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第9部
第八章 黄金の魔王②
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夜の浜辺。
数瞬の沈黙。
――プシュウ、と。
悪竜の騎士の胸部装甲が開いた。
そこには黒髪の少年と、その背に掴まる菫色の髪の少女の姿があった。
コウタと、リノだ。
「……覚悟だって?」
コウタが答える。
「そんなもの、とっくに出来ているよ」
「ふん。そうか」
ラゴウは、視線をコウタの後ろのリノに向けた。
「姫もそうですかな?」
「……うむ」
リノはコウタの肩に両手を乗せて立ち上がった。
「わらわはコウタと共に行く」
彼女は、はっきりと宣言した。
「今日よりわらわは《黒陽》の娘でもなければ《水妖星》でもない。ただのリノ=エヴァンシードじゃ」
「……そうですか」
ラゴウは双眸を閉じて嘆息した。
こうなる予感はしていた。
だからこそ、こうして臨戦態勢で待っていたのだ。
「それを主君がお認めになられると?」
ラゴウはリノに問う。
「……認めんじゃろうな」
リノは渋面を浮かべた。
「父上のことじゃ。何がなんでもわらわを連れ戻そうとするじゃろうな」
自分に対する父の溺愛ぶりは、よく知っている。
それこそ公私混同など歯牙にもかけずに。
下手すれば《九妖星》を総動員してでも、リノを取り戻そうとするだろう。
「それでも、その少年と共に行くと?」
「……うむ。そうじゃ」
リノはコウタの肩を強く掴んだ。
「それでも、わらわはコウタの傍にいたい」
「……少年」
ラゴウは、無言で視線をコウタに向けた。
「ヌシの覚悟はどうだ。覚悟は出来ていると言ったな。それはどれほどのものだ?」
「…………」
コウタは沈黙した。
一秒、二秒と経つ。
そして――。
「……素直に言うよ」
コウタは口を開く。
「どう足掻いても《黒陽社》すべてを敵に回せば、ボクの親しい人を全員守り切ることは出来ない。たとえ兄さんやアシュレイ家の後ろ盾を得たとしてもだ」
「……犠牲が出るのはやむを得ないと?」
ラゴウは眉根をひそめた。
「意外な台詞だな。いや。それほどまでに姫を手に入れたいということか?」
それはそれで覚悟とは言える。
失う覚悟だ。
この少年はそこまで覚悟している。
そう思ったが、少年が続けて語った言葉は予想外のものだった。
「犠牲がやむ得ないなんてある訳ないだろ」
コウタは告げる。
「ボクは何も失いたくない。メルも、リーゼも、アイリも、ジェイクも、シャルロットさんも、ご当主さまも、兄さんも、サクヤ姉さんも、ジェシカさんも」
そこで、肩に乗ったリノの手に触れる。
「勿論、リノもだ」
「……コウタ」
リノは、ギュッとコウタの肩を強く掴んだ。
「……では、どうするつもりだ?」
ラゴウは怪訝な顔で尋ねる。
「我らを敵に回せば犠牲者が出る。そう言ったのはヌシだぞ」
「……そうだね」
コウタは、ラゴウを睨み据えた。
「だから、ボクは今ここで宣言するよ」
「……宣言だと?」
「うん。宣言だ」
コウタはそう反芻するとリノの手を取り、自分の前に移動させた。自分は少し後ろに移動してスペースを空ける。
ちょこん、とコウタの前に座るリノ。コウタは「コ、コウタ?」と困惑する彼女を後ろから肩と腹部を覆うように強く抱きしめた。
「――コウタ!?」
唐突な抱擁に、リノの顔がボッと赤く染まる。
コウタ自身も相当恥ずかしかった。
しかし、ここではっきりと宣言しておかなければならない。
明確に自分の意思を示さなければならない。
(……よし)
コウタは大きく息を吸った。
そして、
「――《水妖星》リノ=エヴァンシードは、ボクが貰う」
強い覚悟を乗せて、その言葉を紡いだ。
「異論があるのなら幾らでも言え。狙うならボクを狙え。受けて立つよ。だが、もしお前達がボクの大切な人達にまで牙を向けると言うのなら――」
そこで、コウタは殺意さえ宿した眼差しをラゴウに向ける。
「ボクもお前達に牙を向ける。一人傷つけられたら百の施設と百の人間を潰す。二人傷つけられたら千の施設と千の人間を。そしてもし、メルを傷つけたら――」
魔竜の少年は、淡々と宣言した。
「ボクは生きている限り、お前達を潰し続ける」
「……それはまた剛毅な台詞だな」
ラゴウは少年を見据える。
「我らを容易く屠れる弱者とでも思っておるのか?」
「そうは思ってないさ。けど、お前は忘れていないか?」
「……なに?」
ラゴウは眉根を寄せた。
コウタはリノを抱きしめたまま語る。
「《悪竜》は世界を敵に回した存在だ。弱者も強者も灼き尽くした災厄だ。そしてお前はボクをこう呼んだ」
一拍置いて。
「『《悪竜》を現世に顕現せし者』と。ボクはお前達だけの災厄になる。その二つ名に恥じない行いをするだけだ」
「……そうか」
ラゴウは苦笑を浮かべた。
「それは贈った人間としては不謹慎ではあるが嬉しくもあるな。だが」
双眸を細める。
「それには、まず災厄と呼ぶに相応しいだけの力を示す必要があるな」
「……分かっているよ」
コウタは、リノの肩をポンと叩いた。
リノは「……う、うむ」と振り向いた。
「リノ。そろそろ本番だ。話した通りに頼むよ」
「う、うむ。分かっておる。任せよ」
彼女はのぼせたように赤くなった顔を、パンと両手で叩いた。
次いで、リノは体を翻すと大きく息を吐き、
「勝つぞ。コウタ」
ぎゅうっとコウタの首に抱き着いた。
コウタは穏やかな顔で「うん。必ず勝とう」と応える。
リノはニカっと笑うと、コウタの後ろに戻った。
その様子に、ラゴウは眉をしかめた。
「姫も戦闘に参加させるつもりか?」
「そうなるよ。けど、直接彼女に戦ってもらう訳じゃない」
「……? どういう意味だ?」
「直接戦うのは、ボク――《ディノ=バロウス》だけってことだ」
言って、コウタは愛機の胸部装甲を下ろした。
ラゴウはまだ腑に落ちない様子だったが、些事と判断する。
自分も愛機の胸部装甲を下ろした。
同時に《金妖星》の両眼が赤く光り、断頭台を肩に担いだ。
『まあ、仮に姫が戦闘に加わっても構わんがな』
リノはラゴウと同格の戦士。
だが、それでもなお、ラゴウの覇気は揺るがない。
たとえ《妖星》クラスが二人相手であっても怯むことはない。
『吾輩は《黒陽》さまの第一の臣。忠義においては他の《妖星》にも譲らぬ。その吾輩が姫をみすみす奪われるなど許しがたい不忠だ』
『……相変わらず古風だな』
一方、《ディノ=バロウス》も、処刑刀を静かに薙いだ。
『けど、忠臣だろうが、リノはボクが貰う。彼女の手を離す気なんてないよ』
――ズシン、と。
一歩、前に踏み出した。
『ふん。奪わせると思うか?』
『奪うよ。何としてでも』
二機が互いに一歩、二歩と前に進み出る。
そして――。
『では行くぞ。《悪竜顕人》コウタ=ヒラサカ』
『来い。《金妖星》ラゴウ=ホオヅキ』
かくして。
因縁の二人は再び対峙するのであった。
数瞬の沈黙。
――プシュウ、と。
悪竜の騎士の胸部装甲が開いた。
そこには黒髪の少年と、その背に掴まる菫色の髪の少女の姿があった。
コウタと、リノだ。
「……覚悟だって?」
コウタが答える。
「そんなもの、とっくに出来ているよ」
「ふん。そうか」
ラゴウは、視線をコウタの後ろのリノに向けた。
「姫もそうですかな?」
「……うむ」
リノはコウタの肩に両手を乗せて立ち上がった。
「わらわはコウタと共に行く」
彼女は、はっきりと宣言した。
「今日よりわらわは《黒陽》の娘でもなければ《水妖星》でもない。ただのリノ=エヴァンシードじゃ」
「……そうですか」
ラゴウは双眸を閉じて嘆息した。
こうなる予感はしていた。
だからこそ、こうして臨戦態勢で待っていたのだ。
「それを主君がお認めになられると?」
ラゴウはリノに問う。
「……認めんじゃろうな」
リノは渋面を浮かべた。
「父上のことじゃ。何がなんでもわらわを連れ戻そうとするじゃろうな」
自分に対する父の溺愛ぶりは、よく知っている。
それこそ公私混同など歯牙にもかけずに。
下手すれば《九妖星》を総動員してでも、リノを取り戻そうとするだろう。
「それでも、その少年と共に行くと?」
「……うむ。そうじゃ」
リノはコウタの肩を強く掴んだ。
「それでも、わらわはコウタの傍にいたい」
「……少年」
ラゴウは、無言で視線をコウタに向けた。
「ヌシの覚悟はどうだ。覚悟は出来ていると言ったな。それはどれほどのものだ?」
「…………」
コウタは沈黙した。
一秒、二秒と経つ。
そして――。
「……素直に言うよ」
コウタは口を開く。
「どう足掻いても《黒陽社》すべてを敵に回せば、ボクの親しい人を全員守り切ることは出来ない。たとえ兄さんやアシュレイ家の後ろ盾を得たとしてもだ」
「……犠牲が出るのはやむを得ないと?」
ラゴウは眉根をひそめた。
「意外な台詞だな。いや。それほどまでに姫を手に入れたいということか?」
それはそれで覚悟とは言える。
失う覚悟だ。
この少年はそこまで覚悟している。
そう思ったが、少年が続けて語った言葉は予想外のものだった。
「犠牲がやむ得ないなんてある訳ないだろ」
コウタは告げる。
「ボクは何も失いたくない。メルも、リーゼも、アイリも、ジェイクも、シャルロットさんも、ご当主さまも、兄さんも、サクヤ姉さんも、ジェシカさんも」
そこで、肩に乗ったリノの手に触れる。
「勿論、リノもだ」
「……コウタ」
リノは、ギュッとコウタの肩を強く掴んだ。
「……では、どうするつもりだ?」
ラゴウは怪訝な顔で尋ねる。
「我らを敵に回せば犠牲者が出る。そう言ったのはヌシだぞ」
「……そうだね」
コウタは、ラゴウを睨み据えた。
「だから、ボクは今ここで宣言するよ」
「……宣言だと?」
「うん。宣言だ」
コウタはそう反芻するとリノの手を取り、自分の前に移動させた。自分は少し後ろに移動してスペースを空ける。
ちょこん、とコウタの前に座るリノ。コウタは「コ、コウタ?」と困惑する彼女を後ろから肩と腹部を覆うように強く抱きしめた。
「――コウタ!?」
唐突な抱擁に、リノの顔がボッと赤く染まる。
コウタ自身も相当恥ずかしかった。
しかし、ここではっきりと宣言しておかなければならない。
明確に自分の意思を示さなければならない。
(……よし)
コウタは大きく息を吸った。
そして、
「――《水妖星》リノ=エヴァンシードは、ボクが貰う」
強い覚悟を乗せて、その言葉を紡いだ。
「異論があるのなら幾らでも言え。狙うならボクを狙え。受けて立つよ。だが、もしお前達がボクの大切な人達にまで牙を向けると言うのなら――」
そこで、コウタは殺意さえ宿した眼差しをラゴウに向ける。
「ボクもお前達に牙を向ける。一人傷つけられたら百の施設と百の人間を潰す。二人傷つけられたら千の施設と千の人間を。そしてもし、メルを傷つけたら――」
魔竜の少年は、淡々と宣言した。
「ボクは生きている限り、お前達を潰し続ける」
「……それはまた剛毅な台詞だな」
ラゴウは少年を見据える。
「我らを容易く屠れる弱者とでも思っておるのか?」
「そうは思ってないさ。けど、お前は忘れていないか?」
「……なに?」
ラゴウは眉根を寄せた。
コウタはリノを抱きしめたまま語る。
「《悪竜》は世界を敵に回した存在だ。弱者も強者も灼き尽くした災厄だ。そしてお前はボクをこう呼んだ」
一拍置いて。
「『《悪竜》を現世に顕現せし者』と。ボクはお前達だけの災厄になる。その二つ名に恥じない行いをするだけだ」
「……そうか」
ラゴウは苦笑を浮かべた。
「それは贈った人間としては不謹慎ではあるが嬉しくもあるな。だが」
双眸を細める。
「それには、まず災厄と呼ぶに相応しいだけの力を示す必要があるな」
「……分かっているよ」
コウタは、リノの肩をポンと叩いた。
リノは「……う、うむ」と振り向いた。
「リノ。そろそろ本番だ。話した通りに頼むよ」
「う、うむ。分かっておる。任せよ」
彼女はのぼせたように赤くなった顔を、パンと両手で叩いた。
次いで、リノは体を翻すと大きく息を吐き、
「勝つぞ。コウタ」
ぎゅうっとコウタの首に抱き着いた。
コウタは穏やかな顔で「うん。必ず勝とう」と応える。
リノはニカっと笑うと、コウタの後ろに戻った。
その様子に、ラゴウは眉をしかめた。
「姫も戦闘に参加させるつもりか?」
「そうなるよ。けど、直接彼女に戦ってもらう訳じゃない」
「……? どういう意味だ?」
「直接戦うのは、ボク――《ディノ=バロウス》だけってことだ」
言って、コウタは愛機の胸部装甲を下ろした。
ラゴウはまだ腑に落ちない様子だったが、些事と判断する。
自分も愛機の胸部装甲を下ろした。
同時に《金妖星》の両眼が赤く光り、断頭台を肩に担いだ。
『まあ、仮に姫が戦闘に加わっても構わんがな』
リノはラゴウと同格の戦士。
だが、それでもなお、ラゴウの覇気は揺るがない。
たとえ《妖星》クラスが二人相手であっても怯むことはない。
『吾輩は《黒陽》さまの第一の臣。忠義においては他の《妖星》にも譲らぬ。その吾輩が姫をみすみす奪われるなど許しがたい不忠だ』
『……相変わらず古風だな』
一方、《ディノ=バロウス》も、処刑刀を静かに薙いだ。
『けど、忠臣だろうが、リノはボクが貰う。彼女の手を離す気なんてないよ』
――ズシン、と。
一歩、前に踏み出した。
『ふん。奪わせると思うか?』
『奪うよ。何としてでも』
二機が互いに一歩、二歩と前に進み出る。
そして――。
『では行くぞ。《悪竜顕人》コウタ=ヒラサカ』
『来い。《金妖星》ラゴウ=ホオヅキ』
かくして。
因縁の二人は再び対峙するのであった。
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