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第12部
エピローグ
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ふと、梟が鳴いた。
深い森の中、その一行は野営をしていた。
――いや、果たして一行と呼ぶべきか。
森には十数のランタン。恒力の光が輝いている。
その一つ一つが、テントを照らすモノだった。
そんなテントの一つ。
他と比べて明らかに差があるテントに、彼女はいた。
年の頃は十七ぐらいか。
腰まで伸ばした桜色の髪と、水色の瞳。
凛々しい顔つきに、男性並みの高身長な女性だ。
テント内に設置されたテーブルの前で立つ姿はすらりとしており、彼女のスタイルの良さや美貌を際立たせている。
ただ、それ以上に印象的なのは、その身に纏う白い鎧だった。
赤の縁取りに、精緻な刻印が施された鎧。
それだけで、まるで美術品のような印象がある。
――いや、実際に、美術品だと思う人間は多いだろう。
動く鎧である鎧機兵が普及された現代、鎧を纏う人間など皆無に等しいのだから。
その上、彼女は赤い外套に、腰には長剣まで差している。
長剣もまた時代遅れな一品だ。
まるでお伽噺にあるような姫騎士のようだった。
「……姫さま」
すると、本当にそう呼ばれた。
彼女が、声の方へと目をやる。
そこには、一人の男がいた。
ゆったりとした司祭服の着た壮年の男性だ。
「……斥候が戻って参りました」
「そうか」
彼女は呟く。
「見つかったのか?」
「いいえ」
司祭服の男性は首を振った。
「痕跡さえも見つからなかったそうです」
「……………」
騎士の女性は渋面を見せた。
対し、司祭服の男は言葉を続ける。
「ですが、捜索範囲を広げるほどに同じ場所を堂々巡りしたそうです」
「……それは」
女性は、小首を傾げた。
「どういうことだ?」
「……この森が意図的に迷路化されているということです」
男性が告げる。
「えっと、どういうことだ?」
彼女は、さらに小首を傾げた。
男性は内心で嘆息しつつ、はっきりと告げた。
「この森が奴らの拠点であることには間違いないということです」
「そうなのか!」
彼女は、瞳を輝かせた。
「ならば、この森に姉さまはおられるのだな!」
「間違いないかと」
司祭服の男性が言う。
「ですが、この森を抜けるのは、まだ時間がかかりそうです」
「……うん」
女性は眉をしかめた。
次いで、グッと下唇を噛む。
「だから、もっと、兵を派遣できれば……」
「これ以上は不可能でございます」
男性が言う。
「ここはグレイシア皇国領。他国にてございます。これ以上の兵の増強は、皇国の目にも留まり、侵略行為とみなされることでしょう」
「そんな!」
女性は、腕を横に薙いだ。
「私はただ攫われた姉さまを救いたいだけだ!」
「それを立証する術がございませぬ」
男性は、かぶりを振った。
「ここに至れたのも、私が神託を受けたため。我が国に比べ、嘆かわしいことに信仰が浅い皇国では到底納得しないでしょう」
「……むう」
女性はグッと拳を固めて唸る。
「しかし、ご安心ください」
すると、司祭服の男性は優し気な眼差しを見せた。
「偉大なる女神は、決して我らを見捨てはしません。必ずやこの悪意の森を突破する術をお授け下さることでしょう」
「うん。期待しているぞ。ガンダルフ司教」
女性は、にこやかに笑ってそう告げた。
司祭服の男性――ガンダルフ=バースは「はい」と頷いた。
「では、失礼いたします」
そう告げて、ガンダルフはテントを後にした。
(……さて)
森の中、多くのテントがあるが、彼はそれのどこにも向かわない。
夜営地を越えて、さらに森の奥に向かう。
月明かりを頼りに、木々の間を進む。
(相変わらず理解が遅い。知恵が回らん小娘だ。だが、その強さだけは本物だ。神命のため、是非とも役に立ってもらうぞ)
双眸を細めた。
そうして十分ほどを歩くと、
「……やあ。ガンダルフ」
不意に、背後から声を掛けられた。
「今宵は綺麗な月だねえ」
そう告げる人物は少年だった。
年の頃は十六ほどか。整った鼻梁に、詰襟タイプの純白の騎士服。
誰もの目を引く容姿ではあるが、最も特徴的なのはその髪だ。
――彼の髪は、金色だったのである。
その髪の色は非常に珍しい。《星神》の――それも希少種である《金色の星神》の血を引く者にしか現れない髪の色だった。
「おお……」
ガンダルフは振り返ると、土で汚れるのも厭わず両膝をついた。
「偉大なる『使徒』さま。よもやこのような場所にお出でになられるとは……」
「なに」
少年は笑う。
「君が困っているようだからね。少々手助けに現れたのさ。司教殿」
「勿体なきお言葉でございます」
ガンダルフは指を組み、頭を垂れた。
「では、もしや神託を……」
「まあ、神託というよりもね」
少年は苦笑を浮かべて、指先を突き出した。
すると、夜でありながら、その指先に小鳥がとまった。
「導き手を授けるよ」
少年がそう告げると、小鳥はガンダルフの肩に移動した。
「流石は東の鬼の血族だね。厄介な森を造ってくれたようだ。けど、その子なら導いてくれるはずだよ」
「……おお」
ガンダルフは肩の小鳥に目をやり、心から感嘆する。
「なんと光栄なことでしょう。神託のみならず、神使までお授け下さるとは……」
「はは。それだけ、君には期待しているのさ」
少年は、穏やかに笑った。
「けれど、油断してはダメだよ。相手は衰えたとはいえ神敵。かの《煉獄王》を守護する四戦士の末裔なのだから」
「はっ」
ガンダルフは、再び頭を垂れた。
「承知しております。そのために我が国屈指の精鋭を用意いたしました」
顔を上げる。
「特に、かの姫騎士。ミュリエル=アラシエド王女は、まだ歳若き身でありながら、鎧機兵を扱わせれば、並ぶ者なき猛者にてございます」
「うん。あの子か」
少年は苦笑した。
「僕もここまでの活躍は見たよ。確かに強いね。けど、少し真っ直ぐすぎる子だね。少しお馬鹿さんなのかな?」
「確かに、武に偏ったためか、いささか知恵が回らぬ娘でございます。ですが、そこは私が使いこなしてみせましょう」
「うん。期待している」
そう告げた途端、少年は月の光の溶け込むように姿を消した。
ガンダルフはしばし、膝をついたまま、祈りを捧げていた。
そして――。
「……おお、《夜の女神》よ。偉大なる使徒さまよ」
ガンダルフは、感無量に呟いた。
「このガンダルフ=バース。必ずや、神命を果たして見せましょうぞ」
第12部〈了〉
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読者のみなさま。
本作を第12部まで読んでいただき、誠にありがとうございます!
アルファポリスさまでの更新はここまでとなりますが、カクヨムさまや小説家になろうさまでは引き続き更新していきたいと思います。
もしよろしければ、これからもよろしくお願いいたします!
深い森の中、その一行は野営をしていた。
――いや、果たして一行と呼ぶべきか。
森には十数のランタン。恒力の光が輝いている。
その一つ一つが、テントを照らすモノだった。
そんなテントの一つ。
他と比べて明らかに差があるテントに、彼女はいた。
年の頃は十七ぐらいか。
腰まで伸ばした桜色の髪と、水色の瞳。
凛々しい顔つきに、男性並みの高身長な女性だ。
テント内に設置されたテーブルの前で立つ姿はすらりとしており、彼女のスタイルの良さや美貌を際立たせている。
ただ、それ以上に印象的なのは、その身に纏う白い鎧だった。
赤の縁取りに、精緻な刻印が施された鎧。
それだけで、まるで美術品のような印象がある。
――いや、実際に、美術品だと思う人間は多いだろう。
動く鎧である鎧機兵が普及された現代、鎧を纏う人間など皆無に等しいのだから。
その上、彼女は赤い外套に、腰には長剣まで差している。
長剣もまた時代遅れな一品だ。
まるでお伽噺にあるような姫騎士のようだった。
「……姫さま」
すると、本当にそう呼ばれた。
彼女が、声の方へと目をやる。
そこには、一人の男がいた。
ゆったりとした司祭服の着た壮年の男性だ。
「……斥候が戻って参りました」
「そうか」
彼女は呟く。
「見つかったのか?」
「いいえ」
司祭服の男性は首を振った。
「痕跡さえも見つからなかったそうです」
「……………」
騎士の女性は渋面を見せた。
対し、司祭服の男は言葉を続ける。
「ですが、捜索範囲を広げるほどに同じ場所を堂々巡りしたそうです」
「……それは」
女性は、小首を傾げた。
「どういうことだ?」
「……この森が意図的に迷路化されているということです」
男性が告げる。
「えっと、どういうことだ?」
彼女は、さらに小首を傾げた。
男性は内心で嘆息しつつ、はっきりと告げた。
「この森が奴らの拠点であることには間違いないということです」
「そうなのか!」
彼女は、瞳を輝かせた。
「ならば、この森に姉さまはおられるのだな!」
「間違いないかと」
司祭服の男性が言う。
「ですが、この森を抜けるのは、まだ時間がかかりそうです」
「……うん」
女性は眉をしかめた。
次いで、グッと下唇を噛む。
「だから、もっと、兵を派遣できれば……」
「これ以上は不可能でございます」
男性が言う。
「ここはグレイシア皇国領。他国にてございます。これ以上の兵の増強は、皇国の目にも留まり、侵略行為とみなされることでしょう」
「そんな!」
女性は、腕を横に薙いだ。
「私はただ攫われた姉さまを救いたいだけだ!」
「それを立証する術がございませぬ」
男性は、かぶりを振った。
「ここに至れたのも、私が神託を受けたため。我が国に比べ、嘆かわしいことに信仰が浅い皇国では到底納得しないでしょう」
「……むう」
女性はグッと拳を固めて唸る。
「しかし、ご安心ください」
すると、司祭服の男性は優し気な眼差しを見せた。
「偉大なる女神は、決して我らを見捨てはしません。必ずやこの悪意の森を突破する術をお授け下さることでしょう」
「うん。期待しているぞ。ガンダルフ司教」
女性は、にこやかに笑ってそう告げた。
司祭服の男性――ガンダルフ=バースは「はい」と頷いた。
「では、失礼いたします」
そう告げて、ガンダルフはテントを後にした。
(……さて)
森の中、多くのテントがあるが、彼はそれのどこにも向かわない。
夜営地を越えて、さらに森の奥に向かう。
月明かりを頼りに、木々の間を進む。
(相変わらず理解が遅い。知恵が回らん小娘だ。だが、その強さだけは本物だ。神命のため、是非とも役に立ってもらうぞ)
双眸を細めた。
そうして十分ほどを歩くと、
「……やあ。ガンダルフ」
不意に、背後から声を掛けられた。
「今宵は綺麗な月だねえ」
そう告げる人物は少年だった。
年の頃は十六ほどか。整った鼻梁に、詰襟タイプの純白の騎士服。
誰もの目を引く容姿ではあるが、最も特徴的なのはその髪だ。
――彼の髪は、金色だったのである。
その髪の色は非常に珍しい。《星神》の――それも希少種である《金色の星神》の血を引く者にしか現れない髪の色だった。
「おお……」
ガンダルフは振り返ると、土で汚れるのも厭わず両膝をついた。
「偉大なる『使徒』さま。よもやこのような場所にお出でになられるとは……」
「なに」
少年は笑う。
「君が困っているようだからね。少々手助けに現れたのさ。司教殿」
「勿体なきお言葉でございます」
ガンダルフは指を組み、頭を垂れた。
「では、もしや神託を……」
「まあ、神託というよりもね」
少年は苦笑を浮かべて、指先を突き出した。
すると、夜でありながら、その指先に小鳥がとまった。
「導き手を授けるよ」
少年がそう告げると、小鳥はガンダルフの肩に移動した。
「流石は東の鬼の血族だね。厄介な森を造ってくれたようだ。けど、その子なら導いてくれるはずだよ」
「……おお」
ガンダルフは肩の小鳥に目をやり、心から感嘆する。
「なんと光栄なことでしょう。神託のみならず、神使までお授け下さるとは……」
「はは。それだけ、君には期待しているのさ」
少年は、穏やかに笑った。
「けれど、油断してはダメだよ。相手は衰えたとはいえ神敵。かの《煉獄王》を守護する四戦士の末裔なのだから」
「はっ」
ガンダルフは、再び頭を垂れた。
「承知しております。そのために我が国屈指の精鋭を用意いたしました」
顔を上げる。
「特に、かの姫騎士。ミュリエル=アラシエド王女は、まだ歳若き身でありながら、鎧機兵を扱わせれば、並ぶ者なき猛者にてございます」
「うん。あの子か」
少年は苦笑した。
「僕もここまでの活躍は見たよ。確かに強いね。けど、少し真っ直ぐすぎる子だね。少しお馬鹿さんなのかな?」
「確かに、武に偏ったためか、いささか知恵が回らぬ娘でございます。ですが、そこは私が使いこなしてみせましょう」
「うん。期待している」
そう告げた途端、少年は月の光の溶け込むように姿を消した。
ガンダルフはしばし、膝をついたまま、祈りを捧げていた。
そして――。
「……おお、《夜の女神》よ。偉大なる使徒さまよ」
ガンダルフは、感無量に呟いた。
「このガンダルフ=バース。必ずや、神命を果たして見せましょうぞ」
第12部〈了〉
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
読者のみなさま。
本作を第12部まで読んでいただき、誠にありがとうございます!
アルファポリスさまでの更新はここまでとなりますが、カクヨムさまや小説家になろうさまでは引き続き更新していきたいと思います。
もしよろしければ、これからもよろしくお願いいたします!
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