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第12部
第七章 父、家に帰る③
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ベルニカ=サカヅキ。
それが、大通りで出会った女性の名前だった。
アヤメの義姉であるフウカの友人だという彼女に誘われて、コウタたちは、『甘味処』に訪れていた。
小さな台座に畳みが敷かれ、その上に足の低いテーブルがあるという、少々変わった内装ではあるが、いわゆる喫茶店のような店である。
その店内の一席にて。
「会うのは初めてよね? アヤメちゃん」
何やら、小さな果実が山盛りの品を前に、ベルニカが言う。
彼女の前には、アヤメが座り、その左右にコウタとアイリが正座していた。
ちなみに、サザンXは、ベルニカの隣に足を伸ばして座ってた。
「はい。けど、あなたの名前は聞いたことがあるのです」
アヤメは言う。
「サカヅキ家の拉致嫁なのです」
「いや。身も蓋もない言い方ね」
ベルニカは、苦笑を浮かべた。
「まあ、確かに私はこの里に連れてこられた外嫁だけどね」
「……あの」
コウタが、困惑した様子で尋ねる。
「サカヅキさんは……」
「ベルニカでいいよ」
果実の一つを頬張りながら、ベルニカが言う。
「それじゃあ、ベルニカさんは……」
名前を言い直して、改めて尋ねる。
「その、本当に、奥さんになられることは納得されたんですか?」
「あはは。直球の質問だね」
ベルニカは笑う。
「心角がないってことは君も外の人なの? 心配してくれてるのね。けど、大丈夫よ。少なくとも私は納得済みで結婚したから」
陽気に、ベルニカは言う。
「ここに連れられてきたのも、私が決闘で負けたからだしね。正面から挑まれた上で負けたんじゃ、騎士としては文句も言えないわよ」
「……いや、昔の傭兵の約定じゃあるまいし」
かなり脳筋的な発言をするベルニカに、コウタが一応ツッコみを入れる。
何となく、皇国で出会った元傭兵の騎士。バルカス=ベッグを思い出させる発言だ。
彼も、奥さんと決闘で結ばれたと言っていた。
「う~ん、でも、外嫁の人って、大体、そんな感じのことを言うよ」
パクリと。
再び果実の一つを食べて、ベルニカが言った。
「私は、オズニア大陸にある新興の国の出身でね。こう見えても、騎士団にも所属していたのよ。腕には相当に自信があったわ。別格だったあの子を除けば、若手最強とか言われてたわね」
ただ、と苦笑を浮かべて。
「私もあの頃はかなり脳筋だったわ。朝から晩まで剣ばかり振っていたわね。ただ、それは他の外嫁たちも同じだったみたい。外嫁の人たちは皇国の出身者もいれば、私みたいに他の大陸から来た人間とか、故郷は様々だけど、どの人もずっと武芸一筋の人生を送ってきたのは同じなのよ」
もう一口、パクリ。
「実のところ、焔魔堂ってそういった女性を外嫁として選んでいるんだって。確かに連れてくる方法自体は乱暴で野蛮よ。だけど、最終的には、真剣に説得すれば里に嫁に来てくれるんじゃないかって人を連れてきているそうなの」
「……えっと、それって」
アイリが、少し顔を強張らせた。
「……率直にいうと、前提として生活的にも性格的にも脳筋で、肉体言語も理解してくれるような女の人を選んでるってこと?」
続けてそう尋ねると、
「うん。そう」
ベルニカは、はっきりと言った。
「だからこその驚異の嫁獲得率なんでしょうね」
「……本当に、ベッグさんばかりが集まった脳筋の里なんだ」
と、アイリが呟く。
どうやら、アイリも、かの山賊のような騎士を連想していたようだ。
「そのベッグってのが、何かは分からないけど」
ベルニカは、苦笑を零した。
「とにかく、それなりに幸せに暮らしているわ。月に一度だけど、両親とも手紙でやり取りしているし」
「え? そうなんですか!」
コウタは目を見開いた。
この里は隔離されているイメージがあったのだが、外との連絡手段があるとは……。
「本当なの? アヤちゃん」
コウタは、アヤメの方に目をやった。
すると、アヤメはこくんと頷いた。
「里のことは伏せることを条件に、内容の監査も入るそうですが、手紙による連絡のみは許されているのです」
「うん。そう。ちなみに私の両親は、私は家出して、別大陸にある異国で嫁いだんだって思っているわよ」
と、ベルニカが補足する。
「この里は特殊な森に覆われているから、焔魔堂の人間じゃないと延々と彷徨うことになるんだけど、手紙は焔魔堂の人に渡してお願いすることになるの」
「ご両親からの返信はないんですか?」
コウタが尋ねると、
「皇国に秘書箱があるのです」
アヤメが答えた。
「そこに送られて、焔魔堂の監査が入った上で手渡されると聞いているのです」
「……そうなんだ」
コウタは少し気落ちする。
脱出や、メルティアたちへの連絡に使えないかと思ったが、無理のようだ。
(それに森を突破するも難しいのか)
天然の要塞なのか。人の手を加えられたものなのか。
それは分からないが、森で迷う恐ろしさは、山村育ちのコウタはよく理解している。
(参ったな)
情報を得るほどに、行き詰っている。
この隠れ里は、想像以上に堅固なようだ。
「けど、私も驚いたな」
おもむろに、ベルニカが言う。
「アヤメちゃんって『お側女役』ってやつなんでしょう?」
「ええ。そうですか?」
アヤメが首を傾げた。
「なら、良かったの?」
ベルニカは、コウタの方を見やり、呟く。
「真昼間から、男の子に心角を触らせるような真似をして。その、アヤメちゃんって役目上、誰かと交際とかしたらいけないんだよね?」
「……確かにそうなのですが?」
質問の意図が分からず、アヤメは眉をひそめた。
コウタとアイリも同じような顔をしている。
サザンXは、ベルニカの横顔を見上げていた。
「いや、だったら……」
そう呟いたところで、ベルニカはハッとした。
「あ、もしかして」
改めて、コウタを見やる。
まじまじとコウタの顔を凝視してから、
「君って『御子さま』なの?」
「え?」
コウタは目を瞬かせる。
「ど、どうしてそれを?」
「あ、本当にそうなんだ」
ベルニカは、パンと柏手を打った。
「それなら、アヤメちゃんが心角を触らせるのも当然よね」
「心角の試しのことなのです? それのことなら、別にあの場でした訳ではないのです。それはすでに……」
と、アヤメが困惑した顔でそう告げるが、ベルニカは聞いていないようだ。
「そっか、そっか」
ニコニコと、呟いている。
「それって、フウカの旦那さんが任務を果たしたってことだよね。そもそもアヤメちゃんがここにいるんだから当然か。そっかあ、ならフウカの旦那さんは近々帰ってくるんだ。ふふ、フウカのやつ……」
ベルニカは悪戯っぽく笑った。
「今頃、凄く喜んでいる頃かもね」
それが、大通りで出会った女性の名前だった。
アヤメの義姉であるフウカの友人だという彼女に誘われて、コウタたちは、『甘味処』に訪れていた。
小さな台座に畳みが敷かれ、その上に足の低いテーブルがあるという、少々変わった内装ではあるが、いわゆる喫茶店のような店である。
その店内の一席にて。
「会うのは初めてよね? アヤメちゃん」
何やら、小さな果実が山盛りの品を前に、ベルニカが言う。
彼女の前には、アヤメが座り、その左右にコウタとアイリが正座していた。
ちなみに、サザンXは、ベルニカの隣に足を伸ばして座ってた。
「はい。けど、あなたの名前は聞いたことがあるのです」
アヤメは言う。
「サカヅキ家の拉致嫁なのです」
「いや。身も蓋もない言い方ね」
ベルニカは、苦笑を浮かべた。
「まあ、確かに私はこの里に連れてこられた外嫁だけどね」
「……あの」
コウタが、困惑した様子で尋ねる。
「サカヅキさんは……」
「ベルニカでいいよ」
果実の一つを頬張りながら、ベルニカが言う。
「それじゃあ、ベルニカさんは……」
名前を言い直して、改めて尋ねる。
「その、本当に、奥さんになられることは納得されたんですか?」
「あはは。直球の質問だね」
ベルニカは笑う。
「心角がないってことは君も外の人なの? 心配してくれてるのね。けど、大丈夫よ。少なくとも私は納得済みで結婚したから」
陽気に、ベルニカは言う。
「ここに連れられてきたのも、私が決闘で負けたからだしね。正面から挑まれた上で負けたんじゃ、騎士としては文句も言えないわよ」
「……いや、昔の傭兵の約定じゃあるまいし」
かなり脳筋的な発言をするベルニカに、コウタが一応ツッコみを入れる。
何となく、皇国で出会った元傭兵の騎士。バルカス=ベッグを思い出させる発言だ。
彼も、奥さんと決闘で結ばれたと言っていた。
「う~ん、でも、外嫁の人って、大体、そんな感じのことを言うよ」
パクリと。
再び果実の一つを食べて、ベルニカが言った。
「私は、オズニア大陸にある新興の国の出身でね。こう見えても、騎士団にも所属していたのよ。腕には相当に自信があったわ。別格だったあの子を除けば、若手最強とか言われてたわね」
ただ、と苦笑を浮かべて。
「私もあの頃はかなり脳筋だったわ。朝から晩まで剣ばかり振っていたわね。ただ、それは他の外嫁たちも同じだったみたい。外嫁の人たちは皇国の出身者もいれば、私みたいに他の大陸から来た人間とか、故郷は様々だけど、どの人もずっと武芸一筋の人生を送ってきたのは同じなのよ」
もう一口、パクリ。
「実のところ、焔魔堂ってそういった女性を外嫁として選んでいるんだって。確かに連れてくる方法自体は乱暴で野蛮よ。だけど、最終的には、真剣に説得すれば里に嫁に来てくれるんじゃないかって人を連れてきているそうなの」
「……えっと、それって」
アイリが、少し顔を強張らせた。
「……率直にいうと、前提として生活的にも性格的にも脳筋で、肉体言語も理解してくれるような女の人を選んでるってこと?」
続けてそう尋ねると、
「うん。そう」
ベルニカは、はっきりと言った。
「だからこその驚異の嫁獲得率なんでしょうね」
「……本当に、ベッグさんばかりが集まった脳筋の里なんだ」
と、アイリが呟く。
どうやら、アイリも、かの山賊のような騎士を連想していたようだ。
「そのベッグってのが、何かは分からないけど」
ベルニカは、苦笑を零した。
「とにかく、それなりに幸せに暮らしているわ。月に一度だけど、両親とも手紙でやり取りしているし」
「え? そうなんですか!」
コウタは目を見開いた。
この里は隔離されているイメージがあったのだが、外との連絡手段があるとは……。
「本当なの? アヤちゃん」
コウタは、アヤメの方に目をやった。
すると、アヤメはこくんと頷いた。
「里のことは伏せることを条件に、内容の監査も入るそうですが、手紙による連絡のみは許されているのです」
「うん。そう。ちなみに私の両親は、私は家出して、別大陸にある異国で嫁いだんだって思っているわよ」
と、ベルニカが補足する。
「この里は特殊な森に覆われているから、焔魔堂の人間じゃないと延々と彷徨うことになるんだけど、手紙は焔魔堂の人に渡してお願いすることになるの」
「ご両親からの返信はないんですか?」
コウタが尋ねると、
「皇国に秘書箱があるのです」
アヤメが答えた。
「そこに送られて、焔魔堂の監査が入った上で手渡されると聞いているのです」
「……そうなんだ」
コウタは少し気落ちする。
脱出や、メルティアたちへの連絡に使えないかと思ったが、無理のようだ。
(それに森を突破するも難しいのか)
天然の要塞なのか。人の手を加えられたものなのか。
それは分からないが、森で迷う恐ろしさは、山村育ちのコウタはよく理解している。
(参ったな)
情報を得るほどに、行き詰っている。
この隠れ里は、想像以上に堅固なようだ。
「けど、私も驚いたな」
おもむろに、ベルニカが言う。
「アヤメちゃんって『お側女役』ってやつなんでしょう?」
「ええ。そうですか?」
アヤメが首を傾げた。
「なら、良かったの?」
ベルニカは、コウタの方を見やり、呟く。
「真昼間から、男の子に心角を触らせるような真似をして。その、アヤメちゃんって役目上、誰かと交際とかしたらいけないんだよね?」
「……確かにそうなのですが?」
質問の意図が分からず、アヤメは眉をひそめた。
コウタとアイリも同じような顔をしている。
サザンXは、ベルニカの横顔を見上げていた。
「いや、だったら……」
そう呟いたところで、ベルニカはハッとした。
「あ、もしかして」
改めて、コウタを見やる。
まじまじとコウタの顔を凝視してから、
「君って『御子さま』なの?」
「え?」
コウタは目を瞬かせる。
「ど、どうしてそれを?」
「あ、本当にそうなんだ」
ベルニカは、パンと柏手を打った。
「それなら、アヤメちゃんが心角を触らせるのも当然よね」
「心角の試しのことなのです? それのことなら、別にあの場でした訳ではないのです。それはすでに……」
と、アヤメが困惑した顔でそう告げるが、ベルニカは聞いていないようだ。
「そっか、そっか」
ニコニコと、呟いている。
「それって、フウカの旦那さんが任務を果たしたってことだよね。そもそもアヤメちゃんがここにいるんだから当然か。そっかあ、ならフウカの旦那さんは近々帰ってくるんだ。ふふ、フウカのやつ……」
ベルニカは悪戯っぽく笑った。
「今頃、凄く喜んでいる頃かもね」
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