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第11部
第四章 炎と風の姫➄
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「……ジェイク」
それは、数分前のことだった。
おもむろに、コウタが神妙な声で親友の名を呼んだのだ。
「ん? どうした? コウタ?」
リーゼたちの戦いを観戦していたジェイクが、コウタの方に視線を向けた。
そして顔つきを変える。
「……どうした?」
声色も変えて、再び親友に問う。
コウタが、まるで戦場に立つような真剣な顔をしていたからだ。
「あれ、見える?」
コウタは、リーゼの方を指差した。
正確には、彼女の足元の地面辺りだ。
「……ん?」
ジェイクは眉根を寄せた。
コウタが指差す先。そこには何もないように見える。
「いや? 何もねえが?」
「……そう」
そう呟き、今度はコウタが眉根を寄せた。
「……コウタ?」
ジェイクが、再び親友に声を掛けた。
コウタは両腕を組み、「う~ん」と唸った。
「そこまで危険ではないと思うけど、どうも嫌な予感がするんだ」
一手、視線をアノースログ学園の生徒たちの方へと向けた。
そこにいる黒髪の少女を見やる。
ジェイクは、コウタの視線の先を追った。
「向こうの生徒会長さんと一緒にいた子だな。あの子になんかあんのか?」
「……確証は持てないんだけど……」
コウタは、ジェイクの方に視線を向けた。
「ちょっと怪しい。ジェイク。少し探りを入れてきて欲しんだけど……」
「探りか?」ジェイクは首を傾げた。「別に構わねえが、コウタは行かねえのか?」
ジェイクの問いかけに、コウタは「うん」と頷いた。
「ちょっと、リーゼが心配なんだ」
コウタは、アンジェリカと激しい攻防を繰り広げるリーゼに目をやった。
コウタの目で見ても、互角の戦いだ。
だが、
「あと十二手」
ポツリと呟く。
「多分、あと十二手で、リーゼはあの場所に足を踏み入れてしまう。多分、感じからして大変なことは起きないような気もするけど……」
コウタは双眸を細めた。
「万が一もあるしね。ボクはリーゼの方に集中したい」
「……そっか」
意味まではよく分からなかったが、コウタがリーゼを心配していることだけ分かった。
コウタの危機察知能力は群を抜いている。動く理由としては充分だった。
「分かった。ちょいとあの嬢ちゃん……いや、もう一人いたな。あの嬢ちゃんたちに声を掛けてみるよ。けどよ、オレッち一人だと少し不自然だな」
一手、ジェイクは近くの級友たちに声を掛けた。
アノースログ学園の生徒たちと親睦を深めようぜという声掛けだ。
クラスメートのシルバやフドウが、「おお!」「任せるでござる!」と乗り気になった。
しかし、興奮気味の野郎だけではなんなので、他にも女生徒たちが数人付いてきてくれることになった。
「じゃあ、行ってくるよ」
「うん。頼むよ」
コウタは、頼りになる親友を送り出した。
これで、自分はリーゼと……彼女のことだけに集中できる。
(…………)
コウタは、リーゼの戦闘に気を向けながら、黒髪の少女の方を見やった。
(確か、名前はシキモリさんか)
双眸を、微かに細める。
自分と同じ黒髪の少女。悪い子ではないと思う。
ただ、不思議な感じもした。気配が凄く独特なのだ。
それに――。
(あの光る地面。あの子が何かした途端、起こった)
地面の一ヵ所だけ、紫色に光る現象。
見たこともない不思議な現象だというのに、誰も……あの慎重なリーゼでさえ、気づいている様子はない。
あの光が視えているのは、自分だけなのかもしれない。
(何なんだろう? 《黄道法》とかとは違う。《星神》の力とも違うような気がする)
――星霊を操る神秘の種族・《星神》。
その一人であるアイリに、その能力を見せてもらったことがある。
『……コウタにだけだよ』
そう告げて、普段は見せたくないはずの力を、アイリは見せてくれた。
試しに、無から金のスプーンを創り出したことにも驚いたが、銀色に輝くアイリの髪がとても神秘的で、美しかったことを強く憶えている。
(似ているような気もするけど、やはり違う)
コウタは、黒髪の少女を見据えた。
すると、彼女もコウタの視線に気付いたようだ。
こちらを、驚いたような顔――実際はほとんど無表情に近かったのだが、コウタには何故か彼女の感情が動いたことが分かった――で凝視している。
(やはり彼女が、あれを仕掛けたのか?)
確証はないが、確信を得る。
コウタが真っ直ぐ彼女を見つめていると、ジェイクたちが向こうに到着したようだ。
親し気な様子で、黒髪の少女と、隣にいた水色の長い髪の少女の肩を掴んでいる。
(流石はジェイクだ)
これで、少なくとも彼女たちの動きは抑えられた。
コウタは、意識をリーゼにだけ向ける。
リーゼたちの攻防は、すでに十手目まで進んでいた。
アンジェリカの打ち込みを、リーゼが木剣で受け止める。
(……あと一手)
コウタは双眸を鋭くした。
そして、リーゼが強く地面を踏み込み、刺突を繰り出そうとする――が、
「―――え」
リーゼの呟きが、ここまで聞こえてきたような気がした。
彼女の渾身の刺突が、不自然な形で止まったのだ。
まるで片足を誰かに掴まれたかのようだ。
(……そういう力か)
それを見極めて、コウタは一歩踏み出した。
◆
(………え?)
アンジェリカは目を剥いた。
突然のリーゼの硬直に一番驚いたのは、実は彼女であった。
まるで刺突の嵐。
あれほど洗練されていたリーゼの攻撃が、突然、不自然な形で中断されたのだ。
それも、恐らくは渾身の刺突が、だ。
混乱する。
混乱するのだが、アンジェリカの体は勝手に動いていた。
リーゼの木剣を弾き、剣を振り上げたのだ。
(――マズい!)
アンジェリカは焦る。
リーゼに何か異変が起きたことは分かる。
常ならば、アンジェリカも即座に戦闘を中断する。
しかし、リーゼは強すぎた。
実力が拮抗しすぎてしまったのである。この絶好の勝機に、騎士として鍛え上げられたアンジェリカの体は、反射的に動いてしまったのだ。
(と、止めないと!)
撃ち出してしまった木剣を止めようとするが、一流の騎士ほど、思考よりも体の方が早く動いてしまうものだ。
木剣は、リーゼの頭部へと、振り下ろされようとしていた。
(――ダ、ダメ!)
リーゼの回避は間に合わない。
その時だった。
――ガンッ!
「……………え」
アンジェリカは目を剥いた。
彼女の木剣が、短剣の鞘で受け止められたからだ。
彼女の前には、温和な顔つきの少年がいた。
一体、いつ割り込んだのか――。
「ここまでですね。コースウッド生徒会長」
その少年は、言う。
「あ、あなたは?」
「ヒラサカです。リーゼの補佐の……」
そう名乗って、少年は視線をリーゼの方へと向けた。
「大丈夫。リーゼ」
「は、はい」
リーゼは頷いた。それから彼女は自分の右足を見やる。
恐る恐る足を地面から離して……。
「……これは?」
眉をひそめた。
地面に足が張り付くような異常は見られない。
コウタは、双眸を細めた。
「……やっぱり何かあったんだね」
「え? コウタさま?」
リーゼが目を瞬かせると、
「おい! 邪魔すんなよ!」「折角のチャンスだったのに!」「助っ人なんて卑怯だぞ!」
アノースログ学園の生徒たちが、次々と罵声を浴びさせた。彼らにしてみれば、自分たちの生徒会長の勝利の邪魔をされたのだ。不満が出てくるのも当然だろう。
「ふざけんなエリーズ!」「負けそうになったら中断か!」
罵声は、かなり強い敵意も宿していた。
一方、不快なのはエリーズ国側も同様だ。特にリーゼを信奉する《煌めく心の団》の面々はリーゼを侮辱されたようで青筋を浮かべている。
事実、罵声の中には、リーゼを侮辱するような声があった。
「――この卑怯モンのちっぱいが!」
――ブチンッ!
一斉に何かが切れる音がした。
「――うっせえッ!」
エリーズ国の生徒の一人が叫ぶ!
「そんなにデカいのがいいのか! そんな脂肪の塊がよ!」
言って、アンジェリカを指差した。
ビクッと体と胸を震わせて、アンジェリカは顔を強張らせた。
思わず、自分の胸を両腕で隠してしまう。
「ふざけんじゃねえ!」「アンジェリカ会長の美の極致たるおっぱいに何を言うんだ!」
アノースログ学園の生徒たちもブチ切れた。
「この悪しきちっぱい派が!」「何事も適度が良いんだよ! そんなことも分かんねえかクズどもが!」「大は小を兼ねるって知らねえのか!」
生徒たち――特に、男子生徒たちが一歩前に踏み出した。
両校の女生徒たちは、ゲスを見る眼差しを男子たちに向けている。一方、まさしく渦中にいるアンジェリカとリーゼは、互いに胸を両腕で隠して真っ赤になっていた。
思わずコウタは頬を強張らせて、この場を管理している教師たちも「お、おい! 待てお前ら!」「やめるんだ! これは交流会だぞ!」「コースウッドのおっぱいは至宝」「否。レイハートのちっぱいこそが……」「落ち着け、お前たち! つうか、いま変な呟きがなかったか?」と、生徒たちを落ち着かせようとしていた。
「そもそもだ!」
そんな中、一人の生徒の声が騒動を断ち切った。
「レイハートと互角程度で何を喜んでやがる! レイハートは次席だぞ!」
「………え?」
その台詞に驚いたのは、アンジェリカだった。
アノースログ学園の生徒たちも一瞬、言葉を失った。
凪のようなその時に、アンジェリカはリーゼに問う。
「……あなた、その実力で次席なの?」
少々信じられない思いで尋ねると、リーゼは「ええ」と頷いた。
「わたくしは第二学年の次席です。この学校の主席は……」
言って、誇らしげに、コウタを紹介しようとした時だった。
「な、なんだありゃあ!」
アノースログ学園の男子生徒の一人が声を張り上げた。
彼は一つの方向を指差していた。
全員がそっちに注目する。と、そこには――。
「………え?」
アンジェリカが目を丸くする。
フランと、アヤメも驚いた顔をしていた。
なにせ、そこに居たのは、鋼の鎧を着込んだ人物だったからだ。
それもニセージルを超える紫銀色の巨人だ。
何故かヘルムに、ネコミミらしき突起物を備えた巨人は、いきなり注目を浴びて、ビクッとしたようだ。
『よ、予想以上に人が多いです……』
ポツリと呟く。
その声に、アンジェリカを筆頭に、アノースログ学園の生徒たちは愕然とした。
「「「お、女の子ッ!?」」」
そのツッコミに巨人の少女は、再びビクッとしたが、
『あっ、コウタ』
騒動の中心にコウタを見つけて、巨人の中にいる少女――メルティアはホッとした笑みを見えた。どれだけ人がいても、そこに彼がいるのなら大丈夫なのだ。
人混みを避けるのと、コウタの傍に行くのとでは、当然ながら後者を選ぶ。
『すみません。少しどいてください』
言って、近くにいた二人の男子生徒の頭を両手で掴んだ。
「ぎゃあ!?」「ひいイィ!?」
両足を宙に浮かされた生徒たちが悲鳴を上げる。メルティアは彼らを脇にどけた。
『どいてください』
再び、メルティアがそうお願いすると、人垣は、ザザザっと一気に割れた。
メルティアは道を開けてくれた同級生たちに『ありがとうございます』と言って、グラウンドを、ズシンズシンと進んでいく。
アンジェリカも含めて、アノースログ学園の生徒たちは唖然とするばかりだ。
そうこうしている内に、メルティアはコウタの元に辿り着いた。
頑張って一人でここまでやって来たのだ。
メルティアとしては、コウタに褒めて欲しかったのだが……。
「あ、あなたが主席なのね!」
唐突に、そんな声を掛けられた。
アンジェリカの声だ。
……まあ、アンジェリカがそう叫んでも仕方がないだろう。
なにせ、明らかに格の違う威圧感だ。
しかし、メルティアにとっては『……はい?』と首を傾げる内容だった。
アンジェリカは「むむむ」と唸った。
「確かに凄い迫力だわ。まさかリーゼ以外にもこんな子がいるなんて……」
「え、えっと、アンジュ……」
流石に誤解がある。リーゼがフォローを入れようとした時だ。
「――今日はここまでだ!」
教師の一人が叫んだ。
「エリーズ国側は教室に! アノースログ側はホテルに戻れ!」
そう指示した。
生徒たちは互いに顔を見合わせていたが、教師に誘導されてぞろぞろと動き始めた。
アンジェリカは、その様子を一瞥して、
「今日はここまでね」
アンジェリカは、リーゼに視線を向けた。
「リーゼ。良い試合だったわ。明日また会いましょう」
と告げて、次にメルティアの方に目をやった。
「あなたともその時、話をしたいわね」
『え? わ、私とですか?』
メルティアが困惑する。が、アンジェリカは構わない。
「ええ。ゆっくり話してみたいわね。それと……」
アンジェリカは、最後にコウタを見やり、微笑んだ。
「ヒラサカ君だったわね。止めてくれてありがとう」
「……いえ」
コウタも微笑んだ。
「どうやらハプニングがあったようですし」
「ええ。そうね。リーゼとは再試合をしたいところね」
「……ええ。そうですわね」
リーゼも頷く。アンジェリカは「ありがとう」と呟くと、その場でスカートをたくし上げて優雅に一礼した。
「では。ごきげんよう」
そう告げて、彼女はアノースログ学園一向に合流した。
彼女の傍には、水色の髪の少女と、もう一人。
「………………」
黒髪の少女の姿があった。
彼女は一瞬だけコウタと視線を合わせたが、すぐに人の流れに紛れ込んでいった。
コウタは静かに、その様子を窺っていた。
――と、
「よう。コウタ」
ポンと肩を叩かれる。ジェイクだ。
「どうだ? あれで良かったのか?」
「うん。ありがとう。ジェイク」
親友の問いかけに、コウタは頷く。ジェイクは双眸を細めた。
「そんで、何か分かったか?」
「……うん。少しはね」
コウタは、もう一度だけ人の流れに目をやった。
その中に消えてしまった黒髪の少女の姿を幻視する。
そして――。
「……うん。そうだね」
思わず、コウタは苦笑を浮かべた。
「どうやら、今回のイベントも一筋縄じゃいかないみたいだ」
それは、数分前のことだった。
おもむろに、コウタが神妙な声で親友の名を呼んだのだ。
「ん? どうした? コウタ?」
リーゼたちの戦いを観戦していたジェイクが、コウタの方に視線を向けた。
そして顔つきを変える。
「……どうした?」
声色も変えて、再び親友に問う。
コウタが、まるで戦場に立つような真剣な顔をしていたからだ。
「あれ、見える?」
コウタは、リーゼの方を指差した。
正確には、彼女の足元の地面辺りだ。
「……ん?」
ジェイクは眉根を寄せた。
コウタが指差す先。そこには何もないように見える。
「いや? 何もねえが?」
「……そう」
そう呟き、今度はコウタが眉根を寄せた。
「……コウタ?」
ジェイクが、再び親友に声を掛けた。
コウタは両腕を組み、「う~ん」と唸った。
「そこまで危険ではないと思うけど、どうも嫌な予感がするんだ」
一手、視線をアノースログ学園の生徒たちの方へと向けた。
そこにいる黒髪の少女を見やる。
ジェイクは、コウタの視線の先を追った。
「向こうの生徒会長さんと一緒にいた子だな。あの子になんかあんのか?」
「……確証は持てないんだけど……」
コウタは、ジェイクの方に視線を向けた。
「ちょっと怪しい。ジェイク。少し探りを入れてきて欲しんだけど……」
「探りか?」ジェイクは首を傾げた。「別に構わねえが、コウタは行かねえのか?」
ジェイクの問いかけに、コウタは「うん」と頷いた。
「ちょっと、リーゼが心配なんだ」
コウタは、アンジェリカと激しい攻防を繰り広げるリーゼに目をやった。
コウタの目で見ても、互角の戦いだ。
だが、
「あと十二手」
ポツリと呟く。
「多分、あと十二手で、リーゼはあの場所に足を踏み入れてしまう。多分、感じからして大変なことは起きないような気もするけど……」
コウタは双眸を細めた。
「万が一もあるしね。ボクはリーゼの方に集中したい」
「……そっか」
意味まではよく分からなかったが、コウタがリーゼを心配していることだけ分かった。
コウタの危機察知能力は群を抜いている。動く理由としては充分だった。
「分かった。ちょいとあの嬢ちゃん……いや、もう一人いたな。あの嬢ちゃんたちに声を掛けてみるよ。けどよ、オレッち一人だと少し不自然だな」
一手、ジェイクは近くの級友たちに声を掛けた。
アノースログ学園の生徒たちと親睦を深めようぜという声掛けだ。
クラスメートのシルバやフドウが、「おお!」「任せるでござる!」と乗り気になった。
しかし、興奮気味の野郎だけではなんなので、他にも女生徒たちが数人付いてきてくれることになった。
「じゃあ、行ってくるよ」
「うん。頼むよ」
コウタは、頼りになる親友を送り出した。
これで、自分はリーゼと……彼女のことだけに集中できる。
(…………)
コウタは、リーゼの戦闘に気を向けながら、黒髪の少女の方を見やった。
(確か、名前はシキモリさんか)
双眸を、微かに細める。
自分と同じ黒髪の少女。悪い子ではないと思う。
ただ、不思議な感じもした。気配が凄く独特なのだ。
それに――。
(あの光る地面。あの子が何かした途端、起こった)
地面の一ヵ所だけ、紫色に光る現象。
見たこともない不思議な現象だというのに、誰も……あの慎重なリーゼでさえ、気づいている様子はない。
あの光が視えているのは、自分だけなのかもしれない。
(何なんだろう? 《黄道法》とかとは違う。《星神》の力とも違うような気がする)
――星霊を操る神秘の種族・《星神》。
その一人であるアイリに、その能力を見せてもらったことがある。
『……コウタにだけだよ』
そう告げて、普段は見せたくないはずの力を、アイリは見せてくれた。
試しに、無から金のスプーンを創り出したことにも驚いたが、銀色に輝くアイリの髪がとても神秘的で、美しかったことを強く憶えている。
(似ているような気もするけど、やはり違う)
コウタは、黒髪の少女を見据えた。
すると、彼女もコウタの視線に気付いたようだ。
こちらを、驚いたような顔――実際はほとんど無表情に近かったのだが、コウタには何故か彼女の感情が動いたことが分かった――で凝視している。
(やはり彼女が、あれを仕掛けたのか?)
確証はないが、確信を得る。
コウタが真っ直ぐ彼女を見つめていると、ジェイクたちが向こうに到着したようだ。
親し気な様子で、黒髪の少女と、隣にいた水色の長い髪の少女の肩を掴んでいる。
(流石はジェイクだ)
これで、少なくとも彼女たちの動きは抑えられた。
コウタは、意識をリーゼにだけ向ける。
リーゼたちの攻防は、すでに十手目まで進んでいた。
アンジェリカの打ち込みを、リーゼが木剣で受け止める。
(……あと一手)
コウタは双眸を鋭くした。
そして、リーゼが強く地面を踏み込み、刺突を繰り出そうとする――が、
「―――え」
リーゼの呟きが、ここまで聞こえてきたような気がした。
彼女の渾身の刺突が、不自然な形で止まったのだ。
まるで片足を誰かに掴まれたかのようだ。
(……そういう力か)
それを見極めて、コウタは一歩踏み出した。
◆
(………え?)
アンジェリカは目を剥いた。
突然のリーゼの硬直に一番驚いたのは、実は彼女であった。
まるで刺突の嵐。
あれほど洗練されていたリーゼの攻撃が、突然、不自然な形で中断されたのだ。
それも、恐らくは渾身の刺突が、だ。
混乱する。
混乱するのだが、アンジェリカの体は勝手に動いていた。
リーゼの木剣を弾き、剣を振り上げたのだ。
(――マズい!)
アンジェリカは焦る。
リーゼに何か異変が起きたことは分かる。
常ならば、アンジェリカも即座に戦闘を中断する。
しかし、リーゼは強すぎた。
実力が拮抗しすぎてしまったのである。この絶好の勝機に、騎士として鍛え上げられたアンジェリカの体は、反射的に動いてしまったのだ。
(と、止めないと!)
撃ち出してしまった木剣を止めようとするが、一流の騎士ほど、思考よりも体の方が早く動いてしまうものだ。
木剣は、リーゼの頭部へと、振り下ろされようとしていた。
(――ダ、ダメ!)
リーゼの回避は間に合わない。
その時だった。
――ガンッ!
「……………え」
アンジェリカは目を剥いた。
彼女の木剣が、短剣の鞘で受け止められたからだ。
彼女の前には、温和な顔つきの少年がいた。
一体、いつ割り込んだのか――。
「ここまでですね。コースウッド生徒会長」
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「あ、あなたは?」
「ヒラサカです。リーゼの補佐の……」
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「大丈夫。リーゼ」
「は、はい」
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「……これは?」
眉をひそめた。
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コウタは、双眸を細めた。
「……やっぱり何かあったんだね」
「え? コウタさま?」
リーゼが目を瞬かせると、
「おい! 邪魔すんなよ!」「折角のチャンスだったのに!」「助っ人なんて卑怯だぞ!」
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「――この卑怯モンのちっぱいが!」
――ブチンッ!
一斉に何かが切れる音がした。
「――うっせえッ!」
エリーズ国の生徒の一人が叫ぶ!
「そんなにデカいのがいいのか! そんな脂肪の塊がよ!」
言って、アンジェリカを指差した。
ビクッと体と胸を震わせて、アンジェリカは顔を強張らせた。
思わず、自分の胸を両腕で隠してしまう。
「ふざけんじゃねえ!」「アンジェリカ会長の美の極致たるおっぱいに何を言うんだ!」
アノースログ学園の生徒たちもブチ切れた。
「この悪しきちっぱい派が!」「何事も適度が良いんだよ! そんなことも分かんねえかクズどもが!」「大は小を兼ねるって知らねえのか!」
生徒たち――特に、男子生徒たちが一歩前に踏み出した。
両校の女生徒たちは、ゲスを見る眼差しを男子たちに向けている。一方、まさしく渦中にいるアンジェリカとリーゼは、互いに胸を両腕で隠して真っ赤になっていた。
思わずコウタは頬を強張らせて、この場を管理している教師たちも「お、おい! 待てお前ら!」「やめるんだ! これは交流会だぞ!」「コースウッドのおっぱいは至宝」「否。レイハートのちっぱいこそが……」「落ち着け、お前たち! つうか、いま変な呟きがなかったか?」と、生徒たちを落ち着かせようとしていた。
「そもそもだ!」
そんな中、一人の生徒の声が騒動を断ち切った。
「レイハートと互角程度で何を喜んでやがる! レイハートは次席だぞ!」
「………え?」
その台詞に驚いたのは、アンジェリカだった。
アノースログ学園の生徒たちも一瞬、言葉を失った。
凪のようなその時に、アンジェリカはリーゼに問う。
「……あなた、その実力で次席なの?」
少々信じられない思いで尋ねると、リーゼは「ええ」と頷いた。
「わたくしは第二学年の次席です。この学校の主席は……」
言って、誇らしげに、コウタを紹介しようとした時だった。
「な、なんだありゃあ!」
アノースログ学園の男子生徒の一人が声を張り上げた。
彼は一つの方向を指差していた。
全員がそっちに注目する。と、そこには――。
「………え?」
アンジェリカが目を丸くする。
フランと、アヤメも驚いた顔をしていた。
なにせ、そこに居たのは、鋼の鎧を着込んだ人物だったからだ。
それもニセージルを超える紫銀色の巨人だ。
何故かヘルムに、ネコミミらしき突起物を備えた巨人は、いきなり注目を浴びて、ビクッとしたようだ。
『よ、予想以上に人が多いです……』
ポツリと呟く。
その声に、アンジェリカを筆頭に、アノースログ学園の生徒たちは愕然とした。
「「「お、女の子ッ!?」」」
そのツッコミに巨人の少女は、再びビクッとしたが、
『あっ、コウタ』
騒動の中心にコウタを見つけて、巨人の中にいる少女――メルティアはホッとした笑みを見えた。どれだけ人がいても、そこに彼がいるのなら大丈夫なのだ。
人混みを避けるのと、コウタの傍に行くのとでは、当然ながら後者を選ぶ。
『すみません。少しどいてください』
言って、近くにいた二人の男子生徒の頭を両手で掴んだ。
「ぎゃあ!?」「ひいイィ!?」
両足を宙に浮かされた生徒たちが悲鳴を上げる。メルティアは彼らを脇にどけた。
『どいてください』
再び、メルティアがそうお願いすると、人垣は、ザザザっと一気に割れた。
メルティアは道を開けてくれた同級生たちに『ありがとうございます』と言って、グラウンドを、ズシンズシンと進んでいく。
アンジェリカも含めて、アノースログ学園の生徒たちは唖然とするばかりだ。
そうこうしている内に、メルティアはコウタの元に辿り着いた。
頑張って一人でここまでやって来たのだ。
メルティアとしては、コウタに褒めて欲しかったのだが……。
「あ、あなたが主席なのね!」
唐突に、そんな声を掛けられた。
アンジェリカの声だ。
……まあ、アンジェリカがそう叫んでも仕方がないだろう。
なにせ、明らかに格の違う威圧感だ。
しかし、メルティアにとっては『……はい?』と首を傾げる内容だった。
アンジェリカは「むむむ」と唸った。
「確かに凄い迫力だわ。まさかリーゼ以外にもこんな子がいるなんて……」
「え、えっと、アンジュ……」
流石に誤解がある。リーゼがフォローを入れようとした時だ。
「――今日はここまでだ!」
教師の一人が叫んだ。
「エリーズ国側は教室に! アノースログ側はホテルに戻れ!」
そう指示した。
生徒たちは互いに顔を見合わせていたが、教師に誘導されてぞろぞろと動き始めた。
アンジェリカは、その様子を一瞥して、
「今日はここまでね」
アンジェリカは、リーゼに視線を向けた。
「リーゼ。良い試合だったわ。明日また会いましょう」
と告げて、次にメルティアの方に目をやった。
「あなたともその時、話をしたいわね」
『え? わ、私とですか?』
メルティアが困惑する。が、アンジェリカは構わない。
「ええ。ゆっくり話してみたいわね。それと……」
アンジェリカは、最後にコウタを見やり、微笑んだ。
「ヒラサカ君だったわね。止めてくれてありがとう」
「……いえ」
コウタも微笑んだ。
「どうやらハプニングがあったようですし」
「ええ。そうね。リーゼとは再試合をしたいところね」
「……ええ。そうですわね」
リーゼも頷く。アンジェリカは「ありがとう」と呟くと、その場でスカートをたくし上げて優雅に一礼した。
「では。ごきげんよう」
そう告げて、彼女はアノースログ学園一向に合流した。
彼女の傍には、水色の髪の少女と、もう一人。
「………………」
黒髪の少女の姿があった。
彼女は一瞬だけコウタと視線を合わせたが、すぐに人の流れに紛れ込んでいった。
コウタは静かに、その様子を窺っていた。
――と、
「よう。コウタ」
ポンと肩を叩かれる。ジェイクだ。
「どうだ? あれで良かったのか?」
「うん。ありがとう。ジェイク」
親友の問いかけに、コウタは頷く。ジェイクは双眸を細めた。
「そんで、何か分かったか?」
「……うん。少しはね」
コウタは、もう一度だけ人の流れに目をやった。
その中に消えてしまった黒髪の少女の姿を幻視する。
そして――。
「……うん。そうだね」
思わず、コウタは苦笑を浮かべた。
「どうやら、今回のイベントも一筋縄じゃいかないみたいだ」
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余りモノ異世界人の自由生活~勇者じゃないので勝手にやらせてもらいます~
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相良真一(サガラシンイチ)は社畜ブラックの企業戦士だった。
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そんなまったり異世界生活がはじまる――かも?
ブックマーク30000件突破ありがとうございます!!
第13回ファンタジー小説大賞にて、特別賞を頂き書籍化しております。
♦お知らせ♦
余りモノ異世界人の自由生活、コミックス1~3巻が発売中!
漫画は村松麻由先生が担当してくださっています。
第四巻は11月18日に発送。店頭には2~3日後くらいには並ぶと思われます。
よかったらお手に取っていただければ幸いです。
書籍1~7巻発売中。イラストは万冬しま先生が担当してくださっています。
コミカライズの連載は毎月第二水曜に更新となります。
漫画は村松麻由先生が担当してくださいます。
※基本予約投稿が多いです。
たまに失敗してトチ狂ったことになっています。
原稿作業中は、不規則になったり更新が遅れる可能性があります。
現在原稿作業と、私生活のいろいろで感想にはお返事しておりません。
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