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第11部
第二章 とある幼馴染の憂鬱①
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コツコツ、と足音が響く。
まるで鏡張りのような廊下を、一人の少年が歩いていた。
年の頃は十六歳ほどか。
燃えるような赤い髪と、同色の瞳。顔立ちも美麗だ。
見事なまでに重心を掌握した体に覆うのは黒い騎士服と白いサーコート。そのコートの背には、紋章が刻まれていた。
盾の形をなぞる黒枠の中に、神槍を片手に背を向ける《夜の女神》のシルエット。その女神の背を守るかのように、円の軌跡を描いた銀色に輝く七つの極星。
――《七星》の紋章。
グレイシア皇国において、七人にしか許されていない最強の証たる紋章だ。
それは、赤い髪の少年が、最強の騎士の一人であるということだった。
――アルフレッド=ハウル。
皇国の若き騎士であり、皇国の名門・ハウル公爵家の次期当主でもある少年だ。
そして、とある事件でコウタと友人になった少年でもある。
アルフレッドは、無言で廊下を進んでいた。
と、途中で、同世代の少女たちがこちらに向かって歩いてくるのに気付いた。
白い上着に、黒いスカートを履いた少女たちだ。
上着の胸元には、大きく数字が刻まれた、この学校の校章が付けられている。
刻まれた数字は二人とも『Ⅰ』。彼女たちが一回生である証明だ。
「ハ、ハウルさま!」「え? あ、アル……ハウルさま!」
少女たちはアルフレッドに気付き、驚いたようだ。
驚きすぎたのか、二人とも顔が紅潮していた。
「やあ。ごきげんよう」
アルフレッドは、にこやかに笑って挨拶した。
少女たちはますます赤くなって、
「ご、ごきげんよう、です」「よ、ようこそ学園へ」
と、おどおどと応えてくる。
彼女たちは、アルフレッドが通り過ぎるまでその場に固まっていた。
アルフレッドは二人に軽く手を振って、そのまま廊下を進んでいった。
後ろからは「な、なんでアルフ先輩が!」「あ、あれじゃない? 二回生の……」といった声が聞こえてくる。
(……アルフ先輩か)
アルフレッドは苦笑した。
自分が、母校であるこのアノースログ学園でそう呼ばれていることは知っている。
愛称と先輩を繋げてくれた親しみやすい名前である。
アルフレッドは、その名前を好ましく思っていた。
しかし、後輩たちは面と向かっては、滅多にそう呼んでくれない。
話をする時には、必ず「ハウルさま」と呼んでくるのだ。
そのことは、少しだけ寂しく感じていた。在校生たちは、アルフレッドに対して、必要以上に距離を取っているような気がする。
自分が在学していたのはわずか半年ほど。あまりに能力が突出しすぎていたため、祖父が学園に働きかけて、例外的に飛び級で卒業となってしまった。
ある意味、母校では伝説的な先輩扱いになっているのだ。
(僕としては、出来れば普通に卒業したかったな)
それが、アルフレッドの本音でもあった。
稀代の天才である彼だが、その心は普通の少年でもあるのだ。
母校に訪れると、いつもそれを思う。
と、アルフレッドが感傷に浸っている内に、目的の部屋に到着した。
大きな扉には『生徒会室』というプレートが設置されている。
在学中は、一度も入室したことのない部屋だ。
アルフレッドは、コンコンとノックした。
すると、数秒ほど経って、
『どうぞ。鍵はかかっていませんので』
そんな声が聞こえてきた。
アルフレッドは、一瞬だけ眉根を寄せた。
(……本当に『彼女』の声だ)
わずかにだが、躊躇する。
少し入室するのに腰が引けた。
しかし、いつまでも立ち尽くしていても仕方がない。
アルフレッドは覚悟を決めて、扉を開いた。
初めて入る生徒会室。
そこは、相当に豪華な部屋だった。
床には赤い絨毯。壁には巨大な書棚。十数人は入れそうな大きな部屋の中央には、来客用なのか、大理石の机と、二つの黒いソファもある。窓はとても大きく、その向こうにはバルコニーも見える。
(……うちの団長室より豪華だ)
そんなことを思いつつ、視線を前に向ける。
俗にいう執務席。そこには、三人の少女がいた。
一人は執務席に座り、他の二人は立っている。
執務席に座る少女を中心に、左右を守っているような印象だ。
校章は『Ⅱ』。三人とも二回生だった。
アルフレッドは、まず立っている少女たちを一瞥した。
まず右側。整った顔立ちに、温和な表情を浮かべる彼女は、水色の髪をしていた。大腿部まで届いているとても長い髪だ。瞳の色も同色だった。アルフレッドに並ぶぐらいの高身長で、スタイルもよく、そのため、アルフレッドよりも少し年上に見えた。
彼女は、アルフレッドと目が合うと、ニコッと笑ってくれた。
(確か、彼女は副会長だったか)
アノースログ学園・二回生。
名前は、フラン=ソルバだったはず。ソルバ伯爵家のご令嬢だと聞いている。
次に左側。黒い瞳の少女だ。
サラリとした同色の髪をうなじ辺りまで伸ばしている。彼女も綺麗な顔立ちではあるが、その表情は暗く、顔の左半分を髪で隠していた。
身長はかなり低く、体つきは他の二人に比べると、かなり幼い。年齢的には十二、三歳ぐらいにも見える。首元をぴっちりと覆う黒い服は、インナースーツのようだ。大人しそうな印象のある彼女は、特に表情を変えることもなく、アルフレッドを観察していた。
彼女も二回生。黒髪、黒い瞳からしてアロン大陸の出身者だろうか。
帯剣する短剣も、黒い鞘の鍔のない短刀だった。
名前は確か、アヤメ=シキモリだったか。
学園長からは、生徒会の書記兼会計だと聞いている少女である。
そして最後の一人。
彼女を言い表すとすると、豪華絢爛。天を突く炎だろうか。
腰まで伸ばした髪の色は、真紅とは違う明るい赤。まるで彼女の性格を表すように、ピンと一本だけ天に向かって跳ねているの癖毛が特徴的な髪型だ。
顔立ちは非常に美しく、瞳の色は髪と同じ赤。勝気なその瞳の中に、炎でも宿すような眼差しでアルフレッドを睨みつけている。
アルフレッドが豪華絢爛と評するだけあって、スタイルもまた抜群だった。
流石にあれだけ大きいとやっぱり重いのか、執務席の上に、豊かな胸をずしりと乗せて肘を突き、指を組んでいる。
アルフレッドは、彼女とだけは面識があった。
「……やあ」
内心では少し腰が引けながら、アルフレッドは手を上げた。
「久しぶりだね。アンジュ」
彼女は一瞬の間を空けた。少しだけ表情を険しくする。
「……ハウル騎士」
彼女――アンジュ……アンジェリカ=コースウッドは、小さく嘆息した。
「お久しぶりです。しかし、今の貴方は公務で来られたのでは?」
「……う」
出来るだけにこやかでいようとしていたアルフレッドは、頬を強張らせた。
彼女は微笑む。
まるで炎が揺らめいて生まれた陽炎のような笑みだ。
幻想的にも見えるが、少し怖い。
「まあ、よいでしょう。久しぶりに知己と会ったのです。ですが、今後は、公私混同は控えてください」
「わ、分かった……失礼、しました」
アルフレッドは顔を強張らせたまま、そう答えた。
(か、変わらないな。アンジュは)
――アノースログ学園の二回生。
生徒会長。アンジェリカ=コースウッド。
彼女の名を学園長から聞いた時は、アルフレッドは思わず胃が痛くなった。
コースウッド侯爵家は、血統的にはハウル家の分家に当たる。しかし、商業で大きな財を成したコースウッド家は、今や、ただの分家とは言えず、主家であるハウル家にも劣らないほどの名門となっていた。
そして縁戚である以上、当然ながら、彼女とは顔見知りだった。
と言うより、俗にいう幼馴染なのである。
幼少時は、よく遊んだ仲だった。
だが、年齢を重ねるにつれて、やや疎遠となっていた。
理由は幾つかある。
ハウル家の現当主――アルフレッドの祖父と、コースウッド家の現当主――アンジェリカの父の仲が、現在あまり芳しくないこと。
アルフレッドが、正式に騎士になって忙しかったということ。
アノースログ学園が全寮制のため、アンジェリカと顔を合わせる機会自体が、かなり少なくなっていたこと。
ただ、一番の理由は、実にシンプルだったりする。
アルフレッドが、彼女のことを、とても苦手に思っているからである。
今も、内心では冷や汗をかいていた。
(……アンジュか……)
ズキズキ、と胃が痛んでくる。
豪華絢爛なアンジェリカは、昔からとても勝気な性格をしていた。
『アルフレッド! ついてきなさい!』
そう告げられたら最後、よく振り回されたものだった。
幼少時は、もう、ほとんど主従関係のような間柄だった。
そのため、どうしても、顔を合わせるのを避けていたところがあった。
(アンジュも、悪い子じゃないんだけど……)
どうしても苦手意識は拭えない。
たとえ、これほどの美少女であってもだ。
今も、口調こそ丁寧だが、威圧感が滲み出ているような気がする。
そもそも、アルフレッドの好みは大人しい子なのである。静かではあるが、いつも傍にいてくれて、時折、甘えてきてくれるような、そんな子が好きなのだ。
アンジェリカは、アルフレッドの好みとは真逆のタイプだった。
――いや、アンジェリカと過ごしたから、タイプが逆になったのかもしれない。
そんなことを考えていると、
「ハウル騎士? どうされました? 先程から沈黙されているようですが?」
アンジェリカが、陽炎のような笑みを深めて再度尋ねてきた。
幼少時のトラウマがフラッシュバックして、アルフレッドが青ざめると、
「まあまあ、アンジュ」
隣に立つ少女――フランがアンジェリカを諫めた。
「ハウルさまも、久しぶりにあなたに会って緊張されているのよ。だから、そんなに目くじら立てないで」
「目くじらなど、立てていません」
アンジェリカが、フランを睨みつけた。
「そもそも、緊張されるいわれが分かりません。先程も申しましたが、ハウル騎士とは知己の間柄なのですよ」
彼女は、ふさあっと髪をかき上げた。
「七ヶ月と十五日ぶりの再会を喜ぶのならば分かりますが、どうして緊張されねばならないのです」
その台詞に、フランは嘆息した。
「あなたのその姿勢が……まあ、いいわ」
フランは額に手を当てて、かぶりを振った。
その様子を一度も声を出さないもう一人の少女――アヤメは、横から見つめていた。
一方、アルフレッドは緊張したままだ。
やはり、この幼馴染は苦手だった。
「……まあ、良いでしょう」
アンジェリカが、そんなアルフレッドを見つめた。
「ハウル騎士もお忙しいと聞きます。ここは本題に入りましょうか」
「あ、う、うん」
アルフレッドは頷いた。
「分かったよ。じゃあ、本題に入ろう。アンジュ……コースウッド生徒会長」
公私混同しないように、彼女を肩書で呼ぶ。
「ええ。そうしましょう。ハウル騎士」
アンジェリカも、それに応じた。
フランも面持ちを改めて、アヤメは表情のないままアルフレッドを見つめた。
「では、ハウル騎士」
そうして、アンジェリカが指を組み直して告げる。
「先に迫ってきた、エリーズ国との交流会について話し合いましょうか」
まるで鏡張りのような廊下を、一人の少年が歩いていた。
年の頃は十六歳ほどか。
燃えるような赤い髪と、同色の瞳。顔立ちも美麗だ。
見事なまでに重心を掌握した体に覆うのは黒い騎士服と白いサーコート。そのコートの背には、紋章が刻まれていた。
盾の形をなぞる黒枠の中に、神槍を片手に背を向ける《夜の女神》のシルエット。その女神の背を守るかのように、円の軌跡を描いた銀色に輝く七つの極星。
――《七星》の紋章。
グレイシア皇国において、七人にしか許されていない最強の証たる紋章だ。
それは、赤い髪の少年が、最強の騎士の一人であるということだった。
――アルフレッド=ハウル。
皇国の若き騎士であり、皇国の名門・ハウル公爵家の次期当主でもある少年だ。
そして、とある事件でコウタと友人になった少年でもある。
アルフレッドは、無言で廊下を進んでいた。
と、途中で、同世代の少女たちがこちらに向かって歩いてくるのに気付いた。
白い上着に、黒いスカートを履いた少女たちだ。
上着の胸元には、大きく数字が刻まれた、この学校の校章が付けられている。
刻まれた数字は二人とも『Ⅰ』。彼女たちが一回生である証明だ。
「ハ、ハウルさま!」「え? あ、アル……ハウルさま!」
少女たちはアルフレッドに気付き、驚いたようだ。
驚きすぎたのか、二人とも顔が紅潮していた。
「やあ。ごきげんよう」
アルフレッドは、にこやかに笑って挨拶した。
少女たちはますます赤くなって、
「ご、ごきげんよう、です」「よ、ようこそ学園へ」
と、おどおどと応えてくる。
彼女たちは、アルフレッドが通り過ぎるまでその場に固まっていた。
アルフレッドは二人に軽く手を振って、そのまま廊下を進んでいった。
後ろからは「な、なんでアルフ先輩が!」「あ、あれじゃない? 二回生の……」といった声が聞こえてくる。
(……アルフ先輩か)
アルフレッドは苦笑した。
自分が、母校であるこのアノースログ学園でそう呼ばれていることは知っている。
愛称と先輩を繋げてくれた親しみやすい名前である。
アルフレッドは、その名前を好ましく思っていた。
しかし、後輩たちは面と向かっては、滅多にそう呼んでくれない。
話をする時には、必ず「ハウルさま」と呼んでくるのだ。
そのことは、少しだけ寂しく感じていた。在校生たちは、アルフレッドに対して、必要以上に距離を取っているような気がする。
自分が在学していたのはわずか半年ほど。あまりに能力が突出しすぎていたため、祖父が学園に働きかけて、例外的に飛び級で卒業となってしまった。
ある意味、母校では伝説的な先輩扱いになっているのだ。
(僕としては、出来れば普通に卒業したかったな)
それが、アルフレッドの本音でもあった。
稀代の天才である彼だが、その心は普通の少年でもあるのだ。
母校に訪れると、いつもそれを思う。
と、アルフレッドが感傷に浸っている内に、目的の部屋に到着した。
大きな扉には『生徒会室』というプレートが設置されている。
在学中は、一度も入室したことのない部屋だ。
アルフレッドは、コンコンとノックした。
すると、数秒ほど経って、
『どうぞ。鍵はかかっていませんので』
そんな声が聞こえてきた。
アルフレッドは、一瞬だけ眉根を寄せた。
(……本当に『彼女』の声だ)
わずかにだが、躊躇する。
少し入室するのに腰が引けた。
しかし、いつまでも立ち尽くしていても仕方がない。
アルフレッドは覚悟を決めて、扉を開いた。
初めて入る生徒会室。
そこは、相当に豪華な部屋だった。
床には赤い絨毯。壁には巨大な書棚。十数人は入れそうな大きな部屋の中央には、来客用なのか、大理石の机と、二つの黒いソファもある。窓はとても大きく、その向こうにはバルコニーも見える。
(……うちの団長室より豪華だ)
そんなことを思いつつ、視線を前に向ける。
俗にいう執務席。そこには、三人の少女がいた。
一人は執務席に座り、他の二人は立っている。
執務席に座る少女を中心に、左右を守っているような印象だ。
校章は『Ⅱ』。三人とも二回生だった。
アルフレッドは、まず立っている少女たちを一瞥した。
まず右側。整った顔立ちに、温和な表情を浮かべる彼女は、水色の髪をしていた。大腿部まで届いているとても長い髪だ。瞳の色も同色だった。アルフレッドに並ぶぐらいの高身長で、スタイルもよく、そのため、アルフレッドよりも少し年上に見えた。
彼女は、アルフレッドと目が合うと、ニコッと笑ってくれた。
(確か、彼女は副会長だったか)
アノースログ学園・二回生。
名前は、フラン=ソルバだったはず。ソルバ伯爵家のご令嬢だと聞いている。
次に左側。黒い瞳の少女だ。
サラリとした同色の髪をうなじ辺りまで伸ばしている。彼女も綺麗な顔立ちではあるが、その表情は暗く、顔の左半分を髪で隠していた。
身長はかなり低く、体つきは他の二人に比べると、かなり幼い。年齢的には十二、三歳ぐらいにも見える。首元をぴっちりと覆う黒い服は、インナースーツのようだ。大人しそうな印象のある彼女は、特に表情を変えることもなく、アルフレッドを観察していた。
彼女も二回生。黒髪、黒い瞳からしてアロン大陸の出身者だろうか。
帯剣する短剣も、黒い鞘の鍔のない短刀だった。
名前は確か、アヤメ=シキモリだったか。
学園長からは、生徒会の書記兼会計だと聞いている少女である。
そして最後の一人。
彼女を言い表すとすると、豪華絢爛。天を突く炎だろうか。
腰まで伸ばした髪の色は、真紅とは違う明るい赤。まるで彼女の性格を表すように、ピンと一本だけ天に向かって跳ねているの癖毛が特徴的な髪型だ。
顔立ちは非常に美しく、瞳の色は髪と同じ赤。勝気なその瞳の中に、炎でも宿すような眼差しでアルフレッドを睨みつけている。
アルフレッドが豪華絢爛と評するだけあって、スタイルもまた抜群だった。
流石にあれだけ大きいとやっぱり重いのか、執務席の上に、豊かな胸をずしりと乗せて肘を突き、指を組んでいる。
アルフレッドは、彼女とだけは面識があった。
「……やあ」
内心では少し腰が引けながら、アルフレッドは手を上げた。
「久しぶりだね。アンジュ」
彼女は一瞬の間を空けた。少しだけ表情を険しくする。
「……ハウル騎士」
彼女――アンジュ……アンジェリカ=コースウッドは、小さく嘆息した。
「お久しぶりです。しかし、今の貴方は公務で来られたのでは?」
「……う」
出来るだけにこやかでいようとしていたアルフレッドは、頬を強張らせた。
彼女は微笑む。
まるで炎が揺らめいて生まれた陽炎のような笑みだ。
幻想的にも見えるが、少し怖い。
「まあ、よいでしょう。久しぶりに知己と会ったのです。ですが、今後は、公私混同は控えてください」
「わ、分かった……失礼、しました」
アルフレッドは顔を強張らせたまま、そう答えた。
(か、変わらないな。アンジュは)
――アノースログ学園の二回生。
生徒会長。アンジェリカ=コースウッド。
彼女の名を学園長から聞いた時は、アルフレッドは思わず胃が痛くなった。
コースウッド侯爵家は、血統的にはハウル家の分家に当たる。しかし、商業で大きな財を成したコースウッド家は、今や、ただの分家とは言えず、主家であるハウル家にも劣らないほどの名門となっていた。
そして縁戚である以上、当然ながら、彼女とは顔見知りだった。
と言うより、俗にいう幼馴染なのである。
幼少時は、よく遊んだ仲だった。
だが、年齢を重ねるにつれて、やや疎遠となっていた。
理由は幾つかある。
ハウル家の現当主――アルフレッドの祖父と、コースウッド家の現当主――アンジェリカの父の仲が、現在あまり芳しくないこと。
アルフレッドが、正式に騎士になって忙しかったということ。
アノースログ学園が全寮制のため、アンジェリカと顔を合わせる機会自体が、かなり少なくなっていたこと。
ただ、一番の理由は、実にシンプルだったりする。
アルフレッドが、彼女のことを、とても苦手に思っているからである。
今も、内心では冷や汗をかいていた。
(……アンジュか……)
ズキズキ、と胃が痛んでくる。
豪華絢爛なアンジェリカは、昔からとても勝気な性格をしていた。
『アルフレッド! ついてきなさい!』
そう告げられたら最後、よく振り回されたものだった。
幼少時は、もう、ほとんど主従関係のような間柄だった。
そのため、どうしても、顔を合わせるのを避けていたところがあった。
(アンジュも、悪い子じゃないんだけど……)
どうしても苦手意識は拭えない。
たとえ、これほどの美少女であってもだ。
今も、口調こそ丁寧だが、威圧感が滲み出ているような気がする。
そもそも、アルフレッドの好みは大人しい子なのである。静かではあるが、いつも傍にいてくれて、時折、甘えてきてくれるような、そんな子が好きなのだ。
アンジェリカは、アルフレッドの好みとは真逆のタイプだった。
――いや、アンジェリカと過ごしたから、タイプが逆になったのかもしれない。
そんなことを考えていると、
「ハウル騎士? どうされました? 先程から沈黙されているようですが?」
アンジェリカが、陽炎のような笑みを深めて再度尋ねてきた。
幼少時のトラウマがフラッシュバックして、アルフレッドが青ざめると、
「まあまあ、アンジュ」
隣に立つ少女――フランがアンジェリカを諫めた。
「ハウルさまも、久しぶりにあなたに会って緊張されているのよ。だから、そんなに目くじら立てないで」
「目くじらなど、立てていません」
アンジェリカが、フランを睨みつけた。
「そもそも、緊張されるいわれが分かりません。先程も申しましたが、ハウル騎士とは知己の間柄なのですよ」
彼女は、ふさあっと髪をかき上げた。
「七ヶ月と十五日ぶりの再会を喜ぶのならば分かりますが、どうして緊張されねばならないのです」
その台詞に、フランは嘆息した。
「あなたのその姿勢が……まあ、いいわ」
フランは額に手を当てて、かぶりを振った。
その様子を一度も声を出さないもう一人の少女――アヤメは、横から見つめていた。
一方、アルフレッドは緊張したままだ。
やはり、この幼馴染は苦手だった。
「……まあ、良いでしょう」
アンジェリカが、そんなアルフレッドを見つめた。
「ハウル騎士もお忙しいと聞きます。ここは本題に入りましょうか」
「あ、う、うん」
アルフレッドは頷いた。
「分かったよ。じゃあ、本題に入ろう。アンジュ……コースウッド生徒会長」
公私混同しないように、彼女を肩書で呼ぶ。
「ええ。そうしましょう。ハウル騎士」
アンジェリカも、それに応じた。
フランも面持ちを改めて、アヤメは表情のないままアルフレッドを見つめた。
「では、ハウル騎士」
そうして、アンジェリカが指を組み直して告げる。
「先に迫ってきた、エリーズ国との交流会について話し合いましょうか」
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