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第9部

第三章 義姉と義妹②

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「今日は良い天気じゃな」


 部下の心、上司知らず。
 リノは、満面の笑みで大通りを歩いていた。
 愛するコウタの頼みとは言え、やはり退屈は彼女の敵だった。


「ふむ。コウタには悪いが」


 これ以上は待てない。
 ここは、先に義兄上に挨拶でもしておくことにしよう。
 そう考えて、リノは部屋を抜け出し、市街区にまで足を運んでいた。
 彼女が道を進むと、大通りに通行人達が興味津々な視線を送ってくる。
 けれど、リノは気にもかけない。
 国を傾けるほどの美貌。
 注目を集めるのも、いつものことだ。
 リノの興味は別のところにあった。


「さて。義兄上の店は、街外れにあるとの話じゃったな」


 同僚からの情報を思い出す。
 やはり、興味はコウタの実兄にある。
 ――《七星》が第三座。
《双金葬守》アッシュ=クライン。
《黒陽社》において、その名を知らない者はいないだろう。
 グレイシア皇国における最強の騎士であり、アッシュ=クラインの手によって潰されたチーム、施設は数知れない。
 他にも、かの人物は身内を傷つける者には容赦ないことで有名だった。
 身内に手を出されることを何よりも嫌い、一人傷つければ、百の施設を潰されると《黒陽社》の中では噂されていた。まさに最悪の敵だ。
 その上、


「…………」


 リノは、わずかに双眸を細めた。
 アッシュ=クラインには《九妖星》の一角さえも落とされているのである。
 ――ガレック=オージス。
 かつて《火妖星》の称号を持っていた人物。
 粗暴で女癖が最悪の男だった。
 仮にも同格の同僚であり、社長令嬢でもあるリノに対して、会う度に『一晩でいい。五年後に一戦やろうぜ』とほざいてくるような輩だった。
 だが、その実力は《妖星》を名乗るに相応しいものだった。
 恐らくリノが戦ったとしても、よくて五分と五分か。
 そんな男を、アッシュ=クラインは倒したのだ。


「わらわ達にとっては天敵のような人物。そう認識しておったが……」


 一旦足を止めて、リノは苦笑を浮かべた。


「よもや、コウタの実の兄上だったとはのう……」


 こればかりは、聡明なリノですら予測していなかった。
 ただ、コウタの才能を鑑みれば、納得もできる。
 むしろ、あれほどの才能だ。
 身内に怪物の一人や二人いても当然だろう。
 問題があるとすれば――。


(立場的に、わらわが義兄上の敵であることじゃのう……)


 破天荒であっても、そこまで能天気ではない。
 リノとて、自分の立場の厄介さは理解していた。
 何せ、自分は犯罪組織の支部長なのである。
 ここ数日は、ずっとそのことで頭を悩ませていたぐらいだ。


(仮に、コウタと共にご挨拶にいけば、コウタの立場が危うくなるかもしれんしのう)


 リノは、腕を組んで「うぬぬ」と唸る。
 下手をすれば、コウタと義兄の仲が悪くなる可能性もある。
 何だかんだで、リノはコウタの立場も気にしていた。


(しかし、わらわはコウタの正妻。義兄上にご挨拶せぬなど論外じゃ)


 されど、そこは譲れない。
 出来れば、義兄上には祝福して欲しかった。


「……うむむ」


 リノは、唸る。
 中々、妙案が思いつかない。
 しばしの沈黙。
 そして――。


「ええい! まどろっこしい!」


 リノは、再び歩き出す。


「考えてもどうにもならん! まずはご挨拶! 後は出たとこ勝負じゃ!」


 結局、彼女はそう判断した。
 下手に策を弄さない方がいい。
 それこそが、突破口になると考えたのである。


「まずは義兄上とお会いしてからじゃ! さて。乗合馬車の停留所はどこかのう?」


 悩みを強引に断ち切り、晴れやかな顔になったリノは、周辺を見渡した。
 人は多いが、停留所らしき場所はない。
 この近くにはないのだろうか?
 ――と、思った、その時だった。



「……あれ?」



 不意に、驚いたような声が耳に届いた。


「もしかして、リノちゃん?」


 次いで、自分の名を呼ばれる。しかも『ちゃん』付けの親しさだ。
 そして、その声には、聞き覚えがあった。


(……なに?)


 リノは、少し驚いた顔で振り向いた。
 すると、そこには――。


「久しぶりだね。リノちゃん」


 柔らかに微笑む、美しい女性がいた。
 歳の頃は十六、七歳。
 黒曜石のような眼差しに、長い黒髪。
 身に纏うのは、背中や、半袖の縁に炎の華の紋が刺繍された白いタイトワンピース。足には黒いストッキングと、茶色の長いブーツを身につけていた。
 プロポーションもまた抜群だ。
 リノですら、わずかに息を呑むほどに。
 黒髪の女性の後ろには、もう一人控えていた。
 年齢は二十代前半ぐらいか。
 腰に短剣。動きやすそうな冒険服を纏う女性だ。
 やや乱雑な黄色い短髪もあり、少し中性的なイメージもある。加え、お世辞にも愛想がいいとは言えない。けれど、その顔立ちは美麗だ。プロポーションもまた、中々のものである。紛れもなく彼女も美女であった。


「お主らは……」


 二人とも、見知った顔だった。
 特に黒髪の女性は、リノにとって特別な人物だった。
 まさか、こんな場所、こんなタイミングで再会しようとは――。


「なんと!」


 リノは、目を見開いて黒髪の女性に告げる。


「義姉上ではないか!」

「いや。いきなり義姉上って」


 そう言って、黒髪の女性――サクヤ=コノハナは苦笑を浮かべるのであった。
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