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第12部
第五章 隠れ里①
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焔魔堂本殿。
そこには今、ライガ=ムラサメを除くすべての長老が集まっていた。
板張りの広大な部屋。
長老衆は各家の当主である十八名で構成されるため、ライガ=ムラサメを除くと、十七人もの人間が、その場にいることになる。
しかし、誰一人、何も語らない。
湖面のごとく、静かに上座にて座っている。
中には瞳を閉じて時を待ち、瞑想する者もいる。
緊迫した空気だけが、部屋を満たしていた。
と、その時。
「失礼いたします」
部屋の外。襖の向こうから、声を掛けられる。
従者の声だ。
「シキモリさまがいらっしゃいました」
「……そうか」
最長老であるハクダ=クヌギが呟く。
「通してくれ」
「……は」
そう返事が返ってくると、襖が開かれた。
そうして部屋に入って来たのは、紺色の和装のアヤメ=シキモリだった。
アヤメは部屋の中央辺りまで進むと、そこで腰を降ろし、三つ指をついた。
「お側女役。アヤメ=シキモリ。ただいま帰還いたしました」
「うむ。よくぞ戻った。アヤメよ」
ハクダが言う。
それから、アヤメの奥を見やる。
襖はすでに閉められている。これ以上、誰からが来る気配はない。
「ムラサメは不在か?」
「義兄はまだ皇国です。数日後には帰還いたします。私は《空洞》を使って、先に帰還しましたので」
「そうか」
ハクダが頷くと、長老衆の一人であるフウゲツが呟く。
「……《焔魔ノ法》極伝・空の章」
一拍おいて、
「《空洞》。一流の焔魔堂の戦士が複数の者でなければ使えぬ、空間を繋げる秘術か」
あごに手をやった。
「ムラサメも、思い切った手段を取ったな」
「……その手段を、最終的に受け入れたのは私です」
アヤメが言う。
「ですので、御子さまにお叱りを受けるのは、私のみとなります」
「「「――ッ!」」」
アヤメの台詞に、長老衆は息を呑んだ。
緊張――いや、歓喜にも似た感情が老人たちの表情に浮かぶ。
「御子さまは……尊き御方は、今どこに御座すのだ?」
「義兄の屋敷に」
アヤメは、長老衆に目をやった。
「慣れぬ《空洞》の負荷もあり、今はお休みになられております。ただ、《空洞》を使う際に、御子さま以外にも巻き込んでしまった者もおりまして――」
「なに?」
長老の一人が眉をしかめた。
「部外者をこの里に招き入れたというのか?」
「申し訳ありません」
アヤメは、頭を下げた。
「その者はまだ十にも満たない少女。ですが、御子さまが妹君のように思っておられる娘です。見目も麗しく、恐らく、将来的には、御子さまのお側女役の一人になるのかと推測しております」
「……御子さまが、自ら選ばれた御側女役候補、ということか」
面持ちを険しくしていた長老が、少し表情を緩和させる。
「ならば、致し方あるまいな。各々方、異論はないか?」
と、他の長老衆にも確認を取る。
ハクダを筆頭に、全員が首肯した。
「御子さまのご意志は何よりも尊い。たとえお側女役でないとしても、御子さまのお身内であるのならば、特例とすべきだろう」
ハクダが、結論を告げる。
アヤメは「ありがとうどざいます」と頭を下げた。
「アヤメよ」
続けて、ハクダは言う。
「御子さまも、唐突なご来訪で困惑されておられることだろう。我らが御子さまにご拝謁するのは、ムラサメが戻ってくるまで待つことにしよう。お前は御子さまが落ち着かれるまで、御方さまにご奉仕するのだ」
「……は」
頭を下げたまま、アヤメは承諾する。
「そして、無論分かっておるな」
ハクダは、アヤメに告げる。
「お前はお側女役だ。その使命。いや、宿願を果たせ」
一呼吸入れて、
「八代に渡る宿願。先代たちの想いと共に、お前こそが御子さまのご寵愛を賜るのだ。それこそが、お前の最たる役割と知れ」
「……承知しているのです」
長老の言葉に少し動揺したのか、素の口調が零れるアヤメ。
緊張からか、微かに体も震えるが、
「もちろんなのです」
顔を上げ、しっかりと告げた。
「私はお側女役。御子さまに愛される運命の女なのですから」
そこには今、ライガ=ムラサメを除くすべての長老が集まっていた。
板張りの広大な部屋。
長老衆は各家の当主である十八名で構成されるため、ライガ=ムラサメを除くと、十七人もの人間が、その場にいることになる。
しかし、誰一人、何も語らない。
湖面のごとく、静かに上座にて座っている。
中には瞳を閉じて時を待ち、瞑想する者もいる。
緊迫した空気だけが、部屋を満たしていた。
と、その時。
「失礼いたします」
部屋の外。襖の向こうから、声を掛けられる。
従者の声だ。
「シキモリさまがいらっしゃいました」
「……そうか」
最長老であるハクダ=クヌギが呟く。
「通してくれ」
「……は」
そう返事が返ってくると、襖が開かれた。
そうして部屋に入って来たのは、紺色の和装のアヤメ=シキモリだった。
アヤメは部屋の中央辺りまで進むと、そこで腰を降ろし、三つ指をついた。
「お側女役。アヤメ=シキモリ。ただいま帰還いたしました」
「うむ。よくぞ戻った。アヤメよ」
ハクダが言う。
それから、アヤメの奥を見やる。
襖はすでに閉められている。これ以上、誰からが来る気配はない。
「ムラサメは不在か?」
「義兄はまだ皇国です。数日後には帰還いたします。私は《空洞》を使って、先に帰還しましたので」
「そうか」
ハクダが頷くと、長老衆の一人であるフウゲツが呟く。
「……《焔魔ノ法》極伝・空の章」
一拍おいて、
「《空洞》。一流の焔魔堂の戦士が複数の者でなければ使えぬ、空間を繋げる秘術か」
あごに手をやった。
「ムラサメも、思い切った手段を取ったな」
「……その手段を、最終的に受け入れたのは私です」
アヤメが言う。
「ですので、御子さまにお叱りを受けるのは、私のみとなります」
「「「――ッ!」」」
アヤメの台詞に、長老衆は息を呑んだ。
緊張――いや、歓喜にも似た感情が老人たちの表情に浮かぶ。
「御子さまは……尊き御方は、今どこに御座すのだ?」
「義兄の屋敷に」
アヤメは、長老衆に目をやった。
「慣れぬ《空洞》の負荷もあり、今はお休みになられております。ただ、《空洞》を使う際に、御子さま以外にも巻き込んでしまった者もおりまして――」
「なに?」
長老の一人が眉をしかめた。
「部外者をこの里に招き入れたというのか?」
「申し訳ありません」
アヤメは、頭を下げた。
「その者はまだ十にも満たない少女。ですが、御子さまが妹君のように思っておられる娘です。見目も麗しく、恐らく、将来的には、御子さまのお側女役の一人になるのかと推測しております」
「……御子さまが、自ら選ばれた御側女役候補、ということか」
面持ちを険しくしていた長老が、少し表情を緩和させる。
「ならば、致し方あるまいな。各々方、異論はないか?」
と、他の長老衆にも確認を取る。
ハクダを筆頭に、全員が首肯した。
「御子さまのご意志は何よりも尊い。たとえお側女役でないとしても、御子さまのお身内であるのならば、特例とすべきだろう」
ハクダが、結論を告げる。
アヤメは「ありがとうどざいます」と頭を下げた。
「アヤメよ」
続けて、ハクダは言う。
「御子さまも、唐突なご来訪で困惑されておられることだろう。我らが御子さまにご拝謁するのは、ムラサメが戻ってくるまで待つことにしよう。お前は御子さまが落ち着かれるまで、御方さまにご奉仕するのだ」
「……は」
頭を下げたまま、アヤメは承諾する。
「そして、無論分かっておるな」
ハクダは、アヤメに告げる。
「お前はお側女役だ。その使命。いや、宿願を果たせ」
一呼吸入れて、
「八代に渡る宿願。先代たちの想いと共に、お前こそが御子さまのご寵愛を賜るのだ。それこそが、お前の最たる役割と知れ」
「……承知しているのです」
長老の言葉に少し動揺したのか、素の口調が零れるアヤメ。
緊張からか、微かに体も震えるが、
「もちろんなのです」
顔を上げ、しっかりと告げた。
「私はお側女役。御子さまに愛される運命の女なのですから」
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