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第10部

第一章 駆け抜ける者たち③

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 丁度、その頃。
 彼女達は、二人で並んで長い廊下を並んで歩いていた。
 一人は、頭頂部で蜂蜜色の長い髪を紅いリボンで結んだ少女。
 年の頃は十五~六。美麗な顔立ちに、スレンダーな肢体。纏う衣装こそ男物寄りのエリーズ国騎士学校の制服であるが、淑女の高貴さが溢れ出す姿勢で歩く少女だ。

 ――リーゼ=レイハート。
 エリーズ国・四大公爵家の一つ。レイハート家のご令嬢である。

「……まったく」

 リーゼは頬に手をつき、溜息を吐いた。
 それに呼応するように、同行者はリーゼの顔を見上げた。
 もう一人は小さなメイドさんだった。
 年齢は八歳か九歳か。歩くたびになびく薄緑色の長い髪の上に、銀色の小さな王冠が付けられたカチューシャを頭に付けた少女だ。
 幼いため、当然ながら幼児体型なのだが、その顔立ちの美しさはリーゼにも劣らない。
 が、それもそのはず。彼女は他者の《願い》を叶える能力と、美男美女ぞろいで知られる神秘の種族――《星神》の少女でもあるのだ。

 ――アイリ=ラストン。
 アシュレイ家に住み込みで働くメイド幼女である。

「……どうしたの? リーゼ?」

 アイリがリーゼに尋ねると、

「いえ。コウタさまのことですわ」

 視線をアイリに向けて、リーゼが呟く。

「最近のコウタさまは、いささかリノさんに構いすぎだとは思いませんか?」

「……うん。それは思う」

 アイリが、神妙な様子で頷く。

「……というより、あの人、コウタに抱きつきすぎだよ」

「……それは、わたくしから見れば、アイリもそうなのですが……」

 と、苦笑を浮かべた。
 すると、アイリは「……私はいいんだよ」と答える。

「……私はまだ子供だから、コウタに甘えるのは自然なんだよ。ユーリィ先輩だって、まだお義兄さんに甘えているみたいだし」

「まあ、そうですが……」

 そこで、リーゼは再び溜息をついた。

「正直、ないがしろ感がありますわね。このままではまずいですわ」

「……うん。そうだね」

 アイリは頷く。

「……私達は完全に押され気味だよ。ただでさえコウタの優先順位ってメルティアが一番なのに、あの人が割り込んできて出番が全然ないし」

「……確かに」

 リーゼは足を止めて考え込んだ。

(けれど、どうすればよいのでしょうか?)

 眉をひそめる。
 こういっては何だが、自分はすでにコウタの女である自覚がある。
 ――あの新徒祭の日。恐らく、彼から離れられる最後の機会に、結局、誇りから何まで根こそぎ食われてしまったのだ。
 だから、もう彼からは離れられない。
 自分は、悪竜の騎士の贄に選ばれたのだから。

(わたくしの心は、すでにコウタさまのものです。とは言え……)

 彼の力となることが本懐の贄といえども、寵愛は欲しい。
 それが女としてのリーゼの本音だった。
 だが、それがままならない。
 揺るがないアドバンテージを持つメルティア。
 あどけなさと、妖艶さを併せ持つリノ。
 あの二人の存在が、あまりにも圧倒的過ぎた。
 これを覆すには、生半可な覚悟では無理だろう。

(……ここはやはり)

 リーゼは、そっと自分の腹部に手をやった。
 いっそ一気に攻めに入るべきなのか。
 心だけではなく、名実ともにすべてを彼に捧げて――。
 と、難しい顔で考えていたら、

「……リーゼ」

「……え?」

 いつの間にか、アイリが彼女の前に立って睨みつけていた。

「……正直、それはずるいよ。それだけは私にはまだ出来ないし」

「……え?」

 再び呟く。が、すぐにリーゼは顔を赤くした。
 そして、あわあわと口元を抑えて。

「ち、ち、違いますわ! ア、アイリ! 誤解していますわ!」

 と、弁明するが、聡いアイリはジト目で睨みつけるだけだ。
 リーゼはますます赤くなった。

「……まあ、いいよ」

 すると、不意にアイリがそう呟いた。
 腰に手を当てて嘆息する。

「……私だけ不利だから、今はまだやめて欲しいのが本音だけど、それはもうただの時間の問題で、いずれは絶対に迎えることだし」

「ア、アイリ!?」

 リーゼは、耳まで真っ赤になった。

「……大丈夫だよ」

 対し、アイリは悟ったような笑みを見せた。

「……うん。それぐらい攻めてもいいよ。私も適齢期……というより、結構早めにお手つきしてもらって、一からコウタに教えてもらう予定だし。むしろ、コウタの経験が豊富の方がいいかも」

 両の拳を構えて、将来に意気込みを見せるアイリ。

「…………アイリ。少しお話をしましょうか」

 九歳児とは思えない問題がありすぎる台詞に、リーゼがアイリの両肩を強く掴んで、真面目な顔をした時だった。

「……ミツケタ!」

 不意に、そんな声が廊下に響いたのだ。
 リーゼ達は、キョトンとした顔で声の方に振り向いた。
 すると、そこには――。

「あら?」

「……ゴーレム?」

 ゴーレム達の姿があった。それも十数機もいる。

「どうかしたのですか――え?」

「……どうしたの――え、な、何?」

 ゴーレム達はいきなりリーゼ達に駆け寄ると、彼女達を持ち上げた。
 リーゼ達は目を丸くする。

「な、何を!?」「……え、え?」

 二人は困惑の声を上げるが、ゴーレム達は気にしない。

「……リーゼヲ、カクホシタ!」「……フクチョウモダ!」

 そう叫んで、一斉に走り出す。

「な、何をなさるの!?」

 リーゼが叫ぶと、

「……ダイジョウブ! キレイニトル! コウタノタメニ!」

 ゴーレムの一機がそう答えた。

「……え? コウタ?」

 アイリは目を丸くする。
 そうして、何も分からないまま、リーゼとアイリも連れていかれるのだった。
 この後、四人の乙女達はそれぞれの撮影所にて、ゴーレム達に熱く説得され、何だかよく分からないのに凄く乗り気になって、写真を撮られることになった。
 それも各自の身内がそれを見れば、遠い目をするのは請け合いの写真である。

 後日、四人は集まってこう話していた。

『な、何だったのでしょうか? あれは? ううゥ、あれはまずいですわ。わたくし、なんてことを……あんなに足を丸出しにして……』

『……はあぁ、何で私、あんなのOKしたんだろう? 気付いた時には、変なテンションになってて見たこともない服を着ていたし』

『……アイリもですか? 私もです。自分でもよく分からないのですが、気付いたら凄いハイテンションになっていました。衣装は……思い出したくありません。あのテンションは一体なんだったのでしょうか?』

『あのテンションは分からぬな。何というか、完全に押し切られるのじゃ。しかも、わらわなど二度目じゃぞ……』

 困惑して落ち込む四人。
 ともあれ、あの写真はコウタ専用だと聞く。
 とんでもない黒歴史の逸品だが、それだけが救いとも言えた。
 少女達は、ただただ沈黙した。
 ちなみに、この日に撮られた写真は合計で七枚。
 つまりサザンXが持っていた物も含めて、八枚の特別な写真が生まれたのである。
 これらは、サザンXも含めた選ばれし八機によって保管されることになった。
 彼らは『トレジャーズ・エイト』――後にさらに二枚増えて『トレジャーズ・テン』とゴーレム内で呼ばれることになるのだが、それはまた別の話である。
 ただ、いつの日か。
 この十枚の写真がコウタの手に渡るのか。
 それは、神のみぞ知ることだった。
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