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第12部
第八章 御子の使命②
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コウタたちがムラサメ邸に帰ると、仰々しい出迎えを受けた。
玄関先には、ずらりと並んで両膝をつく十数人の使用人。
その前に、タツマを抱くフウカの姿があり、彼らを率いるように一人の男性が、両膝、両の拳を床につけて待ち構えていた。
歳の頃は四十代前半ぐらいだろうか。
髪は灰色で、肩まで伸ばしており、前髪は上げている。
赤い双眸に額には一本角。洗練された精悍な顔つきの大柄な男性だった。彼はアロン大陸で袴と呼ばれる灰色の和装を纏っていた。
「お帰りなさいませ。御子さま」
男性はそう告げると頭を下げた。フウカ、使用人たちも頭を下げる。
「え、え?」
コウタは目を丸くした。
アイリも目を瞬かせ、サザンXは「……オオ」と感嘆の声を上げていた。
そしてアヤメは、
「……超腐れ義兄さま?」
と、驚いた顔で呟いている。
「え? お義兄さん?」
コウタは、アヤメの顔を見やる。
アヤメは「はい」と頷いた。
コウタはますます驚いた。
「じゃあ、タツマ君のお父さんで、フウカさんの旦那さんってこと?」
「……は」
その問いかけには、男性――ライガ自身が答えた。
「申し遅れました。私はフウカの夫であり、タツマの父。このムラサメ家の当主を務めるライガ=ムラサメと申します」
言って、再び深々と頭を下げた。
「先程、帰還いたしました。ご挨拶が遅れ、申し訳ありません」
「い、いえ……」
コウタは冷や汗を流した。
「た、立ってください。ボクはそんな大層な相手じゃ……」
「いえ」
ライガは顔を伏せたまま言う。
「御身は、我が一族を率いる御方。我らが主君でございます」
「い、いや、それは……」
コウタは、顔を強張らせた。
それはきっと間違いだ。
そう思っているだけに、この仰々しい対応には、本当に困っていた。
「そ、その!」
コウタは手を前にパタパタと動かす。
「とりあえず顔を上げてください!」
「……は」
コウタに言われ、ライガは顔を上げた。
フウカと使用人たちも、当主に合わせて顔を上げる。
「その話は色々と錯綜しているみたいですから、その、後で……」
「……は」
しどろもどろのコウタに、ライガは生真面目な面持ちで応じる。
「……コウタ。大丈夫なの?」
アイリが心配そうに尋ねる。
コウタは自信なさげに「き、きっと説明すれば」と答える。
と、その時、
「……超腐れ義兄さま」
アヤメが、一歩前に進み出た。
「いささか帰還が早すぎるのです?」
そう尋ねる。
予定では、あと一日はかかるはずだった。
それに対し、ライガは、
「……腐れはやめろ」
と、告げてから、
「かなり強行に急いだのだ。御子さまをお待たせする訳にはいかんからな」
確かにそれはある。
ただ、それと同じほどに、妻と息子に会いたかったことはおくびにも出さない。
「それよりもだ」
アヤメもよく知る鉄面皮で、ライガは言う。
「お前こそ、御子さまにご無礼はなかったか?」
「当然なのです」
アヤメは、胸元に片手を当てて言う。
「完璧な対応だったなのです。いえ、ここまでは完璧でした」
アヤメは、ムッとした表情で義兄を見据えた。
「超腐れ義兄さまは早すぎたのです。どうしてもう一日待てないのです?」
「……? どういう意味だ……」
と、尋ねようとしたところで、ライガは「ああ」と気付いた。
「それはすまなかった。お前はお前で一族のことを考えていたのだな」
「…………」
アヤメは無言だ。
ただ、一度、キョトンとするコウタを一瞥してから、
【……本当にあと一日、待てないのです?】
木霊法――焔魔堂の戦士にしか使えない術で尋ねてくる。
ライガは腕を組んだ。
【お前が言いたいことは分かる】
ライガもまた木霊法で返した。
【長老衆との謁見の前に、御子さまにご自覚していただきたかったのだな。御身が、我らの主――お前の主人であることを】
「…………」
アヤメは、顔を逸らしつつも頷いた。
その耳は微かに赤らんでいる。
【確かに、御子さまに事前にご自覚していただいておくのは良案だ】
ライガは言う。
【しかし、直に長老衆に報告したお前なら分かるであろう。長老衆も、早く御子さまにご拝謁したいのだ。そこは承知してくれ】
「…………」
【……アヤメ】
【……分かったのです】
ようやく、アヤメは返事をした。
【柄にもなく、少し一族のことを考えただけなのです。私自身の予定としては、何も変わらないからいいのです】
【……そうか】
ライガは、何とも言えない顔をした。
ライガにとって、アヤメは弟子であり、義妹であり、娘でもある。
複雑な関係だが、認識としては娘というのが一番強い。
それだけに、アヤメの決意は、何とも複雑な想いでもあった。
いわゆる、花嫁の父の心境である。
だが、これこそが、彼女の使命なのだ。
代々に引き継がれてきた運命なのである。
そして、何よりも、アヤメ自身が望んだ未来でもあった。
【お前は自分の使命だけを考えておけばいい。一族のことは気にするな】
【……当然なのです】
アヤメは、ぷいっと顔をそむけた。
「……アヤちゃん?」
コウタが、心配そうに声をかける。
「どうかしたの?」
「何でもないのです」
アヤメは言う。
「それより、超腐れ義兄さまから話がありそうです」
「え?」
コウタはライガに目をやった。
ライガは「……は」と頷く。
それから、真っ直ぐコウタを見据えて。
「御子さまに、申し上げたき儀がございます」
ムラサメ家の当主は告げる。
「今宵の、我が一族の長老衆との謁見についてにてございます」
玄関先には、ずらりと並んで両膝をつく十数人の使用人。
その前に、タツマを抱くフウカの姿があり、彼らを率いるように一人の男性が、両膝、両の拳を床につけて待ち構えていた。
歳の頃は四十代前半ぐらいだろうか。
髪は灰色で、肩まで伸ばしており、前髪は上げている。
赤い双眸に額には一本角。洗練された精悍な顔つきの大柄な男性だった。彼はアロン大陸で袴と呼ばれる灰色の和装を纏っていた。
「お帰りなさいませ。御子さま」
男性はそう告げると頭を下げた。フウカ、使用人たちも頭を下げる。
「え、え?」
コウタは目を丸くした。
アイリも目を瞬かせ、サザンXは「……オオ」と感嘆の声を上げていた。
そしてアヤメは、
「……超腐れ義兄さま?」
と、驚いた顔で呟いている。
「え? お義兄さん?」
コウタは、アヤメの顔を見やる。
アヤメは「はい」と頷いた。
コウタはますます驚いた。
「じゃあ、タツマ君のお父さんで、フウカさんの旦那さんってこと?」
「……は」
その問いかけには、男性――ライガ自身が答えた。
「申し遅れました。私はフウカの夫であり、タツマの父。このムラサメ家の当主を務めるライガ=ムラサメと申します」
言って、再び深々と頭を下げた。
「先程、帰還いたしました。ご挨拶が遅れ、申し訳ありません」
「い、いえ……」
コウタは冷や汗を流した。
「た、立ってください。ボクはそんな大層な相手じゃ……」
「いえ」
ライガは顔を伏せたまま言う。
「御身は、我が一族を率いる御方。我らが主君でございます」
「い、いや、それは……」
コウタは、顔を強張らせた。
それはきっと間違いだ。
そう思っているだけに、この仰々しい対応には、本当に困っていた。
「そ、その!」
コウタは手を前にパタパタと動かす。
「とりあえず顔を上げてください!」
「……は」
コウタに言われ、ライガは顔を上げた。
フウカと使用人たちも、当主に合わせて顔を上げる。
「その話は色々と錯綜しているみたいですから、その、後で……」
「……は」
しどろもどろのコウタに、ライガは生真面目な面持ちで応じる。
「……コウタ。大丈夫なの?」
アイリが心配そうに尋ねる。
コウタは自信なさげに「き、きっと説明すれば」と答える。
と、その時、
「……超腐れ義兄さま」
アヤメが、一歩前に進み出た。
「いささか帰還が早すぎるのです?」
そう尋ねる。
予定では、あと一日はかかるはずだった。
それに対し、ライガは、
「……腐れはやめろ」
と、告げてから、
「かなり強行に急いだのだ。御子さまをお待たせする訳にはいかんからな」
確かにそれはある。
ただ、それと同じほどに、妻と息子に会いたかったことはおくびにも出さない。
「それよりもだ」
アヤメもよく知る鉄面皮で、ライガは言う。
「お前こそ、御子さまにご無礼はなかったか?」
「当然なのです」
アヤメは、胸元に片手を当てて言う。
「完璧な対応だったなのです。いえ、ここまでは完璧でした」
アヤメは、ムッとした表情で義兄を見据えた。
「超腐れ義兄さまは早すぎたのです。どうしてもう一日待てないのです?」
「……? どういう意味だ……」
と、尋ねようとしたところで、ライガは「ああ」と気付いた。
「それはすまなかった。お前はお前で一族のことを考えていたのだな」
「…………」
アヤメは無言だ。
ただ、一度、キョトンとするコウタを一瞥してから、
【……本当にあと一日、待てないのです?】
木霊法――焔魔堂の戦士にしか使えない術で尋ねてくる。
ライガは腕を組んだ。
【お前が言いたいことは分かる】
ライガもまた木霊法で返した。
【長老衆との謁見の前に、御子さまにご自覚していただきたかったのだな。御身が、我らの主――お前の主人であることを】
「…………」
アヤメは、顔を逸らしつつも頷いた。
その耳は微かに赤らんでいる。
【確かに、御子さまに事前にご自覚していただいておくのは良案だ】
ライガは言う。
【しかし、直に長老衆に報告したお前なら分かるであろう。長老衆も、早く御子さまにご拝謁したいのだ。そこは承知してくれ】
「…………」
【……アヤメ】
【……分かったのです】
ようやく、アヤメは返事をした。
【柄にもなく、少し一族のことを考えただけなのです。私自身の予定としては、何も変わらないからいいのです】
【……そうか】
ライガは、何とも言えない顔をした。
ライガにとって、アヤメは弟子であり、義妹であり、娘でもある。
複雑な関係だが、認識としては娘というのが一番強い。
それだけに、アヤメの決意は、何とも複雑な想いでもあった。
いわゆる、花嫁の父の心境である。
だが、これこそが、彼女の使命なのだ。
代々に引き継がれてきた運命なのである。
そして、何よりも、アヤメ自身が望んだ未来でもあった。
【お前は自分の使命だけを考えておけばいい。一族のことは気にするな】
【……当然なのです】
アヤメは、ぷいっと顔をそむけた。
「……アヤちゃん?」
コウタが、心配そうに声をかける。
「どうかしたの?」
「何でもないのです」
アヤメは言う。
「それより、超腐れ義兄さまから話がありそうです」
「え?」
コウタはライガに目をやった。
ライガは「……は」と頷く。
それから、真っ直ぐコウタを見据えて。
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