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第12部

第二章 帰還②

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 バルカス=ベッグは、皇国騎士団の上級騎士である。
 年齢は四十代前半。
 今着ている騎士服よりも、山賊の衣装の方がこの上なく似合う髭面の大男だ。
 元は小規模な傭兵団を率いていた彼は、いわゆる傭兵上がりの騎士だった。
 実戦で鍛え上げられた技量と判断力は、騎士団内でも一目置かれている。

 ただ、バルカスには、それ以上に有名な話があった。
 彼は、『奇跡の人』と謳われているのである。

 ――そう。バルカスは奇跡を起こした。
 驚くべきことに、彼は『お頭』と呼ばれても違和感が全くないその風貌で、二人の美女を嫁にしているのである。

「あ! コウタ君ッス!」

 その一人が、バルカスの背に隠れていた女性だった。
 歳の頃は二十歳ぐらいか。肩まである桃色の髪と、スレンダーな肢体。ニカっと笑うと見せる八重歯が印象的な女性だ。
 騎士服こそ着ていたが、元気一杯な小動物の愛らしさを持つ女性だった。

 キャシー=ベッグ。
 バルカスの第二夫人である。

「帰ってきてたんスか!」

「あ。はい」

 笑顔のキャシーに、コウタもつられて笑みを返した。

「ついさっき到着したばかりです」

「おう。そっか」

 夫のバルカスもニカっと笑った。

「どうだった? 旦那には会えたか?」

「はい」

 コウタは、背負っていたアイリを降ろして頷く。

「兄さんとは再会できました。変わらず元気でした」

「おお~、そいつは良かったな」

 バルカスは、バンバンとコウタの肩を叩いた。

「旦那も喜んでいただろ」

「はい。ボクも嬉しかったです」

 コウタは笑う。
 バルカスは「そっかそっか」と、自分のことのように喜んだ。

「おっす。おっさん」

「お久しぶりですわ。ベッグさま」

「おう。ジェイクも、レイハートの嬢ちゃんも元気そうだな」

 そこで、バルカスが「ん?」と、眉根を寄せた。
 次いで、コウタたち一行を改めて見渡す。

「……んん?」

 一度、リノの顔を一瞥してから、

「何か知らねえ嬢ちゃんが増えてるが、スコラ嬢ちゃんの姿がねえな?」

「あ、それは……」

 コウタは一度、ジェイクとリーゼを気遣うように一瞥してから、

「シャルロットさんはアティスに残ったんです」

「おおっ!」

 その言葉に瞳を輝かせたのは、キャシーだった。
 ズズイっとコウタの前に詰め寄り、

「シャル姐さん! 隊長んところに残ったんスか!」

 興奮気味に両手を固めた。

「おおっ! ついに覚悟を決めたんスね! 隊長の嫁になる覚悟を!」

「お、おい。キャシー」

 鼻息荒い嫁に、バルカスが声をかける。

「やめろって。ここには……」

 そう呟き、ちらりとコウタの同行者の一人、ミランシャを一瞥した。

「ああ~、構わないわよ」

 すると、ミランシャは、ボリボリと頭をかいた。

「アタシも承知済みの話だし。というよりも、アタシも色々と用事を済ませたら、アシュ君のところに行くつもりだしね」

「へ?」「え?」

 ベッグ夫妻は目を瞬かせた。
 ミランシャは、ふうっと嘆息した。

「今回の旅でシャルロット同様にアタシも覚悟を決めたのよ。騎士団も辞めるわ。身支度したら、すぐにでも行くつもりよ」

「ええっ!?」「……マジっすか? 姐さん」

 キャシーが驚愕し、バルカスが神妙な声で呟く。

「いや、それって副団長や、あの爺さんが許してくれるんすか?」

「そんなの関係ないわよ」

 ミランシャは腰に両手を当てて堂々と告げる。

「誰がなんと言うとアタシは行くわ。アシュ君の元に翔んでいくの」

「「「おお~」」」

 その台詞に感嘆の声を上げたのは、キャシーのみならず女性陣全員だった。
 アイリ、メルティアに至っては拍手まで贈っている。
 一方、コウタは、何とも言えない顔をしていたが。
 ミランシャのことは嫌いではない。
 今回の旅にしても、旅立つ前の皇国での生活にしても、実に沢山のことでお世話になっているし、むしろとても親しい人だ。コウタも姉同然に思っている。

 ――そう。姉同然の人なのだ。
 その人が、正真正銘、義姉の座を目指して動くらしい。

 改めて、しみじみと思う。
 自分には一体、何人義姉がいるのだろうと。

「あの、バルカスさん」

「ん? 何だ? コウタの叔父貴」

「いや、その、叔父貴はやめてください」

 と、ツッコみつつ、

「ミラ姉さんのこともそうだけど、少し相談事があるんです。ジェーンさんにもご挨拶したいし、後で家に伺ってもいいですか?」

「おう。俺も旦那のことも聞きてえしな。そいつは構わねえが……」

 バルカスは眉をひそめた。

「俺に相談って何だ?」

「それは……」

 コウタは口籠る。
 ――好きな子が二人います。どうしたらいいんでしょうか?
 それを、一夫多妻を成し遂げた人物に尋ねる。
 何というか、回答を聞く前から分かりそうだった。

「なんか困ってんのか?」

「い、いや、困っていることは困っているんですが……」

 結局、自分にしか答えが出せないことだった。
 しかし、経験豊富な年配者にアドバイスを貰うことはいいことだろう。

「ここでは、少し相談しにくいので後で……」

「??? おう。そっか」

 バルカスは少し不思議そうにしていたが、元々陽気で気風の良い男だ。

「まあ、いいさ! 相談ぐらい、いくらでも乗ってやるよ!」

 言って、バンバンとコウタの背中を叩いた。
 それから、

「今夜は暇だからな。いつでも俺んちに来てくれや!」

 ニカっと笑って、そう告げた。
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