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第11部

第三章 歓迎②

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 ――くしゅん、と。
 その時、可愛らしいくしゃみが響いた。
 リーゼのくしゃみである。

「……リーゼ。風邪?」

 隣に立つコウタが、心配そうに声を掛けた。

「いいえ。違いますわ」

 リーゼは微笑み、かぶりを振った。

「少々身震いしただけですわ。いささか緊張しているせいかも知れません」

 コウタとリーゼ。
 それだけではない。エリーズ国騎士学校の全学年は今、校庭グラウンドに集まっていた。
 学年ごとに整列した光景だ。
 本日の午後。
 アノースログ学園の一行が、この学校に来訪するのである。
 コウタたちは、その歓迎のために集まっていた。
 主に交流を担うのは第二学年。代表はコウタとリーゼである。
 正確には代表は公爵令嬢でもあるリーゼ。コウタはその補佐となる。
 教師陣と並んで、コウタたちは来訪を待っていた。
 コウタたちの後ろには、ジェイクを筆頭にしたクラスの面々の姿もあるが、そこにはメルティアの姿はなかった。彼女も彼女なりに前向きに頑張ろうとしているのだが、流石に全校生徒が集まるようなイベントへの参加はきつかったようだ。
 今日は、朝から魔窟館に引き籠っている。

(……メル。大丈夫かな?)

 幼馴染のことを心配しつつも、今は大役を任された身だ。
 特にリーゼに至っては、生徒全員の責任を背負っているとも言える。
 ますは、しっかりと彼女をサポートしなければ。

「大丈夫だよ。リーゼ」

 コウタが微笑む。

「リーゼはいつだって誇らしい。ボクたちの自慢の代表だ。それは生徒も先生たちも、みんな思っていることだよ」

「……ありがとうございます。コウタさま」

 リーゼも微笑んだ。
 ただ、そこで少し考えて。

「ですが、流石に緊張は隠しきれません。我儘で申し訳ありませんが、少し手を繋いでくれませんか?」

 微かに頬を染めて、そうお願いする。
 コウタは、のほほんと「うん。お安い御用だよ」と答えた。
 そして早速、彼女の左手を掴んだ。
 途端、

「「「ああああッ!」」」

 一斉に女生徒の声が上がった。学年問わずにざわついてくる。

「なんで! いきなりなんでっ!」「ずるい! レイハートずるい!」「何をどさくさに紛れてコウタ君に甘えてんのよ!」

 悲鳴にも怒号にも似た声が上がった。
 コウタたちは、代表として教師陣の中にいる。
 その一挙手一投足は、生徒からは丸見えだった。
 そこへ、唐突に手を繋いだのだ。
 全学年に幅広く潜み、活動する悪竜王子コウタのファンクラブ――《悪竜王子近衛隊ディア・ディノスガード》の面々にとっては堪ったものではない。
 そして一方、

「てめえ! ヒラサカ!」「何を当然とばかりにリーゼちゃんの手を握ってんだよ!」「そこで待ってろ! 今からぶん殴ってやる!」

 同じく校内に蔓延る団体。
 煌めく心の姫リーゼを信奉する《煌めく心の団ナイツ・オブ・ミューズ》も黙っていなかった。
 むしろ、こちらの団体の方が直接的だ。
 列から離れて、コウタを直接殴ろうと歩き出す生徒たちもいる。

「……おい。お前ら」

 流石にそれは教師に止められたが。

「ああ~、皆さん」

 学校長を務める初老の男性が苦笑を浮かべた。

「待ち疲れたのは分かりますが、もう少し我慢してください。あと、十分ほどで彼らも到着予定ですから」

 来客が近いと言われて、生徒たちも流石に自粛した。
 ただ、半ば暴動になりかけたことに、当のコウタはキョトンした表情だった。
 何の騒ぎだったのか、いまいち理解していないのだ。
 今も当然のようにリーゼの手を握っている。
 リーゼも頬を染めつつ、しっかりとコウタの手を握り返していた。
 男子生徒、女性生徒問わずに、「ムムム」と唸る。
 ともあれ、生徒たちは再び整列した。
 そうして、およそ十分後……。

 ――ガララララ……
 校庭に、馬に乗った騎士に先導された一台の馬車が入ってくる。
 その後も、その後も。
 次々と馬車が公邸内に入ってくる。

 元々、エリーズ国騎士学校の校庭グラウンドは、鎧機兵の団体戦さえも考慮された場所のため、恐ろしく広大だ。全校生徒と二十数台の馬車が集まってもまだ余裕がある。
 馬車は並列して停車し、そこから生徒たちが降りてくる。
 その数は百人を超えるだろう。
 エリーズ国騎士学校の生徒たちと、アノースログ学園の生徒たち。
 違う国で育った少年少女たち。
 彼らは、緊張した面持ちで互いの様子を窺っていた。

 ――と、その中で一人の生徒が歩き出した。
 炎のように赤く、美しい長髪を持った女生徒だ。
 彼女は両脇に、二人の女生徒を従えていた。
 さらには、その後ろに一人の騎士も追従させていた。
 同じく赤い髪の少年騎士だ。
 彼は、コウタも、リーゼもよく知る少年だった。
 アルフレッド=ハウルである。

(うん。元気そうだ。アルフ)

 友人の元気そうな姿に、コウタは目を細めた。
 ただ、これだけの大人数での長旅のせいか、少し疲れているようにも見えた。
 赤い髪の少女より一歩遅れて歩いている。
 と、そうこうしている内に、赤い髪の少女は校長の前にまで進み出た。
 改めて見ると、凄い美少女だった。
 やや目元がキツく、勝気な印象もあるが、美貌においては、リーゼが相手でも引けを取らないかもしれない。プロポーションにおいては実に年齢離れしている。
 コウタは知る由もないが、本当に同世代なのかと、エリーズ国側の多くの女生徒が、内心で慄いていたほどだった。
 彼女の両脇に立つ少女たちも、タイプは違うが綺麗だった。

(……へえ)

 コウタにとって、特に印象に残ったのは、黒髪の少女だった。
 恐らく、コウタと同じくアロン大陸の血を引く家系なのだろう。
 片眼を髪で覆い隠す、物静かな趣の少女だった。
 緊張しているのか、今は完全に無表情だ。
 ただ、コウタと目が合った瞬間だけ、少し硬直して、

「…………え?」

 何故か、小さく声を零した。
 表情こそ大きく変わらなかったが、どこか動揺しているようだ。

(……? ボクの髪や瞳の色に驚いたのかな?)

 セラ大陸でアロン出身者は少ない。
 同郷の者と会って驚いたのかもしれない。
 コウタは、そう解釈した。
 すると、

「エリーズ国騎士学校の皆さま」

 おもむろに、赤い髪の少女は、優雅にスカートをたくし上げた。

「この度はお招きいただき、我が校を代表して感謝いたします」

 そう告げると、頭も垂れて一礼。
 そして豪華絢爛な彼女は、その美貌に微笑みをたたえて、名乗りを上げた。

「お初にお目にかかります。私の名はアンジェリカ=コースウッドと申します。アノースログ学園の生徒会長を務めている者です」
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