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第10部

第八章 妖樹の王③

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 ――ガガガッガガガガガガッ!
《ディノ=バロウス》の跳躍を迎え撃ったのは、茨の渦だった。
 回転しながら襲い掛かる深緑の突撃槍。
 これは正面から受け止めるのは、分が悪い。
《ディノ=バロウス》は地を蹴って、横に回避した。
 そして茨の槍が大気を貫いたところで、処刑刀を振りかざす。
(やはり、この槍は厄介だ)
 使う闘技は、極小の刃を纏う《断罪刀》。
 狙いは突撃槍の側面。一気に両断しようとする――が、

『甘いな。小僧』

 レオスの呟きに、コウタはハッとした。
 反射的に《ディノ=バロウス》を後方に退避させる。と、同時に叫んだ。

「――メル!」

「――はい!」

 流石は幼馴染。
 ただ名前を呼んだだけの指示に、メルティアは的確に応えた。
 メルティアがティアラに集中すると、《ディノ=バロウス》の纏う炎が、大きく膨れ上がった。粘性を大幅に上げた炎の鎧だ。
 直後、《ディノ=バロウス》の機体に衝撃が来る。
 茨の槍が放たれた不可視の棘弾。それが炎の鎧に着弾したのだ。
 ――《黄道法》の構築系、放出系の複合闘技。《天恵雨》。
 かつてレオスが使って見せた闘技だ。
 棘弾は相当強力なものだった。炎の鎧さえも突破して、《ディノ=バロウス》の装甲まで穿つが、微細な損傷だ。咄嗟の防御が間に合ったのである。
 リーゼや、リノではまだこの域には至れない。
 メルティアだからこその、ファインプレイだった。

(あの茨の槍がある限り、接近戦は分が悪い)

 コウタは、そう判断した。
《ディノ=バロウス》をさらに後方へと跳躍させる。
 そして処刑刀を十字に薙いだ。
 ――《黄道法》の放出系闘技。《飛刃》。
 刀身から不可視の刃を飛ばす闘技。
 剣技による闘技の中ではかなり基礎的な技だが、《ディノ=バロウス》が放てば、鉄塊さえも両断できる。それを《ディノ=バロウス》は十字に交差させて放った。

『ふん。遠距離戦なら勝てると思ったか?』

 レオスは鼻を鳴らした。
 同時に茨の槍が傘のように大きく展開されて渦巻いた。
 十字の《飛刃》は、あっさりと粉砕される。

『とは言えだ』

 レオスは続けて言う。

『遠距離戦が不得手という訳ではないが、互いに放出系の闘技を撃ち合うだけというのも興覚めでもある。どうせなら接近戦を楽しもうではないか』

 そう告げるなり、《木妖星》が突撃槍の穂先を《ディノ=バロウス》に向けた。
 ――ぞわり。

(……………ッ!)

 途端、コウタの背筋に悪寒が奔った。
 ――ズガンッ!
 咄嗟に《雷歩》を使って、横に跳躍した。
 直感が、この場にいてはいけないと警告してきたからだ。
 その直後のことだった。
 ――バクンッ、と。
 いきなり突撃槍が裏返ったのだ。
 閉じた傘が、強い風で裏返るように。
 まるで食虫植物の触手のように、間合いを倍にして襲い掛かって来たのである。
 茨の触手はそのまま、《ディノ=バロウス》の後方にあった木を捕縛。
 それこそ餌でも呑み込むように、《木妖星》の元に引き寄せられた。

『ふむ。これは初見だったはずなのだが、勘がいいな』

 レオスは皮肉気に笑った。
 ゴリ、バキ、ベキベキ……と茨は木を噛み砕いた。

『……操作系か。随分と悪趣味な闘技だね』

 コウタもまた、皮肉を込めて言う。

『うぞうぞと。まるで虫みたいだよ』

『《食刃華》と名付けた闘技だ。俺当人としては、むしろ虫を捕食する植物をイメージしているのだがな』

 と、レオスは平然と答える。
 木片を砕いて、未だにうぞめく茨の鞭。
 どうやら、あの茨はコウタが想定している以上に攻撃領域が広いらしい。

(本当に厄介な)

 コウタは渋面を浮かべた。
 攻撃・防御の双方に優れ、さらには接近戦から遠距離戦もこなせる武器。
 あれを攻略しなければ、《木妖星》に打ち勝つことは出来ない。
 ――どうすべきか。
 自分が持つ闘技のレパートリーを思い浮かべつつ、戦略を練ろうとした時だった。

「……コウタ」

 不意に、メルティアがコウタの名を呼んだ。

「……メル?」

 劣勢に不安を覚えたのだろうか。
 コウタは、メルティアの腕に片手を添えた。

「……怖い?」

「……いえ」

 メルティアは微かに肩を震わせながらも、そう答えた。

「コウタが傍にいますから。大丈夫です。それよりもコウタ」

 一拍おいて、メルティアは提案する。

「私に試してみたいことがあります。話を聞いてくれますか?」

「……え? うん。分かった」

《木妖星》から目を離さずにコウタがそう答えると、メルティアは語り出した。
 そうして十数秒後。

「え? 本当にそんなことが出来るの?」

「理論上は可能なはずです。試行する機会がこれまでありませんでしたが」

 目を丸くするコウタに、メルティアが告げる。

「上手くいけば、あの邪魔な茨を一掃できると思います」

「…………」

 コウタは沈黙し、数瞬ほど考えた。
 そして、

「うん。試してみよう」

 メルティアの話には、するだけの価値がある。
 コウタはそう判断した。

「ありがとうございます」

 メルティアは微笑んだ。
 が、数瞬後、悪戯っぽい笑みを見せて。

「ですが、この技はきっと大量にブレイブ値を消耗します。消耗するはずです。だから、あとで補充をお願いしますね」

「いや、消耗って話は流石にうそだよね?」

 コウタは、苦笑を浮かべた。
 お約束であるブレイブ値の補充の催促にも焦ったりはしない。
 そもそもこんな危険な戦場に彼女を引っ張り出したのだ。その技とは関係なく、ブレイブ値はあとで補充しなければならないとは思っている。
 彼女が背中にいるだけで、どれほど精神が安定していることか。
 それを思えば、ブレイブ値の要望程度など当然のことだった。
 すると、メルティアは、コウタの背中に頬ずりして告げた。

「覚悟してくださいね。たっぷり甘えますから」

「……うん。了解」

 コウタは優しく笑って承諾した。
 そして表情を改める。

「けど、それもこの戦いに決着をつけてからだよ」

「はい。分かっています」

 メルティアも、真剣な面持ちで頷く。

「二人で勝ちましょう。コウタ」

 そう応えた時だった。

『……ふむ。作戦会議でもしているのか?』

 レオスが呟く。

『戦術は決まったのか? では、そろそろ再開と行くぞ』

 そう宣告して、突撃槍を地面に突き立てた。
 途端、複数の茨が地面の中へと突き進んでいく。

(――ッ!)

 コウタは表情を険しくした。

「メル!」

「はい!」

 次いで、メルに指示して炎の防御を固めた。
 コウタはコウタで《ディノ=バロウス》を後ろに跳躍させる。と、

『――萌芽せよ』

 レオスが厳かに告げる。
 刹那、《ディノ=バロウス》の足元の地面に無数の亀裂が奔る。
 地中に潜らせた茨から放たれた棘弾が、地面を割って飛び出してきたのだ。

『………くッ!』

 コウタは呻くが、直前に退避したことと、防御を固めていたおかげで損傷は少ない。
 だが、それでも装甲がどんどん削られていったが。

『どうした? 《悪竜顕人》。手詰まりか?』

 レオスが淡々と告げるが、

『……ほう』

 おもむろに、双眸を細めた。
 棘弾を凌いだ《ディノ=バロウス》。
 その装甲には亀裂も目立つ。
 しかし、闘志そのものは一切衰えていないようだ。
 炎を纏う悪竜の騎士は、重心を低くして身構えていた。

『なるほどな』

 レオスは、ニヤリと笑う。
 そして、

『面白い。何か企んでいるようだな』

 どこか嬉しそうにそう呟いた。
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