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第12部
幕間一 黒の大刀
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深い森の中。
その奥にある焔魔堂の隠れ里。
さらに、その中央に鎮座する焔魔堂の本殿。
板張りの廊下を、一人の老人が歩く。
年齢は恐らく六十代。
しかし、歩く視線は揺るぎない。
老いの衰えなど、一切感じさせない精悍な老人だった。
その額から生える一本角が、より威風を醸し出している。
――ハクダ=クヌギ。
焔魔堂十八家の一つ。クヌギ家の当主にして長老の一人でもある。
「……………」
ハクダは、長い廊下を進む。
無言のまま進み、とある部屋の襖を開ける。
「――ッ!」「クヌギさま」
その広い部屋には、二人の若者がいた。
槍で武装した青年二人である。
二人とも焔魔堂の証。心角を額から生やしていた。
「クヌギさま」
青年の一人が尋ねる。
「どうしてこの『奉殿』に?」
この部屋は特別な場所だ。
焔魔堂本殿。その中核足る場所。
――『奉殿』。
ここには、焔魔堂の秘宝が奉じられているのである。
焔魔堂においても屈指の実力を持つ青年たちは、ここの番人だった。
「……うむ」
ハクダは答えた。
「少し、始祖の御太刀をご拝謁したくてな」
「なんと」
青年は、目を瞬かせた。
「クヌギさまもですか?」
「……なに?」
ハクダは眉をしかめた。
「他にも誰か来たのか?」
「はい。長老の方々がお二人ほど……」
青年の一人が答える。
「ふむ。そうか……」
ハクダはあごに手をやった。
「我ら一族の悲願が遂に叶ったのだ。みなも落ち着かぬのだろうな」
「……御子さまですか」
青年の一人が目を細めた。
まだ青年といえども、この場を任されているほどの番人。
彼らも、御子さまの降臨については聞いていた。
「失礼しました」
青年たちは、頭を下げた。
「まだ歳若き我らでも、遂にお姿を現された御子さまには興奮を抑えられません」
一人がそう告げて、
「ましてや、長年願い続けた長老方のお気持ちは、お察しすべきでした」
もう一人も恭しい声でそう告げた。
「いや。我らはまだ幸運だ」
ハクダは、少し遠くに目をやった。
「なにせ、我らは間に合ったのだからな。残り少なき命数が尽きる前に、御子さまのご尊顔を拝謁できるのだから幸運としか言い表せぬ」
「……クヌギさま」
青年は、すっと手をかざした。
「では。ゆっくりとご拝謁を」
「……うむ。感謝する」
そう告げて、前に出る。
ハクダが進んだ先。そこには地下へと続く階段があった。
その階段を守る番人たちを横に、ハクダは地下へと降りていく。
地下は石造りの廊下だった。
照明はない。石壁自体が淡く光る幻想的な通路だ。
その通路をハクダは進んだ。
そうして一分後、ハクダは広い場所に出た。
同じく石造りの部屋だ。
そして、そこには二人の先客がいた。
二人とも六十代の老人だ。
「おお。クヌギ殿か」
「ふふ。お前も来てしまったか」
ハクダの到着に気付いた二人が振り向き、苦笑を零した。
長老衆の二人。オオシロ老と、フウゲツ老だ。
「ふふ。つい……な」
ハクダは進み、二人に並んだ。
「やれやれ。長老が三人も来るとは暇なものだな」
「長老だからこそだろう。時間は違うが他にも来ていたそうだぞ」
と、オオシロが言う。
「そうだったのか?」
ハクダは、少し目を瞬かせた。
「そこまでは聞いていなかったな」
「まあ、みな、気持ちは同じということだろう」
と、告げるのはフウゲツだった。
「年甲斐もなく、心が落ち着かぬということだろうな」
「……ああ、そうだな」
ハクダは双眸を細めて前を見やる。
「だから、私もここに来た」
横に並ぶ二人も、視線を前に向けた。
その先にあるのは、まさしく奉殿だった。
一際輝く石の台座。そこに突き立てられているのは直刀だった。
――闇よりも深い漆黒の刀。
剣幅は広く、鍔はない。
台座によって隠されているが、その切っ先は扇状になっている。
まるで鎧機兵が扱うような武具。巨大な大刀である。
かつて焔魔堂の始祖は、この大刀を自在に操ったという。
「偉大なる始祖は仰った」
ハクダが呟く。
「この大刀を、御子さまにお渡しせよと」
厳かな声を発した、その時だった。
――キイイイィン。
突如、黒の大刀が鳴動したのだ。
「――何ッ!」
「これはッ!」
オオシロとフウゲツが、大きく目を剥いた。
このような現象は見たこともない。
しかし、最長老であるハクダだけは冷静だった。
「……ふふ。驚くことではない」
笑みさえも零す。
「御子さまをお待ちしているのは、我らだけではないということだ」
「……おお」
「なんと……」
オオシロもフウゲツも、感嘆の声を上げた。
「始祖もまた、御子さまを」
「うむ」
二人はそう呟き、膝を突き、両手を重ねた。
ハクダもまた、始祖の御太刀を前に膝を突く。
「……我らが御子さま」
そして、ハクダは言う。
「始祖の御太刀と共に。ご来訪をお待ちしておりますぞ」
その呟きと同時に。
黒の大刀は、再び鳴動する。
ただ、主の来訪を心待ちにするかのように――。
その奥にある焔魔堂の隠れ里。
さらに、その中央に鎮座する焔魔堂の本殿。
板張りの廊下を、一人の老人が歩く。
年齢は恐らく六十代。
しかし、歩く視線は揺るぎない。
老いの衰えなど、一切感じさせない精悍な老人だった。
その額から生える一本角が、より威風を醸し出している。
――ハクダ=クヌギ。
焔魔堂十八家の一つ。クヌギ家の当主にして長老の一人でもある。
「……………」
ハクダは、長い廊下を進む。
無言のまま進み、とある部屋の襖を開ける。
「――ッ!」「クヌギさま」
その広い部屋には、二人の若者がいた。
槍で武装した青年二人である。
二人とも焔魔堂の証。心角を額から生やしていた。
「クヌギさま」
青年の一人が尋ねる。
「どうしてこの『奉殿』に?」
この部屋は特別な場所だ。
焔魔堂本殿。その中核足る場所。
――『奉殿』。
ここには、焔魔堂の秘宝が奉じられているのである。
焔魔堂においても屈指の実力を持つ青年たちは、ここの番人だった。
「……うむ」
ハクダは答えた。
「少し、始祖の御太刀をご拝謁したくてな」
「なんと」
青年は、目を瞬かせた。
「クヌギさまもですか?」
「……なに?」
ハクダは眉をしかめた。
「他にも誰か来たのか?」
「はい。長老の方々がお二人ほど……」
青年の一人が答える。
「ふむ。そうか……」
ハクダはあごに手をやった。
「我ら一族の悲願が遂に叶ったのだ。みなも落ち着かぬのだろうな」
「……御子さまですか」
青年の一人が目を細めた。
まだ青年といえども、この場を任されているほどの番人。
彼らも、御子さまの降臨については聞いていた。
「失礼しました」
青年たちは、頭を下げた。
「まだ歳若き我らでも、遂にお姿を現された御子さまには興奮を抑えられません」
一人がそう告げて、
「ましてや、長年願い続けた長老方のお気持ちは、お察しすべきでした」
もう一人も恭しい声でそう告げた。
「いや。我らはまだ幸運だ」
ハクダは、少し遠くに目をやった。
「なにせ、我らは間に合ったのだからな。残り少なき命数が尽きる前に、御子さまのご尊顔を拝謁できるのだから幸運としか言い表せぬ」
「……クヌギさま」
青年は、すっと手をかざした。
「では。ゆっくりとご拝謁を」
「……うむ。感謝する」
そう告げて、前に出る。
ハクダが進んだ先。そこには地下へと続く階段があった。
その階段を守る番人たちを横に、ハクダは地下へと降りていく。
地下は石造りの廊下だった。
照明はない。石壁自体が淡く光る幻想的な通路だ。
その通路をハクダは進んだ。
そうして一分後、ハクダは広い場所に出た。
同じく石造りの部屋だ。
そして、そこには二人の先客がいた。
二人とも六十代の老人だ。
「おお。クヌギ殿か」
「ふふ。お前も来てしまったか」
ハクダの到着に気付いた二人が振り向き、苦笑を零した。
長老衆の二人。オオシロ老と、フウゲツ老だ。
「ふふ。つい……な」
ハクダは進み、二人に並んだ。
「やれやれ。長老が三人も来るとは暇なものだな」
「長老だからこそだろう。時間は違うが他にも来ていたそうだぞ」
と、オオシロが言う。
「そうだったのか?」
ハクダは、少し目を瞬かせた。
「そこまでは聞いていなかったな」
「まあ、みな、気持ちは同じということだろう」
と、告げるのはフウゲツだった。
「年甲斐もなく、心が落ち着かぬということだろうな」
「……ああ、そうだな」
ハクダは双眸を細めて前を見やる。
「だから、私もここに来た」
横に並ぶ二人も、視線を前に向けた。
その先にあるのは、まさしく奉殿だった。
一際輝く石の台座。そこに突き立てられているのは直刀だった。
――闇よりも深い漆黒の刀。
剣幅は広く、鍔はない。
台座によって隠されているが、その切っ先は扇状になっている。
まるで鎧機兵が扱うような武具。巨大な大刀である。
かつて焔魔堂の始祖は、この大刀を自在に操ったという。
「偉大なる始祖は仰った」
ハクダが呟く。
「この大刀を、御子さまにお渡しせよと」
厳かな声を発した、その時だった。
――キイイイィン。
突如、黒の大刀が鳴動したのだ。
「――何ッ!」
「これはッ!」
オオシロとフウゲツが、大きく目を剥いた。
このような現象は見たこともない。
しかし、最長老であるハクダだけは冷静だった。
「……ふふ。驚くことではない」
笑みさえも零す。
「御子さまをお待ちしているのは、我らだけではないということだ」
「……おお」
「なんと……」
オオシロもフウゲツも、感嘆の声を上げた。
「始祖もまた、御子さまを」
「うむ」
二人はそう呟き、膝を突き、両手を重ねた。
ハクダもまた、始祖の御太刀を前に膝を突く。
「……我らが御子さま」
そして、ハクダは言う。
「始祖の御太刀と共に。ご来訪をお待ちしておりますぞ」
その呟きと同時に。
黒の大刀は、再び鳴動する。
ただ、主の来訪を心待ちにするかのように――。
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