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第12部

プロローグ

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 その日。
 アルフレッド=ハウルは、帰宅が少し遅かった。
 いささか、騎士団の会議が長引いたのだ。

 ハウル邸のエントランス。黒い騎士服を着たアルフレッドは、《七星》の紋章が描かれたサーコートを出迎えた執事に渡した。

「お爺さまは?」

「今夜は会談にお出かけになられております」

 アルフレッドの問いかけに、執事が恭しく答える。
 アルフレッドは「そうか」と呟いて、自室に行こうとする。と、

「アルフレッドさま」

 執事に呼び止められた。
 アルフレッドは振り向いた。

「? どうかした?」

「は。実はお客さまが来ておられます」

「客? お爺さまの?」

「いえ。アルフレッドさまのご友人です」

「僕の?」

 目を瞬かせるアルフレッド。
 それは非常に珍しい。
 こういっては悲しくなるが、アルフレッドに友人は少ない。
 学生時代には少しいたが、騎士となってからは彼らとも交流はほとんどない。

「同僚じゃなくて、友人なのか?」

 自分でも悲しくなる確認をする。
 執事は「はい」と頷いた。

「応接室にて、お待ちしておられます」

「ふ~ん……」

 ……一体誰だろうか?
 即座に、まったく思いつかないことにもまた悲しみを抱きつつ、アルフレッドは応接室に行くことにした。
 コツコツと足音を立てて、長い廊下を歩く。
 執事も、その後に追従した。

「誰が来ているんだい?」

 率直に聞くと、執事は「お嬢さまが三名です」と答えた。

「……お嬢さま?」

 アルフレッドは眉をひそめた。
 男友達が少ないアルフレッドだが、女性の友人はさらに少ない。

「えっと、誰なの?」

 と、尋ねるが、執事が回答する前に応接室に到着した。
 ここまで来ると尋ねるよりも確認した方が早い。
 アルフレッドはコンコンとノックして、「失礼する」と声を掛けた。
 そのまま扉を開いた。
 そして、室内を見て――。

(…………え?)

 思わず目を丸くした。
 そこには、見知った少女が目の前にいたのだ。
 どうやら扉を開けようとしてくれていたようだ。
 彼女も目を瞬かせていた。

 年の頃は、アルフレッドと同い年。
 ピン、と一本だけ飛び出した癖毛が印象的な明るい赤髪。瞳の色も同色だ。
 勝気さが強く前面に出る美しい顔立ちに、抜群のプロポーション。
 その誰をも魅了する肢体の上には、白い上着ブレザー、黒いスカートを履いている。
 アノースログ学園の制服である。

「え? アンジュ?」

 そこいたのは、アンジェリカ=コースウッド。
 アルフレッドの幼馴染だった。

「ア、アルく……ひ、久しぶりね。アルフレッド」

 アンジェリカはそう告げる。

「え? なんでアンジュが?」

 アルフレッドは困惑した。
 彼女が、ハウル邸に訪れるなど何年目のことだろうか?
 アルフレッドの困惑は当然のことだったが……。

「……何よ。私が来たら悪いの?」

 アンジェリカは半眼を見せて、露骨に不機嫌になった。
 アルフレッドの胃が警告を鳴らす。

 ――おい! 張り裂けてしまうぞ、お前!
 キリキリと痛む胃が、必死にそう訴えかけている。

「い、いや、大歓迎だよ。アンジュ……あれ?」

 そこでアルフレッドは気付く。
 応接室のソファ。そこにさらに二人の人物がいることに。
 そういえば、客人は三人だと執事が言っていた。

「……ソルバさん?」

 ソファに座る一人は、知り合いだった。
 温和な微笑みを浮かべる綺麗な女性。年齢はアルフレッドやアンジェリカと同い年のはずだが、女性としては高身長であり、大人びたスタイルと、柔らかな佇まいから少し年上に見える。大腿部辺りまで伸ばした水色のとても長い髪が印象的な女性だ。

 フラン=ソルバ。ソルバ伯爵家の令嬢である。
 彼女もまた、アノースログ学園の制服を着ていた。

「お久しぶりです。ハウルさま」

 フランは立ち上がり、淑やかに挨拶をしてきた。

「ええ。お久しぶりです。ソルバさん」

 アルフレッドも挨拶を返す。
 それから最後の一人に目をやった。
 彼女は知らない女性だった。

(……誰だろ?)

 年齢はアンジェリカたちと同じぐらいか。
 黒い瞳を持ち、サラリとした黒髪で顔の左半分を隠した少女だ。顔立ちはミステリアスな趣を感じるほどに美しい。何というか大人の色気のようなものを感じる。

(……凄く綺麗な子だ)

 素直にそう思う。
 身長はかなり低いのだが、スタイルは見事なモノだった。
 小柄だというのに、アンジェリカ相手でも、そう見劣りはしないレベルだ。
 首元を見ると黒いインナースーツが見えるが、彼女もアノースログ学園の制服を着ているので生徒であることは分かる。

(う~ん、だけど……)

 アルフレッドは内心で眉をひそめた。
 ……はて。こんな目立つ子が学園にいただろうか?

(アンジュの新しい友達なのかな?)

 そう思っていると、

「……お久しぶりなのです。ハウルさま」

「えっ、久しぶり――えええッ!?」

 アルフレッドは目を剥いた。
 今の声に聞き覚えがあったのだ。
 ――いや、雰囲気があまりに変わっていたために気付けなかったが、改めて見れば、彼女の顔にも見覚えがある。

「シ、シキモリさん?」 

 アヤメ=シキモリ。
 アンジェリカの友人の一人だ。
 ただ、アルフレッドの知る彼女は、もっと幼くて……。

「ほ、本当にシキモリさん?」

 思わず、そう尋ねてしまった。
 最後に見た彼女と、あまりにもスタイルが違いすぎるのだ。
 すると、アンジェリカとフランが苦笑を浮かべた。

「驚いたでしょう。けど、間違いなくアヤメ本人よ」

 アンジェリカが肩を竦めてそう告げる。
 アルフレッドは、口をパクパクと動かした。

「いきなり成長したんですよ。この子」

 と、フランも言う。
 要は、急激な成長期――いや、この場合、第二次性徴期だろうか――を迎えたということらしい。それにしても劇的過ぎる変化だが。

「そ、そうなのか。驚いたな。けど……」

 アルフレッドは、アンジェリカに視線を向けた。

「今日はどうしたの? アンジュがうちにやって来るなんて本当に久しぶりだし、学校とか大丈夫なの?」

「学校からは外出の許可は取っているわ。まあ、ここに来る時は確かに躊躇したわね。私もあのお爺さまと出くわすのは嫌だったし……」

 そう告げて、アンジェリカが苦笑を浮かべる。
 あの男尊女卑な偏屈老人がいなければ、もっと頻繁にアルフレッドに会いに来れるのにと内心で思いつつ、

「今日はね。どうしてもアルフレッドに頼みたいことがあったの」

「僕に頼みたいこと?」

 アルフレッドは眉をひそめた。

「……どうしたの? 何か困ったことが起きたの?」

 アンジェリカの両肩を強く掴んだ。

(うわっ、うわっ、うわああ……)

 アルフレッドは本気で心配してくれている。
 それをはっきりと感じて、アンジェリカは幸せ一杯の気持ちになった。

(大丈夫だよ。アル君。心配しないで)

 そう言って、ぎゅううっと抱き着きたくなる。
 全身で彼の腕の中に飛び込むのだ。
 偉大なる我が師マイマスターも仰っていた。おっぱいを活用せよと。
 しかし、それが出来ないのが、アンジェリカだった。

「私に困り事なんてある訳ないじゃない」

 実に不愉快そうに、アルフレッドの腕を払う。
 アルフレッドは「あ、うん……」と委縮していた。

(ごめええん! アル君、ごめえええんっ!)

 内心では泣き出しそうなぐらい謝罪しつつ、

「まあ、座りなさいよ」

 言って、ソファに腰を降ろした。
 まるでこの館が自分の家のような態度だ。
 これが、アンジェリカの平常運転なのである。
 親友であり、アンジェリカの本当の気持ちも知るフランが、深々と嘆息した。
 一方、アルフレッドは「う、うん」と頷いて、ソファに座った。

「それで、何があったの?」

 アルフレッドが本題を尋ねる。と、

「それは……」

「うん……」

 アンジェリカとフランは互いの顔を見合わせた。
 それから、二人揃ってアヤメへと視線を移す。
 アルフレッドも彼女の方に目をやった。
 劇的なまでに美しくなった少女は、アルフレッドの目を合わせた。
 そして、彼女は唇を動かした。

「不躾ながら、お願いがあるのです。ハウルさま」

「お願い? シキモリさんが僕に?」

 アルフレッドは困惑した。
 彼女とはそこまで接点はない。
 そんな彼女が自分にお願いとは……。
 すると、アヤメは、

「はい。ハウルさまは、と友人であると聞いているのです。だから」

 真っ直ぐな眼差しを向けて、こう告げるのだった。

「どうか、私にコウタ君と会う機会を設けてもらえないでしょうか」
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