上 下
355 / 399
第11部

第七章 開拓の巨人①

しおりを挟む
 森の中。
 コウタは一人、疾走していた。
 短剣の柄に片手を当て、木々の間を縫うように走る。
 まるで森の中ではないような速さだ。
 これは、コウタの身体能力の高さもあるが、山村産まれの山村育ち。その上、森の国エリーズで育ったコウタにとって、森とは最も戦いやすいステージでもあるからだ。

 グングンと速度を上げる。
 ――と、

「ッ! 敵だ!」

 耳に届く叫び声。人影が見えた。
 三人組。男子生徒二人と女子生徒一人だ。
 白い上着ブレザーに、黒いスラックス。女生徒はスカート。
 アノースログ学園の生徒たちだ。

「お嬢さま! お下がりください!」

 体格の良い二人の男子生徒が、コウタの前に立ち塞がる。
 明らかに女生徒を守る動き。「お嬢さま」と呼んだところから二人は従生徒スクワイヤか。
 一人が短剣を抜き放ってコウタに斬りかかる――が、
 ――ドンッ!

「ガハッ!」

 コウタは全く速度を落とさず接近。膝蹴りを少年の腹部に叩きつけた。
 少年はその場に崩れ落ちた。その際に、胸元のフラッグワッペンを奪い取る。

「――くそ!」

 もう一人の少年も短剣を抜き、刺突を繰り出してきた。
 対し、コウタは微かに重心をずらすだけで切っ先をかわし、カウンターで少年のあごを掌底で打ち抜いた。
 大きく仰け反り、その少年も倒れた。フラッグを奪うことも忘れない。

 残りは一人だ。
 コウタは、女生徒を一瞥した。
 光沢を持つ飴色の髪の少女だ。ショートでボリュームのある髪。
 綺麗だが、少し勝気そうな面持ち。彼女には見覚えがあった。
 確かクラスのみんなが作成していた、アノースログ学園美少女ランキングで三位に入っていた子だ。結構な名家のお嬢さまだと聞いている。
 わざわざ二人も従生徒スクワイヤが付いているのだから、それは事実なのだろう。

「こ、このッ!」

 従者が一瞬で二人も倒された状況でも、彼女は短剣を抜こうとしていた。
 しかし、それをみすみす見逃すコウタでもない。
 トン、と柄頭を手で押さえて、彼女の抜刀を封じる。

「………あ」

 目を剥く少女。
 コウタは、空いた左拳を動かした。
 彼女は青ざめてギュッと瞳を閉じるが、次の瞬間、腹部に訪れた衝撃は、トスンというとても軽いものだった。

「え? え?」

 彼女は瞳を開いて、そのまま瞬かせた。

「個人的に試合で寸止めって失礼だと思うんだ。だからこれで許して欲しい」

 コウタが言う。少女は目を瞬かせたままだった。

「これだって侮辱しているかも知れない。けど、ごめん。戦意のない子は殴れない」

 コウタは、左手を彼女に向けた。

「『参った』って言って欲しい。お願いできるかな?」

 優しい声。とても優しい眼差しでそう告げられて――。
 ……ボンっと。
 少女の顔が、真っ赤になった。
 そしてアタフタと動揺しつつも、自分のフラッグを外して、

「ま、参りました」

 俯いた視線で、コウタの手の平にフラッグを乗せてくれた。
 コウタは「ありがとう」と告げて微笑んだ。
 彼女はコウタの顔を凝視の眼差しで見つめてから、「は、はい……」と、視線を伏せて縮こまってしまった。

「それと」

 コウタは、倒した少年たちに目をやった。

「彼らの様子を見ていて欲しい。すぐに騎士の人か先生たちが来ると思うけど、まだしばらくは起きないと思うから」

「は、はい」

 少女は、コクコクと頷いた。

「それじゃあ気をつけて。この森は、魔獣はいないけど獣ならいるから」

 言って、コウタは再び走り出そうとする。と、

「あ、あの!」

 少女が叫ぶ。

「私の名前はアリサです! アリサ=グレスト! お、お名前を!」

「え? ボクの名前?」

 コウタは、パチパチと目を瞬かせた。
 少女は、真っ赤な顔で、コクコクコクと頷いている。
 どうしてだろう。聞かれてしまった。
 しかし、名乗る程度は大したことでもないので笑って答えた。

「コウタだよ。コウタ=ヒラサカ」

 そう告げて、コウタは再び走り出した。自分の後方でアリサと名乗った少女が「ふ、ふわあ……」と吐息を零して、ペタンと座り込んでいることには気付かずに。

(これで二十一)

 コウタは、さらに加速する。
 戦闘が始まって十五分。中々の遭遇率だ。
 印象としては、アノースログ学園の男子生徒は勇猛果敢だ。迷いなく剣を振るう。たとえ劣勢でも最後まで諦めない。
 一方、女生徒の方は、戦況を理解してくれる聡明な人が多いようだ。
 男子生徒だけの班は敗北を促しても、最後の一人まで戦うのに対し、女生徒たちはコウタの声に耳を傾けてくれる。
 さっきのように話をしたら、敗北を認めてくれるのだ。

(けど、やっぱり、皇国の貴族の子って礼儀正しいんだな)

 さっきの子で六人目だ。
 まずは名乗って、次にコウタの名前を聞いてくるのだ。
 名乗りとは、騎士にとって重要なものと聞く。
 やはり、彼女たちは騎士の家の娘ということなのだろう。
 自分には、よく分からない感覚だが。

(う~ん、ボクって、やっぱり庶民なんだな)

 のほほんと、そんなことを考えながら、コウタの『狩り』は続く。
 その後、さらに二班、コウタは撃退した。
 また一人、女生徒に名前を聞かれたが。

(これで二十六)

 コウタは走る。
 出来れば、『彼女』と遭遇する前に三十は撃破しておきたいのだが。

(そうもいかないかな)

 コウタは、黒い双眸を細めた。
 ピリピリと、肌がひりついてくるのを感じる。
 どうしてだろうか。『彼女』の存在を強く感じ取れる。

(そろそろか)

 森の中をさらに加速する。と、その時だった。
 ――ズズウゥンッッ!
 突如、森の中に轟音が響いた。
 コウタは足を止める。微かに地面から振動を感じた。

(……うわあ)

 コウタは、少し顔を強張らせた。
 そして顔を上げて、苦笑と共に呟いた。

「……メル。本当に始めたんだ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

【全話挿絵】発情✕転生 〜何あれ……誘ってるのかしら?〜【毎日更新】

墨笑
ファンタジー
『エロ×ギャグ×バトル+雑学』をテーマにした異世界ファンタジー小説です。 主人公はごく普通(?)の『むっつりすけべ』な女の子。 異世界転生に伴って召喚士としての才能を強化されたまでは良かったのですが、なぜか発情体質まで付与されていて……? 召喚士として様々な依頼をこなしながら、無駄にドキドキムラムラハァハァしてしまう日々を描きます。 明るく、楽しく読んでいただけることを目指して書きました。

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

妻がエロくて死にそうです

菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。 美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。 こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。 それは…… 限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第二章シャーカ王国編

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

幼馴染の彼女と妹が寝取られて、死刑になる話

島風
ファンタジー
幼馴染が俺を裏切った。そして、妹も......固い絆で結ばれていた筈の俺はほんの僅かの間に邪魔な存在になったらしい。だから、奴隷として売られた。幸い、命があったが、彼女達と俺では身分が違うらしい。 俺は二人を忘れて生きる事にした。そして細々と新しい生活を始める。だが、二人を寝とった勇者エリアスと裏切り者の幼馴染と妹は俺の前に再び現れた。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

処理中です...