アベルは地図をさらに凝視する。そこには事前に確認できた範囲で《黒陽社》の者が配置されている箇所が『×』印で記されていた。
 その配置は外側からの襲撃よりも、むしろを警戒しているように思えた。


(我々騎士団よりも《教団》ともめ事になることを警戒しているのか? だが、あの組織は暗殺こそ得意でも戦闘力自体はさほどないと聞くが……)


 そこまで考え、アベルは小さく嘆息した。
 情報量が少なすぎて一向に思考が定まらないのだ。優秀であるからこそ、様々な可能性を検討してしまう。アベルの悪い癖だった。
 ともあれ、もはや静観している時機ではないことだけは確かだ。


「我々は我々の最善を尽くすだけだ」


 アベルは目を細めて、冷淡な声で呟く。


「我がエリーズ国の騎士団を侮った代償は払ってもらうぞ、外道ども」
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