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第11部
第七章 開拓の巨人④
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……ズズウゥン、ズズウゥン。
地響きが続く。
《フォレス》が進撃する音だ。
森は、薙ぎ払われるように開拓されていった。
後で教師陣が泣き出しそうな光景である。
ともあれ、そんな《フォレス》の後を《グランジャ》は付いていっていた。
(相変わらず鎧機兵に見えねえな……)
時折、両腕でも木々を左右に切り分ける《フォレス》は、鎧機兵の最大の特徴である竜尾を持たない機体だ。
全身の装甲を超重量・超硬度のダイグラシム鋼で固めている。
そのため、非常に自重が重く、重心が安定しているので、わざわざ竜尾を付ける必要がなかったのだ。
(あれって、どうやったら勝てんだ?)
ジェイクは、苦笑混じりに眉をひそめた。
至近距離の砲撃でも耐えそうだ。
あの装甲を突破できるのは、実質的にコウタの《ディノス》だけだった。
コウタが持つ《断罪刀》という闘技のみが、その装甲を斬り裂けるのである。
ただ、コウタが、メルティアに刃を向けることなど絶対にないのだが。
そのため、鎧機兵戦では、メルティアは校内で無敵だった。
(まあ、このまま何事もなければいいんだが)
ジェイクは操縦棍を握りしめて、双眸を細める。
いかに無敵でも、戦場ではないがあるのか分からない。
それに、こうして開拓しながら進撃すれば、鎧機兵で動けるスペースも確保されているということだ。今は相手側も混乱していても、いずれ鎧機兵で迎撃してくるはず。
(油断はできねえな)
表情を引き締め直す。
コウタから預かった大切なお姫さまだ。
断じて、怪我などをさせる訳にはいかない。
そうなった時のコウタは本当に怖いから。
しかし、腑にも落ちない。
どうして、コウタは単独行動を望んだのか。普段のコウタなら、周囲の意見を押し切ってでも、自分がメルティアの護衛に買って出るはずなのに。
(なんかあったのか?)
そう思うが、コウタが話さないということは、きっと理由があるのだろう。
(まあ、問題がありゃあ言ってくるか。それより……)
ジェイクは《万天図》を一瞥して、双眸を細めた。
『メル嬢』
メルティアに呼びかける。と、
『はい。分かっています』
そう声を返してきた。
『やはり来ましたね』
『おう。気をつけてくれ。チビどもな』
『……ウム』『……リョウカイ』『……トウホウニ、ゲイゲキノヨウイアリ!』
と、《フォレス》に、搭乗するゴーレムたちも答えてくる。
その直後だった。
――ゴウッ!
見えない何かが風を切った。
(いきなりか!)
ジェイクは目を細めて、愛機を動かした。
《フォレス》の前に立ち、手斧を薙ぐ《グランジャ》。
すると、強い衝撃が奔り、何かが打ち砕かれる感触がした。
見えない恒力の刃――《飛刃》を迎撃したのだ。
それは、後方から撃ち出されたモノだった。
『敵、ですね』
ゆっくりと。
《フォレス》が振り返った。
そこに居たのは、二機の鎧機兵だった。
一機は黒の下地に、炎の紋を持つ鎧機兵だった。
全高は五・三セージルほど。手には真紅の大剣。
盾は持っていない軽装型の機体だった。ヘルムには赤い髪飾りが揺れている。
そして、もう一機には見覚えがあった。
ジェイクが、昨日戦ったばかりの機体だ。
(……げ)
《白風》を見て、ジェイクが頬を強張らせる。
接近禁止令の対象である少女だ。
『き、昨日はどうも』
と、フランが言ってくる。
ジェイクは『お、おう』と答えた。
『体はもう大丈夫なのか?』
『は、はい』
《白風》がコクコクと頷いた。
『オルバン君が、優しく気遣ってくれたから』
『……そっか』
『あ、あまり痛くもなかったです』
『そりゃあ、良かった』
『……………』
『……………』
二人はそのまま沈黙する。と、
『……ちょっとフラン』
真紅の大剣を携えた鎧機兵が言う。
『お見合いしないでよ。これから戦うんだから』
『う、うん。分かっているよ』
フランが答えた。
真紅の大剣の鎧機兵の声に、ジェイクはさらに顔を強張らせた。
『その声。コースウッドさんか』
『ええ。そうよ』
真紅の大剣の鎧機兵。機体名・《烈火帝》が答える。
ジェイクは、小さく呻いた。
彼女もまた接触禁止令の対象だ。それも、ぶっちぎりの第一位である。
(よりにもよってこの二人か)
実力面でも、個人的な事情においても、一番遭いたくない相手だった。
しかし、これは不可抗力だ。
情状酌量も、少しは期待できるかもしれない。
(うん。直接触れなきゃいいんだしな)
ジェイクは、自分をそう納得させた。
――と、
『アノースログ学園の生徒会長と、副会長ですか』
おもむろに、メルティアが呟く。
『いずれ敵とは遭遇すると思ってましたが、好都合です』
《フォルス》の両眼が光った。
『フラッグのみならず、ここで主力であるあなた方も倒せば、きっとコウタは、無茶苦茶褒めてくれるはずです』
《フォレス》の中。さらにその奥に鎮座する着装型鎧機兵の中で、ピコピコとネコミミを揺らすメルティア。
今日は、実にアグレッシブなメルティアだった。
元々がグータラなせいで、こういったイベントでコウタに褒められるのは、かなりレアな経験なのだ。ずっとワクワクしているのである。
一方、アンジェリカとフランは「「え?」」と目を剥いた。
『えっと、あなた……』
アンジェリカが声を掛けようとするが、言葉を詰まらせる。
よくよく振り返ると、この鉄骨製の主席の子の名前を知らないのだ。
それを察したのか、メルティアが、
『私の名前ですか? メルティアです。メルティア=アシュレイです』
『アシュレイ? 四代公爵家のアシュレイ家と同じ家名ね』
『同じ家名も何も、私はその家の娘です』
一拍の間。
『『――ええッ!?』』
アンジェリカと、フランは同時に声を上げた。
『あ、あなた、公爵令嬢なの!?』
『ええ。そうですが、何か?』
そう返してくるメルティアに、アンジェリカたちは言葉もない。
これには驚いた。まさか、あの体格で公爵令嬢の肩書を持っていようとは……。
しかし、それ以上に気になることも言っていた。
『えっと、あなたって、ヒラサカ君と知り合いなの?』
――そう。それが気になった。
アヤメが想い(?)を寄せる少年の名を、彼女は親し気に呼んでいたのだ。
『コウタですか? コウタは私の家の使用人で、私の幼馴染ですよ』
と、メルティアは、何を今さらといった口調で答えた。
『お、幼馴染?』
アンジェリカは、自分にとっては呪いのようなその単語を反芻した。
『え? その、アシュレイさんは、ヒラサカ君とは仲がいいの?』
『それは当然です』
メルティアは着装型鎧機兵の中で胸を張り、双丘をたゆんっと揺らした。
『ラブラブですよ』
『『ラブブラとな!?』』
アンジェリカとフランは同時に叫んだ。
一方、ジェイクは「戦場で、何でこんな会話してんだ?」と思ったが、口を挟める雰囲気ではないので自粛していた。
《白風》と《烈火帝》は、互いの顔を見合わせていた。
『え? ヒラサカ君って彼女持ちなの? しかもアヤメと真逆の子?』
『そ、それも気になるけど、私としては……』
アンジェリカは、ゴクンと喉を動かした。
――幼馴染なのに。
幼馴染なのに、ラブラブとは!
『オ、オルバン君!』
『お、おう?』
不意にアンジェリカに名を呼ばれて、ジェイクは驚いた。
『彼女が言っていることはホントなの? 彼女とヒラサカ君がラブラブって……』
『いや、ラブラブかどうかは、本人たちの主観だと思うんだが……』
ジェイクは、ポリポリと頬をかいた。
『まあ、コウタの奴が、メル嬢を溺愛してんのは周知の事実だな』
『――その通りなのです!』
メルティアが鼻息荒く宣言する。
『コウタは、溺れるぐらいに私を愛しているのです!』
『溺れるぐらいに!?』
アンジェリカは、目を見開いた。
『なんてこと……。達人、幼馴染の達人なのね。これは是非ともご意見を……』
『ア、 アンジュ! 落ち着いて!』
フランが言う。
『気になるのは凄く分かるけど、アヤメの件もあるし、それよりも今は』
『う、うん。分かっているわ』
アンジェリカがそう呟くと、《烈火帝》は大剣の切っ先を《フォレス》に向けた。
『我が師』
『アンジュ!? 呼び方、呼び方!?』
フランに指摘されて、アンジェリカはコホンと喉を鳴らした。
『とりあえず今は戦闘中よ。色々と聞きたいことはあるけど、それは全部後』
アンジェリカは面持ちを改めた。
『行くわよ。アシュレイさん。勝利のために、ここであなたを止めさせてもらうわ』
◆
(……ふむ)
森の影の中。
ライガは、その様子を静かに窺っていた。
(これは、少々厄介だな)
今回の催事。
主体は対人戦になるはずだった。
ゆえに、ライガは、アンジェリカの隙を窺っていた。
完全に人気がない森の中で、彼女を気絶させて連れ去るつもりだった。
フラン=ソルバが、彼女に同行することも僥倖だった。『花嫁』に選んだだけあって、二人とも相当な実力者ではあるが、それでもライガの敵ではない。
たとえ二人同時に相手にしても遅れなどとらない。
今の状況は、二人とも攫うことが出来る絶好の機会だった。
むしろ、こうなってくると、アンジェリカ一人だけを攫う方が面倒だった。
何より、真の目的である『御子さまの捜索』を、すでに果たしている。
アヤメがどのような運命を選ぶかは、ライガにも知る術はない。
――運命に抗って、新たな道を歩むのか。
――運命を受け入れて、御子さまの寵愛を賜るのか。
状況によっては、アヤメがそのまま里抜けする可能性はある。だが、こと戦いに関しては、御子さまが、アヤメに負けるとは思ってない。
アヤメ程度に負けるのならば、それは御子さまとは呼べないからだ。
――御子さまは、すでにここに御座す。
それが確定した今、この表向きの任務は、早々に切り上げても問題はなかった。
(……さて)
いっそ、ここは強硬に出るか。
そう考え始めていた矢先のことだった。
突如、あの異様な鎧機兵が登場したのである。
予期せぬ事態に、状況は一変、鎧機兵戦へと移ってしまった。
対人戦ならば、負ける要素などない。
しかし、鎧機兵戦となれば、流石に話は別だ。
それにもう一つ、気になる情報も聞いた。
(………むう)
ライガは、通常の二倍ほどもある巨大な鎧機兵の方に目をやった。
どうも話によると、あの機体の操手である少女は、御子さまの幼馴染であり、すでに深い寵愛まで受けているそうだ。
(御子さまが、御自らお選びなられたお側女役ということか)
この可能性は大いに考えられた。
焔魔堂の祖・焔魔さまのお側女役も百五十人。
ならば、御子さまにも、複数のお側女役がいてもおかしくない。
強き王に側室が多いのは、世の理でもあるのだ。
しかし、となれば、あの娘を迂闊に傷つける訳にもいかない。
いずれ御子さまを里にお招きするためにも、すでに寵愛を受けているお側女役を傷つけるなど論外だ。御子さまにお叱りをいただくのは確実だ。
(……これは、どうすべきか)
所詮、これは表向きの任務に過ぎない。
このまま静観するという選択肢もあるが、やはり、アンジェリカ=コースウッドと、フラン=ソルバの才は、惜しいところでもある。
ライガは、数瞬ほど悩んだ。
そして、
(どうかお許しを。御子さま)
ライガは、苦渋の決断をした。
(お側女役には極力怪我はさせませぬ。ですが、少々荒事になるのはご容赦くだされ)
そう心の中で未来の主君に謝罪しつつ、ライガは地面に手を置いた。
しばしの沈黙。ライガは双眸を細めた。
(これならば行けるか。よし)
ライガは、視線を前方へと向けた。
そこでは四機の鎧機兵が、いよいよ間合いを詰めようとしているところだった。
褐色の鎧機兵と、フラン=ソルバの鎧機兵が手斧と、メイスをぶつけ合った。
その横をすり抜けて、大剣を手に、アンジェリカ=コースウッドの機体が、お側女役の少女の鎧機兵と接敵しようとしていた。
(――好機!)
ライガは、瞬時に異界の力をこの地に引き寄せた。
アヤメとは比較にならない発動速度だ。
「《焔魔ノ法》極伝・土の章」
そうして、ライガは指を立てて、厳かな声で告げる。
「――《大洞磊落》」
その直後だった。
大地が突如、揺れ始めた。
そして、それぞれ接近していた二機同士の足元に亀裂が奔る。
『え? な、なにこれ!?』『おい! 地震か!』
『うわッ!?』『きゃあッ!?』
対峙していた少女たちが悲鳴を上げる。
さらに『……ムウ!』『……キンキュウ、ジタイダ! アニジャ!』と何故か巨大な鎧機兵の中から少女以外の声も聞こえてきた。
(……なに?)
ライガは眉を寄せる。もしやあの鎧機兵は一人乗りではないのか?
そう思っていると、
『……コレハ』
不意にその声が聞こえた。ライガの背筋に悪寒にも似た感覚が奔る。
『……オドロイタ。コノチニ、眷族ガイルノカ』
それは、巨大な鎧機兵の中から聞こえる声だった。
ライガは思わず凝視する。が、それは数秒も続かなかった。
地面に巨大な亀裂が奔り、二機がそれぞれ地面の下へと落ちていったからだ。
これが秘術・《大洞磊落》。
大地に、大空洞を創り出す最上位の秘伝の一つだ。
鎧機兵相手にも通じる数少ない術だが、効果としては、少し大きめの迷宮に落とし込む程度のものだ。これだけでは決め手には欠ける術だった。
しかし、これで分断、隔離は出来た。
ライガは森の中から駆け出し、二つの大穴の一つの元へと近づいた。
暗い洞孔を見据える。
ここは、お側女役と、アンジェリカ=コースウッドが落ちた穴だ。
(先程の声は一体……)
ライガは、微かに喉を鳴らした。
果てしない畏怖と、どこか郷愁に似た念を感じた声。
あれは、一体何だったのか……。
ライガは、数瞬ほど考え込むが、すぐにかぶりを振った。
今は任務を全うすることだけを考えなければ。
フラン=ソルバと分断してしまったのは残念だが、本来、今日の目的は、アンジェリカ=コースウッドの方だけだ。迷う必要もない。
ライガは、暗い洞の中へと飛び込んだ。
ただ、ライガは知らなかった。
それから、ほんの十数秒後。
緊急事態を知らせる発煙弾が、遥か上空へと撃ち出されたことを。
同時に、ライガが飛び込んだ大穴に、迷うことなく飛び込む者がいたことを。
――そう。
アンジェリカの心を射抜いた矢。
真紅に燃える炎の矢が、暗き洞へと解き放たれたのである。
(……アンジュ! 無事でいてくれ!)
少しだけ。
ほんの少しだけ痛む胃のことは我慢して。
地響きが続く。
《フォレス》が進撃する音だ。
森は、薙ぎ払われるように開拓されていった。
後で教師陣が泣き出しそうな光景である。
ともあれ、そんな《フォレス》の後を《グランジャ》は付いていっていた。
(相変わらず鎧機兵に見えねえな……)
時折、両腕でも木々を左右に切り分ける《フォレス》は、鎧機兵の最大の特徴である竜尾を持たない機体だ。
全身の装甲を超重量・超硬度のダイグラシム鋼で固めている。
そのため、非常に自重が重く、重心が安定しているので、わざわざ竜尾を付ける必要がなかったのだ。
(あれって、どうやったら勝てんだ?)
ジェイクは、苦笑混じりに眉をひそめた。
至近距離の砲撃でも耐えそうだ。
あの装甲を突破できるのは、実質的にコウタの《ディノス》だけだった。
コウタが持つ《断罪刀》という闘技のみが、その装甲を斬り裂けるのである。
ただ、コウタが、メルティアに刃を向けることなど絶対にないのだが。
そのため、鎧機兵戦では、メルティアは校内で無敵だった。
(まあ、このまま何事もなければいいんだが)
ジェイクは操縦棍を握りしめて、双眸を細める。
いかに無敵でも、戦場ではないがあるのか分からない。
それに、こうして開拓しながら進撃すれば、鎧機兵で動けるスペースも確保されているということだ。今は相手側も混乱していても、いずれ鎧機兵で迎撃してくるはず。
(油断はできねえな)
表情を引き締め直す。
コウタから預かった大切なお姫さまだ。
断じて、怪我などをさせる訳にはいかない。
そうなった時のコウタは本当に怖いから。
しかし、腑にも落ちない。
どうして、コウタは単独行動を望んだのか。普段のコウタなら、周囲の意見を押し切ってでも、自分がメルティアの護衛に買って出るはずなのに。
(なんかあったのか?)
そう思うが、コウタが話さないということは、きっと理由があるのだろう。
(まあ、問題がありゃあ言ってくるか。それより……)
ジェイクは《万天図》を一瞥して、双眸を細めた。
『メル嬢』
メルティアに呼びかける。と、
『はい。分かっています』
そう声を返してきた。
『やはり来ましたね』
『おう。気をつけてくれ。チビどもな』
『……ウム』『……リョウカイ』『……トウホウニ、ゲイゲキノヨウイアリ!』
と、《フォレス》に、搭乗するゴーレムたちも答えてくる。
その直後だった。
――ゴウッ!
見えない何かが風を切った。
(いきなりか!)
ジェイクは目を細めて、愛機を動かした。
《フォレス》の前に立ち、手斧を薙ぐ《グランジャ》。
すると、強い衝撃が奔り、何かが打ち砕かれる感触がした。
見えない恒力の刃――《飛刃》を迎撃したのだ。
それは、後方から撃ち出されたモノだった。
『敵、ですね』
ゆっくりと。
《フォレス》が振り返った。
そこに居たのは、二機の鎧機兵だった。
一機は黒の下地に、炎の紋を持つ鎧機兵だった。
全高は五・三セージルほど。手には真紅の大剣。
盾は持っていない軽装型の機体だった。ヘルムには赤い髪飾りが揺れている。
そして、もう一機には見覚えがあった。
ジェイクが、昨日戦ったばかりの機体だ。
(……げ)
《白風》を見て、ジェイクが頬を強張らせる。
接近禁止令の対象である少女だ。
『き、昨日はどうも』
と、フランが言ってくる。
ジェイクは『お、おう』と答えた。
『体はもう大丈夫なのか?』
『は、はい』
《白風》がコクコクと頷いた。
『オルバン君が、優しく気遣ってくれたから』
『……そっか』
『あ、あまり痛くもなかったです』
『そりゃあ、良かった』
『……………』
『……………』
二人はそのまま沈黙する。と、
『……ちょっとフラン』
真紅の大剣を携えた鎧機兵が言う。
『お見合いしないでよ。これから戦うんだから』
『う、うん。分かっているよ』
フランが答えた。
真紅の大剣の鎧機兵の声に、ジェイクはさらに顔を強張らせた。
『その声。コースウッドさんか』
『ええ。そうよ』
真紅の大剣の鎧機兵。機体名・《烈火帝》が答える。
ジェイクは、小さく呻いた。
彼女もまた接触禁止令の対象だ。それも、ぶっちぎりの第一位である。
(よりにもよってこの二人か)
実力面でも、個人的な事情においても、一番遭いたくない相手だった。
しかし、これは不可抗力だ。
情状酌量も、少しは期待できるかもしれない。
(うん。直接触れなきゃいいんだしな)
ジェイクは、自分をそう納得させた。
――と、
『アノースログ学園の生徒会長と、副会長ですか』
おもむろに、メルティアが呟く。
『いずれ敵とは遭遇すると思ってましたが、好都合です』
《フォルス》の両眼が光った。
『フラッグのみならず、ここで主力であるあなた方も倒せば、きっとコウタは、無茶苦茶褒めてくれるはずです』
《フォレス》の中。さらにその奥に鎮座する着装型鎧機兵の中で、ピコピコとネコミミを揺らすメルティア。
今日は、実にアグレッシブなメルティアだった。
元々がグータラなせいで、こういったイベントでコウタに褒められるのは、かなりレアな経験なのだ。ずっとワクワクしているのである。
一方、アンジェリカとフランは「「え?」」と目を剥いた。
『えっと、あなた……』
アンジェリカが声を掛けようとするが、言葉を詰まらせる。
よくよく振り返ると、この鉄骨製の主席の子の名前を知らないのだ。
それを察したのか、メルティアが、
『私の名前ですか? メルティアです。メルティア=アシュレイです』
『アシュレイ? 四代公爵家のアシュレイ家と同じ家名ね』
『同じ家名も何も、私はその家の娘です』
一拍の間。
『『――ええッ!?』』
アンジェリカと、フランは同時に声を上げた。
『あ、あなた、公爵令嬢なの!?』
『ええ。そうですが、何か?』
そう返してくるメルティアに、アンジェリカたちは言葉もない。
これには驚いた。まさか、あの体格で公爵令嬢の肩書を持っていようとは……。
しかし、それ以上に気になることも言っていた。
『えっと、あなたって、ヒラサカ君と知り合いなの?』
――そう。それが気になった。
アヤメが想い(?)を寄せる少年の名を、彼女は親し気に呼んでいたのだ。
『コウタですか? コウタは私の家の使用人で、私の幼馴染ですよ』
と、メルティアは、何を今さらといった口調で答えた。
『お、幼馴染?』
アンジェリカは、自分にとっては呪いのようなその単語を反芻した。
『え? その、アシュレイさんは、ヒラサカ君とは仲がいいの?』
『それは当然です』
メルティアは着装型鎧機兵の中で胸を張り、双丘をたゆんっと揺らした。
『ラブラブですよ』
『『ラブブラとな!?』』
アンジェリカとフランは同時に叫んだ。
一方、ジェイクは「戦場で、何でこんな会話してんだ?」と思ったが、口を挟める雰囲気ではないので自粛していた。
《白風》と《烈火帝》は、互いの顔を見合わせていた。
『え? ヒラサカ君って彼女持ちなの? しかもアヤメと真逆の子?』
『そ、それも気になるけど、私としては……』
アンジェリカは、ゴクンと喉を動かした。
――幼馴染なのに。
幼馴染なのに、ラブラブとは!
『オ、オルバン君!』
『お、おう?』
不意にアンジェリカに名を呼ばれて、ジェイクは驚いた。
『彼女が言っていることはホントなの? 彼女とヒラサカ君がラブラブって……』
『いや、ラブラブかどうかは、本人たちの主観だと思うんだが……』
ジェイクは、ポリポリと頬をかいた。
『まあ、コウタの奴が、メル嬢を溺愛してんのは周知の事実だな』
『――その通りなのです!』
メルティアが鼻息荒く宣言する。
『コウタは、溺れるぐらいに私を愛しているのです!』
『溺れるぐらいに!?』
アンジェリカは、目を見開いた。
『なんてこと……。達人、幼馴染の達人なのね。これは是非ともご意見を……』
『ア、 アンジュ! 落ち着いて!』
フランが言う。
『気になるのは凄く分かるけど、アヤメの件もあるし、それよりも今は』
『う、うん。分かっているわ』
アンジェリカがそう呟くと、《烈火帝》は大剣の切っ先を《フォレス》に向けた。
『我が師』
『アンジュ!? 呼び方、呼び方!?』
フランに指摘されて、アンジェリカはコホンと喉を鳴らした。
『とりあえず今は戦闘中よ。色々と聞きたいことはあるけど、それは全部後』
アンジェリカは面持ちを改めた。
『行くわよ。アシュレイさん。勝利のために、ここであなたを止めさせてもらうわ』
◆
(……ふむ)
森の影の中。
ライガは、その様子を静かに窺っていた。
(これは、少々厄介だな)
今回の催事。
主体は対人戦になるはずだった。
ゆえに、ライガは、アンジェリカの隙を窺っていた。
完全に人気がない森の中で、彼女を気絶させて連れ去るつもりだった。
フラン=ソルバが、彼女に同行することも僥倖だった。『花嫁』に選んだだけあって、二人とも相当な実力者ではあるが、それでもライガの敵ではない。
たとえ二人同時に相手にしても遅れなどとらない。
今の状況は、二人とも攫うことが出来る絶好の機会だった。
むしろ、こうなってくると、アンジェリカ一人だけを攫う方が面倒だった。
何より、真の目的である『御子さまの捜索』を、すでに果たしている。
アヤメがどのような運命を選ぶかは、ライガにも知る術はない。
――運命に抗って、新たな道を歩むのか。
――運命を受け入れて、御子さまの寵愛を賜るのか。
状況によっては、アヤメがそのまま里抜けする可能性はある。だが、こと戦いに関しては、御子さまが、アヤメに負けるとは思ってない。
アヤメ程度に負けるのならば、それは御子さまとは呼べないからだ。
――御子さまは、すでにここに御座す。
それが確定した今、この表向きの任務は、早々に切り上げても問題はなかった。
(……さて)
いっそ、ここは強硬に出るか。
そう考え始めていた矢先のことだった。
突如、あの異様な鎧機兵が登場したのである。
予期せぬ事態に、状況は一変、鎧機兵戦へと移ってしまった。
対人戦ならば、負ける要素などない。
しかし、鎧機兵戦となれば、流石に話は別だ。
それにもう一つ、気になる情報も聞いた。
(………むう)
ライガは、通常の二倍ほどもある巨大な鎧機兵の方に目をやった。
どうも話によると、あの機体の操手である少女は、御子さまの幼馴染であり、すでに深い寵愛まで受けているそうだ。
(御子さまが、御自らお選びなられたお側女役ということか)
この可能性は大いに考えられた。
焔魔堂の祖・焔魔さまのお側女役も百五十人。
ならば、御子さまにも、複数のお側女役がいてもおかしくない。
強き王に側室が多いのは、世の理でもあるのだ。
しかし、となれば、あの娘を迂闊に傷つける訳にもいかない。
いずれ御子さまを里にお招きするためにも、すでに寵愛を受けているお側女役を傷つけるなど論外だ。御子さまにお叱りをいただくのは確実だ。
(……これは、どうすべきか)
所詮、これは表向きの任務に過ぎない。
このまま静観するという選択肢もあるが、やはり、アンジェリカ=コースウッドと、フラン=ソルバの才は、惜しいところでもある。
ライガは、数瞬ほど悩んだ。
そして、
(どうかお許しを。御子さま)
ライガは、苦渋の決断をした。
(お側女役には極力怪我はさせませぬ。ですが、少々荒事になるのはご容赦くだされ)
そう心の中で未来の主君に謝罪しつつ、ライガは地面に手を置いた。
しばしの沈黙。ライガは双眸を細めた。
(これならば行けるか。よし)
ライガは、視線を前方へと向けた。
そこでは四機の鎧機兵が、いよいよ間合いを詰めようとしているところだった。
褐色の鎧機兵と、フラン=ソルバの鎧機兵が手斧と、メイスをぶつけ合った。
その横をすり抜けて、大剣を手に、アンジェリカ=コースウッドの機体が、お側女役の少女の鎧機兵と接敵しようとしていた。
(――好機!)
ライガは、瞬時に異界の力をこの地に引き寄せた。
アヤメとは比較にならない発動速度だ。
「《焔魔ノ法》極伝・土の章」
そうして、ライガは指を立てて、厳かな声で告げる。
「――《大洞磊落》」
その直後だった。
大地が突如、揺れ始めた。
そして、それぞれ接近していた二機同士の足元に亀裂が奔る。
『え? な、なにこれ!?』『おい! 地震か!』
『うわッ!?』『きゃあッ!?』
対峙していた少女たちが悲鳴を上げる。
さらに『……ムウ!』『……キンキュウ、ジタイダ! アニジャ!』と何故か巨大な鎧機兵の中から少女以外の声も聞こえてきた。
(……なに?)
ライガは眉を寄せる。もしやあの鎧機兵は一人乗りではないのか?
そう思っていると、
『……コレハ』
不意にその声が聞こえた。ライガの背筋に悪寒にも似た感覚が奔る。
『……オドロイタ。コノチニ、眷族ガイルノカ』
それは、巨大な鎧機兵の中から聞こえる声だった。
ライガは思わず凝視する。が、それは数秒も続かなかった。
地面に巨大な亀裂が奔り、二機がそれぞれ地面の下へと落ちていったからだ。
これが秘術・《大洞磊落》。
大地に、大空洞を創り出す最上位の秘伝の一つだ。
鎧機兵相手にも通じる数少ない術だが、効果としては、少し大きめの迷宮に落とし込む程度のものだ。これだけでは決め手には欠ける術だった。
しかし、これで分断、隔離は出来た。
ライガは森の中から駆け出し、二つの大穴の一つの元へと近づいた。
暗い洞孔を見据える。
ここは、お側女役と、アンジェリカ=コースウッドが落ちた穴だ。
(先程の声は一体……)
ライガは、微かに喉を鳴らした。
果てしない畏怖と、どこか郷愁に似た念を感じた声。
あれは、一体何だったのか……。
ライガは、数瞬ほど考え込むが、すぐにかぶりを振った。
今は任務を全うすることだけを考えなければ。
フラン=ソルバと分断してしまったのは残念だが、本来、今日の目的は、アンジェリカ=コースウッドの方だけだ。迷う必要もない。
ライガは、暗い洞の中へと飛び込んだ。
ただ、ライガは知らなかった。
それから、ほんの十数秒後。
緊急事態を知らせる発煙弾が、遥か上空へと撃ち出されたことを。
同時に、ライガが飛び込んだ大穴に、迷うことなく飛び込む者がいたことを。
――そう。
アンジェリカの心を射抜いた矢。
真紅に燃える炎の矢が、暗き洞へと解き放たれたのである。
(……アンジュ! 無事でいてくれ!)
少しだけ。
ほんの少しだけ痛む胃のことは我慢して。
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