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第11部
第五章 焔魔堂➄
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(今回は、本当に焦ったな)
近くには噴水。
森に覆われた夜の中央公園にて。
街灯の一つに照らされた長椅子に座って、コウタは本当にホッとしていた。
隣には、どうにか大事になる前に連れ出せたアヤメが座っている。
コウタがアヤメを見つけたのは、ただの偶然だ。
本来ならば、コウタがこの時間に街に出ていることは少ない。しかし、今日、この時間に通りがかったのは、放課後にクラスで特殊なイベントがあったからだ。
『やめろおォッ! 離せええええェ!』
今もなお耳に残る必死の声。
――緊急査問委員会。
査問にかけられたのは、ジェイクである。
査問委員たちは、クラスの男子たち。
男子であるということで、コウタも強制参加させられた。
査問の内容は、大観衆の前でおけるお姫さま抱っこの件についてだった。
深窓のお嬢さまに憧れる男子たち。
そんな彼らの前で、アノースログ学園側のご令嬢たちの中でも、第二位とも目されている美貌の持ち主であるフラン=ソルバ嬢をお姫さま抱っこしたのだ。
アノースログ学園の女生徒たちが、想像以上の美少女ばかりで、半ば紳士協定が結ばれようとしていた矢先の暴挙である。
男子たちの嫉妬と怒りは、コウタでさえもたじろぐモノだった。
『オレッちは無罪だ!』
拘束されたジェイクは、必死にそう叫んでいた。
『黙れ! このタラシが!』『殺せ! 殺せ! 殺せ!』『斬首でござる!』
次々と挙がる声。大半は死罪だった。
『ま、待ってよ! みんな!』
親友を懸命に弁護するコウタ。
しかし、男子たちの憤怒と嫉妬は、一向に収まらない。
結局、一時間以上かけて議論し、ジェイクは、好きな女性がいると自白させられ、その上で、フラン=ソルバ嬢はもちろんのこと、美少女ランキング十位までの女生徒に近づかないと誓約することで、どうにか執行猶予がついた。
その頃には、ジェイクもコウタもぐったりとしていた。
ジェイクとは途中で別れて、ふらふらと帰途についたコウタ。
すると、そこで偶然、アヤメの姿を見つけたのだ。
(あ、シキモリさんだ)
リーゼの試合以降、気になっていた少女。
あの謎の力は何だったのか。
彼女とは一度、ゆっくりと話をしてみたいと考えていた。
とは言え、今は疲れ切っている。
折角の機会だが、話すのは明日以降にしよう。
そう思っていた矢先だった。
いきなり、アヤメが心ここにあらずといった顔つきで路地を曲がったのである。
あの先には、娼館などが多く並ぶ歓楽街があった。
(――ええッ!?)
これには、ギョッとする。
きっと、アヤメは、あの先が歓楽街であるとは知らない。
コウタは一瞬だけ立ち入ることに悩みつつも、すぐに彼女の後を追った。
そうして案の定の状況に遭遇し、肝を冷やしたのである。
(何事もなくて、本当に良かった)
ちらりと、アヤメの横顔に目をやった。
街灯と、月と星の光で照らされた横顔。
白い肌に、桜色の唇。黒髪には艶があり、絹糸のようにさらりとしていた。黒曜石のような眼差しは、どこか憂いを憶えているようだ。
――近くで見るほどに、本当に綺麗な女の子だった。
(だけど、この子って……)
コウタは双眸を細める。
何故だろうか。
全く似ていないはずなのに、彼女を見ていると、『あの子』を思い出した。
奇しくも、この公園で一緒に大道芸を見た少女。
物静かなアヤメに、天真爛漫な『あの子』の姿が重なって見えた。
(……やっぱり、そういうことなのか……)
何の確証もないが、直感がそう告げている。
恐らく、この少女も……。
と、その時、
(………あ)
不意に、アヤメがこちらを振り向いた。
気せずに視線が重なる。
沈黙が降りた。
それは、十秒、数十秒と続いて――。
「……ヒラサカさん」
おもむろに、アヤメが口を開いた。
髪で片目を覆う彼女は、静かな眼差しでコウタを見据えていた。
誰もいない夜の公園。二人きり。まるで告白されるかのような雰囲気だが、コウタはそんなことは考えていなかった。むしろ、内心では少し警戒している。
「……助けてくれて、ありがとう、なのです」
そんな中、アヤメは、改めて頭を下げた。
コウタは「気にしなくていいよ。知らなかったんだろうし」と答えてから、
「それより、シキモリさん」
「……何、です?」
アヤメもまた、少し警戒するように呟いた。
コウタは、かなり躊躇いつつも、あえて踏み込んでみることにした。
「君はもしかして、アルフのところの私設兵団……『黒犬兵団』の子なのかな?」
「………え」
アヤメは、目を瞬かせた。
コウタは言葉を選びつつ、話を続ける。
「その、コースウッドさんは、アルフの幼馴染で親戚でもあるって聞いたから。だから君はコースウッドさんの護衛の子なのかな……って」
これは、完全にコウタの推測だった。
なにせ、アヤメに関しては一切の情報がない。そのため、彼女の交友関係と、手持ちの情報で一番有り得そうな推測を立てたのだ。
たとえ外れであっても、少しは彼女を揺さぶれるかも知れないと考えてだ。
当のアヤメにしてみれば、青天の霹靂ではあるが。
だが、次の台詞に、思わず表情を強張らせた。
「シキモリさん。リーゼとコースウッドさんの試合の時、何か特別な力を使ったよね?」
「―――えっ」
目を見開いた。
どうしてそれを……。
困惑していると、彼はさらに信じがたいことを告げてくる。
「あの紫色の光。あれって、君が何かした瞬間から光ったように見えたんだ」
「ッ!? ッッ!?」
その指摘には、もはや声もない。
一族に伝わる《焔魔ノ法》は特殊な秘術だ。
異界の力をこの世界に流し込む術。それを感知できるのは一族の者だけ。
ましてや視ることまで出来るのは、アヤメだけのはずだった。
だというのに、この少年は――。
「力の理屈はよく分からないけど、あれはコースウッドさんを勝たせるためにしたように思えた。だから、君は彼女の護衛で、特殊性から『黒犬』なのかなって思って」
実のところ、コウタの推測は完全に的外れだった。
護衛どころか、むしろ、アヤメはアンジェリカの敵とも言える。
けれど、アヤメは、コウタの言葉を否定しなかった。
率直に言えば、それどころではなかったのだ。
今度こそ、はっきりと確信する。
やはり、この人は――。
「……? シキモリさん?」
無言になったアヤメに、コウタが眉をひそめた。
対し、アヤメは静かに立ち上がった。
「……私はハウルの『黒犬』ではない、のです。ですが」
アヤメは告げる。
「それと似たようなモノです。もっと歪な……」
「シキモリさん……」
コウタが、顔を上げて少女を見つめた。
「今日、助けてくれたことは感謝するのです。けど、私の正体を、あなたに教える義理はないのです。けど……」
そこで、アヤメは真っ直ぐコウタの眼差しを見据えた。
「どうしても私のことを知りたいのならば、力を示すのです」
「え?」
コウタが目を瞬かせると、アヤメは、髪の中から針のようなモノを取り出した。
それは、みるみる内に、巨大な金棒へと変化した。
彼女の身長よりも大きい凶悪なる鈍器だ。
「えええッ!?」
流石にギョッとした。
アヤメはコウタの前で、軽々と巨大な金棒を操る。
そうしてその先端を突き立てるように、ズンッと地面を打ち付けた。
その勢いに浮いた訳ではないが、コウタは、長椅子から跳ね上がった。
「な、なにそれ!? いま何したの!?」
「力こそが、すべてなのです。パワーなのです」
しかし、アヤメは一切聞いていない。
ただ、自分の言いたいことだけを告げる。
「明日のフラッグ・ゲーム。私と戦うのです」
「……へ?」
直立する金棒と彼女の顔を何度も見やり、コウタは間抜けな声を上げた。
まだ状況に、頭がついていけてないのだ。
「私は……」
ギリ、と歯を軋ませる。
「認めないのです。こんな運命なんて……」
アヤメは、目尻に涙を溜めて、コウタを睨みつけた。
「――決めたのです。あの腐れ義兄さまもぶちのめすのです! アンジュもフランも見捨てない! 私は、私の運命を自分で掴み取るのです!」
「いや!? さっきから何言ってるの!? それに、その金棒ってどうなってるの!?」
コウタは、思わずツッコんだ。
けれど、アヤメは、ツッコミ返しはしてくれない。
黒い金棒を、ズオォと、コウタの顔の前へと突きつけて、
「まずは私の運命から打ち砕くのです! あなたをぶちのめすのです! その後に、娘ぐらいの歳の弟子に手を出したゲス師匠も! 私は容赦しないのです!」
「話が全然見えないんだけど!?」
コウタとしては、全く話についていけない。
「それを知りたければ、明日、私に勝つことなのです」
アヤメはそう言って、背を向けた。
どういう理屈なのか、金棒が再び針のサイズになる。
そして彼女は走り出した。
驚きすぎて、もはや茫然自失となったコウタを置き去りにして。
(そう。私は認めないのです……)
アヤメは歯を、ギリと軋ませた。
(私は、運命なんて絶対に認めないのです!)
トクントクントクン、と。
いつも以上に跳ねる鼓動には、気付かないふりをして。
夜の街を、アヤメは走るのであった――。
ただ、その光景を見ている者がいた。
アヤメはもちろん、コウタにさえも気づかれないまま。
影のように、森の中に忍んでいた者がいたのだ。
それは、黒装束の男だった。
(……なんということだ)
男は、双眸を細める。
静かな眼差しで、呆然と立ち尽くすコウタを見据えていた。
そうしてややあって、その虚ろな眼差しに、微かな歓喜が宿り出す。
(……おおお)
身を震わせた。
(なんという栄誉なのか。陰の一人に過ぎぬ我ごときが、よもや、このような奇跡の場に立ち会えることになろうとは)
アヤメと少年の会話は、すべて聞き取った。
間違いない。
あの少年……否、あの御方こそが――。
(この吉報。一刻も早くムラサメさまにご報告せねば……)
そうして、その男も、この場から消えた。
近くには噴水。
森に覆われた夜の中央公園にて。
街灯の一つに照らされた長椅子に座って、コウタは本当にホッとしていた。
隣には、どうにか大事になる前に連れ出せたアヤメが座っている。
コウタがアヤメを見つけたのは、ただの偶然だ。
本来ならば、コウタがこの時間に街に出ていることは少ない。しかし、今日、この時間に通りがかったのは、放課後にクラスで特殊なイベントがあったからだ。
『やめろおォッ! 離せええええェ!』
今もなお耳に残る必死の声。
――緊急査問委員会。
査問にかけられたのは、ジェイクである。
査問委員たちは、クラスの男子たち。
男子であるということで、コウタも強制参加させられた。
査問の内容は、大観衆の前でおけるお姫さま抱っこの件についてだった。
深窓のお嬢さまに憧れる男子たち。
そんな彼らの前で、アノースログ学園側のご令嬢たちの中でも、第二位とも目されている美貌の持ち主であるフラン=ソルバ嬢をお姫さま抱っこしたのだ。
アノースログ学園の女生徒たちが、想像以上の美少女ばかりで、半ば紳士協定が結ばれようとしていた矢先の暴挙である。
男子たちの嫉妬と怒りは、コウタでさえもたじろぐモノだった。
『オレッちは無罪だ!』
拘束されたジェイクは、必死にそう叫んでいた。
『黙れ! このタラシが!』『殺せ! 殺せ! 殺せ!』『斬首でござる!』
次々と挙がる声。大半は死罪だった。
『ま、待ってよ! みんな!』
親友を懸命に弁護するコウタ。
しかし、男子たちの憤怒と嫉妬は、一向に収まらない。
結局、一時間以上かけて議論し、ジェイクは、好きな女性がいると自白させられ、その上で、フラン=ソルバ嬢はもちろんのこと、美少女ランキング十位までの女生徒に近づかないと誓約することで、どうにか執行猶予がついた。
その頃には、ジェイクもコウタもぐったりとしていた。
ジェイクとは途中で別れて、ふらふらと帰途についたコウタ。
すると、そこで偶然、アヤメの姿を見つけたのだ。
(あ、シキモリさんだ)
リーゼの試合以降、気になっていた少女。
あの謎の力は何だったのか。
彼女とは一度、ゆっくりと話をしてみたいと考えていた。
とは言え、今は疲れ切っている。
折角の機会だが、話すのは明日以降にしよう。
そう思っていた矢先だった。
いきなり、アヤメが心ここにあらずといった顔つきで路地を曲がったのである。
あの先には、娼館などが多く並ぶ歓楽街があった。
(――ええッ!?)
これには、ギョッとする。
きっと、アヤメは、あの先が歓楽街であるとは知らない。
コウタは一瞬だけ立ち入ることに悩みつつも、すぐに彼女の後を追った。
そうして案の定の状況に遭遇し、肝を冷やしたのである。
(何事もなくて、本当に良かった)
ちらりと、アヤメの横顔に目をやった。
街灯と、月と星の光で照らされた横顔。
白い肌に、桜色の唇。黒髪には艶があり、絹糸のようにさらりとしていた。黒曜石のような眼差しは、どこか憂いを憶えているようだ。
――近くで見るほどに、本当に綺麗な女の子だった。
(だけど、この子って……)
コウタは双眸を細める。
何故だろうか。
全く似ていないはずなのに、彼女を見ていると、『あの子』を思い出した。
奇しくも、この公園で一緒に大道芸を見た少女。
物静かなアヤメに、天真爛漫な『あの子』の姿が重なって見えた。
(……やっぱり、そういうことなのか……)
何の確証もないが、直感がそう告げている。
恐らく、この少女も……。
と、その時、
(………あ)
不意に、アヤメがこちらを振り向いた。
気せずに視線が重なる。
沈黙が降りた。
それは、十秒、数十秒と続いて――。
「……ヒラサカさん」
おもむろに、アヤメが口を開いた。
髪で片目を覆う彼女は、静かな眼差しでコウタを見据えていた。
誰もいない夜の公園。二人きり。まるで告白されるかのような雰囲気だが、コウタはそんなことは考えていなかった。むしろ、内心では少し警戒している。
「……助けてくれて、ありがとう、なのです」
そんな中、アヤメは、改めて頭を下げた。
コウタは「気にしなくていいよ。知らなかったんだろうし」と答えてから、
「それより、シキモリさん」
「……何、です?」
アヤメもまた、少し警戒するように呟いた。
コウタは、かなり躊躇いつつも、あえて踏み込んでみることにした。
「君はもしかして、アルフのところの私設兵団……『黒犬兵団』の子なのかな?」
「………え」
アヤメは、目を瞬かせた。
コウタは言葉を選びつつ、話を続ける。
「その、コースウッドさんは、アルフの幼馴染で親戚でもあるって聞いたから。だから君はコースウッドさんの護衛の子なのかな……って」
これは、完全にコウタの推測だった。
なにせ、アヤメに関しては一切の情報がない。そのため、彼女の交友関係と、手持ちの情報で一番有り得そうな推測を立てたのだ。
たとえ外れであっても、少しは彼女を揺さぶれるかも知れないと考えてだ。
当のアヤメにしてみれば、青天の霹靂ではあるが。
だが、次の台詞に、思わず表情を強張らせた。
「シキモリさん。リーゼとコースウッドさんの試合の時、何か特別な力を使ったよね?」
「―――えっ」
目を見開いた。
どうしてそれを……。
困惑していると、彼はさらに信じがたいことを告げてくる。
「あの紫色の光。あれって、君が何かした瞬間から光ったように見えたんだ」
「ッ!? ッッ!?」
その指摘には、もはや声もない。
一族に伝わる《焔魔ノ法》は特殊な秘術だ。
異界の力をこの世界に流し込む術。それを感知できるのは一族の者だけ。
ましてや視ることまで出来るのは、アヤメだけのはずだった。
だというのに、この少年は――。
「力の理屈はよく分からないけど、あれはコースウッドさんを勝たせるためにしたように思えた。だから、君は彼女の護衛で、特殊性から『黒犬』なのかなって思って」
実のところ、コウタの推測は完全に的外れだった。
護衛どころか、むしろ、アヤメはアンジェリカの敵とも言える。
けれど、アヤメは、コウタの言葉を否定しなかった。
率直に言えば、それどころではなかったのだ。
今度こそ、はっきりと確信する。
やはり、この人は――。
「……? シキモリさん?」
無言になったアヤメに、コウタが眉をひそめた。
対し、アヤメは静かに立ち上がった。
「……私はハウルの『黒犬』ではない、のです。ですが」
アヤメは告げる。
「それと似たようなモノです。もっと歪な……」
「シキモリさん……」
コウタが、顔を上げて少女を見つめた。
「今日、助けてくれたことは感謝するのです。けど、私の正体を、あなたに教える義理はないのです。けど……」
そこで、アヤメは真っ直ぐコウタの眼差しを見据えた。
「どうしても私のことを知りたいのならば、力を示すのです」
「え?」
コウタが目を瞬かせると、アヤメは、髪の中から針のようなモノを取り出した。
それは、みるみる内に、巨大な金棒へと変化した。
彼女の身長よりも大きい凶悪なる鈍器だ。
「えええッ!?」
流石にギョッとした。
アヤメはコウタの前で、軽々と巨大な金棒を操る。
そうしてその先端を突き立てるように、ズンッと地面を打ち付けた。
その勢いに浮いた訳ではないが、コウタは、長椅子から跳ね上がった。
「な、なにそれ!? いま何したの!?」
「力こそが、すべてなのです。パワーなのです」
しかし、アヤメは一切聞いていない。
ただ、自分の言いたいことだけを告げる。
「明日のフラッグ・ゲーム。私と戦うのです」
「……へ?」
直立する金棒と彼女の顔を何度も見やり、コウタは間抜けな声を上げた。
まだ状況に、頭がついていけてないのだ。
「私は……」
ギリ、と歯を軋ませる。
「認めないのです。こんな運命なんて……」
アヤメは、目尻に涙を溜めて、コウタを睨みつけた。
「――決めたのです。あの腐れ義兄さまもぶちのめすのです! アンジュもフランも見捨てない! 私は、私の運命を自分で掴み取るのです!」
「いや!? さっきから何言ってるの!? それに、その金棒ってどうなってるの!?」
コウタは、思わずツッコんだ。
けれど、アヤメは、ツッコミ返しはしてくれない。
黒い金棒を、ズオォと、コウタの顔の前へと突きつけて、
「まずは私の運命から打ち砕くのです! あなたをぶちのめすのです! その後に、娘ぐらいの歳の弟子に手を出したゲス師匠も! 私は容赦しないのです!」
「話が全然見えないんだけど!?」
コウタとしては、全く話についていけない。
「それを知りたければ、明日、私に勝つことなのです」
アヤメはそう言って、背を向けた。
どういう理屈なのか、金棒が再び針のサイズになる。
そして彼女は走り出した。
驚きすぎて、もはや茫然自失となったコウタを置き去りにして。
(そう。私は認めないのです……)
アヤメは歯を、ギリと軋ませた。
(私は、運命なんて絶対に認めないのです!)
トクントクントクン、と。
いつも以上に跳ねる鼓動には、気付かないふりをして。
夜の街を、アヤメは走るのであった――。
ただ、その光景を見ている者がいた。
アヤメはもちろん、コウタにさえも気づかれないまま。
影のように、森の中に忍んでいた者がいたのだ。
それは、黒装束の男だった。
(……なんということだ)
男は、双眸を細める。
静かな眼差しで、呆然と立ち尽くすコウタを見据えていた。
そうしてややあって、その虚ろな眼差しに、微かな歓喜が宿り出す。
(……おおお)
身を震わせた。
(なんという栄誉なのか。陰の一人に過ぎぬ我ごときが、よもや、このような奇跡の場に立ち会えることになろうとは)
アヤメと少年の会話は、すべて聞き取った。
間違いない。
あの少年……否、あの御方こそが――。
(この吉報。一刻も早くムラサメさまにご報告せねば……)
そうして、その男も、この場から消えた。
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