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第9部
第四章 彼は笑う②
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(……なんてことだ)
コウタは表情を変えずに、内心で唸った。
まさか、こんな場所で《九妖星》と遭遇しようとは……。
(リノが来ているから、他の《九妖星》はいないと思い込んでいた。最悪だ)
――複数の《九妖星》と出会いことはない。
それがコウタの思い込みだった。
だが、これは当然とも言える発想でもある。
こればかりは、コウタを迂闊と責めることは出来ないだろう。
何せ、相手は犯罪組織の大幹部さまなのだ。
そんな相手と同じ街で二人も遭遇するなど普通は考えない。
(とにかく反省は後だ)
コウタは呼気を整える。
いずれにせよ、今守るべきはユーリィである。
兄の大切な義娘。コウタにとっては新しい家族だ。
彼女だけは、何としてでも守り通さなければならない。
「……ユーリィさん」
コウタは視線をボルドに集中したまま、ユーリィに告げる。
「ボクの後ろに下がって。九号。彼女の護衛に専念するんだ」
「……ワカッタ。キオツケロ。コウタ」
と、九号の声が聞こえてくる。
(ありがとう。メル)
コウタは心の中で幼馴染に感謝した。
このタイミングで九号をユーリィの護衛として譲ったことは、まさにメルティアのファインプレーだ。
ゴーレムたちは対人戦においては無類の強さを誇る。《死面卿》のような天敵もいるが、人間相手ならばそうそう遅れは取らない。
見たところ、ボルドの腹心らしき女性も相当な使い手のようだが、九号ならば対等に渡り合えるだろう。いざとなれば、ユーリィを抱えてて逃走することも可能だ。おかげでコウタはボルドだけに専念できる。
(だけど、まだ油断はできないな)
何せ、相手は《九妖星》と、その直属の部下。
どんな隠し玉を持っているかも分からない。
コウタは、さらに覇気を高めた。
すると、
「見事な騎士っぷりですね」
ボルドが笑う。
「そして、その素晴らしい覇気。クラインさんの弟という話は本当だったようですね」
コウタは、眉根を寄せた。
「……兄さんを知っているのか?」
「ええ、勿論ですとも」
ボルドは、意気揚々に答える。
「彼とは幾度となく対峙したものです。宿命のライバルという奴ですよ」
その台詞にコウタは一瞬、沈黙した。
「………え?」
そして訝しむ。
「……お前と、兄さんが?」
兄は弟の自分が言うのもなんだが、精悍で凛々しい人物だ。
ミランシャやアルフレッドの話では、騎士時代はとても人気があったらしい。
つなぎ姿の今でも、その覇気と精悍さは全く衰えていないと思える。
――が、それに対し、目の前の人物は……。
(普通のおじさんだな)
コウタは、率直にそう思った。
すべてを魅了する傾国の雛鳥であるリノ。
古の戦士のような佇まいのラゴウ=ホオヅキ。
大樹のように揺るがない存在感を放つレオス=ボーダー。
コウタが知る他の《九妖星》と比べても、明らかに普通のルックスだ。
普通過ぎて兄のライバルと言われても疑ってしまう。すると、ルックスに関してはボルド自身も自覚があるのか、「ムムッ、信じていませんね」と唸っていた。
(まあ、それは、今はどうでもいいか)
ルックスはともかく、実力ではこの男は他の《妖星》にも劣っていない。
それだけは間違いないと戦士の直感が警告している。
コウタは、さらに気勢を上げた。
「……ほう」
すると、ボルドがポツリと呟いた。
「クラインさんの弟さん。本当に凄いですね」
細い目の男はあごに手をやって、コウタを見据えた。
実に興味深そうな眼差しだ。
「その若さでありながら、隙や奢りがまるでない。ラゴウや姫。そして、ボーダー支部長が気に掛けるだけのことはあります。実に素晴らしい」
(……それはどうも)
コウタは、内心で皮肉気に笑った。
評価してくれるのは嬉しいが、ボルドの気配には参ってしまう。
見た目はこんなにも普通だというのに、感じる圧は全く別物だ。例えるならば、獲物を前にした魔獣と対峙しているような気分だった。
――やはり、この男もまた怪物か。
嫌でも、それが伝わってくる。
「ふふ、正直、ご挨拶をする程度のつもりだったのですが」
ボルドはゆっくりと間合いを詰めながら語る。
「久方ぶりに血が騒ぎ始めましたよ。少々手合わせをお願いできますかね?」
そう告げられて、双眸を細めるコウタ。
またしても《妖星》との戦闘。
自分はつくづく《妖星》と縁があるらしい。
ボルドは「カテリーナさん」と腹心に九号の相手を指示した。九号が「……ムム! クルカ! ケバイオンナ!」と叫んで、ユーリィを庇いつつスパナを振った。
(もう引けないな)
コウタは、短剣の柄に意識を集中する。
とても楽しそうな笑みを見せるボルドの構えは自然体だ。
(完全に達人の域だ。対人戦だとラゴウ=ホオヅキよりも強いかも……)
緊張で汗が一滴、頬を伝う。
見た目に騙されるなという実にいい見本だ。
九号、ボルドの部下も含めて緊迫した状況が続いた。
しかし、その緊迫を破ったのは、意外すぎる人物だった。
「……中々、危ない状況みたいね」
不意に、そんな声が場に響いた。
女性の声だ。
だが、ボルドの腹心でもなく、ユーリィでもない。
「………え」
コウタは唖然とする。
その声は、あまりにも想定外のものだった。
思わず構えまで解いて、声の主に目を向けてしまう。
振り向いたそこには、二人の女性がいた。
一人は黄色い短髪の女性。やや不愛想にも見えるが整った鼻梁と、魅力的なプロポーションを男勝りな冒険服で包んだ人物だ。
(……ジェシカさん)
コウタは、彼女を知っていた。
そしてもう一人は――。
柔らかく微笑む女性。
腰まで伸ばした髪を漆黒。瞳の色も同色だ。
身に纏う服は背中や、半袖の縁に炎の華の紋が刺繍された白いタイトワンピース。足には黒いストッキングを纏い、茶色の長いブーツを身につけていた。
プロポーションに至っては、まさに見事の一言だ。
メルティアやリノでも敵わないだろう。
けれど、コウタが彼女に見惚れた理由は、当然そんなことではない。
ユーリィと九号。
さらには、ボルドや、彼の腹心が思わず呆気に取られた理由も。
黒髪の女性は、ジェシカを連れて、ゆっくりと近づいてくる。
誰も動けない。
誰もが彼女の行動に目を奪われていた。
それほどまでに彼女の出現は唐突だったのだ。
(どうして、こんな所で……)
コウタは、ただ唖然とした。
そして、ポツリと彼女の名を呟くのだった。
「サ、サクヤ姉さん」
コウタは表情を変えずに、内心で唸った。
まさか、こんな場所で《九妖星》と遭遇しようとは……。
(リノが来ているから、他の《九妖星》はいないと思い込んでいた。最悪だ)
――複数の《九妖星》と出会いことはない。
それがコウタの思い込みだった。
だが、これは当然とも言える発想でもある。
こればかりは、コウタを迂闊と責めることは出来ないだろう。
何せ、相手は犯罪組織の大幹部さまなのだ。
そんな相手と同じ街で二人も遭遇するなど普通は考えない。
(とにかく反省は後だ)
コウタは呼気を整える。
いずれにせよ、今守るべきはユーリィである。
兄の大切な義娘。コウタにとっては新しい家族だ。
彼女だけは、何としてでも守り通さなければならない。
「……ユーリィさん」
コウタは視線をボルドに集中したまま、ユーリィに告げる。
「ボクの後ろに下がって。九号。彼女の護衛に専念するんだ」
「……ワカッタ。キオツケロ。コウタ」
と、九号の声が聞こえてくる。
(ありがとう。メル)
コウタは心の中で幼馴染に感謝した。
このタイミングで九号をユーリィの護衛として譲ったことは、まさにメルティアのファインプレーだ。
ゴーレムたちは対人戦においては無類の強さを誇る。《死面卿》のような天敵もいるが、人間相手ならばそうそう遅れは取らない。
見たところ、ボルドの腹心らしき女性も相当な使い手のようだが、九号ならば対等に渡り合えるだろう。いざとなれば、ユーリィを抱えてて逃走することも可能だ。おかげでコウタはボルドだけに専念できる。
(だけど、まだ油断はできないな)
何せ、相手は《九妖星》と、その直属の部下。
どんな隠し玉を持っているかも分からない。
コウタは、さらに覇気を高めた。
すると、
「見事な騎士っぷりですね」
ボルドが笑う。
「そして、その素晴らしい覇気。クラインさんの弟という話は本当だったようですね」
コウタは、眉根を寄せた。
「……兄さんを知っているのか?」
「ええ、勿論ですとも」
ボルドは、意気揚々に答える。
「彼とは幾度となく対峙したものです。宿命のライバルという奴ですよ」
その台詞にコウタは一瞬、沈黙した。
「………え?」
そして訝しむ。
「……お前と、兄さんが?」
兄は弟の自分が言うのもなんだが、精悍で凛々しい人物だ。
ミランシャやアルフレッドの話では、騎士時代はとても人気があったらしい。
つなぎ姿の今でも、その覇気と精悍さは全く衰えていないと思える。
――が、それに対し、目の前の人物は……。
(普通のおじさんだな)
コウタは、率直にそう思った。
すべてを魅了する傾国の雛鳥であるリノ。
古の戦士のような佇まいのラゴウ=ホオヅキ。
大樹のように揺るがない存在感を放つレオス=ボーダー。
コウタが知る他の《九妖星》と比べても、明らかに普通のルックスだ。
普通過ぎて兄のライバルと言われても疑ってしまう。すると、ルックスに関してはボルド自身も自覚があるのか、「ムムッ、信じていませんね」と唸っていた。
(まあ、それは、今はどうでもいいか)
ルックスはともかく、実力ではこの男は他の《妖星》にも劣っていない。
それだけは間違いないと戦士の直感が警告している。
コウタは、さらに気勢を上げた。
「……ほう」
すると、ボルドがポツリと呟いた。
「クラインさんの弟さん。本当に凄いですね」
細い目の男はあごに手をやって、コウタを見据えた。
実に興味深そうな眼差しだ。
「その若さでありながら、隙や奢りがまるでない。ラゴウや姫。そして、ボーダー支部長が気に掛けるだけのことはあります。実に素晴らしい」
(……それはどうも)
コウタは、内心で皮肉気に笑った。
評価してくれるのは嬉しいが、ボルドの気配には参ってしまう。
見た目はこんなにも普通だというのに、感じる圧は全く別物だ。例えるならば、獲物を前にした魔獣と対峙しているような気分だった。
――やはり、この男もまた怪物か。
嫌でも、それが伝わってくる。
「ふふ、正直、ご挨拶をする程度のつもりだったのですが」
ボルドはゆっくりと間合いを詰めながら語る。
「久方ぶりに血が騒ぎ始めましたよ。少々手合わせをお願いできますかね?」
そう告げられて、双眸を細めるコウタ。
またしても《妖星》との戦闘。
自分はつくづく《妖星》と縁があるらしい。
ボルドは「カテリーナさん」と腹心に九号の相手を指示した。九号が「……ムム! クルカ! ケバイオンナ!」と叫んで、ユーリィを庇いつつスパナを振った。
(もう引けないな)
コウタは、短剣の柄に意識を集中する。
とても楽しそうな笑みを見せるボルドの構えは自然体だ。
(完全に達人の域だ。対人戦だとラゴウ=ホオヅキよりも強いかも……)
緊張で汗が一滴、頬を伝う。
見た目に騙されるなという実にいい見本だ。
九号、ボルドの部下も含めて緊迫した状況が続いた。
しかし、その緊迫を破ったのは、意外すぎる人物だった。
「……中々、危ない状況みたいね」
不意に、そんな声が場に響いた。
女性の声だ。
だが、ボルドの腹心でもなく、ユーリィでもない。
「………え」
コウタは唖然とする。
その声は、あまりにも想定外のものだった。
思わず構えまで解いて、声の主に目を向けてしまう。
振り向いたそこには、二人の女性がいた。
一人は黄色い短髪の女性。やや不愛想にも見えるが整った鼻梁と、魅力的なプロポーションを男勝りな冒険服で包んだ人物だ。
(……ジェシカさん)
コウタは、彼女を知っていた。
そしてもう一人は――。
柔らかく微笑む女性。
腰まで伸ばした髪を漆黒。瞳の色も同色だ。
身に纏う服は背中や、半袖の縁に炎の華の紋が刺繍された白いタイトワンピース。足には黒いストッキングを纏い、茶色の長いブーツを身につけていた。
プロポーションに至っては、まさに見事の一言だ。
メルティアやリノでも敵わないだろう。
けれど、コウタが彼女に見惚れた理由は、当然そんなことではない。
ユーリィと九号。
さらには、ボルドや、彼の腹心が思わず呆気に取られた理由も。
黒髪の女性は、ジェシカを連れて、ゆっくりと近づいてくる。
誰も動けない。
誰もが彼女の行動に目を奪われていた。
それほどまでに彼女の出現は唐突だったのだ。
(どうして、こんな所で……)
コウタは、ただ唖然とした。
そして、ポツリと彼女の名を呟くのだった。
「サ、サクヤ姉さん」
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